真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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13話『東西交流戦』

 東西交流戦を行う。朝会で壇上に上がった鉄心は、ずらりと並んだ生徒たちを前にして、そう宣言した。6月に入ってすぐのことであった。

 東西交流戦と名付けられたそれは、天神館と川神学園の学校ぐるみでの決闘のことである。その内容は、学年対抗であり、各学年200人を選出しての集団戦。敵大将を倒せば勝利という至って分かりやすい勝敗の決し方だった。ルール無用の実戦による3本勝負で行われるとのこと。

 上にでてきた天神館とは、鉄心の高弟である鍋島正(なべしま・ただし)が創設した学校を指す。博多の天神に設立したから、天神館。なんとも分かりやすい名である。

 西日本から人材を多く募っており、近年では、西の天神、東の川神と呼ばれるほどの知名度を獲得しつつある。

 しかし、依然として、川神学園には及ばないという世間の風評もあり、天神館の生徒達は鬱憤がたまっていた。加えて、鍋島は、自身の生徒たちの強さを鉄心に披露したいとの思いがあり、わざわざ修学旅行にかこつけて、川神学園に決闘を申し込んできたというのが、経緯であった。

 征士郎は、資料に目を通す。そこに並んでいる名は、天神館の象徴とも言える十傑、西方十勇士であった。川神学園と同じく、天神館の2年は粒揃いであり、その中でも特に文武に優れた10人が、その名で呼ばれている。

 そのとき、部屋の扉がノックされ、征士郎の許可とともに開かれた。李である。

 

「皆さまが到着されたとの報告がありました」

「そうか……久しぶりの再会だな。すぐに向かう」

 

 征士郎は資料をデスクの上に置いた。長宗我部、鉢屋、毛利などの名が見える。

 今日は、その東西交流戦の前夜であった。

 

 

 ◇

 

 

「ここであったが100年目ぇーー!!」

 

 征士郎が、出迎えた一行の中から、そんなことを叫びながら突撃をかましてくる人物がいた。闘気の爆発に加え、その速度は常人をはるかに超えるもの。

 正直、征士郎には、それに反応することなど不可能であった。しかし、彼に慌てる素振りはない。ここは九鬼の本拠地であり、傍には専属、そして、その周りには頼もしすぎる従者たちが存在しているからだ。

 事実、突撃してきた人間、項羽は征士郎を射程に収める前に制止させられていた。

 見ると、項羽の体には無数の糸が絡みついている。細い糸であるが、それが帯状となるほどの量で、しっかりと視認できた。李、そして、いつ間にか姿を現していたクラウディオの仕業である。長時間の拘束はできないが、2人でなら、一瞬の足止めは可能であった。

 それだけではない。

 

「ヘイ! 元気がいいのはロックだが……征士郎様に害をなそうってのはロックじゃねえ」

 

 ステイシーが、鈍く輝く銃口を項羽のこめかみへ当てていた。それはいつもの自動小銃ではなく、ハンドガンである。だが、これも彼女専用に改良が加えられた特別製。小銃のように弾丸をばら撒くことはできないが、その一発一発を必殺の域にまで高めた、言わば量より質にこだわった結果である。

 年月をかけて、弾丸に自身の気を馴染ませる。そのために数を確保することが難しい。しかし、それだけのことをやる価値があった。

 体の芯を凍らせるような感覚。普段なら、恐れる必要すらない玩具のようなもの。だが、これは違う。項羽にもそれがわかったらしい。彼女の整った顔が歪んでいる。

 その項羽の首元には、首の全てを覆ってしまうのではないかと思えるほどの巨大な手。ドミンゲスのものだった。そのまま、力を込めていけば、彼女の首は容易く折れてしまいそうである。しかし、それをしないのは、征士郎の声を待っているからだ。

 同時に、項羽自身、気による頑強さがあるのだろう。それでも、苦しそうにはしているため、ドミンゲスの力も相当だ。

 そして、まだ手を出していない従者が、征士郎の両隣にいた。ヒュームとゾズマである。

 ヒュームが口を開く。

 

「運が良いぞ、清楚。もし、ステイシーらが止めず、あと一歩踏み込んでいたら、俺とゾズマがお前を強制的に抑え込んでいただろうからな」

 

 無論、武力による制圧である。

 口角を釣り上げるゾズマがそれに続く。

 

「お前ほどの実力者だ。手加減などしない……2週間ほど動けないだろうが、傷跡が残ることはないから安心しろ」

 

 これには、項羽もぶわりと嫌な汗をかいた。2人が冗談で言っているのではないと、その闘気が知らせてくれるからだ。

 2人だけではない、現時点で動いている4人も含めて、6人である。

 他のクローン組も固まっている。下手に動けば、巻き添えを食らわないとも限らないのだ。それでも、義経はなんとかしたいのだろう、そわそわしている。

 そこでようやく、征士郎が言葉を発した。

 

「よく来たな! 歓迎するぞ」

 

 堂々とした口調は、主として客人を迎えるにふさわしいものであった。

 征士郎は動けない項羽を横目に、後ろにいたクローンたちの元へ近寄る。それに合わせて、ヒュームとゾズマも移動する。

 

「義経、弁慶、与一……元気にしていたか?」

 

 義経はこくこくと頷き、弁慶は「ええ、まぁそれなりに」と答えた。与一も一応返事をしてくる。

 義経の瞳には、項羽をなんとかしてやってほしい、という懇願がありありと見てとれた。

 ここでようやく、項羽が声を発した。

 

「征士郎! 暢気に挨拶していないで、俺を助けろ!!」

 

 問答無用で襲いかかった人間の言葉とは思えないものである。さらに求めるのではなく、命令口調というところが、項羽らしいと言えばらしい。

 征士郎は、また項羽の眼前へと移動した。

 

「なぜ、襲ってきた相手を助けなければならんのだ?」

「くっ! お、鬼――!! 貴様には血も涙もないのか!?」

 

 目の前にいる項羽と歴史上の項羽。生まれ育った環境が違うため、2人はもはや別人物と言って良い。しかし、歴史上、二十万人を生き埋めにしたと謂われている項羽の言葉だと思うと、ブーメランのように跳ね返りそうなものである。

 そして、喚く項羽に、冷静にツッコむ征士郎。

 

「いや、両方ともある。人間だからな」

 

 征士郎は、一旦間をとると。

 

「お前、今の状況わかっているのか?」

 

 また四面楚歌だぞ。要はそう言いたいのである。しかも、この前より、状況が悪化しているとも言える。むしろ、処刑寸前。

 

「うわああぁ! それ以上口にするな!」

 

 項羽の瞳がうるっとしている。しかし、謝罪の言葉はない。いや、もうしばらく待てば、その口から漏れてきそうであるが、その前に彼女の瞳が決壊するかもしれない。加えて、征士郎には次の予定もある。

 解放してやれ。征士郎の一言で、全ての警戒が解かれた。義経が項羽へと近寄り、その背をさすってやる。弁慶はそんな優しい主に、ご満悦の様子。

 息を整えた項羽は、鋭い視線を征士郎へ送った。

 

「貴様は……俺にとっての劉邦だ! くそ、覚えていろよ! ば、バーカ! バーカ!」

 

 それだけ口にすると、項羽の雰囲気が一変した。どうやら、項羽は奥へと引っ込み、代わりに清楚が表となったようだ。本部を揺るがすような闘気は収まり、乱れていた服装も清楚の手によって、きっちりと直された。

 そして、清楚が頭を下げようとしたのを止める。

 

(折り合いはつけられているようだな……)

 

 征士郎はその様子を見ながら思った。これならば、学園でもなんとかなるだろうと。自身に向かってくるのは、何かと面倒だが、二度の危機的状況によって、手を出せばどうなるのか、それなりに理解したはずである。

 ヒュームは、やれやれとため息をついている。そして、にやりと笑うゾズマが、征士郎に声をかけた。

 

「劉邦ですか……この際、九鬼王朝でも作られますか?」

「そして酒に耽り、女を囲うのか?」

「征士郎様であれば、それも可能かと思われますが……」

 

 そこへ割り込んできたのは弁慶。酒という単語に反応したのだろう。

 

「もしや、そこに加われば、お酒が飲み放題になると?」

 

 義経が、何を言ってるんだ弁慶、と注意しながら、肩を揺さぶった。

 征士郎はそんな考えを笑って吹き飛ばす。

 

「ありえんな。それに……そんなことしようものなら、どこから鉄拳が飛んでくるかわかったものではない。周りには、頼もしい従者ばかりいるからな」

 

 征士郎は、その場に立つ従者全員の顔を見た。ヒュームは薄く笑みを浮かべ、ゾズマも同様。クラウディオも笑みを絶やさず、ドミンゲスは相変わらずの固い表情。ステイシーは、どっちに転んでもおもしろそうだと歯を見せており、李は冷静に征士郎を見つめるだけだった。

 

 

 □

 

 

 東西交流戦一日目は、1年生の対決であった。そのあとにすぐ2年であり、3年は翌日の夜に行われる。

 征士郎はこの戦いを通して、新たな人材を見つけることができるかもしれないと期待し、戦いの行われる工場へと足を運んでいた。

 それぞれのプロフィールには目を通しているが、書類上だけではわからないことも多くあるからだ。200人に応募してきた者たちは、皆、それなりに武術に長けているはず。それに何より、力の未知数な者が多い分、伸びる原石を見つける楽しみもある。

 そして、征士郎の一番目にかけている由紀江の存在。

 

(剣聖の娘……どれほどの腕前か見せてもらうぞ)

 

 武道四天王の一人を破った腕前である。ワクワクするなというほうが無理であった。

 1年生の大将を務めるのは、武蔵小杉(むさし・こすぎ)。Sクラス所属のブルマ娘。入学するやいなや、片っぱしから決闘をしかけ勝利し、瞬く間に1年を掌握してみせたのだ。聞くところによると、学園の制圧も目論んでいるらしい。

 

(元気があって良い。その気概も見事だ)

 

 ただ、2,3年の壁は相当分厚いと思われる。というよりも、3年に至っては武神がいるため、不可能と断言できる。もし、小杉が狙うとすれば、百代らが抜けたあとであろう。それでも、その頃には義経らの存在もある。近々、妹の紋白もその1年に入る。

 

 従うか、抗うか――。

 

 そこで、小杉という人物がどういうものか知ることができよう。しかし、征士郎は彼女のことを既にそれなりに把握している。

 なぜなら、1年を掌握してから間をおかずして、自ら挑戦状を叩きつけてきたからだ。武神は無理でも、生徒会長を倒せば、その制圧をしたも同じと考えたのか。

 その征士郎は滅多なことでもない限り、決闘を受けることはしない。時間も限られているからだ。ただし、学年を掌握した者、年度の最初に決闘を挑んでくる者のみ、無条件で闘うことを周知していた。

 よって、小杉の挑戦は受け入れられた。決闘の方法は、戦闘。どちらかが負けを認めるか、意識を失うかで勝敗を決することになった。

 その結果、小杉は敗北した。ヒュームに鍛えられている征士郎は、李やステイシーには及ばないものの、それなりの戦闘力を有しているのだ。

 そして、小杉は、見事なまでの掌返しを行って見せた。征士郎のカバン持ちまで行おうとしたほどである。もっとも、傍には李がいるため、その視線だけで黙ってしまったが。

 表では服従を選んでいるが、裏では色々と考えているらしい。しかし、征士郎からしてみれば、それも可愛いものだと思えた。負けん気の強いところなど紋白に似ているため、妹のようであり、憎めない奴という認識である。

 

(だからこそ、心配である)

 

 自らが戦功欲しさに飛びだす可能性があるのだ。小杉も1年を掌握してみせただけの実力はもっている。しかし、それは1対1という状況だったからこそ、勝利を重ねることができたのだ。囲まれれば、それを打ち破るのは困難であろうというのが、征士郎の予想である。

 そこで、機器をいじっていた李が報告を入れてくる。

 

「映像の感度は良好です」

 

 征士郎は、モニターを自身の目でも確認した。眼下に集まっている生徒たちの顔も、一人一人認識できる。もうしばらく扱いたかったが、李が、百代の接近を知らせてきたため、映像を切らせた。機器は手早くまとめ、他の従者たちに運ばせる。

 それから時を置かずして、百代が現れ、ついでマルギッテも姿を見せる。

 百代は西方十勇士に興味があり、加えて、昨夜の闘気についても質問を飛ばしてきた。マルギッテはクリスの応援と下見に来たらしい。

 征士郎を始め、李、百代、マルギッテの存在は、多くの人間の目を引いていた。屋上から見下ろしてくる4人は、ゲームのラスボスに匹敵する雰囲気があった。

 由紀江も、そして小杉も、無様な戦いはできないと心に誓っている。他の川神学園の生徒も同じだったかもしれない。なんせ、生徒会長が見物しているのである。士気は自然と向上していた。

 しかし、小杉の場合、征士郎が見ている前で、活躍するぞという意気込みであった。

 

 

 ◇

 

 

「大将が、わざわざ敵陣に突っ込んでいくとは、救いようがありませんね」

 

 天神館の勝鬨があがる中、マルギッテは呆れているようだった。

 誰もその言葉に反論しない。皆が同じ気持ちであった。結果は征士郎の予想通り、小杉が突撃をかけ、囲まれてジエンド。

 由紀江の活躍が見られる以前に勝負がついたのだから、早すぎる決着である。

 負けた1年生達の足取りは重い。特に小杉など、見ていられないほどだった。

 征士郎は大きく息を吸い込んだ。

 

「顔を上げろ! 負けて悔しいのは分かるが、それを糧とし前へ進め! いずれまた勝負できる日が来よう! その日のために、今日の敗北を忘れず励め!! 我が学び舎の校訓を忘れたか!?」

 

 小杉が突っ込んでいったことが敗因だったとはいえ、1年生は各々が好き勝手に動きすぎていたというのが大きかった。なんせ、小杉の周りに護衛すらいなかったのだ。

 それに比べると、天神館は1年生ながら、それなりの統率を見せていた。急ごしらえながらも、作戦を立てていたのだろう。

 征士郎の方へと顔を向ける1年生。言葉を続ける。

 

「次に勝つのはどちらだッ!?」

 

 数人の生徒が何かを言ったが、風で掻き消される。

 征士郎がもう一度問う。

 私達です。それに、一際大きく答えたのは小杉だった。

 

「声が小さいな! どちらが勝つのだッ!?」

 

 川神です、と声を張り上げる生徒たち。再度、征士郎は、声が小さい、と言い放つ。

 1年生たちは、先の勝鬨に負けぬほどの声をあげる。声を上げる度、彼らの心が昂揚する。

 

「それでこそ、我が自慢の生徒達だ! お前達の成長に期待しているぞ!」

 

 力強く頷いた征士郎に、1年生たちが雄たけびをあげた。まるで自身を奮い立たせるかのように。どんよりとしていた空気は霧散し、代わりに、熱気が戻ってきた。

 その声を聞いていたのは、1年生だけではない。これより戦いに臨む川神、天神の2年生たちも聞いていた。これを聞き、熱くならないはずはない。

 体の芯がじわりと熱を持ち、それはやがて全体へと広がっていく。周りを見渡せば、皆その瞳に闘志を燃やしている。自然と、武器を持つ手に力が入った。体の震えは、これから始まる戦いに対する武者震い。

 2年の大将である英雄が、高らかに笑う。笑わずにはいられないといった感じである。

 

「フハハハッ! お前達も聞いたであろう!! 後輩の尻拭いも先輩の役目よ! 何より、我らが長の前で無様を見せるわけにはいかんッ! 学び舎の名を高めるか!? 辱めるか!? 選べ、お前達!!」

 

 その声に、参加している2年の生徒たちが追随する。我らが勝つと。地を揺るがすような叫びであった。

 それに対する天神館も負けてはいない。

 刀を腰にさした黒髪の男が、前へ出る。名を石田三郎(いしだ・さぶろう)という。天神館2年の大将を務める。

 

「ほざいてくれるわ。何度、勝負しようが同じ事。勝つのは、俺率いる天神館よ」

 

 賛同する多く者が天に向かって、武器を掲げ、川神の咆哮に負けじと声をあげる。その声は木霊し、反響し合い、川神の空へと響いていく。耳をつんざくそれは、聞く者の心に訴える。勝利をこの手にと。

 それを聞く鉄心やルー、鍋島ら教育者は実に楽しげであった。

 その空気に中てられてか、百代がウキウキした様子で、柵へと手をかけた。

 

「いいなー! 私もこの中で戦いたいなぁ!」

「同感です。さぞ快感でしょう」

 

 マルギッテは眼下の生徒達を見下ろした。吸い込む空気が熱く感じるのは気のせいだろうか。

 2年の対決が、まさに今始まろうとしていた。

 

 




対決の順番などは変更しています。
項羽ちゃん、再び四面楚歌。

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