東西交流戦が終わった次の日、朝のニュースでは早速、偉人達のクローンについて、大々的に発表された。源義経、武蔵坊弁慶、那須与一の源氏一派。そして、項羽である葉桜清楚。テレビの司会者が、彼らの経歴などをざっと紹介しながら、過去どういう人物であったかを説明していた。
加えて、彼らは、今日より川神学園に編入されることも伝えられており、生徒達の多くがそれに驚いていたりする。
そして、場所はその川神学園へ。
「皆も既に知っておるじゃろうが、川神学園に、また新たな仲間が増えることになったぞい」
皆が集まった朝会、壇上へと登った鉄心がそう口にした。
紹介される順番は、清楚、義経、弁慶、与一。その中でも皆の驚きが大きかったのは、清楚と弁慶であった。それも仕方がないことだろう。なんせ清楚は、中国一とも謳われた猛将の空気など微塵も感じさせない女性であり、弁慶も挿絵などで見られるむさ苦しい男とは、正反対の妖艶なる女性だったのだから。
男子生徒たちのテンションはウナギ登りであり、結婚を申し込む者、交際を申し込む者、ただ好きだと伝える者、彼女募集中だとアピールする者などなど、とにかく場は騒然としていた。
当然ながら、生徒の中からは、清楚が本当に項羽のクローンなのか、と疑問を持つ者も多かった。それについては、全員の紹介が終わったあと証拠を見せる、と鉄心が答えたことによって、一旦その場は収まった。
対して、義経は男女とも好意的な反応であり、挨拶がちゃんとできたことを弁慶に報告するも、首元に付けていたマイクが入ったままで、その内容を聞かれていたという少し抜けた所も披露し、一層親しみをもたれていた。
最後に、与一だが、彼は結局壇上に姿を現すことがなく、クローン組唯一の男と楽しみにしていた女子生徒達からは、不満の声があがっていたりする。
征士郎の後ろに控えている李も、彼の一言があれば、すぐにでも屋上へいる与一を引っ張って来るつもりなのであろう。微動だにしていないが、空気で何となくそれを察することができた。
(といっても、どうこう言うつもりもないからな……)
余程の逸脱した行為をしない限り、こちらから何かを言うこともない。与一もそれは十分に承知しているはず、その証拠として、悪態をついてはいるが学園にも来ている。
ちらりと源氏の頭領を見やる征士郎。相変わらず、そわそわしていた。その隣で、あとでシメとくから、と心配そうな主を慰める臣下だが、その手には徳利が持たれている。
ちなみに、弁慶の川神水の件は、テストで4位以下に落ちた場合、即退学。逆に、上位3位までをキープする限り、それを許すということに決定していた。それはつまり、Sクラスの中でも、冬馬と英雄以外なら勝てると判断したわけであり、鉄心の口より、これが伝えられた瞬間、Sクラスの空気が変わったのも当然と言える。中でも、不死川を筆頭とした大半の生徒は、舐められていると怒りを露わにしていた。
逆に、それを気にしない生徒も数名おり、英雄などは、弁慶の啖呵を気に入った様子ですらあった。
そこで、突如としてBGMが鳴り響く。その原因は、正装した某音楽団だった。心を揺さぶられるような音色に、数えきれないほどの九鬼従者の登場。
その従者達は壇上までの長い行列を2列作ると、合図もなしに一斉に向かい合い、頭と肩をがっしりと組んで、その上を歩く九鬼の末姫のための道となった。
「我、顕現であるッ!」
ばばん、と効果音でもつきそうな登場をした紋白。
唖然とする生徒達の中から、英雄が笑い声をあげると共に、妹であることを喧伝している。
そして、1-Sへ編入されることになったことが伝えられた。それに伴うヒュームのこともである。またもや場は騒がしくなったが、それも一時のことで、何でもありの川神学園なら、とほとんどの生徒がそれを受け入れていた。
(こうして、川神学園の生徒ができるのだな……)
普通ではありえないような事が平然と起き、始めは驚く新入生達もこれらの出来事を経て、慣れていくのである。それを証明するかのように、3年生の多くは、むしろ面白がっていた。
立派な川神学園の生徒の出来上がりである。
転入生全員の紹介が終わったところで、壇上に立つ人間が鉄心から征士郎へと変わる。
「皆が疑問に思ったことに対する答えを示そう……これより、清楚の実力を見せる」
征士郎の指示により、生徒達が移動して、グラウンドの中央が空けられ、鉄心、ヒューム、ルー、クラウディオといった実力者が四方へ散る。
清楚、前へ出ろ。征士郎の言葉に、彼女は静かにその場から歩を進める。彼女の正体を知っていても、自然と心配してしまうのは、その雰囲気のせいであろう。教師からの注意もないため、生徒達はざわめき立っていた。
それがピークに達したのは、次の一言である。
「清楚の相手は……3年F組川神百代」
さすがに騒ぎが大きくなりすぎたのか、一度、教師達から注意が入った。しかし、それでもなお、完全に静まることはない。それだけ、驚きが大きいからだった。
だが、指名された百代は違ったようだ。
「だと思ったぞ!」
群衆の中より、ひとっ飛びして現れた百代が、そう言った。分かっていたのだ。清楚を見た瞬間、その秘められた実力が如何程であるのか。綺麗な花には棘があるとはよく言うが、清楚の場合、棘などでは到底収まらない。ヒュームや鉄心の存在がなければ、と悔んだほどである。
しかし、その機会がわざわざ用意されていたのだ。百代は子供のようにはしゃいでいた。
征士郎が言葉を続ける。
「では始めるぞ。清楚、相手としては申し分ないであろう」
にやりと笑った項羽は、言葉ではなく闘気で応えた。肌を刺すような気の爆発。空気が緩んでいた分、その反動もより大きかった。四方に張られた結界を通したとは言え、間近での事象。生徒達の大半は武をかじっている者であり、反射的に身構えるのも当然であった。
周囲への影響すら鑑みない圧倒的暴威である。彼らの視線は、荒々しい空気を纏う項羽へと釘付けとなっていた。
「んはッ! 交流戦の代わりに用意してくれたのが百代とは……悪くないぞ。征士郎、褒めてつかわす!」
整っていた服装は乱れ、目つきは猛禽類のように鋭くなっている。口調も先の面影を失くし、あれほど騒いでいた男子生徒も今やだんまりであった。
武神が2人になった――。
それが男達の共通の思いであった。
それとは反対に、笑みを隠しきれていない生徒が一人。既に構えをとっている百代だ。
「さっきの清楚ちゃんも可愛かったけど、今の清楚ちゃんも、とってもチャーミングだぞ」
「おい、無礼者め。俺の事は覇王と呼べ、百代」
空間が軋む。お互いが発する闘気によって、本人達が手を合わせる前の前哨戦と言ったところだろうか。
百代が笑う。まるで探し求めていた相手に出逢えたかのように、喜びによって、全身を震わせていた。
そして、どちらともなく、距離を詰める。その動きですら、この場にいる多くの人間には追い切れない。彼らに見えたのは、彼女達の立っていた場所に砂煙があがったこと。2人が互いに射程圏内に相手を入れたことだけ。
後者も、百代と項羽が一瞬止まったからこそ、見えたものである。
そして、その後の光景を一体、何人の者が信じられただろうか。
校庭に立っているのは項羽ただ一人。
「この程度で武神とは笑わせるッ! 征士郎、どうだ! 俺の力を思い知ったか!!」
項羽は腰に左手を持っていき、右人差し指でビシッと征士郎を差した。本来であれば、対戦者に向けるべき言葉であるが、彼女の場合、仮に対戦者がいたとしても、それを無視して彼に、この言葉を投げかけたと思われる。
項羽と百代の決着は、皆が思っているより、呆気なくついた。百代が正拳突きを繰り出したタイミングに合わせ、項羽がカウンターを放ち、もはや百代の定番ともなっていた対戦相手を星と化す、まさにそれを項羽にやられてしまったのである。
自身と対等にやり合えると本能で悟った百代が、戦いを楽しもうとしないはずがなかった。少しでも長くやり合うために、力を抑制する。それに伴う負傷は、瞬間回復といった荒技で治すことができる。むしろ、負傷するということは、相手がそれだけ強いということであり、さらに楽しめる要因でしかない。
一方で、項羽にしてみれば、最強と名高い武神との対戦。天下をとる意味でも、まず自身の武を示しておくほうが良いと考えていた。加えて、勝手にライバル認定した征士郎の手前でもある、ここは一つ派手に勝ちを納めておくのが得策と判断したからだった。
(マープルにも、まずは川神学園を支配下においてみろと言われたからな)
天下をとるためには、どうすればよいか。項羽は、それをマープルに問うた際、上の答えが返ってきたのだ。よって、勉強は清楚に任せ、自身は学園制圧に取り組む。
(本部での一件は遅れをとったが……)
自身には、武神すらも圧倒できる実力がある。あのときは偶々、タイミングが悪かった。本部という征士郎のホーム、いや聖地と言っても良いあの場所での襲撃はまずかった。激情に駆られたとは言え、あとで清楚にも指摘されたことである。
しかし、今後用意されている舞台においては、正々堂々打ち負かすことができる。
(今から、俺の武力に恐れ戦くが良いわ!)
ふふん、と自慢げな態度の項羽。それはまるで、子供が一等賞をとったときに、見せびらかせるようなものであった。
その征士郎はというと。
「このように……あの武神と呼ばれる百代が星と化した。これで、清楚の実力もそれなりに理解できたであろう。だが、必要以上に怖がる必要はない。清楚も学生であり、お前達も学生である。礼を失しなければ、競うことも友情を育むことも自由である。もちろん、恋に落ちるのも構わん。ただ、その際はそれなりに覚悟して挑めよ……以上だ」
淡々と生徒達に語りかけていた。恋愛OKと征士郎の口から出たところでは、静かだった男女ともに盛り上がり、歓声を上げる者もいた。その歓声は次第に、項羽に対しての賞賛へと変わり、校庭は打って変わって、明るい雰囲気になる。
また、百代が星になったことについても、皆心配はしていない。この程度でどうにかなるのなら、彼女が武神などと呼ばれることもなかったからだ。
項羽は征士郎へと詰め寄ろうかとも思ったが、飛んでくる賞賛の声に気分が良くなったため、この場は矛を納めておくことに――。
「って、聞いているのか、征士郎!? 俺を無視するとは無礼だぞ!」
できないのが、項羽の性格である。
征士郎は皆に向けていた視線を項羽へと移した。その瞬間、彼女が怯んだのは、これまでの彼の行いのせいだろうか。
「なんだ? 褒めてほしいのか?」
「そんなわけあるかッ! というか、なんだ、その素っ気ない反応は!?」
そう言われても、征士郎にしてみれば、この結果も予想の一つであったため、驚くようなことでもなかった。
「お前の実力は、前もって知っていたのだ。この程度、できてもおかしくはない。むしろ、一撃で終わらせてしまったから、持ち時間が余ってしまったぞ」
そこで、征士郎は生徒たちに質問を投げかける。項羽について聞きたいことでもあるかと。
無視するなと騒ぐ項羽は、源氏組によって宥められている最中である。
そこからは覇王様に対する質問タイムとなった。高圧的な項羽に恐れていた生徒達も、征士郎との遣り取りの中で、それが緩和されたようだった。
そして、一部の生徒達が、覇王様弄ってみたいと思ったのも、征士郎が原因といえるだろう。もっとも、圧倒的な戦闘能力を有しているため、それを遂行するためには、命を賭す覚悟が必要であり、そんな機会が訪れることは生涯ないだろうと悟っていたが。
終始騒がしい朝会となった。ちなみに、飛ばされた百代だが、何とか1限目の授業に間に合っていた。
◇
授業が終わり、放課後となる。
征士郎は珍しく屋上へと足を運んでいた。その目的は花を愛でるためではなく、それらを世話している人物に、時間を作ってほしいと頼まれたからであった。
「それで話しておきたいこととは何だ?」
征士郎が清楚へと声をかけた。
屋上に備えてある花壇には、広いスペースが与えられており、赤青黄といった原色から藤色、浅葱色、山吹色などの多くの彩りが、見る者の目を楽しませてくれる。
清楚は、この花壇の世話を買って出ていた。普段から世話をしている鉄心が、その申し出を喜ばないはずもなく、すんなりと許可が出されたのである。
「うん……その、ありがとう」
清楚は少し言いよどみながらも、はっきりと感謝を示した。
「項羽のことか?」
清楚から感謝されるとすれば、それ以外に思い当たることがない。事実、その通りであり、彼女が頷いた。今の今まで、しっかりとお礼が言えていなかったのが、彼女としてはひっかかっていたのだ。
「本当に驚いたけど……でも、やっぱり知ってよかったと思ってる。これからは知識を蓄えるのと同時に、鍛錬の時間も増やしてもらったんだ」
項羽の力は絶大であるが、その分、荒削りである。これも目覚めたばかりであるため、仕方がないことであるが、それはこれから磨いて行けばいいだけのこと。
正体を知ることで自身の方向性が明確になり、迷いがなくなっていた。
清楚が少し意地悪な笑みを作る。
「征士郎君にも勝ちたいからね」
小悪魔的な魅力がそこにはあった。征士郎を負かしたいという気持ちを清楚も応援しているのだろう。
「俺に勝つ、か。楽しみにしている」
「うー……なんか、余裕しか感じられない」
征士郎の平然とした態度に、清楚は口を尖らせた。何かしら違った反応を見せてくれるのではないかと思っていたのだ。
倒し甲斐のある相手であろう。征士郎が笑った。
「征士郎君の弱点とか教えてくれないかな?」
「清楚にとっての四面楚歌と言ったようなか?」
その単語を聞いた清楚は、あう、と顔をしかめた。そして、すぐに頬をふくらませる。どうやら、項羽との混じりによって、清楚にとってもこの単語は嫌らしい。
「その単語、今後禁止! 絶対楽しんでるよね!?」
「許せ。どうも、お前と話していると弄りたくなってしまうのだ」
項羽の名残かもしれないとは言わない。言った瞬間、項羽が殴りかかってきそうな予感があった。
ぶっちゃける征士郎に、清楚はため息をついた。
「一度だけ許してあげる。覇王様の慈悲に感謝せよ……なんてね」
にっこりと笑う清楚だが、やがて声をあげて笑いだした。と言っても、口元に手をやって、くすくすと笑う上品なものであったが。
この台詞を項羽が言っていれば、尊大な物言いに感じただろうが、清楚の場合、多分に茶目っ気があり、可愛らしく感じるものだった。
そんな清楚に、征士郎は首をかしげた。そこまで面白いことがあったのかと。
「なんていうのかな、私……こんな風に会話するの初めてだったから。楽しくって」
クローン組の中では、常にお姉さんという立ち位置であり、普段の生活の中でも、纏う雰囲気のせいか、弄られるなどという経験もなかった。だから、このやりとりが新鮮で面白く感じたのだ。
「その調子で、肩の力を抜いて学園生活を楽しめ。1年はあっという間だからな」
「うん……まぁ、征士郎君とはその後も付き合いが途切れることはないだろうけど」
「まぁな。退屈しないで済みそうだ……俺がな」
「なんかすっごく悪い顔に見えるのは、気のせいかな?」
この日、清楚は征士郎の新たな一面を見た気がした。
清楚ちゃんまで弄ってしまった。