IS Heroes   作:D1198

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Heroes

 伊豆半島南端、石廊崎から南へ約40km。神津島近海。洋上より1.2km。時刻は18時24分。太陽が空と雲を紅色に照らす幻想的なその場所で俺達は翼を広げ駆けていた。

 

 見上げる紅の空には、銀と白が翼を広げている。その2機はあるときは平行に、またあるときはらせんを描きながら、広げた翼で空を刻みつけていた。

 

-兵装変更 アサルト・ライフル 残弾150発-

 

 あれ程重かった体が不思議と軽い、まるで羽になったような……いや、枷がなくなったような軽さだ。一夏、お前のお陰だと思わないでやらん事もない!

 

 ライフルを構え、照準、フル・オート発射。蛇の様に波打つ弾丸の軌跡が、福音を追い立てる。

 

「そっちに行ったぞ! 一夏!」

「雄々々々々ーーー!!!」

「La……La La」

 

 福音の振り向いた目の前に、蒼銀の刃が迫る。福音は体をひねり、回転させる。左足を一夏の首に絡めると、タイミングをずらされた白式の一閃が空を切った。福音“ロンギヌス”発動。距離1000m射程外。見計らっていた俺は、12.7mm弾で一夏もろともぶっ放した。

 

 吹き飛んだ一夏はボーリングのピンの様。

 

「て、てめぇ! なにしやがる!」

「黒くて太いのよりは良いだろ!」

「どんだけ性悪だよ! 地獄に落ちろ!」

「安心しろ! さっき行ってきたばかりだ!」

 

 天にそびえる福音は6枚の翼を広げると、銀の雫を大量に打ち出した。まるで光輪、天使気取りもここまでくると清々しい。

 

「そんな事より一夏! 白式どうしたんだよ! セカンド・シフトしてるじゃないか!」

「飛んでる間に気合入れたに決まってるだろ!」

 

 さながら白い翼の聖騎士。似合うところがまた腹が立つ……どこまでデタラメだ、このバカ。

 

 その一夏は然も不服そうにこう言った。

 

「シキも真が不甲斐ないからだとよ!」

「言ってろ!」

 

 一夏がゼロ・ブート・イグニッション。空間をねじ曲げんばかりの加速で福音の頭を駆け抜けた。俺はその隙をついて上空に駆け上がる。けん玉のように弧を描く白式は、頭上から再攻撃を仕掛ける。その速さはまるで白い残影。その影に隠れ、一夏の背を追う俺は銃を構えた。今、視界を占める物は海と雲と一夏の背中だけだ。

 

 福音が雫を打ち上げる瞬間、白式は軌道変更。福音は一夏につられ、余所を向く。その瞬間を狙い発砲。着弾。ひるんだ福音に白式が一閃。左の羽一枚を切り落とした。

 

「LaLa」

「このままじゃ埒あかねーぞ、真!!」

 

 衰えを一向に見せない福音に、一夏が吐き捨てた。地球の丸みと雲海が上から下に流れ、致死の雫が目の前を切り裂いてゆく。白式のエネルギーが半分を切り、こちらもガス欠寸前。

 

 福音は確かに強力だ。だがそこに人の意思が無いならば付け入る隙はある。思案する余裕が出来た俺は兵装一覧を確認した後、海に浮かぶ島々を見た。俺の意図を察したみやが情報を補完してくる。俺は腹を決めた。

 

「一夏! 仕掛けるぞ!」

 

 

-----

 

 

 俺らは合流すると、雫を躱しながら最大速力で海面に向かう。前方の水面に、白い柱が立った。大洋が巨大な噴水のようだ。後方から追撃を行う福音をハイパーセンサーで捕らえながら、ライフルを後方に向け、牽制射撃。一夏は雪片弐型を持ち直した。

 

 右隣を飛ぶ一夏は笑っていた。俺も笑い返した。なぜかって、失敗するとは毛ほども思わない。あぁくそ。本当に腹が立つ。俺はかって一夏が居るなら不可能はない。そう思った。今は“俺らなら出来ないことは無い”そう思える。

 

「海上ぎりぎりまでおびき寄せる。そうしたら」

「お前が隙を作る」と、一夏が言った。

「お前が止めを刺す」俺が引き継いだ。

「幸運を」

「当然!」

 

 一夏は離脱、弧を描き、駆け上がる。俺は継続降下。福音は俺を追ってきた。死に損ないを裂きに仕留めるらしい。当然な判断だ、だが。

 

 急に視界が黒い海で塗りつぶされると、針路変更、俺は海面の際を駆けながら、黒釘(120mmカノン)を量子展開。あざ笑うかのように奴は「LaLaLa」頭上から致死の雫を浴びせてきた。幾つもの衝撃が打鳴り、立つ水柱の中、俺は翻し狙いを定めた。今は一夏が居る事を奴は忘れている。

 

 有頂天の奴を一夏が切りつけ、その怯みに通常弾(APFSDS)を見舞った。俺の持つ最大級の攻撃だ。轟音と閃光が一瞬辺りを支配し弾は奴を掠めた。ダメージは殆ど無いだろうが、それで十分。奴はこいつの威力を知った。仕込みが終わる。

 

「どちらをみている。俺はここだ。今更乗り換えなんてさせんぞ!」

 

 俺の叫びを聞いたのか福音が俺に向けて急激降下、海と空の極で方向を変え、一気に距離を詰めてきた。俺は奴を見据えながら、最大逆加速。かき分けるように波しぶきをたてる福音が迫る。

 

 黒釘を構えると、みやが特殊弾の装填完了を告げた。APRDS(Armour Piercing Rifled Discarding Sabot:装弾筒付腔線式安定徹甲弾)の装填完了を告げた。こいつは弾芯を超高速回転させる事によって命中精度と威力を飛躍的に上させた、第2.5世代IS兵装(取って置き)だ、お前にくれてやる!

 

 俺は降り注ぐ雫を躱しながら、それに紛れ“背中で一瞬海面を触る” 俺が躱しきれない距離まで近づいた奴は、断罪の翼を広げ形容できない光子の歌を奏でた。俺を捕らえたと確信したのだろう、けどな。

 

 鈍い光と音の後、迫る福音の足下に水柱が立ち上がる。

 

 ありったけのグレネードをリモート爆発させた。この辺は適度に浅瀬だ、仕掛けは容易だった。 飛沫に巻かれた奴が逃げようとするがもう遅い。

 

-撒餌は済みました。あとは宜しくお願いします。蒼月様-

「覚えとけ、水は案外重い」

 

 自由が効かない奴を捕らえた俺は引き金を引いた。今度は正真正銘、最大火力。発射された特殊弾頭は空気と水を励起させながらコンマ秒で奴に達し、その力を一瞬封じる……それで十分だ!

 

 俺の後ろから白い翼が飛び出した。一夏の咆哮が響く。

 

「やれぇぇぇぇ! いちかぁぁーーーー!」

「今度は外さねぇぇぇーーーーー!!!」

 

 蒼銀の光が辺りを眩しく照らすその姿、その背中。この姿を見るのは何度目だろう。これから何度見るのだろう。きっと大変だが、きっと楽しい。そう確信しながら俺は海に沈んだ。

 

 気がついた時には福音は飛ぶのをやめていた。

 

 

-----

 

 

 見上げる空の雲はゆっくり流れていた。視界の端にある太陽は、もう水平線の下に隠れていた。そんな宵時、俺はぷかぷか波に揺られていた。

 

 両肩と腰と足のエアフロートで体を浮かばせて、波に揺られて、一杯出来たらさぞ最高だろう、そんなことを口に出してみた。

 

「そんなこと口走ると千冬ねぇにどやされるぜ」

「彼女は理解があるからいいんだ……福音のパイロットは?」

「無事だ。結構頑丈な女性(ひと)みたいだ」

 

 見れば一夏の両腕に、フル・スキンの女性が収まっていた。どんな人だろう、そう思ったが次のぷかぷかでどうでも良くなった。

 

「一夏、悪いけれどその人を頼む。俺はちょっとしんどい」

 

 一夏は無言で頷くと、こう言った。

 

「じゃ、帰ろうぜ。腹減った」

「あぁ」

 

 

 高い空から見る夕日は、雲と海に挟まれて、強い光を放っていた。カメラの絞り、レンズのようでもあり、土星か銀河系のように明るく、つばを伸ばしていた。

 

 右隣を飛ぶ一夏に俺の陰が落ちる。

 

 これから大変だぞ

 

 バカなことをしたもんだ

 

 色々文句が浮かんだが結局どれも言葉にならず空に霧散していった。そんなことは一夏が一番よく分かっている。なにより俺がそうさせた。俺の心中知ってか知らずか、変わったはずの一夏は相変わらずだ。

 

「なー真」

「どうした」

「俺、静寐を好きなった」

「あぁ」

「告白しようと思う」

「あぁ」

 

 じっと俺を見つめる一夏に俺はこう告げた。

 

「気兼ねするな、自分の気持ちをぶつけてこい」

「おまえがさ、静寐にも本音にも、セシリアにも鈴にも応えなかったのは、千ふ……」

「自分が嫌いだったからだよ。自分を大切に出来ないやつは人を大切になんかできない」

「……好きになれとは言わない。けどけじめは付けろよ」

 

 千冬と箒のことを言っているのだろう。一夏から見れば曖昧は我慢出来まい。

 

「……そうだな。そうしないと俺は前にも後にも進めそうにない。蒼月真のやり直しだ」

「なら今晩な」

「マジ?」

「マジ、後で良いなんて言ったらお前ズルズル行きそうだし」

 

 ぐうの音も出なかった。

 

「勢いも大事か」

 

 そう呟いたとき、旅館の上空で俺らの帰りを待ちわびる人たちが居た。

 

 ISを纏い空に立つのは箒と、セシリアと、鈴と、真耶さんと千代実さん、他の教員の人たち。下の旅館の庭には、千冬と、マチルダと、静寐と本音、皆がそろっていた。ラウラとシャルの姿が見えないが、彼女らの様子からなら大丈夫だろう。

 

 俺の先を行く一夏が振り向くと、笑って見せた。そのとき俺はようやく帰ってきた。そう思うことが出来た。

 

 

 

-----

 

 

 戻った早々、皆から激しい説教を受けた。その後一息付く暇も無く、よく知る女性2人に報告を行い、また説教を受け、報告書をまとめた頃には既に日が変わっていた。

 

 俺は頃合いを見計らって千冬を誘い出し、灯台に登って日本酒を交わしていた。これは彼女がこっそりと持ってきた物らしい。後味が残らず、なかなかの物だった。本来なら俺は御法度だが、

 

「まぁお前は色々常識外だからな」

 

 そう黙認された。2人で酒を飲むのはこれが始めてだから、それもあるのだろう。前は、彼女が成人する前に別れてしまった。

 

 それにしても何とも奇妙な体験だ。かって年下だった妻が、今や俺より年上になって、こうして酒を酌み交わしているのだ。フィクションでよくあるシチュエーションだがいざ目の当たりにすると、現実感に乏しい。

 

 それはきっと、ここが非現実的な、非日常的な空間だからだろう。今この場所、この時は俺らだけだ。臨海学校が終わり学園に戻ったとき、俺らは俺らの関係が過去だったと思い知らされる。

 

 頭上に浮かぶ、丸くて大きい、蒼白い月を見ながらこう聞いた。小さい杯に波紋が立っていた。

 

「つまり、千冬もマチルダも知らなかった、と」

「そうだ」

 

 俺の、異能の影響で意思を持ったアレテーとみやは、俺を助ける為に一芝居うったと言う事だった。

 

 俺が俺を取り戻すには、青崎真が死ぬ必要があった。当然、肉体は同じなので青崎が死ぬと蒼月も死んでしまう。そこでナノマシン群の力を借ることにした。事前に知らせると、俺がナノマシン群に指令を出す恐れがあった。だから何も言わなかった。

 

 もう一つ。俺が死に、反英雄からのプレッシャーから解放された一夏は、俺の存在、その意味を知り、俺を受け入れる契機として用いた……大丈夫。感謝はすれど恨む筋合いは無い。あぁ、怒っていない。俺は冷静だ。胸のみやに落語でも語らせようか、そう考えていたとき、

 

 風が吹いた。

 

 立てた両脚を抱えながら、俺の左で腰を下ろす千冬は、そよぐ海風に髪を押さえていた。月明かりを浴びる白い運動着は蒼くうっすらと闇夜に浮かび上がっていた。俺の直ぐ側、その距離30cm足らず。幻想的なその姿は“違うのだ”そう突きつけられているように感じた。

 

 千冬は俺らと異なり“あの時と繋がっていない”

 

 一夏に跳び蹴りされたとき、俺が分からなかったのはその為だ。篠ノ之博士曰く、千冬は“Zero Walker”というらしい。極希に世界を渡る人たちの更に希。転生に近い転位した存在。Walkerでもあり、一夏の姉として生を受けた準英雄でもある。彼女の力はこれだ。

 

「超人じみている筈だよな」

「言葉は選べ。これでも人並みに傷つく」

「ごめん」

「私よりお前だ。体は良いのか?」

 

 千冬の視線の先、俺の右脇腹があった。福音の攻撃で大怪我したところだ。

 

「あぁ。少し突っ張るけれどもう大丈夫」

「そうか」

「そう」

「やはり見せろ。お前の大丈夫は当てにならない」

 

 乗り出し、俺の右脇に伸ばされた千冬の左手を掴んだ。視線が絡んだ。その世界最強の指は細くて、柔らかくて、暖かくて、そして震えていた。俺もまた震えていた。全てを捨てて渇望し、理解していたけれど諦めきれず、失った影を追い求めてきた……その最後にして終着点、全ての答えが、ここに居た。

 

「……なんだ」

「ずっと探してた」

「そうか」

「ずっとずっと探してた」

 

 指を絡め合った。奥底にしまった感情があふれ出す。

 

「そう」

「でもさ。千冬はどこにも居なくて、それでも諦めきれなくて探し続けて、何時の頃からか千冬の顔も思い出せなくなったのに、それでも探して。名前も思い出せなくなって、走り続けて。多くの人を犠牲にして、それでも止まれなくて。俺を愛してくれた人を巻き込んで、死なせて、死んで― 」

 

 千冬は俺をそっと抱き寄せた。何度も繰り返す、その叱咤は言葉にならず、身体は涙に震えていた。

 

「うん。こんなになるまで俺は気付かなかった。止まれなかった」

「もう、自分を責めるのはよせ。私が許す」

「何処に行ってたんだよ、16年、16年だぞ」俺の声も震え、涙に濡れていた。

「すまない」

 

 頷くと彼女を引き寄せ、そっと口づけをした。感じる温もり。手を離すな、彼女を手放すな、衝動と言う名の願い。俺は彼女の肩を掴み、そっと手を離した。彼女の手もまた離れていた。

 

「済みません、取り乱しました。千冬“さん”」

「あぁ“蒼月”、もう良いのか?」

「はい」

 

 俺は寂しそうに笑う、腰掛けたままの黒の人を見下ろし背を向けた。

 

「そうそう千冬さん、言い忘れていました」

「なんだ」

「私には幼なじみが居たんですが、その娘には年の離れた姉さんが居て、結婚しました。その娘が死んで5年後です。そして赤ん坊が生まれて、その子はその娘と同じ名前です」

 

 彼女は何も言わず、俯いていた。俺は小さく別れの言葉を継げて、俺は彼女の元を後にした。

 

 

 

 俺の長い旅が終わった瞬間だった。

 

 

 

「少尉」

「やぁ久しぶり。1年と4ヶ月ぶりだ」

「私にとっては8年と4ヶ月ぶりです……終わりましたか」

「あぁ。終わったよ16年掛った」

「もう良いですね?」

「十分過ぎるよ。今まで本当にありがとう」

 

 

 見上げれば灯台で、月明かりを浴びる黒の人。振り返れば、木の葉の影で月明かりを浴びる金の人。かって最も近くに居て、今とても遠いところに居る2人の女性。

 

 時間という壁は俺ら隔て、過去と言う名の思い出にしてしまった。俺は、時を戻せたらどちらに戻る? 戻せたら戻す? どちらも駄目だ。

 

 人の心は時の流れの中にある。やり直すなど神であれ許されない。許さない。だから俺は彼女らに背を向け、前に進んだ。

 

 

-----

 

 

 見慣れた柊の食堂。窓からは星空が見える。いつもの4人掛けの白いテーブルに腰掛け俺は、日本酒を目の前の男のお猪口に注いでいた。彼は濃紺のTシャツと黒ハーフパンツの姿で、俺も似た様なものだ。

 

「この酒はな、おやっさんから貰った超一級酒なんだ」

 

 俺がそう言うと、ぐすぐすと湿っぽい声が漂ってきた。

 

「最初の酒がこれなんて、お前は幸運だぞ」

「そんなわけあるか!」

 

 一夏はがばっと頭を上げると、また突っ伏した。ぐすぐすと鼻をすする音がする。

 

「そうだな。次の酒はこれ以上じゃないと物足りないしな」

「みんなに悪いから、好きだけどごめん……なんてありかよ~」

 

 一夏は玉砕し、やけ酒だ。祝い酒がふいに成ってしまった事は俺としても残念極まりない。

 

「一夏。飲んでばかりはだめだ。ツマミ食え。ツマミ」

 

 差し出した皿には、チーズ鱈。かまぼこ。ゲソ。ピーナッツ。冷奴、定番の品が並ぶ。未成年に酒を勧めるのは道理上好ましくないが、俺らは普通の十代ではない。命がけのドンパチやらせてる時点で道徳も無かろう、そう思う。空調もぶぉんぶぉんと同意だ。

 

「静寐しか居ないのに! 俺にとっては唯一なのに!」

「“みんな”に悪いって言ったんだろ? なら卒業後は良いって事じゃないか」

「待てない!」

「なぜに」

「バラ色の高校生活が……弾に自慢できるって!」

 

 とても気持ちはよく分かる。

 

「“好きなときいつでも呼んで”って言われたんだろ?」

「違う! 俺が望んだのはそんなんじゃ無い!」

 

 がばっと立ち上がると、また突っ伏した。忙しいやつ。

 

「ほれ、もう一杯」

 

 不機嫌そうな、でも泣き顔の一夏は、目の前に注がれる透明の命の雫をじっと見ていた。俺はマチルダの部屋から失敬してきたスコッチを開ける事にした。氷が溶けてカランと言った。

 

「あのよ」

「なんだ」

「リーブス先生は?」

「“次同じ事をしたら、今度こそ首を落としますから”って怒られた」

「セシリアは?」

「だいたい同じ。“首輪つけて実家でこき使いますわよ”って怒られた」

「箒は?」

「“済まない。静寐に義理がある。私だけと言うわけにはいかないんだ”って呼び出しておいて泣かれた。とてもバツが悪い」

 

 一夏はすっくと立ち上がり、ずかずかと俺の脇に立つと、俺の左頬に衝撃が走った。ソファーに叩き付けられた。当然俺は、すっくと立ち上がり、

 

「突然なんだ! このバカ一夏!」

 

 胸ぐらを掴んだ。目の前にむかつく顔がある。

 

「毎度毎度見送りやがって! このアホ真! 何で追いかけないんだよ!」

「「……」」

 

 ガンを飛ばし会うこと5秒ぐらい。傍から“見つめ合ってる”とか黄色い声が聞こえるけどそれは違う。

 

「あのな一夏」

「なんだ、このヘタレ」

「……あの娘とは20も年が違うんだ。好きです俺もなんていくか」

「お前、死んでもそれ直らないんだな。良いじゃねぇか。傍から見れば問題ないし」

「俺自身“蒼月真”という存在を持て余しているんだ。勘弁してくれ」

「……プレゼントは?」

「受け取って貰った」

 

 一瞬安堵し、その後不満そうな表情を浮かべ、また泣き出した。

 

「まぁ良いけどよ、真だし……めそめそ」

 

 もしゃもしゃと摘みを食べる一夏。俺も顔が火照ってきた。

 

「良いじゃ無いか、静寐は生きてるんだし。まだ幾らでも機会はあるさ」

「お前、3人死なせたもんな、わはは」

 

 目と鼻から液が怒濤の様に出てきた。とてもしょっぱい。

 

「すまねぇ、俺言い過ぎたかも」

 

 かも、じゃないやい。鴨は鍋だけで十分だ。

 

「つまらねぇぞ、それ」

 

 なぜばれた。

 

「なー」

「んあ?」

「千冬ねぇとは?」

「だーかーらー もう2度と会えないと思っていた人と似ていた。それだけ……何度も言わせるな」

 

 胸ぐら掴まれ頭突かれた。

 

「痛いぞ」

 

 一夏が口を開いたとき、手元に影が落ちた。見上げればそこにちーちゃんがいた。何故だろう、こめかみに血管が浮かんでいる気がする。腹に溜まった怒りを懸命に抑えているように見えた。

 

「……真、弟になにをしている」

 

 この辺変わってないな。バカがつく程の真面目さだ。だから俺はグラスを突き出してこう言った。露が滴った。

 

「良いかちひゅゆー! 一夏はもう一人前らろ!」

「そうらろ! ちひゅーねー!」

 

 織斑先生を呼び捨てしているよ、とどこからともなく漂う、悲痛なギャラリーの声。今度こそ死ぬかもね、とか酷い。だがそんな事はどうでも良い。

 

「ほう、何処がだ?」

 

 千冬はそろそろ、一夏を認めてやらないといけない、そう思う。ようし、よおし。

 

「一夏! ねーちゃんに眼の物見せてやれ!」

 

 応と掛け声1つ。立ち上がり一夏は、

 

「静寐ー 愛してるぜー」

「いや」

「めそめそめそ」

「わはははは」

 

 俺は一夏の背中をバンバンと叩く。いつの間にやって来たのか、離れに腰掛けるは3人娘。静寐は頬を染めていた……上手くやったじゃ無いか一夏。残りの問題は時間だけだ。

 

 

-----

 

 

 千冬は一夏と俺の頭に一発喰らわすとそのまま去って行った。酔いか脳しんとうか分からない揺らぎのなか、俺が見た者は鼻の下を伸ばす一夏だった。

 

 シャルは一夏の左に腰掛け、お猪口を手渡すと器用に酌んでいた。良い笑顔だった。

 

「はい、一夏。困ったことがあったら何でも言ってね、僕何でもするよ」

「おー シャルは気が利く」

「アルコール飲むときはちゃんと食べなきゃ駄目だよ。これ作ってきたんだ、一夏の口に合うと良いけれど」

 

 次ぎに差し出したのはフランス製ツマミの数々。一夏は上機嫌だった。

 

「おぉう、シャルは良い奥さんになるぜ」

 

 シャルも逞しいよな。

 

 俺のぼやきに合わせて、ティナと清香もやってきた。手には自家製のツマミの数々。言うまでも無く一夏のである。なお、この所有の言葉はツマミに掛っている、念のため。

 

 一夏の左にシャル、右にティナ。後ろの清香は背もたれ越しに身を乗り出して……あまり同情出来ない。いや全く出来ない。

 

 突如響き渡る悲鳴。

 

 何事かと立ち上がり、視線を飛ばすその先に立つのは白銀の少女。柱に手を掛け息を切らしていた。俺は眼を剥いた。一夏は鼻血を吹き出した。

 

「ぼ、ぼーちゃん。素っ裸!」

「ラウラさん! なにしてるの!」

「暑いからってそれはダメ!」

 

「ラウラ! はしたない!」

 

 俺は慌ててシャツを脱ぎ始めた。もちろん彼女に羽織らせる為である。今は夏、少女たちに上着を借りる訳にもいかない。当のラウラは何処吹く風で俺らを見ると満面の笑み。

 

「お、おー」と言いながらラウラが駆け寄ってきた。

「はいはい、織斑君はこいつだぞ。先に服着るんだぞー」

 

 げんなりとかざしたシャツがひらひらと、

 

「お父様!」

 

 抱きつかれた。訪れる沈黙。記憶の再構築したラウラは俺を父親扱いするつもりらしい。それを見ていた一夏は、立ち上がりこう叫んだ。

 

「よっしゃーー! だったら俺も新しい恋に生きる!」

「だれに?」

「鈴!」

「にゃによ!」

 

 俺のツッコミと鈴のボケ。遠巻きだった鈴は突然名前を呼ばれテンパった。

 

「鈴! 俺お前のプロポーズ受ける! 洋風が良い? 和風が良い? ハネムーンはヨーロッパにするか!?」

「何言ってるのよ! バカ?!?」

 

 一夏は駆け寄り鈴の手を握る。響き渡るは悲痛な叫びと、感嘆の声。鈴は慌てふためいた。だがそうはいかない。一夏よ、

 

「鈴と添い遂げたくばこの兄を倒してからにして貰おう!」

 

 と言ってみた。

 

「よっしゃ! その挑戦受けた!」

「あんたらバッカじゃない?! いやバカよ!」

 

 顔をトマトのように赤く染め慌てふためく鈴に、俺らはこう迫ってみた。

 

「鈴。俺が兄では不満か?」と左頬にキス。

「鈴。俺が夫では不足か?」と右頬にキス。

 

 はち切れんばかりの鼓動だろう、鈴は石像のように卒倒した。感極まり目も虚に理解出来ない言語を話していた。小さく痙攣もしている……少しマズイかもしれない。

 

 そんな鈴を見ていた少女たち、鈴をそっちのけで我先にと一夏に詰め寄った。

 

「「「鈴だけずるい!」」」

「よーしよし、ちゅー欲しい娘あつまれー!」

 

 一夏の声にわらわらと集まる少女たち。調子に乗るなとシャルと静寐が噛みついた。それを見ていたラウラは俺の左頬にキスをした。

 

 気がつけば目の前に蒼のお嬢様。ラウラを押しのけるように抱きつかれれば、首に掛るはか細い腕。心地よい重みと暖かみ、コロンの匂いが鼻孔を突く。熱い吐息と共に耳元で囁く言葉は、

 

「箒さんのイヤリング、ティファニーですわよね?」

「セシリアはもう少し年相応でも良いと思うぞ」

「11月11日ですの」

「セシリアが蠍座ってのは意外だよな」

「お応えは?」

「……了解」

 

 頬に柔らかい感触、一歩離れたそこに可憐な笑顔。女性はお金が掛るものなのだ。本当に仕方ないのだ。決して“セシリアの方が金持ちじゃないか”など口走ってはいけない。俺が大枚叩いて贈呈することに意味があるのだ。だが、

 

 “んんっ”離れたカウンターから聞こえるのは咳払い2つ。何故聞こえるのか、どうして隠し事がバレるのか、不思議でならない。そう思う……自動車は当面お預けだな。

 

 

-----

 

 

 遠巻きから見守るのはその千冬とディアナであった。千冬は白。ディアナは黒。色違いのスウェットに身を包み、食堂のカウンターに腰掛け、グラスを傾けていた。気怠そうに酌み交わしていた。

 

「あの人の学生時代ってどうだったの?」

「それはもう酷かった。少し目を離すと女が付いてるからな。その上、当の本人に自覚が無い」

「一夏みたいだったのね」

 

 カランと氷が間の抜けた音を立てた。

 

「真の家族にも手伝って貰って、外堀を埋めていった。軍属時代は?」

「それはもう酷かったわ。何を言ってもやっても取り付く島が無くて。何か意見すれば、君はどの部隊でも歓迎されるだろう……本当に、むかっぱら立っちゃうわ」

 

「私と死別したんだ、当然だな」

「寝るたびに泣いてたのよ、それを見せつけるから憎みきれなくて、本当に憎たらしい」

「……何故それを知っている」

 

 本音の“まこと君ー 私酔っ払っちゃったー 終電無くて帰れないー”何とも言えない艶っぽい声が響く。時子(本音の叔母)の仕込みだ。反応に困りしばらくの沈黙が訪れた後、千冬が口を開いた。グラスの氷がまた音を立てる。

 

「結局お前はどうする」

「結ばれるなんて無理。立場もあるし、何より私と結婚すれば世間の目が向くわ。今彼は一夏の影に隠れているから比較的静かだけれど、彼のあの能力が明るみに出れば抹殺されかねない。直接的な攻撃能力ではなくても、科学文明社会にとって脅威以外何物でもないもの」

「……そうだな」

「だからって幸せな家庭なんて築かせてやるもんですか。私の人生引っかき回したのよ、何処までも何時までもつきまとってやるわ」

 

「亡霊か」

「忘れたの? 私は1回死んでる」

「違いない、な」

「ところで千冬。1つ言い忘れていたのだけれど」

「奇遇だな、私もだ」

「「ちょっかい出すな」」

 

 2人は同時に飲み干した。

 

 

-----

 

 

 人生とは苦難の連続だ。そして人は弱い。だから強い何かに縋りたくなる。己を低くしてしまう。それは俺その物だった。

 

 苦悩と無関係な存在である一夏は俺を見捨てるべきだった。だがそれは、全ての誰かの為に立つ、一夏の本質と矛盾する。俺ならきっとノーカンだと割り切っただろう。だが、

 

 一夏は選んだ。

 

“だったら2人でやろうぜ”

 

 一夏はその座を降り力任せに俺の手を掴み引き上げた。肩を組んだ。助けを与えるのではなく、救いの手を求めるのではなく、互いに肩を組み俺らは立っている。一夏はもう英雄ではない。未だ残るその力は残照だ。つまり、普通の人間と同じように苦しみ、嘆き悲しむ存在となった。だから、

 

 一夏が、でもなく。

 

 俺が、でもなく。

 

 俺らは互いに手を取り合い、いつの日か、新たな英雄が現われるその日まで戦い、守り続ける。

 

 いや、ずっと。

 

 

 

「何ぶつくさ言ってるんだお前、きもい」

「俺の感傷返せこの馬鹿一夏!」





 第一期 完。
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