IS Heroes   作:D1198

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セシリア=オルコット4

 アリーナのフィールドが、水平から左に回転、直立すると右に流れた。視界が空に染まると、その中に一際青いものが見える。その直後、光弾が空気を激しく叩きながら右肩の近くを駆け抜け、みやの体がその衝撃波で激しく震えた。崩した体勢をFBW(Fly By Wire:航行管制システム)が即座に立て直す。姿勢、飛行方向、四肢の位置などを瞬時に算出し、適切な方向と出力でバーニアを動かした。私はライフルを構え、トリガーに指を掛ける。

 

 

 

 妙だ

 

 

 

 青のパイロットと眼が合った。初撃から3分経過、その瞳には理性の炎が灯っている。早い、流石代表候補と言わざるを得なかった。

 

 

 高度を更に下げフィールド近傍をアリーナに沿って駆ける。照準に観客席を背景にしたブルー・ティアーズと空を背景にした白式が見えた。距離80m。アサルトライフルを3連バーストモードでトリガーを引く。計18発の弾丸が赤い軌跡を引き、ブルー・ティアーズを掠めた。

 

 

 

 体が鈍い

 

 

 

 ブルー・ティアーズ、青いISの光弾が脚部を弾く。-右脚部小破ダメージ32 バーニア、および駆動系統に異常なし-

 

 

-僚機白式 被弾 残エネルギー320- ブルー・ティアーズの小型兵器、子機4つが白式にレーザーを放つ。空間移動しているかの如く、鋭敏な機動で白式を翻弄する。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

 じれた白式が強引に切り込んだ。援護射撃6発発射、続けて回避中の青いISに12発。残弾ゼロ。弾もブレードも疾風のISを掠めただけだった。ブルー・ティアーズが流れる水のようにその身を躍らす。

 

 私とみやの接続状態に異常は無い。自分でも驚くほどこの戦場に馴染んだ。徐々に鋭さを増す感覚とは逆に、体だけが重くなっていく。

 

 

-僚機白式と秘話通信を行います-

 

一夏!早くライフル出せ!遊びすぎだ!

白式にはこれしか無いんだよ!

まじか!?

まじだ!!

 

 僚機ステータスの兵装一覧には"名称未設定"というブレードのみが記されている。焦燥感が意識に広がる。

 

 

 

 ブルー・ティアーズの狙いは何だ

 

 

 

 みやが回り込むように空へ駆けた。白式が回り込むように地へ駆ける。互いの眼が中央の青いISを捉え、金色の髪を持つパイロットの眼が私を一瞥した。既に数回視線が交わっている。トリガーを引き弾丸を撃ち出す。青のISは自身を回転させ、躱す。まるで舞台で回る表現者のようだった。肉薄する白式を子機の光弾ではじく。

 

 

 

 白式の一次移行を待つべきか

 

 

 

 青のISは僅かな迷いも見逃さず、子機を遣わせた。レーザー3発が私を掠める。残り一発をエネルギーシールドにて防御、残エネルギー360。量子展開による弾倉交換を試みる、成功。手動にて初弾を銃身に装填する。

 

 間髪入れず、大型ライフルのレーザーが"迫る"。体をひねり直撃を回避、エネルギーシールド貫通、右物理シールド大破。右肩を吹き飛ばされるような衝撃に襲われる。体勢を崩し、観客席のエネルギーシールドに叩きつけられた。PIC(Passive Inertial Canceller:慣性制御システム)が衝撃を和らげるが、相殺しきれず一瞬呼吸が止まる。

 

 アリーナシールド越しに、白い靄に包まれた生徒が見てとれた。皆呆けたように私を見上げている。その中に相川さんと口論した少女も居た。

 

 みやが血液中の酸素量を調整、内分泌腺を活性化させ代謝活動を増加させた。口の中を切ったのか、唾液の中に血が混じる。

 

 落下中にグレネードランチャー"M25-i IAWS"を左手にコール。ブルー・ティアーズに向けて射出、着弾前にリモートで爆破。みやの警告を無視し、薄まった径十数m爆炎内を最大速力で駆ける。ダメージ発生。

 

 ブルー・ティアーズが高速機動に移行し、相対速度が音速を超えた。煙越しに青い影へフルオート全弾発射。すれ違う敵パイロットの眼が、まるで何かを探るような曲線を描く。

 

 

 

 彼女は何を見ている

 

 

 

 高速機動による衝撃波で注意が戻る。命中3、思わず舌を打つ。銃身に一発残し、即座に弾倉を量子交換。刃が空を切った白式の援護を行う。

 

 みやが白式の量子拡張領域(バススロット)、つまり攻撃能力を司るその領域は、全て使用中と告げた。ブレード1本の為だけにだ。私は自分の目を青に向ける。それは弧と線を織り交ぜた縦横無尽のマニューバ(機動)で、私たちを圧倒する。私は、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

-僚機白式の1次移行まで7分34秒-

 

 急げ一夏……!

 

 

 

 

 

「正直驚きました。あなた方がここまでなさるとは」

「そりゃどーも」

 

 夕日を浴びる彼女、セシリア・オルコットの言葉に、肩で息をしつつ一夏が答えた。みやのエネルギー140。白式のエネルギー190。白式もみやも至る所の装甲が欠け、その能力を大きく落としている。私らを見下ろす彼女にもはや私怨は無く、ただ厳かだった。

 

「勝負は付きました、負けを認めなさい。これ以上醜態を晒すことはありません。あなた方の勇気を笑う者はオルコットの名の下に処断しましょう」

 

 恐らく彼女なりの敬意だったのだろう。状況を考えれば私たちの勝利は絶望的だ。だが、それでも諦める訳にはいかない。特に君に対して、私にとってはな。私は破損したアサルトライフルから79口径(20mm)スナイパーライフル"Mi24"に持ち替えた。

 

「折角の申し出だけど、ミス・オルコット。男、いや俺らにとって、もがく、あがくは名誉なんだよ。それにまだ見せていないんだ。意外な物って奴をね」

 

一夏は笑ってブレードを構えた。

 

「そういうこった。まだ終わっちゃいない」

 

 短い沈黙の後、彼女はゆっくりと告げ、

 

「ならば全身全霊を以てあなた方を打ち倒しましょう」

 

 忽然と消えた。

 

 

 

 一夏が声を上げる。私は己の直感に従い全力でその場を離れ、最優先でみやに索敵を指示した。尽きた汗が噴き出す。最初に聞いたのは青い影だった。次に耳にしたのは閃光だった。ここに流れる調べは彼女の円舞曲。彼女の猛攻が始まった。

 

 4機のフィン状小型兵器とレーザーロングライフルから放たれる光の渦に翻弄される。左肩、右ふくらはぎ、続けて射貫かれ、装甲の破片が舞った。僅か数秒で中度の破損と30%のシールドエネルギー喪失をみやが告げる。彼女は凄まじかった。彼女は強かった。

 

 

 強いだと?! 当たり前だ!

 

 

 一体彼女はどれだけの物を犠牲にしてここに立っている!? 祖国、家名、自分の誇り、彼女は1人でどれだけの物を背負っている?! 強くて当然だ。あぁ、悪かった。認める。オルコット、君には君自身を誇る資格がある。君を侮辱した事だけは誠意を持って謝罪しよう。だからこそ、だからこそ勝たせて貰う。敗者の弁が受け入れられた事など有史以来ありはしないからな!

 

 激しさを増す殺意の中、知覚が沈み込み消えた。黒く深い物がねじ込まれ、私は引き金に指を掛ける。

 

 

 敵の息を見ろ

 

 敵の動きを聞け

 

 敵の殺気を触れ

 

 

 見ろ、聞け、触れ、敵の全てを知れ

 

 

 激しい光と音が第3アリーナに響く。トリガーを引いた私の指が確信を告げた。鋼の弾で銃身を塞がれた青のレーザーライフルが爆ぜていた。行き場を失ったエネルギーが逆流し爆発炎上したのだ。

 

 

 バーニアをレッドゾーンまで回し、絶句する彼女の元へと駆け上がる。グレネードランチャーを量子展開。ターゲットまで距離100、90、80。青いそれに手を伸ばす。照準に彼女を捉え、トリガーに指を掛け、そして見失った。

 

 

-警告 2番、3番バーニア不調 出力低下-

 

 

 減速感が私を襲う。やむを得ず距離50mで放った起死回生のグレネードは、その役割を果たす事なくその命を終えた。貴婦人の青い瞳が確信を湛える。彼女は体勢を立て直し、子機2つを私へ向けた。敗北という二つ文字が頭によぎり歯を食いしばる。

 

 その時、光が2回瞬いた。その瞬きに呼応して、私を狙う子機2つが立て続けに爆ぜる。彼女が驚愕の表情で見上げるその先に、そいつは悠然と立っていた。赤い陽の光を浴びて、煙と炎が流れる静寂の中、蒼く輝く剣をその手に携えながら。

 

 

「待たせたな、真」

 

 

-僚機白式 ファーストシフト完了-

 

 

 

 

 

「まさかファーストシフト?! 貴方、初期設定の状態で今まで戦っていらしたの?!」

 

 彼女の声が響く。私は白式の、一夏の姿に圧倒された。空に佇む白式はその形を大きく変えていた。くすみがかった白が、眩いばかりの白に。その姿はまるで西洋の鎧だ。両肩に浮かぶ浮遊ユニットがこれから羽ばたかんとする翼の様に存在感を示していた。その白き姿は雄々しく、その瞳に一切の迷いなく、まるで―

 

「そうみたいだな、これでやっとこいつは俺専用になった」

 

 一夏は蒼く輝く右手の剣を掲げると皆に聞こえるように告げる。

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ。でもこれからは俺が守る。とりあえずは千冬姉の名前を守るさ! でなきゃ格好付かないだろ!」

 

 私は不意に生じた感情を押し込めた。ボルトハンドルを引き次弾を装填する。

 

「あ、あなた何を……」

「行くぜ! セシリア! 反撃開始だ!」

 

 一夏が動いた。白式が甲高い、だが頼もしくすら感じる機動音をアリーナの中に響かせる。その機動力は、力は、今までの比では無かった。

 

 レーザーを放つ残りの子機2つを見据えると、瞬時に間合いを詰め1つ目を切り捨てる。その隙を狙っていたであろう子機の攻撃を、素早く弧を描くように躱すと、無遠慮に肉薄。その剣"雪片弐型"を振り下ろした。最後の子機が二つに分かれて落下する。

 

 

-僚機白式 兵装判明 雪片弐型 ワンオフアビリティー零落白夜 発動中-

 

 

 白式が空を駆ける。ブルー・ティアーズが放った2発の高速ミサイルを、難なく切り捨てた。更に2発。だが空を蹴った一夏の白い軌跡に爆発が流れるのみ。彼女は初めてその表情に焦りを浮かべる。

 

 だが、一本槍に攻める一夏の背中が私に焦燥を駆り立てた。

 

 

-僚機白式と秘話通信を行います-

 

一夏! 強引すぎだ! 調子に乗るな!

黙ってろ! そういうのを好機を失うって言うんだぜ! 故障者はベンチで見学してやがれ!

 

 

 

 ………………………………むかつく。

 

 

 

 白式の勢いはとどまる事を知らない。確かに一夏は勢いに乗っている。ブルー・ティアーズに視線を移す。私の直感がこう言う"場所"はそんな優しいものでは無いと告げた。私は無意識に銃を構える。

 

 白式を見下ろす青のパイロットは80cm程のショートブレードをコール、覚悟を秘めた眼で一夏を迎え撃つ。一夏はその速力を蒼い刃に乗せ、切り上げた。彼女は刹那の間合いで踏み込んだ。彼女の切り札はカウンター、そして金属音が鳴り響く。

 

 青のショートブレードが夕焼けの中を星のように瞬きながら墜ちていった。命中。私は銃身を下げ、勝利を確信する。

 

 あ、と唇を小さく開いたセシリア・オルコットめがけ、一夏はその蒼い刃を打ち振るった。

 

 

 

 

 

 

 こつこつと、靴音が右から左に流れる。腕を組んだ冷たい眼の篠ノ之さんが言った。

 

「負け犬」

 

 右隣に正座する一夏がぴくりと動いた。 かつかつと、靴音が左から右に流れる。冷たい眼で腕を組んだ鷹月さんが言った。

 

「口だけ男」

 

 同じく正座の私は顔を引きつらせた。 こつこつと、また靴音が右から左に流れる。

 

「あーあ、こんなにぼろぼろににしてくれちゃって……この子、誰が直すと思ってんのよ」と、みやを検査する黛さんが刺々しく言えば、「……」その沈黙で罪悪感を起こさせるのは布仏さんだった。両手を胸の前で組み、悲しげにずっと目を瞑っている。日向を感じさせる彼女の非難が最も身に染みる。

 

 

 

 かつかつと、第2ピットに響かせる靴音が目の前で止まった。

 

「あれだけ持ち上げて、その結果がこの様か。恥を掻かせおって、この馬鹿者共」

 

 千冬さんが不機嫌な眼で正座する私たちを見下ろした。両手に捕まれた腰、スーツにしわが強く入る。私はうなだれる一夏を睨み付けた。

 

 

「一夏君がエネルギーの確認を怠ったから、です」

「なっ、真、てめぇ! 俺のせいかよ!」

 

 

 あの後、一夏が剣を打ち抜く直前に白式のエネルギーが尽きた。その後、みやのFBW(Fly By Wire:航行管制システム)が動作異常を起こし不時着。互いに戦闘不能と見なされた。つまり私たちが負けた。

 

 

 こめかみに左手を当て、千冬さんはげんなりとした調子でこう言った。

 

「蒼月、お前もだ。リーブス先生の皮肉、嫌味、誰が毎日聞いていると思っている」

「は? リーブス先生が? 何故です?」

 

 私への説教を聞いて馬鹿が自分を棚に上げた。

 

「居るよな、こう言う責任転嫁バカ。自覚が無いから救いようがねぇ」

 

 

 みやによると、一夏がファーストシフト後に使った蒼く光るブレード"零落白夜"は敵のシールドを無力化し直接ダメージを与える、という兵器だった。簡単に言えば、どこに当てても絶対防御、つまり通常のエネルギーシールドより上位の防御フィールドを発動させ、相手のエネルギーを大幅に奪う、という代物。この強力な兵器はその対価として自身のエネルギーを多分に消費する。

 

 

 私は馬鹿が視界に入らないように努めて脇を見る。

 

「頭に血が上ってガス欠するような特攻脳筋バカに付ける薬なんて無いよな。白式も気の毒に。優秀な兵士は何時も無能上官で無駄死にするんだ。あぁ嫌だ嫌だ」

 

「喧嘩売ってんのか、この野郎……」

 

 

 人間にとってもそうであるように、ISを操る上でエネルギーは最も重要だ。索敵するにも、飛行するにも、兵装を展開するにも、何をするにもエネルギーが必要となる。エネルギー量の把握は大前提なのだ。だからISから示される情報の中でかなりのウェイトを占める。にもかかわらずこの馬鹿は気にもとめず、有頂天で零落白夜を振り回し、後先考えずスロットルを開け、ガス欠に至りそして負けた。

 

 

 千冬さんがうんざりと口を開いた。

 

「敗因の責任はメンバー全てにある。不毛な言い争いはよせ。下らん事を言う前に訓練に励―」

 

 歯ぎしりする馬鹿にゆっくり顔を向けると、私は憎々しげに言い放った。

 

「あ、た、り、ま、え、だ。一夏が武器の特性を考えずバカスカ振り回すから負けたんだよ! この刃物バカ!」

「ふ、ざ、け、ん、な。真が下手くそだから負けたんだ! あれだけ撃って当てたの何発だ!?このトリガーハッピーが!」

 

 

 あの時点で白式のエネルギー量は190。エネルギーシールドを持たないブルー・ティアーズの子機に零落白夜を使わなければ十分勝てたのだ。それをみすみす……オルコットさんにどうやって謝るのだ。算段が台無しでは無いか。この馬鹿は。この馬鹿は。この馬鹿が!

 

「自分の馬鹿さ加減を棚に上げてどの口で言うこの馬鹿一夏! お陰で敗北、オルコットとの賭けもパァ! 人の苦労をどうしてくれる!」

「はっ! 妙にこだわるかと思えばセシリアの事かよ! 焼くなり煮るなり出来なくて、残念だったな! このピンク脳のエロまこ―へぶっ!」

 

 この馬鹿の顔面を捉えた右拳をねじ込む。もう我慢など必要ない。あぁ全くない。

 

「お前の口の中に凄い虫が居たんだ。俺が抜いてやろうか?もう暖かいからな、オカシイ奴がそろそろ出て―ごふっ」

 

 見下ろすまでもなく自分の右脇腹に一夏の左拳が突き刺さっていた。

 

「お前の腹にもすげー虫が居たぜ、ぐるぐるってな、アブナイ奴だった。あぁおっかねぇ」

 

「くくく……」

「へへへ……」

 

 互いにゆらっと立ち上がる。

 

「「上等ーーー!!!!」」

 

 右ストレート、左押し蹴り、左ジャブ、右回し蹴り、頭突きが第2ピットに乱れ飛ぶ。

 

「ちんたらファーストシフト出来たのは誰のお陰だ! この馬鹿一夏! 小学校でデッキブラシの使い方からやり直してこい!」

「ばかすか撃たれてたのを助けたやったのは誰だ! この阿保真! 鳩に豆鉄砲でも撃ちやがれ!」

 

 右踵落とし、左張り手、左膝蹴り、右アッパー!!

 

「タコ! ぶはっ! マヌケ!!」

「イカ!! ごへっ! カス!」

 

 掌底打ち、袈裟蹴り、肘打ち、クロスカウンター!!!

 

「やめんか! 見苦しい! お前達など私から見れば雑魚のひよっこだ! 1ミリ2ミリ大差ない! まだ殻も破れていない段階で優越など争うな! この馬鹿者共が!」と千冬さんが言うので、「良かったな! この1ミリ一夏! 2ミリの真様が褒めてやろう!」と俺が罵れば、「ぬかせ! 2ミリは俺だ! この1ミリ真!」と一夏がほざいて、「止めろと言っている! この大馬鹿者ども!」と千冬さんの拳が怒声を上げた。

 

 床に寝そべる俺らに「かっこ悪い」と布仏さんがぽつりと呟いた。




次回投稿分でセシリア編が終了になります。

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