「それじゃあ、歓迎会のときの様子を聞かせてくれないか?」
征士郎は隣に座った紋白へ話を振った。李を含めた3人は車にて登校している最中である。ヒュームは寄るところがあるらしく朝の時点で本部に姿はなかった。
「はい、兄上!」
紋白は歓迎会が大成功に終わったことを嬉しそうに話し始める。中でも限られた時間内で八方手を尽くし、幹事として立派に仕事を成し遂げた大和への感謝が大きかったようだ。
由紀江は会を彩る料理にてその腕前を振るい、クリスは参加者の声掛けに尽力してくれたとのこと。
「風間ファミリー者達も積極的に動いてくれていました」
歓迎会のことを聞きつけた英雄は、紋白を立てながらもSクラスの人間を動かし、同じクローン組の清楚の他彦一、マルギッテ等が3年生に働きかけてくれたおかげで盛大に祝うことができた。
それを聞いた征士郎はあとで礼を述べておこうと心に留める。
「そうか。しかし、あの与一が歓迎会に素直に出たとは驚きだな」
「いえ、素直にというか……会場に現れない与一を直江大和がどうにか説得して連れて来てくれたのです」
「ほう。与一を説得とは直江もやるな」
「今回の件で我は直江大和に感謝しっぱなしです。この恩にはまた別の機会に報いるつもりですが、それとは別に少し考えていることがあります……」
紋白は他の誰にも明かしていない考えをこっそり兄に打ち明ける。
紋白が征士郎へと耳打ちする場面を李は静かに見守っていた。
◇
学園に着いた征士郎は、紋白とともに朝練を行っていた英雄の様子を少し見学してから別れた。その際気づけばヒュームの姿があり、征士郎に挨拶をしたのち紋白の後ろを歩いていった。
そして、征士郎がSクラスへ着いてからしばらくして、新たな仲間が加わったことが判明する。より正確に言うならば、加わっていることはわかっていたという方が正しい。
「おはようございます、委員長殿」
その新たなクラスメイトは少しばかり茶目っ気を見せながら、征士郎へと挨拶をしてきた。黒髪にくりっとした紫の瞳。腰には黒のポーチをいくつかぶら下げ、そのうちの一つを開けると納豆のカップを彼の席に置く。
「これはお近づきの印。よかったらどうぞ」
「ありがたく頂戴しておこう、松永燕。それとも納豆小町と呼んだほうがいいか?」
関西では納豆小町というアイドル的存在であり、また武闘家としては公式戦無敗を更新し続ける実力を持つ燕。彼女とその父親である久信は、征士郎が海外へ旅立った当日川神入りを果たしていたため、ちょうど入れ違いとなっていた。
本来であれば燕はFクラスに入る予定だったが、結局編入試験を受けるタイミングでSクラス入りを希望したのである。その理由は百代の敗北と好奇心。
前者は、真剣試合とは言わないまでも非公式の項羽対百代の戦いで、その百代が敗れてしまった先日のあれである。当然本気であれば結果も違っていただろうが、燕の予測ではこの敗北が百代の慢心を払拭する可能性があり、それはずばり的中していたと分かったのは川神到着後に集めた情報からだった。
一方で百代打倒という依頼が、長期のものになるという仮説もたてていた。その場合、Sクラスに入るのも楽しそうだと考えていた。なぜなら、そこには九鬼の次期当主となる征士郎やクローンとして世間を騒がせた項羽、欧州きっての神童マルギッテといった大物が揃っているからである。
その中でも一番の興味の対象は征士郎であり、その原因をつくったのは紋白。
というのも、営業に慣れている燕は聞き上手でもあり、紋白と会話する中では家族の話題が多かった。そこで、知らず知らずのうちに紋白がブラコンを発揮し、「征兄上」という単語を何度聞いたか分からない。ちなみに征兄上は征士郎、英兄上は英雄を指す。両方とも頭文字をとって「せい」「えい」であり、2人が同時にいるときに紋白が使う兄の呼び名である。
そして、編入する際に目的が長期化する可能性を示唆し、紋白へSクラス入りの理由を述べた。
『紋ちゃんがお兄さんの事いっぱい話すから、少し興味湧いちゃったんだよね』
この言葉は紋白を悶絶させるに十分だった。そのときの彼女はとても可愛かったというのが燕の感想である。
さらに言えば紋白との繋がりも大事であるが、九鬼へのパイプはより太くなるならそれに越したことはない。征士郎の左腕についても燕は聞いていた。ここに久信が関わることができたなら、それは大きな実績となるだろう。平蜘蛛の改良にもつながるかもしれない。
また依頼を抜きにして家名を上げるならば、項羽を倒すという選択肢もある。話題性や与し易さからしても、今の彼女はやりやすい相手とも言えるからだ。問題は九鬼に所属している項羽を公での場で倒す機会を作るのが難しいということだが、それも同じクラスで過ごせば機会を作れる。実際に彼女と接してみて煽り耐性に弱いことは分かっていた。
その征士郎を前にして、燕は思う。
(予想とはちょっと違ってたかな……)
征士郎は九鬼の溌剌とした気配よりも静謐さが勝っている。紋白とも、最近会った揚羽や英雄とも違っていた。しかし、がっかりしたわけではない。
(うん。でもやっぱり九鬼だね)
燕は征士郎のいなかった先週と今のクラスの雰囲気に差があることに気がついた。おそらく、それを感じ取るものは少ないだろう。なんせここにいる者達の大半が、1年の頃より征士郎とともに同じクラスで時間を過ごしてきたのである。無意識的に反応しているようだ。
しかし、それは緊張感というよりもむしろより落ち着いた雰囲気である。
(2年生のSクラスとはまた全然空気が違うんだよね。あっちはより互いを攻撃的に意識している感じだったし)
狼の群れはリーダーの気質によって、その雰囲気を一変させるという。クラスは一つの群れと考えられなくもない。
燕は紋白に征士郎の人柄を尋ねたときのことを思い出す。
(会えば分かる、か……紋ちゃんはこのクラスの空気もひっくるめて征士郎君と言いたかったのかな)
「お好きな方でどうぞ……って言いたいところだけど、さすがに小町を連呼されたりしたら恥ずかしいから普通に名前で呼んでくれたらいいよん」
「そうか。俺のことは好きに呼んでくれて構わない」
「ほうほう。なら、王とお呼びしても?」
からかい半分の渾名であるが、もう半分は燕の感想から来ていた。
その掛け合いに反応したのはジャソプを読んでいた覇王様。
「おおい!! 王は俺一人で十分だろ! 2人も王がいたらまぎらわしいわ!」
「だそうだ松永。王以外にしてくれ。駄々をこねる奴がいる」
「征士郎……貴様はいつかケチョンケチョンしてやるからな。今は、続きが気になるジャソプの面白さに感謝しろ!」
そう吐き捨てた項羽は、またジャソプの世界にのめり込んでいった。その様子を見ていた燕はくっくと喉を鳴らせる。
「本当に征士郎君とやり合う清楚は印象が全然違うね。聞いていた通りだよ。うんうん、あれなら怖がる人が少なくなるのもわかる。もしかして狙ってやってたり?」
「これが俺の素だが?」
燕はふーんと一応納得した様子を見せ、そのまま李へと話しかける。
「李さんもよろしくお願いします。私のことは気軽に燕って呼んでください」
「こちらこそよろしくお願いします、燕。話し方はかしこまる必要はありませんよ」
「了解。で、李さんにもお近づきの印に松永納豆をどーぞ」
「ありがとうございます」
燕は李と握手をしながら、従者部隊ってこのレベルがゴロゴロいるのと内心冷や汗をかいていた。彼女の出会った従者はヒューム、クラウディオ、ゾズマ、鷲見、ステイシー、桐山といった面々である。
そこへ新たな人物が窓から飛び込んでくる。
「窓から美少女登場!」
そして、入って来るなり征士郎の前へ立ち、彼の机を両手でばんっと叩いた。
「征士郎! 説明してもらおうか!!」
百代の鬼気迫る迫力に、Sクラスの全員が征士郎のもとへと視線を送る。彼女が李や清楚に目をくれることもなく、彼に話しかけるなど滅多にないことなのだ。一体何があったというのか。
この場にマルギッテがいれば間違いなく「静かにしなさい」と注意するだろうが、その彼女は現在任務で学園を休んでいた。
征士郎はあくまで落ち着いており、百代が次の言葉を切りだすのを待っている。
「金の力か? それとも何か権力を使ったのか!? 汚いぞっ!!」
「盛り上がっているところ悪いが、一体何の話だ?」
「しらばっくれるのか!? 李さんに! マルさんに! 清楚に! 挙句の果てには燕まで!!」
「もういい、わかった。それ以上口にするな。お前の頭の中が残念すぎるのを失念していた」
「可愛い女の子が揃いも揃ってSクラス入りとかどう考えてもおかしいだろっ!!」
百代の叫びがSクラスに木霊した。そして、その場にいた多くの人間が盛大なため息をついて、各々征士郎の方から視線をはずしていく。
「お前も学長の孫なら知っているだろう。Sクラスに入るには金も権力も関係ない。求められるのは一発勝負の試験のみ。そして、その結果だけだ。それに仮にだ、百歩譲って俺が彼女たちをSクラスにねじ込んで何の得がある?」
「カワイ子ちゃんとの接点が増えるだろ!!」
「それは正論だ」
「わかってくれたのならそれでいい……」
百代はよしと頷くと征士郎と見つめあった。その間沈黙。ちょうど良いタイミングで、項羽の吹き出し笑いが耳に届く。近くにいた燕は李との会話に興じていた。
征士郎は埒があかないと思ったのか、一つの解決方法を提案する。
「そんなに彼女たちと接点を作りたいなら、お前もSクラス入りすればいいだろう」
期末試験まで約1カ月である。
「征士郎、私があと1カ月でSクラスに入れると思うのか?」
「お前は頭が悪いわけではないだろう。死ぬ気でやれ集中しろ。瞬間回復も使えるんだ。死ぬことはない」
「さっき頭が残念とかどうとか聞いた覚えがあるが?」
「考えていることが残念な奴だが頭は悪くない。だから頑張れ」
「勉強とか面倒くさいだもーん」
百代はぶーぶーと文句を垂れた。しかし、征士郎は遂に無視して本を読み始める。
「李さーん! 征士郎が私を無視するよー」
すぐに諦めた百代は泣き真似をしながら、そのまま李へとピッタリくっついた。
「先ほどのは百代が悪いかと。面倒だと言われてしまえば話はそこで終わってしまうでしょう」
「でも勉強が面倒なのは本当だ!」
「私はあまりそう思いませんが。勉強できる時間があるというのはとても貴重なことです」
「私にとっては遊ぶ時間も大事ですしおすし」
「ふふっ。確かにその時間も大事ですね。でも目標があってそれを成し遂げたいと思うのなら、時間を管理することも必要です」
「李さんが毎日個人レッスンしてくれたら、私は頑張れる気がする」
キリッとした表情で訴える百代。しかし、その訴えはにべもなく断られる。
「私は征士郎様の専属ですから。空いている時間なら教えることも可能ですが……申し訳ありません」
誠実に答えを返してくれる李に、百代は少し慌てる。
「いやいや! 今のはほんの冗談だから。李さんが忙しいのはこの2年間でもよくわかっているし……でも、こういうところでも真面目に答えてくれる李さんカワユイなぁ」
「征士郎様のお言葉を借りますが、百代も真剣にやればSクラスを狙えないことはないと思いますよ? 私も百代と同じクラスになれると嬉しいですし」
その言葉に百代は体をフルフルと震わせる。
「うー……李さんは人たらしの才能があるやもしれない。そんなこと言われたら頑張りたくなる! つくづく征士郎の従者とは思えない」
そこへ燕が混ざる。彼女は転校初日に百代とも打ち解けていた。
「モモちゃん、そこは頑張りたくなる……じゃなくて頑張るでしょ。私もモモちゃんがSクラスに来るのは賛成だよ! 短い学生生活をより楽しく過ごしたいしね」
「美少女2人からの熱いお誘い……これは百代Sクラスルートが開くやもしれない」
「だから開くやもじゃなくてガッツリ開こうよ。勉強だったら私が見てあげるからさ」
「なん……だとっ。納豆女神が降臨した……とりあえず揉んでおこう」
「そんな褒められても納豆しかだせないよっ! それからお触りは禁忌です」
今のは褒め言葉なのだろうかと李は疑問に感じたが、とりあえず静観。そこへもう一人の美少女が加わる。
「みんなおはようっ!」
清涼なる風が吹き込んだかのような爽やかな笑顔の清楚だった。その笑顔にほんわかするSクラス男子。李のクールな視線にしゃきっとして、燕の陽気さに元気をもらい、清楚の笑顔に癒される彼らは幸せそうである。
どうやら、ジャソプを読み終わった項羽は引っ込んだらしい。清楚も今では切り替えをスムーズに行えるようになっていた。その彼女が3人の顔を順に見回しながら問いかける。
「それでなんのお話をしていたの?」
「モモちゃんもSクラスに入ればいいのにって話だよ」
燕は近くの席の男子に声をかけてから、その椅子を引っ張りだし座った。
「うんうん。モモちゃんも来てくれると私も嬉しいな。クラスに女の子も増えるし大歓迎」
ちなみにSクラスは男子の方が人数が多い。といっても女子の肩身が狭いわけではなく、むしろ少ない女子達を男子は尊重していた。稀少な動物を手厚く保護するかの如くである。
3人の美少女からの笑顔に、百代もいよいよ腹を括る必要がでてきた。
「ちょっと待って……これ真剣と書いてマジと読むって感じの、真剣でSクラス狙うの?」
「百代ならできますよ」
「モモちゃん、ファイッ!」
「私もできる限り力になるから」
(百代です……征士郎を弄る目的で突っ込んだら、いつの間にかSクラス入りを目指すことになりました。誰か……なぜこうなったのか説明してください)
そんなガールズトークを聞いていたSクラスの男子勢は、密かに百代を応援していた。なぜなら彼女がSクラスに加われば、3年全体の高嶺の花がここに揃うからだ。選ばれた者のみが過ごせる楽園――それがSクラスとなるのである。とりあえずは水上体育祭で目の保養ができるのは決定事項だった。
少し遅れて登校してきた彦一が、征士郎へと声をかける。
「どうやら武神がSクラス入りを目指すようだぞ」
「いいんじゃないか。李たちも嬉しそうだし」
「ふむ……一番困惑しているのが川神百代というのが面白いな」
征士郎は本から目を離し、華やかに盛り上がるそこをちらりと盗み見た。
「百代はこれまで勉強に力を入れたことなどない。もし実現すれば学園……いや川神市に衝撃が走るんじゃないか」
「まず間違いなく学園周辺では噂になるだろうな」
観察対象が同じクラスになるのもまた一興。彦一は緩む口元を扇子で隠しながら席へついた。それとともに征士郎は読書を再開させようとしたが、燕の声に中断される。
「というか征士郎君さ……ちょっと私が指さす順に名前呼んでみて」
李、清楚、百代、彦一、松永と名前を呼ぶ征士郎。燕は自身を指さしながら問う。
「なんで私だけ名字?」
「李もだから松永だけではないがな……。それに会って間もない男に名前で呼び捨てとか嫌だろう?」
清楚が征士郎の読んでいる本を気にしながら混ざってきた。
「私は最初から呼び捨てだった気がするけど……?」
「清楚の場合は九鬼の関係者でもあったからな」
なら私は、と言えるほど李は前に出る事ができない。その間、燕はよよよっと目元を隠しながら鼻をすする。
「なーんか仲間はずれな気分がするなー。スワローちゃん悲しい」
そんな燕を抱きしめながら、百代が征士郎を責める。
「生徒会長が生徒を仲間はずれにするとかサイテー」
「お前は俺に何か恨みでもあるのか?」
「カワイ子ちゃんを一人占めにしているだろ!」
「コイツは本当にブレないな。静初、あとで医者の手配をしておけ」
「え……あの……」
突然の征士郎の名前呼びに、さすがの静初も戸惑いを隠せない。昔から皆に李と呼ばれてきて、今まで特にそこを意識したことはなかった。しかし、燕の言を聞き一度意識してしまうと気にせずにはいられない。
「コイツ……李さんをさらっと呼び捨て、だとッ!?」
百代の驚愕も今の静初には聞こえていない。長い年月を過ごしてきた者同士が、改めて呼び名を変えるのは気恥ずかしいものがあったりするものだが、征士郎には関係ないらしい。
燕のように素直に言えたらと思っていた矢先の征士郎の呼びかけ。静初としては嬉しくないわけがなかった。しかしどう反応していいかもわからない。ただ胸の鼓動だけはいつもより早くなっていた。
征士郎は再度静初に声をかける。
「燕の言うこともわからんではない。良い機会だ。これから名前で呼ぼうかと思うが、静初が嫌であれば今まで通り名字で呼ぼう」
「な、名前で!」
思いのほか大きな声が出た静初は、尻すぼみになりながら言葉を続ける。
「名前で呼んでいただけると……」
嬉しいです。最後はほぼ聞き取れない声量であった。しかし、征士郎にはしっかり伝わったようで大きく頷いてくれた。教室内、しかも皆がいる前でほんわかムードをつくる主従。
その空気を打ち破るように、燕が2度手を叩く。
「はーい。その切っ掛けを作った私を無視しなーい。本当に泣いちゃうよー……って征士郎君もう一回私の名を呼んでみて」
あまりにも自然に名前を呼ばれたので燕もスルーしてしまうところだった。
「燕と呼んでよいのだろう。というか、お前達そろそろ席につけ。そして百代はクラスへ戻れ」
こうして、新たな仲間がSクラスに加わった。
私の作品では、百代の頭は悪くないが、勉強とか面倒くさいからやらないという設定でいきます。
何気ない会話を書くのが楽しい。そして燕登場。
そして思ったんだけど、京極君初めてのセリフかもしれない。
6.25 修正
私の馬鹿野郎! 李、李とずっと呼んでたからそれが普通になってた! なんてことだっ!!!
ご指摘くださった方ありがとう!! 後半部分変更しました。