IS Heroes   作:D1198

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Broken Guardian 5

 場所は変わりそこは艦のミーティングルームである。バレーボール・コートの程の広さで中央にビリヤード台の程の装置が置かれていた。薄暗い部屋の中、その台が光を放ち浮かび上がる。士官と下士官に混じり、真は台の上面に浮かび上がる立体映像を見下ろしていた。

 

 映像を飛翔するのは銀の機体である。彼の胸の黒いネックレスは熱を帯び音を立てていた。不可視の光を放っていた。

 

 ベリーが口を開いた。その口調は苛立ちと悔しさを滲ませる様に低い。

 

「“シルバリオ・ゴスペル”はマッハ3.2で太平洋を横断しています。現在の予想針路から接触までおよそ32分です」

 

 台に両肘を当て乗り出す様に見ていたディアナが鋭く「阻止任務に当たった4機が撃墜された、これに関する情報を求めます」と聞いた。「実験機は基地離脱後、突如発光。形を変えたとの報告を受けた」ハミルトンの回答に真はこう聞いた。

 

「……セカンドシフト、ですか」

 

 雲を切り裂く過去のそれは、真の呟きに応えるかの様に、6枚の光の翼をはためかせた。

 

「確証は無いが、恐らくそうだろう。我々も厄介なものを作った」

「足止めは出来ませんか?」とディアナが油断ない表情で問うた。

「迎撃に向かったミサイル巡洋艦1隻とフリゲート艦2隻を失った。ISに対抗出来るのはISだけだ。だから君たちを呼んだのだ……バリー大尉。作戦説明を」

 

 バリーを見る事無く、静かに厳かに指示を出すハミルトンに真は手を上げた。

 

「なにかね?」

「作戦で提案があります」

 

 全員の視線を浴びて発言を続ける真の背中を箒は呆けた様に見ていた。

 

 

 戦闘は非常にシンプルである。攻撃されない様に攻撃を行う。次ぎに反撃を許さないうちに攻撃を行う。それらが出来ない場合に初めて、回避と防御が行われる。この原則は古来から変わらない。石が棒に。棒が剣に。剣が銃に。銃がISに変わっただけである。問題はその手法だった。

 

 シュヴァルツェア・レーゲンは攻撃力は高いが足が遅い。最大攻撃兵装120mmレールカノンは有効か。みやが持つ最大攻撃兵装120mm戦車砲“黒釘”は有効か。

 

 A.I.Cで福音の攻撃に耐えられるか。みやのエネルギーシールド“アイギス”はどの程度耐えられるか。福音パイロットの気配、殺意は読み取れるか。

 

 彼はこのポイントに絞り、みやを介しアレテーに福音の情報収集と検討をさせた。その結論は、

 

「対空ミサイルで戦闘空域を制限し、A.I.Cで防御、黒釘で攻撃、このフォーメーション基本とします」

 

 最新データからA.I.Cで福音の攻撃を防げる事が分かっていた。だが、福音の機動力ではフォーメーションを高い確率で崩される。福音パイロットの意識は抑制されている、アレテーのこの推測に基づけば、真の膨大な戦闘経験に基づく人の気配、殺意の読み取りに効果が望めない。つまり、一度体勢を崩されれば、立て直しは困難を極める。足の遅いシュヴァルツェア・レーゲンを集中攻撃されれば、続くみやの結末は自明の理である。

 

 そこで。みやとイージスシステムを接続し連携。対空ミサイルのリアルタイム誘導により立て直しを図る。あとはラウラと真の連携と二人の技量次第……これが真の立てたプランだった。

 

 真のプランにハミルトンは、笑いながら聞いていた。真は静かに姿勢を崩さずこう続ける。

 

「たしかF-14の搭載レーダー“AN/AWG-9”には空対空用データ・リンク“リンク4C(TADIL-C)”が搭載されている、そう記憶しています。艦載戦闘機によるミサイル支援も希望します」

「詳しいな。どの様にして知ったかは問わないが、君の機体に搭載されている“JTIDS(統合戦術情報伝達システム)”はNATO規格だがイージスシステムと完全な互換性が無い。プロトコルのコンバーターを用意する時間が無い」

「リンカの仕様を学園のメイン・フレームに至急送って下さい。米軍の評価は存じませんが、学園は伊達ではありません」

「希望する支援は以上か?」

「はい。アラクネは艦隊防衛に回して下さい」

 

 ハミルトンとやりとりを行う真を、ディアナは眼を大きく開き見つめていた。真は“英語”で会話をしていたのである。

 

 

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 政治の話だとディアナに追い出された箒と真は、作戦準備のためラウラの元へ急いでいた。何名かの兵士が、モデルの様な箒を見て口笛を鳴らす。二人の道案内兼監視係のバリーは眼で、あるときは口も用い追い払った。真もそれを手伝った。釣り上がった目付きと左頬の傷。人相の悪さが役に立ったと彼は喜んでいたが、

 

(随分程度が低い。幾らISが存在するとは言え、これがあの第7艦隊か?)

 

 苦悩する真に、バリーは歩きながらこう言った。

 

「驚いたな。とても16歳には見えない。艦隊司令はサイレント・ブルドーザーだぞ」

 

 ISパイロットであるバリーは仕事をとられたと複雑であったが、どちらかと言えば感心していた。

 

「静かになぎ倒す、ですか?」

「そうだ。その司令を黙らせる人物は初めてだ」

 

 真のプランは言い換えれば学園が前面に出て、艦隊がバックアップに回ると言う事だ。

 

 軍が支援を依頼したのはM襲撃時に置ける学園への、真への貸し借りである。とはいえ、学園側を主力に出すのは流石に憚られた。大きな損害が軍に出ている事を考慮すれば、無理はない。

 

 そのため真のプランは渡りに船であった。もちろんフランスでの一件から、昨夜行われた高高度での精密射撃、目の前に立つ雰囲気の激変を含めた、真の調査、これの意味も多分にある。

 

 真はそれに気づいていたが、バリーに言う事は無かった。艦隊司令を務める程の人物であれば生ぬるい程である。もちろんプランの整合性も加味した上での話だ。

 

「司令は“昔の”上司にとてもよく似ておられますので」

「そう言えば社会人経験があると聞いた……ところで君は日本人ではないのか」

「俺はそう認識しています、大尉」

「英語が随分達者だし、眼が碧だ」

「前に怪我を負い、その為の色つきの保護コンタクトです。英語は海外籍の生徒が学園に居ますから、良い先生にはこと欠きません」

 

 彼女は真の嘘を怪しく思ったが、追求はしなかった。これから任務に赴く人物に、個人的な発言で困惑させるのは適当で無い、そう判断した為である。ところが彼の左後ろを歩く箒は上機嫌であった。

 

「うむうむ」

 

 そう、何度も満足そうに頷いていた。その少女に彼は理解出来ないと、ちらりと見た。

 

「こう来なくてはな。私も自信が付くというものだ」

「理由を聞いて良いか?」

「私の眼力だ。セシリアから聞いた時は、にわかに信じられなかったが。まぁ年上でも16歳ならば問題ない」

 

 彼は甲板に居るであろう白銀の少女に、恨み言を言いたくなった。

 

「ラウラを責めるのはよせ。セシリアに知る権利は十二分にある。お前を好いている娘なら他の誰よりも知りたい、そう考えるのは当然だろう」

 

 箒の告白に、彼は立ち止まり眼を瞑った。押し黙る。僅かな沈黙が訪れた。

 

「篠ノ之。俺は、」

「言うな」

「年頃の少女の気持ちは分からないが理解は出来る。俺は君の事を覚えていない。君はまだ15歳だ。将来を見据えた、地に足を付けた恋愛をするべきだ」

 

 箒は不満そうな表情を見せた後、真っ直ぐに見つめてこう言った。

 

「気づいているか? お前は言いにくい事を言うとき押し黙る癖がある。それだけで私は十分なんだ。それでもなお拒絶すると言うのならば、声を上げて泣いてしまうからな」

 

 伺う様な箒の視線とその態度。バリーの非難の目も相まって、彼はこれ以上何も言わなかった。

 

 雰囲気を察知し二人をはやし立てる声。それを破ったのは、聞き覚えのある、高いが低い卵の殻の様な、今の真がよく知る白銀の少女の怒声だった。

 

 

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 3人が見た光景は、赤く染まる甲板で言い争う、ラウラと戦闘機パイロットたちであった。

 

 最初は聞こえるか聞こえないか、その程度の大きさだった。それが次々に伝わり徐々に大きくなり、最後は雑談しているようにわざとラウラに聞かせた。それはIS全てに対する侮蔑と、真に向けた裏切りという言葉。

 

 彼らもその結果を意図していた訳ではない。だが集団心理というのは大人でも気をつけなくてはならない厄介な物だ。日々生活を共にする者たちが、同じように感じている事柄であれば尚更だろう。

 

 涼しく、少なくとも表面上は涼しく受け流していたラウラであったが、彼の全てを知っている彼女にとって聞き流すことは出来なかった。彼女は真の記憶を持っている、彼に対する侮辱は2人分だ。

 

「貴様らには誇りが無いのかと聞いている! これではゴロツキと変わらないではないか!」

 

 ラウラの罵声を浴びて何名かの兵士が飛びかかったが、ISスーツ姿の少女は、造作も無く叩き伏せた。何名かの兵士が、既に甲板で倒れていた。怪我は無く、正確に的確に失神させられていた。彼女は髪を払うと、倒れた男を怒りを込めて見下ろした。

 

「黙れ! ISは工業、軍事、研究に学術! 名誉に名声! この世界でISは頂点だ! 男の俺らがどれだけ血反吐を吐いても、身体を張っても絶対手に入れられない! お前らが全部持って行っちまった!」

 

 甲板に這いつくばり、胃液を吐く白人の男は屈服することなく2つ目を憎悪で満たしていた。彼はウィルソン・キャナルズ、中尉、海軍“戦闘機”パイロット。

 

 人類が新世紀を迎えても終わることのない、紛争、内争、戦争。国の為、仲間の為、世界各地で勃発する幾多の戦場に赴き、戦ってきた男である。

 

 

 人類は有史以来収奪を続けてきた。古代は土地であり、食糧であり、マンパワーと言う名の奴隷。現代では、経済的意味での消費地、鉱石などの天然資材、石油や天然ガス……それらは全てエネルギーと置き換えることが出来る。

 

 入力エネルギーより出力エネルギーの大きいブラックスボックス、ISコア。現代物理学を覆すオーバー・テクノロジー。権力者がこれに気づいたとき、群がり解析しようと躍起になった。他国に後れを取る訳には行かない。莫大なエネルギーを持つ隣国は脅威でしかない。転じて、他国に優位を取れる。

 

 そのため各国は自身が持つ莫大な頭脳と資金を費やす必要があり、今なお費やしている。だが各国の収入源は税金、国民の理解を得る必要があった。そこで白羽の矢が立ったのは、スポーツとしての一面だった。

 

 アリーナを駆け巡る美麗な少女、女性たち。その姿は票取りとしてプロパガンダとして絶好であった。オリンピックに変わる新世代スポーツとしてモンドグロッソは花形に“された”。誰も彼もが浮き足だった。

 

 だが税金は青天井ではない。何処かを削る必要があった。兵器としての側面も多分に持っていたISである。軍事費の削減は国民の理解を得やすかった。

 

 彼らは狙い撃ちにされたのである。

 

 年々削られる予算と人員、そして規模。だが下される負担は変わりなく、彼らは不満を溜めていった。給料だけではない。歴代の兵士、彼らの戦友。そして、存在を否定された。

 

「腐るにも程がある! 貴様らは目立ちたいだけか!」

 

「黙れ! ISは今まで死んでいった仲間の兵士たちを貶めた! 故郷に帰れば税金喰らいと罵られ! ガキにも馬鹿にされる! 戦闘機100機あってもISには勝てないんでしょ、軍隊って何でいるの……これ程の屈辱があるか!」

 

 ラウラの軽蔑にキャナルズは歯を食いしばりゆっくりと立ち上がった。

 

「やめろ! キャナルズ! 見苦しい真似はよせ!」 バリーの一喝が飛ぶ。

 

「お前も同類だ! お前を迎え入れるだけで100人の仲間がこの艦を去った!」

「喚くな情けない! 軍隊は学校ではない! 友達が欲しければ故郷に帰れ!」

 

 ラウラのこの発言もまた正しい。キャナルズを大人げないと一蹴することは簡単だろう。だが人間はそれ程強くない。彼女は生死を共にした戦友との絆、言葉では情報では伝える事が出来ない人と人との結びつき。これの“経験”がなかった。他の海軍兵士たちも、一斉に憎しみの視線を彼女に浴びせた……他の下士官ですら。

 

「俺らは、俺らはな! 任務のたび毎日仲間の生死に直面していた! ディック! ウィル! ハンソンにリース! 皆帰ってこなかった! 皆が旅立っていったこの艦にそのISが載っている。これが許せる訳が無い……それが理解出来ないから、お前は人形なんだよ! このロボットが!」

 

「そこまでだ!」

 

 押しだまり、推移を見守っていた真であったが、とうとうキャナルズに詰め寄り胸ぐらを掴んだ。彼にはキャナルズの言いたい事が痛いほど理解できた。なにより真はかって、彼ら兵士にそう命令する立場であったからだ。だがキャナルズの発言は真にとって聞き流せないものだった。

 

「裏切り者は黙ってろ! 飼い慣らされやがって!」

「当てつけなら俺にしろ! これ以上の権利は俺らに無い!」

 

 言葉では止まらない、そう判断した真はキャナルズを殴りつけた。それでも怒りを収めることはなく、溜まった感情を吐き出し続けていた。ISが世に生まれて10年間、彼らの鬱積はあまりにも大きかったのである。

 

 彼は左頬を抑えながら、ラウラに言い放った。

 

「親の無い人形に人間様の苦しみが理解出来るか! 出来る訳無いだろ! 出来るってんなら言ってみろ!」

 

「私にだって親は居る!」

 

 甲高い年相応の声が響いた。それは弱々しい、真が初めて耳にする15歳の少女の心の叫びだった。

 

「はっ! 男だけか? それともパパママ何人ずつだ!? 遺伝子設計者は親とは呼ばない……それとも設計データか!」

 

 その少女は両の握り手を胸元に、張り裂かれないばかりに不安が溜まった胸を押さえつけていた。最初に叫んだ名前は、日本人男性の名前だった。

 

「青崎真也! 父だ!」

 

 誰もが、不可解だとざわめいた。

 

「青崎優佳! 母だ!」

 

 それは日本人女性の名前だった。真の恐れが確信に変わる。彼は止めろと叫んだ。もっと早く気がつくべきだった、そう己を罵りながら。

 

「青崎優子! 姉だ! いいか! 私にも家族が― 」

 

 その3名は真の家族の名だった。少女は壊れたおもちゃの様に、意味を成さない言葉を繰り返す。どうにかして紡ごうとするが、もつれる事すらなく、ほどけていった。

 

「あ、あね、私の、家族、違う、これは私の思い出、ではない。借り物の、」

 

 涙を流す少女は、己の手を見ると、崩れ落ちた。ラウラは力無く、甲板を虚に見る。真は駆け寄ると何度も願いを繰り返す少女を抱きしめた。

 

「その記憶はラウラの物だ。俺にはもう意味が無い。全部持って行って良い」

 

 彼女は、人が誰もが持ち得る、彼女が持たない記憶を己の思い出として置き換えていた。試験官の中で育ち、武器と兵器にまみれた彼女にとってそれはあまりにも眩しく、暖かく、優しい物だったからだ。

 

「少尉……私は、人形、ではありません」 か細く、掠れるような声。少女の縋りに彼は笑いながら応えた。

「もちろんだ。苦しみ、人を気遣うのであればそれが証し。俺はよく知っている。人の振りをしている連中など忘れてしまえ。君はラウラ・ボーデヴィッヒという15歳の少女だ」

 

 ディアナらは、騒ぎを聞きつけ甲板に戻っていた、真はラウラの額に唇を添え、甲板上の兵士を睨み回すと、最後にキャナルズに視線を止めた。

 

「貴様らに少しでも誇りが残っているのなら、この子らを学園に送り届けろ。確実にだ。もし暴行したり、監禁したり、研究材料とかにしてみろ。地獄に引きずり落とすからな」

 

「そう言うお前はなにをするんだ。絶対防御の中でマスかいてろ。この腰抜け野郎」

 

「俺はラウラに謝らないといけない。とんだ見込み違いだ。俺の知っている連中はどのような苦難でも立ち上がった気高い連中だった……良いか、良く聞け。俺が腰抜けなのは否定はしない。だがこの子を生み出したのは俺らだ。それだけは忘れるな」

 

 真はみやを呼び出した。みやは力場でラウラの身体を抱きしめ宙に浮かした。蒼白い光が集まり形を結ぶ。顕れたのは全身を覆う、レザー・ジャケットの様な黒い姿だった。ヘルメットのバイザーが彼の意思に応じて自動的に上がる。宙に浮かんでいたラウラを両手で抱きかかえた。

 

 真の背後に立つハミルトンは静かに問うた。

 

「1人で戦うつもりかね」

 

 彼は頷くと、傍らに立つディアナにラウラを手渡した。彼女が織り上げた揺り籠の中、少女は繭の様に眠っていた。

 

「もちろんですよ、中将。ついでに彼らが何者かを思い出させます。一石二鳥です」

 

 それは真が巻き込んでしまったかっての部下達への贖罪、その意味もあった。

 

「無謀と勇気は違う。君はまだ若い。判断を誤っている」

「ミサイル巡洋艦1隻。ミサイル駆逐艦2隻。第七艦隊まで以上被害が出ると、太平洋のパワーバランスが崩れる。それは日本アメリカどころの話では無い。その為には米軍以外の戦力で時間を稼ぐ必要がある。今すぐにでも……違いますか?」

 

「……済まない。君をこの様な状況に追い込んだのは私のミスだ」

 

「とうに済ませた“俺ら”の選択です。気になさらないで下さい……それに。腕には少々自信があります。簡単に負けるつもりはありませんよ(死んだら死んだで、切り札が眼を覚ます。どちらにしても勝ちだ)」

 

 真の言葉とその眼差し。それは覚悟した者の持つそれだった。ハミルトンはその目をした者たちを知っていた。彼もまた戻らない部下を送り出したのである。だから彼の、

 

「Attention!」

 

 その声は甲板に響き渡り、兵士達の腹を揺さぶった。彼らは慌てて姿勢を正した。その声は彼らが生まれる前から海と共に生きてきた、男の怒りだった。

 

「良いか!この糞虫共! ここまで言われてまだ文句垂れる奴は家に帰って穴に潜り込め! ママ股ぐら頭突っ込んでヒィヒィ言わせるだけの豚がお似合いだ!! わかったか!!」

「Si……Sir,Yes,sir!」

 

 初めて聞く司令の形相に兵士たちは恐れ戦いた。

 

「だが貴様らが戻る穴はこの艦だけだ! 貴様らの一日はこの穴でマスかいて終わる! オカズはジョージ・ワシントンだ! 文句があるか!? 一等兵!」

「Sir,No,Sir!」

 

「ケツからクソを喰うお前らクズ共に今から任務をくれてやる! 今から16歳の兵士を1人送り出す! たった1人でだ! 泣きながらマラをシャブリあう貴様らには上等過ぎる任務だ! どうだ! クソまみれなのが分かったか! この肉ゴミ共!」

「Sir,Yes,sir!」

 

「Okey…… 身体に溜まったクソミソを洗い落としてこい! 根性見せろ! ネイビー共!」

「Sir,Yes,sir!!」

 

 ある者は狼狽しながら、ある男は己を罵りながら。兵士たちは眼を覚ました様に任務を思い出した。慌ただしくも炎をともした兵士たちを背後に、真は目の前の金の人に静かにこう告げた。

 

「リーブス“先生” 学園に戻ってISの準備をしてください。あと伝言をあの少年に。俺の様になるなと」

「彼にだけ?」

「……すまないと、マチルダに」

「確実に伝えたわ。許しはしないと思うけれど」

 

 彼が見下ろす、彼がもっともよく知るその女性は、彼の目を静かに見つめていた。寂しさと笑みを浮かべていた。古い友人であり、古い部下であり、生死と苦楽を分け合った青崎真にとって最後の女性だった。彼はディアナを見届けた後、彼は側に歩み寄っていた、黒髪の少女に言葉を掛けた。

 

「篠ノ之箒、君は留守番だ」

 

 彼女もまた、寂しそうに笑っていた。

 

「私は足手まといか?」

「そうだ」

「……なら私は待つ事にしよう」

「後悔するぞ」

「しない」

「苦労するぞ」

「もう、している」

「なら勝手にするといい」

「あぁ、勝手にする。だからこれを持って行け。預かってきたんだ」

 

 彼女は剣とペガサスをあしらったオルコットの紋章。それが刻まれたハンドガンを手渡すと、同時に唇をそっと添えた。

 

「本当に気が強い女性ばかりだ」

「忘れたか。お前がそうさせている」

 

 

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 甲板にみやの影が長く伸び、その影の周りで動く兵士たちの影もまた長く伸びていた。みやの量子格納領域を操作していた整備兵が顔を上げたのは箒が立ち去った時である。彼は30代半ばの眼鏡を掛けた黒人男性だった。

 

「ご要望の品だ。確認してくれ」

「ありがとう。助かる」

「礼には及ばない。貧相すぎて逆に申し訳ないぐらいだ」

 

 真はもう一度礼を言うと兵装確認をみやに指示した。主の声に応じて唸りを上げる。

 

-報告:新規インストール終了。20mm セミオート・スナイパーカノン“ヴェルトロ(猟犬)”高速徹甲弾50発-

 

 彼は“チェイタックM200i”を弾丸不足によりアンインストール、アヴェンジャーは機動戦闘に向かないため旅館に置いてきていた。セシリアの38口径 ハンドガンは腰の後ろに固定していた。

 

「30mmの弾は取り扱いが無くてね」

「A-10は陸軍だものな」

 

 エネルギーの充電が完了し、みやが全システムの正常を告げる。

 

-Stand By-

 

 みやの両足と背中に繋がれていたエネルギー・チューブが音を立てて外れた。重い機械音が甲板に鳴り響く。真がその音の方を見ると、エレベータに載ったF-14Eが甲板下の格納庫からゆっくりと姿を見せていた。夕日を浴びて背景の海から浮かび上がっている様に見えた。

 

 みやの外装を点検しおえた整備兵が手で合図しながら、タラップと共に離れていった。多方向加速推進翼を羽根の様に広げると、スラスターの蒼白い光がスズランの様に点々と、だが力強く灯った。風が生じ足が甲板から離れた。彼は眼は向けず、ハイパーセンサーに映る、よく知る女性3人を見届け飛翔した。みやの影が彼女らを陰らせた。

 

 海に浮かぶ鋼の城が徐々に小さくなる。甲板からは、羽を広げたF-14E戦闘機が一機また一機と飛び立っていった。みやはスラスターをミリタリー・パワーに上げた。加速。音の壁を越え、衝撃波の輪が茜色の空に広がる。雲を穿った。

 

 

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 雲の回廊。その表現が相応しいの黄昏の空を飛ぶのは、24の翼を持つ者たちである。みやの後ろに続くのはF-14Eトムキャットの群れ。アビオニクスにエンジン交換、フレームは補強し、継ぎ接ぎを繰り返し。華やかなISの影で延命を続けてきたロートル機たちであった。

 

-報告:イージス・システムとリンク完了 戦術データ通信開始-

-報告:支援戦闘機及びイージス艦の準備完了-

 

 着々と準備を続けるみやに、群れの右翼を担うある一機が高らかに謳う。ただ少し、礼儀に欠けていた。

 

『ホッグス・スリーから色男へ』

『色男とは俺のことか?』

 

 みやの蒼白いスラスター光が僅かに淀んだ。失礼なことを言うな、そう言わんばかりであった。

 

『ディアナ・リーブスのゴシップが本当だとは思わなかった。一体どうやったんだ?』

『ゴシップとはなんだ』

 

『すっとぼけやがって……月の女神のお気に入りってな。NewYorkTimesに載ってたぜ』

『嘘付くなマックス。お前はタブロイドしか読まないだろ』

『能あるフォーク(鷲)は爪を隠すんだよ』(※役立たず。爪の無いフォークは使えない)

『黙ってろ、第7艦隊の恥だ』

『腕は良いのに頭が足りない』

 

 陽気な彼らを見る真は笑っていた。遠くから聞こえる祭りの喧噪を楽しんでいる様であった。彼はほんの少し、そのあまりにも懐かしい祭りの中を覗く事にした。

 

『ホッグス・スリーへ。織斑千冬の人気は無いのか』

 

『ブリュンヒルデも悪くないけどな。ピンナップとか殆ど無くてなじみがない』

『そう言えばピクチャーデータが片っ端からハッキング受けて消去された事件、結局犯人捕まらなかったな』

『ヒックス。チフユ・オリムラの貴重写真をガール・フレンドに破られたって話、クルーガーだったか?』

『いや、マーフィだ』

『あれは傑作だったな。最中のミカに貼り付けたら激怒されたってよ』

『最中は普通怒るだろ……おいこのクソ野郎』

『なんだ唐突に』

 

 後方を飛ぶ翼は不審を隠さず微ロールを繰り返した。

 

『二人といちゃついてるとかは無しだぜ』

『おぉ神よ。ターゲット・マーカーを変更する罪を許し給え』

『俺もISに乗れれば……』

 

 殺意とは僅かに異なる鋭い空気。彼を助けたのはみやと、

 

-警告:敵機補足 接触まで120秒 作戦空域内まで20秒-

 

『全機に告ぐ。遊覧飛行はそこまでだ。老ネコにドッグファイトさせようなどと考えるな、必ず安全距離を維持しろ』

 

 航空母艦の艦上に設置された打撃群司令部指揮所(TFCC)からの連絡だった。笑みを消した真はこう告げた。

 

『ここからは俺一人だ。迂闊に近づくなよ』

 

 みやの腕に20mmスナイパー・カノンが現われる。

 

-全安全装置解除-

-Ready Gun-

 

 みやの報告と共に、一機の双発機が右へロール、離脱した。

 

『話の続き聞かせろよ』

『ドイツのお嬢ちゃんに済まなかったと伝えてくれ』

『今度学園の話を頼む』

 

 一機また一機と離れ、最後の一機はホッグス・ワン、ウィルソン・キャナルズだった。

 

『おい色男! お前はクソッタレだ! お前は俺らと違いISがある! ガキのくせに生意気で上官臭いところがまた腹が立つ! だが俺たちに出来る事をくれた……帰ったら一杯やろうぜ! 英雄!』

『なら冷えたワインを』

『ジュースはねぇよ!』

 

 キャノピー越しに見せた左指のサイン。彼もまた赤く染まる雲の山岳の中へ消えていった。濃紺の海の上、紅に染まる雲の隙間から、浮かぶ6枚の光の翼が見えたのはその1分後、艦隊から放たれたミサイルが福音の針路上に向かっていた時である。

 

 

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 作戦を簡単に説明するならばミサイルでアリーナを作る事だ。

 

 最初はSAM(スタンダード艦対空ミサイル)RIM-156 SM2ER。イージス艦の甲板上Mk41 VLS(ミサイル発射装置)から垂直に放たれたそれは、母艦の信号により中間誘導を行い、弧を描き直進。音速の3倍で飛翔、150km離れた福音の予想針路上で爆発させる。

 

 福音は前方1kmで爆発したミサイルを避ける為、進路を変更。だがその先にも爆発が起こる。変更、爆発。福音は行く先々で爆炎と衝撃に阻まれ、囲まれた。機動範囲を強引に固定された。

 

 彼女の眼が光る。歌を奏でながら6枚の翼を展開。機動力を活かし長距離ミサイルの網の目より脱出しようと加速した。

 

 SAMは長距離ミサイルで、その性質上大型であり機動力に劣る。それを補うのがF-14EのMR-AAM(中距離対空ミサイル)AIM-7Mだ。福音の目の前には、薄紅に染まる空に浮かぶ穴の様な黒い点、中距離ミサイルがあった。接近信管により爆発。高熱と高速に飛散する破片が彼女を襲った。足がもつれ速度が落ちる。

 

 その時、頭上の雲に穴が開いた。中から20x139mmの弾頭が超音速で打ち出されたのである。彼女が立つ高度3000m、その更に1500m上の雲の中に狙い澄ませるのはみやであった。

 

 手にするのは20mmセミオート・スナイパーカノン“ヴェルトロ(猟犬)” 有効射程2000m、初速1150m/s ラインメタル Mk20 Rh202機関砲に匹敵する牙。

 

 着弾。彼女の左肩で火花が散り、衝撃で姿勢を崩す。発砲音が遅れてやってきた。彼女は姿勢を乱したコマのように、弾かれ回転した。

 

-報告:初弾命中。着弾による防御力場のスペクトル変動を観測。予想ダメージ250-

 

 福音のエネルギー量は仕様で2200。理屈では約9発分だがセカンドシフト後では当てにならない。エネルギー消費の激しい第3世代とはいえ、先の見えない長丁場だろう。

 

 回転していた彼女はアイス・スケーターのように姿勢を正すと、6枚の羽を広げ立ち上がる。真は、黒釘の使用を許さなかった強い風を恨まずにはいられなかった。

 

 

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「La」

 

 それが賛美するのは光子の歌。

 

 雲、赤子、光輪、赤い衣、祭、踊。

 

 清純で高潔、端正かつ厳粛、そして銀。

 

 雲の王国に立ち聖剣を携える断罪の天使。相対するのは血にまみれた黒の鎧だった。彼はライフルを持ち替えた。それは幾らか短く、威力に劣るが、取り回しと連射に優れる突撃小銃〈アサルトライフル〉である。

 

 彼は見上げるそれにこう告げた。

 

「非常に神秘的な一枚だが宗教画は嫌いでね。特に古いやつはそうだ。描かれる人間は嘆いているか目が虚、生気が無い」

 

 それが開戦の喇叭となった。みやの多方向加速推進翼が広がり蒼白い炎を吹いた。福音の6枚の光の翼が広がり、いっそうの輝きを放つ。ミサイルで作られた闘技場の中、銀と黒、2機のISが駆けだした。

 

 みやはアサルトライフルを構え上空から発砲。3連バースト・モード。同時に急激降下。弾幕で牽制しながら追尾。左から右に弧を描く。銃口から射出される12.7x99mmの弾丸がレーザー・イルミネーションのように空を切り裂いた。

 

 雲越しの海に浮かぶ福音は海面と平行に回避。右へ、左へ、上へ下へ、また右へ。高速な小刻みなメトロノームのように真の攻撃を躱し続けた。彼の意識に浮かび上がるのは福音までの距離。およそ1000m。福音の背の翼からは、光の粒が舞っていた。

 

 彼の放つ弾丸は、ある時は濃紺の空へ、ある時は赤い太陽へ、ある時は雲の中へ、赤い軌跡を引きながら消えていった。

 

-報告:残弾ゼロ。弾倉量子交換0.2秒。装填30発、残弾470発-

 

(マガジンの量子交換か。随分便利だが……)

 

 彼は目の前を高速に舞う、福音の背中を注意深く見つめていた。

 

(手強い)

 

 真は、銃を握り直すと上昇。更にその先を駆け上がる福音を追った。己を否定し、心と命を削ってまで研鑽し続けた戦闘感覚を研ぎ澄ます。みやの速度は時速1400km、超音速戦闘であった。音の割れる音が夕暮れに響いた。

 

 

-----

 

 

 雨のように降り注ぐ福音の広域制圧兵器“銀の鐘(シルバー・ベル)” 光の翼からもたらされる高エネルギーの塊は、土砂降りのように天から海に、噴水のように海から空に、散水機のように横から撃ち出された。

 

 散弾銃の一種とも言える銀の鐘はその性質上、距離に比例し回避が容易になる。ただ福音のそれは1発1発が非常に重く、その数も多い。迂闊に飛び込めば、一気に形勢をひっくり返されかねない。だが。回避マージンに余裕を取れば真の射程外であった。

 

 肉眼では追いつけないほど高速に流れる世界。彼は福音の頭を絶えず押さえ、有効射程外から発砲。撃ち出された弾丸は赤い軌跡を描きながら、福音の行く手を遮った。

 

 有効射程と最大射程は異なる。精度と威力は劣るが、牽制は可能であった。回避運動を終えた直後の福音を、誘導していた中距離ミサイルが襲った。爆発炎上、轟音が鳴り響き、炎の中から飛び出した。

 

 ヴェルトロ(狙撃銃)に持ち替え発砲、命中。与ダメージ280。福音は歌ではない声を上げた。悲鳴もしくは、苦悩のようにも聞こえる。真は逸る気持ちを抑え、アサルト・ライフル持ち替えた。

 

(焦るな。これは地味ではない着実……リズムを守れ)

 

 力が徐々に抜けてきた右手を握り直し、そう自分に言い聞かせた。

 

 銀の光と黒い点は、濃紺の空、朱に染まる雲、赤い太陽を背に、直線、円弧を繰り返しながら高速機動を続けていた。さながら原子を中心に回る一対の電子のようであった。ミサイルが作るカーブに沿って福音が駆け抜ける。真は機動と射撃を駆使し、ミサイルの爆炎に追い込み、ダメージを与え続けていた。アサルト・ライフル弾倉交換、10カートリッジ目。福音加速、下方向から回り込む。

 

-報告:累積予想 与ダメージ1600-

 

 最初は下方から、次は後方から。飛来する銀の雫を、彼は網の目をかい潜るように回避した。戦闘開始から8分間、彼の意識が捕えるのは福音の姿勢と機動の関係であった。

 

 パイロットを内包している福音はスラスターの推進方向を絶えず人体の重心に置いていた。無人機ではない以上パイロットが居なくては動かない。つまり、パイロットの生命を脅かす真似はしない、出来ない。その狙いは姿勢からの機動予測である。彼はそれをほぼ確立していた。

 

 彼はみやを介し艦隊と戦闘機のミサイル残弾を確認すると、120mm戦車砲“黒釘”を量子展開。バズーカ・タイプのそれを右肩に掛け、グリップを右手で掴む。左手にはアサルト・ライフルがあった。それを見た福音が歌のトーンを変える。

 

(どちらのせよ追い込みだ)

 

 ミサイルの残弾数も彼自身の体力も、もう後が無かった。

 

 

-----

 

 

 彼は打撃群司令部指揮所(TFCC)に通信を入れると、突撃姿勢を取った。“幸運を”返答が返る。みやのスラスターがひときわ蒼白い光を放つ。加速。福音の広げた翼は輝いた。

 

 彼に背を向ける福音は背景を、その進行方向を、雲、空、海と高速に変えていた。ある時は水平線が映りその境が激しく回る。

 

 みやが福音の背後、兵器発射可能領域を取る。福音は即座に左方向へ、ブレイクターン。交差角……進行方向角度を大きく取り、みやをオーバーシュートさせようと福音は高機動回避運動を続けていた。みやのフレームには24Gが掛っていた。両肩に負荷が掛り真の指が震え、意識に靄が掛り始める。

 

 福音、高速ロール。ドリルの様に自転し、シルバー・ベルを全方向に打ち出した。みやが高速演算し、雫の軌道を予測する。可能な物は避け、進路上にある物は左腕ライフルで撃墜。ハイパーセンサーが伝えるイメージから色が消え、音が間延び始める。

 

 大気の流れ、気温に湿度、角度と距離、そして時機。

 

 最大加速。世界がゆがむ。福音の姿が急激に大きくなる。距離800m。風向きは正面だった。装填弾頭は“APFSDS”通常弾。福音の両肩の位置、腕の角度、開脚度、翼の位置……回避針路予測。彼がトリガーを弾く瞬間である。

 

 彼の目の前に福音の掲げた右手の平があった。

 

 その手に掴む黒いもやは、彼の第6感と心臓を壊さないばかりに打ち鳴らした。彼は肉体とみやに下していた命令をキャンセル、回避に変更。もやが輪郭を形成する。

 

 上肢を福音の左脇に潜り込ませた。急激な命令変更にフレームと生身の身体が悲鳴を上げた。ミリ秒前まで彼の頭部があったその場所を、錐形状の黒い弾頭が駆け抜けた。みやの左腕が衝撃に襲われる。

 

 真は体をひねり、右翼スラスターのみ最大噴射。右肩が福音の胸に当たり、はじき飛ばした。彼は眼を剥いた。みやの左腕にあったアームガードがえぐられ、赤く融解していたのである。その左腕は対一夏戦と異なりシールドを展開させていた左腕だった。

 

-警告:絶対防御無効攻撃-

 

 それは福音のワンオフ・アビリティ“ロンギヌス”だった。福音は翼を広げると空高く舞い上がり、両手を広げ歌を奏でる。銀の雫を無慈悲に降り注ぐ。真は大ぶりな黒釘を量子格納、アサルト・ライフルを右手に持ち替えた。躱し続け、直撃コースの銀の雫は撃墜した。疲労で次第に精度と速度が落ちる。

 

「La」

 

 真は福音の駆け引きに感嘆し、己のうかつさを呪った。福音は敢えて被弾し、エネルギーを犠牲にし、真の隙を誘ったのだった。時間を稼ぎなら、真を疲労させ、切り札を持ち出した。それは常時イグニッション・ブーストの機動力と特殊攻撃、絶対防御を無効化する黒い光弾。全ては仕組まれた罠である。

 

 福音のパイロットは意識がないにも関わらず知能戦を仕掛けた。“暴走”という先入観に真は思考の隙を突かれたのであった。

 

 雲の絨毯、その上で回避を続ける真に、福音は銀の雫を降り注いでいた。回避が遅れアイギス展開、同時に体をひねる。雫を受け流したがダメージ発生。残エネルギー880。

 

(あの雫が無効攻撃でないのが救いだが……どうする?)

 

 雲の回廊に雲の柱が建つ。疲労で回避が鈍る、直撃。落下、めまぐるしく回る世界。真はメッセージが刻まれていた右腕を見た。歯を食いしばり、腹に力を入れる。

 

 爆音が鳴り響いた。

 

 

-----

 

 

『よう色男! 手こずっているな!』

 

 爆発音とともに現れたのは、翼を広げたF-14Eの群れであった。SR-AAM(短距離対空ミサイル)AIM-9Xが福音を襲ったのである。ミサイルが燃す一つの火の玉、彼はその光景に眼を剥いた。

 

 SR-AAM(短距離対空ミサイル)AIM-9Xの射程は40km。最大速度マッハ3.2の福音はこの距離を37秒で走り抜ける。対しF-14Eは最大マッハ2.3。戦域離脱ならまだしも戦闘機動だ。機動力も加速も圧倒的に上回る福音に喰らい付かれれば必死の距離だった。

 

 後続する短距離ミサイルがマッハ2.5で飛来し指定座標で爆発。福音を取り囲み吹き飛ばした。福音から一群までの距離35kmから32kmに接近。真はその群れに叫んだ。

 

『何しに来た! 戦闘機では歯が立たない! 戻れ!』

『フランスでのミサイル騒ぎは良い教訓だからな!』

 

『戻れと言っている! 無駄死にする気か!』

『あーあー コミュニケーターの故障だ。よく聞こえない』

 

『このバカ野郎ども!』

『ガキに舐められっぱなしは性に合わない!』

 

 未だ冷めない爆炎が渦のように巻かれ吹き飛ばされた。翼を広げた福音は歌を奏でる。

 

『ホッグス・ワンから全機に告ぐ! 燻らせたこいつら(F-14)で一泡吹かせるぞ!』

『『『了解!』』』

 

 キャナルズの雄叫びに戦闘機の群れは散会、福音を中心とした軌道を描く。それは籠をだった。真は彼らの意図を察し、ヴェルトロ(狙撃銃)に量子交換。発砲、翼を広げ音速で飛翔する福音の足先に命中。20mmの弾丸が、福音の姿勢を乱す。撃ち出された雫の数々は歪に曲がり、あらぬ方向に飛んでいった。突風に隊列を乱される鳥の大群のようであった。

 

 福音を狙う遠距離からの殺意の線は12本。真はそれを読んだのである。薬莢排出、銃身に高速徹甲弾が装填される。

 

 飛来する4発のミサイル。福音は鋭い矩形の軌道を描き、回避。真が発砲。弾丸命中。歪に回転しながら墜落軌道を取る福音にミサイルが命中した。

 

 福音の甲高い声が耳に付いた。

 

『Bingo!』

 

(行けるか……?)

 

 真がそう願ったとき、彼の首筋に節足動物が這い回るような、感覚が走った。

 

『ネコ共に告ぐ! 緊急― 』

 

 離脱しろ、その声は歌に掻き消された。眩む程眩しく光る光の翼。発砲した弾丸は、福音の背中に届くこと無く、失速、投げた石が地に落ちるかのように海に消えていった。

 

 真が追撃・加速した時には既に、福音の手にもがれたF-14の首があった。

 

 彼らも座して死を待っていた訳ではない、機動が違いすぎた。みやですら追いつけないゼロからマッハ3.2までの瞬時加速である。もがれた首は潰され、赤い雫が飛び散った。紙に散る赤いインクの如く。残った身体は火を噴きながら海へ落ちていった。

 

『マックスがやられた!』

『化け物かよ!』

 

 真は警告する時すら惜しみ最大加速。急激上昇。福音追尾。みやはマッハ1.5、弾丸の初速度は1.2、合計2.7。単純計算ですら届かなかった。

 

 真が牽制するも、多数が撃墜されていった。ある機体は福音の腕の爪、ある機体は蹴り。ある機体は、機動による衝撃波で撃墜された。海に散っていった。

 

 真の嘆きが木霊する。あざ笑うかのように福音が歌を奏でた。

 

『こっちだ喰らい付け!』

 

 F-14E ホッグス・ワン。可変翼後退68度。アフターバーナー点火。重力を併用した加速。キャナルズだった。

 

『やめろ! 過加速だ! 振り切っても高度が足りなくなる!』

『ぼさっとするな! さっさと仕留めろ!』

 

 濃紺に変わった海という底。真っ直ぐに降下するF-14Eに、福音が狙いを定めた。真はそれに、2つの輪を重ね同心に並べた。照準。彼が黒釘の引き金を引く瞬間であった。

 

 照準内のそれは反転、真に向けて雫を大量に撃ちだした。福音は援護せざるを得ない状況を読んでいたのである。

 

 注ぐ大量の雫。みやは直撃を受け吹き飛ばされた。キャナルズは、虫を振り払うかのように放った一粒の雫で散った。翼がもがれ、火を噴き、墜ちて行く、その機を彼は呆然と見つめていた。彼の心を駆け抜けていったのは、彼に付き合い巻き込まれて逝ったかっての部下たちだった。

 

(また繰り返したというのか……俺は!)

 

 彼は砕けんばかりに食いしばると、みやにそれを指示した。黒釘、量子格納。再度みやに指示。ハンドガン展開。再再度みやに指示。多方向加速推進翼展開。みやに繰り返し指示。

 

-命令了承 リミッタ・カットオフ-

 

 それは右腕に刻まれた、もう1人の彼から彼に送られたメッセージの1つ。スラスターが光を放つ。加速。振動と鼓動。歪む視界と幻。貫いたのは世界の壁。

 

 聞こえるのは、彼にとって最も身近な女性の声だった。

 

『真止めろ! 作戦は中止だ! 戻れ! 今すぐだ!』

『千冬か? 貴女は俺の知っている、あの千冬か?』

『そうだ! だから直ぐ戻れ! 今すぐ行く!』

『やっぱりそうだったか。随分印象が違っていたから少し不安だった』

 

 加速。降り注ぐ膨大な雫をかい潜り、空を切り裂いた。身体に消去しきれない慣性が掛る。眼と口と、鼻と耳からは血が漏れ、滴りだした。モニターしていたのだろう、その声が悲痛な物へと変わった。

 

『止め……戻って! すぐ行くから!』

“クール・ビューティーに生まれ変わったのなら最後まで通せよ。俺は、世界を正しい有り様に戻す……あの時助けられなくてごめん。元気でな”

 

 千冬の悲鳴が回線に響く、真のそれは既に声では無かった。増槽パージ。両脚と背中のエネルギー・パックが羽根のように流れていった。

 

 夕空を駆け抜ける、銀の光と黒の粒。離れ交差しまた離れ、交差した。弧を描き貫いた。火花が散った。2つの発砲音が夕暮れの空に響き渡る。ハンドガンの弾丸は、唯一シールド保護していない翼の根元、フィラメントを破壊した。福音は片翼を失った。

 

 福音の黒い霧はみやのエネルギーシールド、物理シールド、絶対防御を貫通、彼の右脇腹をえぐった。血と臓腑が飛び出した。

 

 スラスターから火は消え、四肢は力を失った。

 

 翼をもがれた福音は、空にうずくまり悲鳴を上げる。

 

 水柱が立ち、

 

 海が赤く染まった。

 

 身体が冷え、

 

 鼓動が緩くなった。

 

 ラファール・リヴァイヴ・ノワール“みや” 活動停止。

 

 彼は体内を打つ音が止まるのを知り、

 

 暗く閉ざされる水の底、

 

 彼は意識を閉じた。

 

 

 

-俺から俺へ。学園を守れ、彼女たちを守れ、一夏を守れ-

 

(俺から俺へ……任務完了)

 

 

 

 これが蒼月真と呼ばれた青崎真の最後だった。




やりたい放題で済みません。品が無くてごめんなさい。箒はヒアリングが出来ません。映画フルメタルジャケットも未鑑賞。意味が分かったら純粋な彼女には多分トラウマ。これでも大分マイルドにしたのですよ。


【補足1】
因みに。前回投稿分でディアナが空母に降り立った時の海兵たちはChristina Aguilera という方の Candyman というPVをイメージ。動画サイトで検索すれば恐らく直ぐ見つかります。軽快な歌ですのでご興味があれば是非。

【補足2】
前回投稿分で、蒼月真の消失がバレないのか、というお問い合わせがありました。静寐と一夏は、他人行儀な振る舞いを嫌がらせと感じました。先入観ですね。様子が違うから=記憶が無くなっているとは一般的ではない、そんな感じです。ラウラのフォローもあったでしょうし。そのラウラも……ううっ(涙




以下、ネタバレかもしれない作者のぼやき


























【補足3】
千冬の通信タイミングはリミッタ・カットオフです。旅館でモニターしつつ悩んでいたら手遅れになりました。

【補足4】
第7艦隊の彼らに焦点を当てた理由は3つ。誰かに“英雄”と呼ばせたかったことと、青崎真が最後になにをしたかその片鱗を出したかったからです。もう一つは……




いちか「真がまことしやかに散りました」
まこと「座布団はやらん」

ラストについては次回投稿(予定)をお待ち下さい
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