シェイラが九鬼極東本部へ移ってから約2週間が経過した。その間、彼女はステイシーに絡んだり、ゾズマに扱かれたり、序列9位の鷲見に扱かれたり、路上ライブを行ったり、鍛錬場の鏡の前で振り付けを考えてみたり――とにかく忙しい日々を過ごしていた。
もちろん本業の方もしっかりとこなしている。
「征士郎様、私の新作ご覧になってくださいましたか?」
新作動画もアップするなり軽く数十万ヒットし、今も着々と再生数を伸ばしているという。アイドル活動も順調そのもの。川神市内でも新規のファンを獲得しているらしい。
そんなシェイラが今同行しているのは征士郎の登校であった。そして彼の乗っている車の前後には護衛のための車がついている。いつもと違う物々しい雰囲気だが、それとは裏腹に車内は至って和やかだった。
このような事態に発展したのは、昨夜九鬼に対して襲撃があったためである。もちろん、その襲撃犯は九鬼の人間を一目見るどころか、その私有地にすら足を踏み込めないで捕縛されてしまったが、一応念のために征士郎には警護が数日つけられることになっていた。無論、先に学園で練習に励む英雄も同様である。
その警護の一人としてシェイラも選ばれていたのだった。彼女は助手席、後ろに李と征士郎が乗り、運転は序列11位のドミンゲスが務めている。
チェ・ドミンゲス。若手の中で最も序列の高い男である。無造作に伸ばした髪と黒のサングラスに浅黒い肌。そして何よりも目立つのは2メートルに届こうかというその体であり、鎧の如く身に纏っている筋肉と相まって山のようである。
しかし征士郎の言によると、サングラスをはずせばかなりのイケメンらしい。
さらに征士郎や李とセットでいることが多いステイシーだが、今日に限っては前の車に乗っておりここにはいない。それはシェイラとのジャンケンに負けたという情けない理由からであった。
主人を守るのにそれでよいのかとも思うが、それで譲ったステイシーもシェイラの力を認めているからこそだった。加えて言うなればドミンゲスと李もいるからだろう。
シェイラの質問に征士郎が感想を述べる。
「可愛らしくてよかったぞ。このままいけば西の納豆小町と張り合うことになるかもな」
納豆小町。関西に現れた自家ブランドの納豆を全面に押し出したアピールを行う高校生のことである。未だ関東ではあまり知られていないが、西以降ではかなりの知名度を誇っている。
その納豆小町の歌う『I Love ねばねばーらいふ』も動画アップされており、ネットの中では西の小町と東のメイドで盛り上がっていた。
征士郎も一応動画を見たが無性に納豆が欲しくなったのを覚えている。さらにこの納豆小町の名を松永燕というが武術をたしなんでおり、軽く情報を集めただけでもその経歴に傷一つない。つまり無敗であった。
またこの松永という名に征士郎は聞き覚えがあった。それは九鬼の技術者の中で聞いたもので、松永久信という腕のいい技術屋がいるという話であった。
興味をもった征士郎はさらに調べを進め面白いことを知る。この松永燕が切り札としている平蜘蛛という武器。それを製作したのが久信だということ。しかしそれが使用されたことはないらしく、完成に至っているのかどうかはわからなかった。
しかし会ってみるだけの価値はありそうだと考えていた。その娘の燕にもだ。
「納豆小町ですか……あれはシェイラ的にも中々の強敵ですね。曲もアップテンポでのりやすいですし、あの耳に残る歌詞。そして何よりこの私に並ぶほどの美少女さんですから!」
でも負けません。シェイラはそう付け加えた。
「うむ。それでこそ九鬼の従者よ」
そこへ李が割り込む。
「シェイラ、そちらに熱中するのもいいですが、今は護衛としての仕事をしっかりと果たして下さい」
「わかってますって、李ちゃん」
シェイラはウィンクを李に飛ばし再び前を向いた。彼女は従者仲間の大半をこの「ちゃん」付けで呼ぶ。そして時にはゾズマのこともそう呼び叱られたりしているのだ。
先頭車両が川神学園前の道路で停まり、ついで征士郎の乗る車両もスピードを落としていった。
◇
「いってらっしゃいませ、征士郎様」
ドミンゲスの渋い声だった。
征士郎がドミンゲスからカバンを受け取ったところで、車から学園の門の前までメイドが両脇に並ぶ。征士郎とドミンゲスを除けば、他の護衛は全て女従者だった。
ドミンゲスの言葉に続いて、並んでいるメイドたちが一斉に頭を下げ主人を送り出す。一糸乱れぬその挙動は洗練されており美しいとも言えた。この光景を見る者がいればそれだけでため息をもらしたかもしれない。
『いってらっしゃいませ、征士郎様』
「ご苦労、いってくる」
征士郎は李を伴い学園の門をくぐろうとする。ステイシーとシェイラはメイドらの一番端、その門に一番近いところに立っていた。もちろん隣同士ではなく左右両側に分かれてである。
「ステイシー、後のことを任せる」
ドミンゲスはこのあと本部に戻るため、学園周辺の警護の責任者はステイシーとなっていた。シェイラはそれに不満もあっただろうが仕事と割り切っているようだ。
ステイシーも征士郎の言葉に「了解しました」と頭を下げる。
そこへあずみを従えた英雄が近寄って来る。
「兄上、学園に無事辿りつかれたようで何よりです!」
もうまもなくHRも始まろうという時間であるのに、グラウンドには英雄らだけではなく1年から3年まで多くの生徒が出てきており、征士郎らに注目していた。
中にはシェイラの姿を目敏く発見したカメラ小僧や、鼻の下を伸ばしたマッスルガイもいる。シェイラはこの年代から特に人気があるようで他の男子生徒もざわめいていた。
しかし騒ぐのみで近寄って来ないのは、その背後にいるメイドの集団のせいだろう。それも美人揃いのため、近寄りがたい雰囲気が自然と溢れ出ているのだ。
マッスルガイの興奮した声が聞こえてくる。
「シェイラだよ! おい、ヨンパチィ! 生のシェイラだぜ!! メイド服の丈みじけぇ……風でも吹いてくんねえかなぁ」
煩悩と筋肉で頭の中が一杯のこの男、島津岳人という。
そして、ヨンパチと呼ばれたカメラ小僧の名を福本育郎。彼のテンションも既にマックスであった。
「シェイラのパンチラとか、か、考えただけでもやべぇ……はぁはぁ。想像したら勃っちまった!! う、動けねぇ、一歩でも動いちまったら……あっ」
育郎は情けない声を出すと、びくりと一度体を震わせその場に固まった。
当のシェイラも騒がれているのに気づいているが過剰なアピールをしない。主人達の手前、勝手な行動をしすぎないよう自重しているのだろう。しかしパンチラ発言は聞こえたようで「メイドのスカートは鉄壁です」と誇らしげにしていた。
英雄の言葉に征士郎が苦笑する。
「大げさだな、英雄。しかし、これだけの生徒がこの時間に外にいるとなると――」
決闘が行われたのだろうとすぐに判断できた。金髪をなびかせるドイツ人はレイピアを、茶髪のポニーテールの女生徒は薙刀を握っている。
前者の名をクリスティアーネ・フリードリヒ。後者の名を川神一子。
(そういえば今日は転入生の来る日だったな)
クリスがその転入生の一人である。大方、彼女に対する歓迎の意味も込めての決闘だったのだろう。周囲の状況から言ってその決闘も終わった直後のようだ。
バンダナをつけた生徒の周りでは、決闘の賭けに対する分配を求めて人が集まっている。彼も学園では名が知られている男であり、風間翔一という。その傍に大和と青い髪の小柄な女生徒、椎名京がいた。
征士郎は英雄の顔をじっと見て言葉を続ける。
「で、お前の顔を見るに川神一子は敗北したのか」
「はい……一子殿の鋭い一撃は避けられ、隙ができたところをレイピアで突かれてしまい……」
一子へ片思いしている英雄にとっては、彼女の敗北は自身のことのように悔しいようだ。
「しかし、最初から全力を出さないのは頂けないな」
征士郎の言葉通り、一子は重りをつけたままクリスと勝負していたのであり、今はそれをはずして再挑戦しようとしたところで鉄心に止められていた。
英雄もそれを見て苦い表情をしている。そんな彼に対して征士郎はくっくと笑い「お前をいじめたいわけではない」と言って一子の方を指さす。
「あの子のいい所は俺もそれなりに知っているつもりだ」
再度の決闘ができなかった一子だが負けは負けとして認め、クリスを笑顔で歓迎しておりそこへクラスメイトが集まっていた。一子はその天真爛漫な性格から友達が多く、その彼女が認めた相手とあって彼らにも受け入れられたようだ。
その光景を見た英雄も満足げに頷く。
そんな征士郎らの元へ近づいてくる人物がいた。
「これは驚きの組み合わせですね。女王蜂に血まみれステイシー、さらには毒蜘蛛まで」
それはマルギッテであった。渾名で呼ばれたステイシーはそれが気に入らないようで「普通に名前で呼べ」と言い返した。シェイラも同様である。
傭兵と軍人。戦場で生きていた彼女たちの世界は意外と狭いのかもしれない。
そのマルギッテはシェイラの服装に驚き、あずみに「これでいいのか」と尋ねていた。あずみも許可が下りていると微妙な顔をしたが、それでもマルギッテは認めがたいらしく「不必要な装飾ははずしなさい」と命令する。しかしシェイラはどこ吹く風で「これは必要な装飾なんです」と何度も繰り返した。
その言い争いも征士郎がマルギッテに声をかけることで治まる。
「ようこそ、川神学園へ。もう会わないと思っていたが、こんなに早く再会することになるとはな。しかもわざわざ3-Sに」
「標的は近くにいる方がいいと理解しなさい」
マルギッテの視線は征士郎の傍に控える李へと突き刺さる。それを見たステイシーが「お前モテモテだな」と笑いながらからかった。その話題が気になったシェイラは、興味津津といった様子で目を輝かせている。一方、あずみはその様子にため息をつきたかったが、主の前であるため笑顔を保っていた。
そうこうしている間に、決闘の熱が冷めてきた生徒たちの視線も征士郎らへと注がれることとなる。クリスと同様マルギッテも転入生であり、彼女も誰かとやり合うのかと期待しているようだった。
それを察した英雄が一声発する。
「あずみ! このマルギッテの相手をしてやれ。我は久々にお前の剣舞が見たい!」
「お任せください、英雄様ぁ!! マルギッテさん、そういうことなので少しお時間よろしいでしょうか?」
笑顔を浮かべたあずみがマルギッテへと問いかけた。
マルギッテの本心を述べるなら李との再戦を望んでいたが、戦場で何度も顔を合わせたあずみの現在の実力も気になっていた。従者となってから腕が鈍ったのではないかと。そのため、あずみからの申し出にすんなりと許可を出す。
立ち会いはクリスと一子の決闘を仕切った鉄心が、引き続き行ってくれるとのこと。
ただし授業まで時間がないので5分間という制限が設けられた。マルギッテはクリスから声をかけられ、あずみは英雄からの一言でやる気十分となっている。
マルギッテがトンファーを構えあずみが小太刀を抜き、両者がグラウンドの中央で構えると周囲の空気が一変した。それはクリスと一子の決闘のときとは明らかに違うもの。
それを敏感に感じ取ったステイシーは「懐かしいぜ」と楽しげに呟き、シェイラも「あのころを思い出しますね」と相槌をうった。
静まりかえるグラウンドに一陣の風が吹く。それに巻き上げられる砂埃。
鉄心の気迫のこもった掛け声と同時に戦場の強者がぶつかりあった。
□
その戦いの最中、ある男たちの視線は激しい戦闘ではなく、別の場所へ釘付けとなっていた。
育郎がぐぬぬと唸る。
「なんで九鬼兄弟の周りに美女が集まってるんだ……羨ましいぞ、コンチクショー!!」
それに同意する岳人も恨みがましい視線を送っている。
「李さんを始め、モモ先輩に矢場先輩。そしてシェイラちゃんにステイシーさん!! 俺様の好みの女ばっかりじゃねえか!」
そこへさらに由紀江が李へと挨拶に近づき、虎子が百代たちの輪へ加わる。
それを一緒に見ていたおとなしそうな男子生徒、師岡卓也が呟く。
「さらに人数が増えたね。僕だったらあの場にいることに耐えられそうにないや」
右を見ても左を見ても美女である。卓也はその場にいる自分を想像して乾いた笑みを浮かべた。岳人は見てもらえるはずもないのに、無駄な筋肉アピールを行っている。
その間、育郎は真剣な目つきで女達を眺めていた。
「生徒会長はまだ許す! だが、九鬼英雄はそういうキャラじゃねえだろうが! 俺も生徒会長の弟に生まれていたらなぁ……今頃、シェイラちゃんと、でへ……でへへへ」
そしてそのまま妄想の世界へと旅立ったようだ。
あずみとマルギッテの戦闘は結局時間いっぱいとなり引き分け。それでも観戦していた生徒にとっては、満足のいくものだったようで歓声がおこっていた。
手荒い歓迎を経て川神学園にまた新たな仲間が加わった。
ねばねばーらいふ、久々に聞いた。
8.11 修正