真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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17話『歴史は繰り返される』

 

「……歓迎会、ですか?」

 

 由紀江は目の前に置かれた葛餅パフェに差し入れた手をとめ、紋白からの言葉を繰り返した。

 2人がいる場所は仲見世通りの「仲吉」と呼ばれる老舗の葛餅屋であり、放課後になるなり紋白が由紀江を誘って連れてきたのである。

 オウム返しされた言葉に紋白が頷く。

 

『つまり、義経達が未だ学園になじめていないから、紋白が一肌脱いで歓迎会ぶち上げる。義経達の誕生日兼ねてみんなで祝う。祭り事大好きな生徒も盛り上がる。みんなで楽しくなる。みんな仲良しになる。でも日数足りない。ついでに人数も足りてないって感じでOK?』

 

 松風が要約し、それを紋白が肯定した。

 由紀江は咄嗟に出てかかった「お兄さん達に頼むという方法もあるのでは」という言葉を呑みこむ。それをしたくないから、自分のところに相談を持ちかけてきたのであろうと察したからだった。しかし、ここで大きな問題にぶち当たる。

 

(私にはこの問題を解決できる人脈がない……)

 

 強烈なボディブローを喰らったような気がした。がくっと膝から崩れ落ちそうになる感覚。もっとも、既に座っている由紀江が膝から崩れ落ちる心配などないのだが。

 由紀江は腹に力を込める。

 

(いえいえ! ここで弱気になってはいけません黛由紀江。しっかりしないと! せっかく『友』となれた紋ちゃんからの相談事です。力にならずして、どうして『友』を名乗れましょうか!? )

(そうだぜ、まゆっち! 紋白は『友』であるまゆっちを頼ってきてんだ。ここで女を見せないで何が黛流か!? 人類が手に入れた最強の武器、今こそそのTI・Eを絞るとき! やれ、やるんだまゆっち! お前ならできるさ、真理の扉を開くんだ!)

 

 わかっています松風。由紀江は心の中で呟くと短く息を吐き呼吸を整える。それは真剣試合さながら、紋白もそのいきなりの迫力に置いてけぼりをくらっていた。

 紋白にしてみれば、学園で気軽に接することができる数少ない人物であり、少し話を聞いてもらえればという軽い気持ちで相談したつもりだったのだ。そして、他人に話すことで気分転換にもなり、頭の中を整理できればと考えていた。ついでに何かしら意見をもらえれば上々といった感じである。

 うんうんと唸る由紀江に、紋白は図らずも心が温かくなる。

 

(兄上の事で失態を見せてしまったがその相手が由紀江でよかった)

 

 偶然ではあるが、こうして由紀江という存在も恵まれたからだ。あの件がなければ、由紀江との付き合い方も今とは全く異なっていたに違いない。

 紋白も幼いながらに多くの人物をこの目で見てきた。そのため、由紀江と松風のやりとりなど可愛いものだと思う程度である。さらに言えば、九鬼従者あるいは九鬼関係者にはこれ以上の猛者など吐いて捨てるほどいるのだ。

 能力においては非凡。人柄は清らかであり懐も深く、慈愛に満ちている。実際に短い付き合いではあるが、それを感じ取れる場面は随所にあった。人を見る目はあると自負している紋白からしても、これほどの人材を九鬼として放っておきたくない。もちろん友としてもだ。

 もう少しこの百面相を見物しておこうか。由紀江には悪いが、紋白はそんな気分になっていた。

 

「あれ? まゆっち?」

 

 しかし、それは背後からかけられた声によって阻まれた。

 

 

 □

 

 

 大和とクリスが同席することになったため、4人は外に設置された席へと移動した。それを見守る従者の姿があった。

 ステイシーは周りへと細かく指示を出した後、心の中で愚痴る。

 

(ファック! 護衛は数えきれないほどやってきたってのに、この瞬間だけは気に入らねー。そりゃ相手は紋様だし、何か起こってからじゃ遅いってのもわかる……だが!)

 

 ステイシーがそっと周囲へ気配を配ると、そこには良く知った気配を感じることできる。

 

(なんでそのお目付け役がヒュームの爺なんだよ!)

 

 答えは簡単でステイシーの師であり、紋白の主な護衛を務めているからである。 そして、ステイシーが現在置かれている状況は、要人警護のための実地訓練でその監督役がヒュームなのだ。ともすると自身を見抜かれるような錯覚を覚える。

 李が羨ましい。今は日本を離れ遥か上空にいるであろう相棒を思う。

 その理由はもちろん征士郎絡みである。彼は今日から学園を休みオーストラリアへと旅立っていた。その目的はそこから西方――インド洋において建設中のとある施設を訪れるためである。専属の李はそれに同行し、彼の隣で給仕をしているだろう。護衛も兼ねて。

 

(征士郎様とどっか行く時はいつもよりテンション高めだからな)

 

 表情が豊かになったとはいえ、そういうことがわかるのは付き合いの長いステイシーならではである。

 

(そのときの李をからかうのが一番面白いんだよなぁ)

 

 しかし、やりすぎてはいけない。以前、李へ色々と吹きこんだことが原因で、征士郎より彼女に何かあったのかと疑問をもたれたことがあったのだ。それを聞かされたステイシーは、慌てて李の元へ走り事情を問いただすと、問答無用で襲いかかれた。匕首を片手にである。その顔は真っ赤であったが、斬撃は紙一重で軌跡を描き、冷や汗をかかされたのも記憶に新しい。だから、それを言いふらす勇気までは持ち合わせていない。想像するだけで首元がひんやりとしてくるからだった。

 

(っと……集中集中)

 

 ステイシーは少し濃くなった気配に気づき、頭をふって雑念を外へと追いやった。そして、観察対象を紋白の傍の人間へと向ける。

 

(直江大和……川神学園2年。川神百代の弟分で内外に顔が広い。注意すべきは、上の老人達が一時期騒いでいた直江景清の息子という点か。母親も川神では名の知れた暴走族の頭を務めていたって話だし、死ぬ気でやれば案外何か開花するかもな)

 

 そこから視線を移動させる。

 

(クリスティアーネ・フリードリヒ。ドイツの名将の一人娘、こっちは特に気になる情報はないな)

 

 そこでヒュームが4人の間へ現れ会話に混ざっていた。

 

(あの爺、あれでただ早く動いているだけとか反則だろ。完全に動きを追えるようになるのはまだ先か……ファック! もし私が婆になった頃とかだったらどうすんだ? あーというか、その頃も今と同じ容貌を保ってそうで考えるのが怖くなってきた……)

 

 そんな事を考えていると紋白が席を立った。他の3人はまだ残るようで座っている。その彼らは携帯を片手に何か操作を行っていた。

 

「紋様のお帰りだ。家に着くまで気を抜くな。橘、サイ、ヒルダは先行――」

 

 ステイシーは矢継ぎ早に指示を飛ばしていった。

 

 

 ◇

 

 

『おお、無事着いたみたいだな』

 

 ステイシーの声とともに画面越しに彼女の顔が映り、李は笑顔を見せた。

 

「ええ。ステイシーのほうは何か変わりはありませんでしたか?」

『まぁいつも通りだな。ヒュームからいくつか小言もらって、鍛錬でぶちのめされて、さっきようやくあがれたところだ。征士郎様は今一緒じゃないのか?』

「変わりないのなら良かったです。征士郎様は入浴中ですよ」

『入浴……背中流しに行かないのか?』

「で……できるわけないでしょう! 誘われたならともかく……」

 

 李はごにょごにょと喋ったため、ステイシーには聞きとることができなかった。

 しかし、そんなことはどうでも良い。ステイシーはしばらく李を弄ってストレス解消を行おうと画策していた。

 

『いや! 男なら絶対喜ぶって! 私には敵わないけどお前は誰から見ても美女だ。その美女がタオル一枚で顔を赤らめながら、背中……流します、なんて言われて喜ばねー男はいないだろ! というか喜ばない奴、そいつはゲイだ!』

「征士郎様はゲイではありません!」

『そこは問題じゃ……いやもしそうだったら問題だが! 子孫を残してもらうという意味でな! ……じゃなくて、お前が行けば征士郎様は喜ぶだろうって話だよ!』

「そんなこと……今できるならとっくの昔にやっています! それに……」

『それに?』

 

 李は言おうか言わまいか迷っているようで、妙な沈黙が2人の間に流れる。しかし、彼女は意を決して口にする。

 

「妙なことして嫌われたら立ち直れません」

 

 今にも消えそうな声はかろうじてステイシーに届いた。

 乙女か。ステイシーはそう叫びそうになったが、考えてみれば李は恋する乙女なのでおかしくはない。

 

『でも征士郎様も高校生だぞ。昂ぶるものがないわけないだろうし、専属としてさ……ほら、その、そういうことも何とかしてやらないといけなくもないんじゃないかなぁと』

「専属はそこまで求められていません」

『ふーん、じゃあ征士郎様が求めてきたら?』

「求めてくるって……そんな言い方……」

『李……想像しろ。征士郎様がバスローブ一枚でこう仰るんだ。李、俺が良いと言うまで喋ることも動くことも禁じる。死体の真似が上手いんだ、できるな? ただ死体と違うのは立ったままというところだが――』

 

 素直というか真面目というか渋々ではあるものの、李はその状況を想像していく。

 場所は今いるスイートルーム。明かりは間接照明のみで、部屋をほのかに照らしだしている。李は突然の命令に驚きながらもすぐさま従った。それを確認した征士郎は優しく彼女を抱きしめた。

 

『お前はどうすることもできないだろう。そりゃそうだ。征士郎様がそんな行動とるなんて考えられないからな。でも、そんな感情抱いていないなんて誰が断言できる? 征士郎様はそのまま李の髪を撫で――』

 

 ステイシーの誘導は続く。

 ブリムをはずした手で髪を梳かれ、そのままメイド服をするりと脱がされる。李は声をあげそうになるが、咄嗟に押しとどめた。しかし、突如耳を攻められたのには対応できず、あっと声が漏れる。

 

『お前は叱責されると思うだろうが逆だ。「可愛い声がでるんだな」と褒められる』

 

 目を閉じた李は少し恥ずかしげにしながらも、ふんふんと頷く。

 首筋から胸元へかけて主の愛撫が続く。辿った場所はじんわりと熱をもち、ゆるい快感が走る。李は思わず愛しい主の名を囁きたい衝動に駆られた。しかし、言いつけを守らないわけにもいかない。

 こんな自分にじれったさを感じたのとほぼ同時、心臓にキスをするかのように強く吸われた。また吐息が漏れ、でも止めてほしくないがため口を閉じる。白い柔肌にくっきりと跡が残る。まるでそれは所有権を表す刻印のようである。

 

『そして……』

 

 ステイシーはそこから言葉を続けようとして固まった。なぜなら李の背後の扉が開き、征士郎が頭を拭きながら出てきたからだった。幸い、李のいる場所からその扉までは距離があるため、先ほどの部分は聞こえていないだろう。問題は目の前に映し出されている乙女である。

 ステイシーからの声がないことも疑問に感じていないらしい。その様子から見るに征士郎の姿にも気づいていない。

 ステイシーは、そんなにのめり込んでいたのかとツッコんでやりたかったが、この状況で征士郎に疑われるわけにもいかない。さりとて、この状況もマズい。

 そうしている間にも征士郎がどんどん李へと近づいている。そして、遂に李を名前で呼び始めた。しかし、妄想乙女はそれすらも自身の世界が生み出した声と勘違いしている。

 

「はい、征士郎様」

 

 答えは淀みないが、声色は若干艶っぽい。そして瞳は未だ閉じられたままである。普段の李であれば、主の声に顔をむけないで答えるなどありえないだろう。ステイシーは「ヤバい」という単語を画面の中から連呼している。

 征士郎は李に手の届く範囲まで近づくと、「おい」の呼びかけとともに専属従者の頭へとチョップした。

 

「きゃっ……あれ? 征士郎……さ、ま……」

 

 乙女から李へと戻ってきた。目をぱちぱち、頭をキョロキョロ。PCからは自身の名を呼ぶ相棒の声。

 

「そうだ。お前の主、征士郎だ。どうした? 長時間のフライトで疲れたか?」

 

 征士郎は李の頭を優しく撫でると、心配そうに彼女の顔を覗きこんだ。彼女が上の空でいるところなど見たことがなかったからだ。

 しかし、その行為が李にとっては逆効果であり、征士郎の瞳とばっちり目があうなり顔をみるみるうちに赤く染めていく。ようやく状況の把握ができたようだ。

 それとは逆に、征士郎にとってはもはや何がなんだかわからない。

 李は目が回りそうな展開に耐え、必死に答える。

 

「だ、大丈夫です! 私もお風呂をいただいてよろしいでしょうか? 何かありましたら、すぐにお申し付けください。あの……えっと、その……失礼致します!」

 

 とにかく一刻も早くこの場を離脱しなければ、その思いだけであった。

 李は頭にのせられていた征士郎の右手を両手で包むとゆっくり離し、すぐさま立ち上がる。そして、彼に一礼しそのまま浴室のある方へ姿を消した。

 ちなみに少し冷静になったあとで、主の部屋の浴室を使うつもりなのかと壁に頭を打ちつけたくなった李の姿がそこにはあった。

 李が浴室へと行ったのを見届けた征士郎は、当然ステイシーへと問いかける。

 

「李は何かあったのか? 話をしているときも辛そうだったとか……」

『いやー……その……』

 

 ステイシーは口ごもった。まさか正直に、征士郎様のことを妄想させてたらああなったなどと言えるはずもない。それを言った日には死のカウントダウンが始まるだろう。

 しかし、征士郎を心配させたままではまずい。なにせ李はすこぶる元気なのだから。

 

『李は元気ですよ。征士郎様の心配には及びません。さっきのは……あれです、そう……さ、催眠術!』

 

 我ながらナイスだ。ステイシーは自画自賛した。

 なぜなら、九鬼従者の中にも術者がいるからだ。格は低いため、ステイシー達のレベルになると全く効果がないが、珍しい物好きな帝は自身の体を使って試してみろと言って、実際に術をかけさせたことがあった。そのときは体が一切動かないというものを身に受け、帝は棒のようになった体に爆笑したのだった。しかし、征士郎はその光景を信じず自分にもかけてみろと言い、そして本当に動けないことを確認した。

 それに調子にのった帝は、女従者らがいる中でモテモテにしろと命令。この命令は、術者である従者が術をかけようとして失神したことで終わったが、その後1日彼は使いものにならず動くことすらできなかった。九鬼のトップと後継者、この2人に術をかけるという行為そのものが相当なプレッシャーだったに違いない。

 とにかく催眠術は存在し、征士郎はその効果を身をもって知っている。

 

「催眠術?」

『そうです! 物は試しにやってみるとこれが上手い具合にいってしまって……』

「それが李のあの状態を引き起こしたと? しかし、李がかかるほど強烈なものか。興味本位だったのだろうが、あんな無防備になるようでは危険だぞ。今後は控えよ」

『はい……気をつけます。申し訳ありませんっ!!』

 

 ステイシーはついでに心の中でも征士郎に謝る。心が痛むというのはこういうことを言うのだろう。彼は疑いなく彼女の言を聞き入れてくれたのだ。それは信頼しているから。誰も傷つけたくないが故の嘘、優しい嘘である。

 しかしよくよく考えてみると、事の発端となったのはステイシーの画策であったことを忘れてはならない。

 

「ところで李は風呂へ行ったし、ステイシーもその様子では仕事を終えているのだろう。特に報告することもないのなら、この通話を切るが?」

 

 要はゆっくり休めと言いたいのである。しかし、ステイシーはある事を思い出したため、待ったをかけた。

 

『その前に、今日のことで一つお伝えしておきたいことがあります。明後日に紋様が義経達の歓迎会を行いたいらしく実行に移しておられます。幹事は直江大和が引き受けました。いかがなさいますか?』

 

 征士郎によって号令をかけることも裏から手を貸すこともできるのだ。生徒会長という肩書を使えば楽に行えることである。

 

「俺に声をかけなかったということは、自分達でやり遂げることができるということだろう。好きにやらせよ」

『紋様は征士郎様のお手を煩わせたくなかったのでは……と』

 

 ステイシーは少し早口に紋白の意図を伝えた。征士郎はその言葉に大きく頷く。

 

「わかっている。紋は未だ遠慮が抜けないからな。俺もそんなことは気にしないし、紋も俺が気にしないことを分かっているはずだ。分かっていても難しいのだろう。こればかりは紋自身の問題である。見守ってやるだけだ」

『余計な気遣いでした。申し訳ありません』

「余計などと言うな。その心、これからも失うことなく仕えてくれ。俺が帰る場所をよろしく頼むぞ」

『お任せを。それと……李のことなんですが』

「珍しい姿を見られてラッキーだったよ。お前は帰ったあとの李に対して気を揉んでおけ」

 

 征士郎は軽い冗談のつもりで口にしたが、ステイシーの顔は大いにひきつった。やりすぎてはいけない。分かっていたのにやってしまったのだ。

 

(いや、今回のは李が私の予想の遥か上をいく集中を見せたせいじゃないか? つまり半分は李のせいでもある。50:50だな)

 

 後日、帰国した李がステイシーを見るなり襲いかかる姿が目撃されることとなる。

 




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