真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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20話『恋せよ乙女!』

 

 賑やかだった学園も放課後を迎えると静けさが戻って来る。そんな中で未だ人気を残している教室があった。

 先ほどまで頭を悩ましていた百代は、忙しなく動かしていたペンを放りだしてぐっと背を伸ばす。彼女が書いた答案は隣に座っていた燕が確認している。その百代の正面には机をくっつけ対面している清楚の姿もあった。

 

「あー、もう無理ッ! 休憩しよう! なっ! なっ!」

 

 百代は燕と清楚の顔を見ながら訴えかけた。燕は答案から目を離し苦笑する。

 

「しょーがないなぁ……まぁでもモモちゃんにしてはもったほうかな?」

「酷い言われようだ」

 

 百代はぶーたれながらも鞄を漁り、中からお菓子を取り出した。

 清楚もきりが良い所までいったのかノートを閉じる。そして疑問に思っていたことを尋ねた。

 

「でもモモちゃんって、本当にどうしてSクラスに入ってなかったの?」

「えっ!? どういう意味?」

 

 清楚は燕の顔を見たが、燕もどうやら同様の感想を抱いたらしい。燕が口を開く。

 

「いや征士郎君の言ってた意味がよくわかったってこと。モモちゃんが全然自信なさそうだったからどんなものかと思ったけど、1カ月前でこれなら期末まで地道に続ければSクラス入りもできるよん」

「1カ月もこれを続ける……だとッ!?」

「あーその反応でなんでSクラス入りができなかったのか分かった。それでもFクラスにいるのは不思議だけど……」

「あそこ居心地いいからな。皆勉強とか二の次三の次だから、私も好きなこと優先できるんだ。ほら……放課後って私を慕う女の子とも遊ばなくちゃいけないし、鍛錬もしないといけないし、弟もいじらないといけないしで忙しくて、それで気づいたら期末前日とかになってるから」

「計画とか立てないんだ?」

「自由を愛する女だからな」

「うん、自慢することじゃないね」

 

 燕は百代をバッサリと切り捨て机の上に広げられた納豆ポテチに手を伸ばした。もちろん燕の自前である。

 

「だから今回頑張ってるんじゃないかッ! 今度の私は一味違うッ! あ……清楚ちゃん、それ私にも一本くれ」

 

 清楚が持ち出したのはポッキーの苺味。彼女がお菓子を持ちこむのに違和感を感じるが、項羽が持ち込んだと思うとすんなり納得できるのは日頃の行いのせいであろうか。

 項羽が持ち込んだ物の中にはポッキーの他にカラムーチョがあった。他にも色々持ってきていたようだが、項羽自身が放課後までに全て食べ尽くしていた。

 

「でも本当にこの調子でいけばモモちゃんに順位抜かれるかもしれないし、私も気合入れて頑張らないといけないかな?」

 

 清楚はポッキーを一本取り出し百代へと餌付けし始めた。

 

「いやいや、さすがにそれは言いすぎだ。私はとりあえず50位以内を目指すだけ。というか、燕も清楚も私の勉強みていて平気なのか? 私としては有難いがそれでお前達の成績が下がったら嫌だぞ? 言っとくがSクラスの30位以上のメンバーって1年の頃からほぼ固定だからな? その中で変動があるだけで。私は勉強した結果Sクラス入りができなかったとしても問題ないが、お前達は困るだろ?」

「人に教えることで理解が深まるし私としては問題ないよ。清楚は?」

「私も特に問題ないかな。今までの分は復習も終わってるし、私としては皆とこうして過ごす時間を今は大切にしたいと思ってるから」

「おぉー二人とも余裕発言だな」

 

 そこへ意外な人物が顔を出す。

 

「残って勉強とは感心ですね。褒めてあげましょう」

 

 先日任務より帰国し、また学園に通い始めたマルギッテである。

 

「マルギッテさんもこの時間に残ってるなんて珍しいな」

「私はお嬢様と共に茶道部へとお邪魔していました。お嬢様はもうしばらく茶道部で過ごされるようなので、私は待機です」

「じゃあちょうど良い! 一緒にお話しよう。お菓子もあるから」

「いいでしょう。ここには興味深いメンツが揃っている。私からも差しいれをあげます。感謝しなさい」

 

 マルギッテはそう言って手持ちの袋から和菓子を取り出した。どうやら余った分をお裾分けしてもらえたようだ。それを見た燕がポツリと呟く。

 

「これ飲み物ないときつくない?」

 

 清楚は鞄の中を見たが、そこにあったのは残り僅かとなった項羽の飲みかけコーラだけだった。

 

 

 ◇

 

 

 飲み物を揃えた4人はそれぞれ席へつく。マルギッテはそれを買いに行く間に百代が勉強している理由を聞いた。

 

「その李は早々に帰っていましたね」

「征士郎の予定だろう? 毎度のことだが忙しそうだよな。あれで学年3位なんだから恐ろしい」

 

 百代はわざとらしく体を震わせる。それに応えたのは燕。

 

「それを言うなら征士郎君もじゃない? 学年2位でしょ」

「良く知ってるな、燕。その前はトップもとってたしな」

「そりゃうちの親の勤め先の息子さんですから。世界トップを走る九鬼財閥の御曹司で次期当主、学園では生徒会長、選抜クラスでは委員長。成績優秀、眉目秀麗。こうやって並べるとまるで少女漫画に登場する王子様だね」

「性格がSなところもそっくりだな」

「そう聞くと欠点らしい欠点がないように見えますが……」

 

 マルギッテも征士郎に興味があるらしい。

 百代はうーんと再度頭を悩ませる。

 

「……えっと、戦闘能力が低い?」

「それを補うための従者であり、戦闘能力が低いといっても一般人よりは十分上でしょう」

 

 マルギッテはやれやれといった様子でため息を吐いた。しかし、欠点と言われて最初に戦闘に関しての評価が出る辺り百代らしいと言える。

 

「……じゃあ、あれだ。彼女いない=年齢だ」

「征士郎君にそれを当てはめるのもどうなのって気がするけど……実際選び放題の立場にいる気がするし。そういうモモちゃんは彼氏いたことあるの?」

 

 燕が質問した。

 

「いやいない。というか私と対等に接することができる男が少なすぎる」

「大和君は?」

「大和は舎弟であってそういう対象にはならないな。あとファミリーの男も対象外。大事な仲間であって付き合うとか微塵も想像できないからな」

「ふーん……じゃあ征士郎君くらい? 百代ちゃんのお眼鏡に適うのって」

「は!? いやないないッ!! 確かに対等でいられる相手だがアイツは勘弁。肩書とか重すぎるだろ!?」

 

 つまりその肩書がなければと考えてしまうのも当然であった。しかし、燕はそこを追求せずマルギッテへ振る。

 

「九鬼征士郎がどうこうということはなく、私は軍に身を捧げるつもりですから」

 

 動揺一つみせないいつもの態度でピシャリと言いきった。

 百代は固いなと苦笑する。

 

「じゃあ清楚ちゃんはどうなんだ? 同じ屋根の下で暮らしてるんだ。少し意識しちゃったりとか」

「征士郎君とお喋りするのは楽しいよ。異性でいうなら一番素がだせる相手かも。ただ弄られちゃうから、それはちょっと悔しいかな」

「征士郎が清楚ちゃんを弄るのか……うらやまけしからん」

 

 弄られて悔しいともう一度呟く百代に、燕がじとっとした視線を送る。

 

「モモちゃんが言うとエッチっぽく聞こえるから不思議。と言うのは置いといて、征士郎君って学園ではどうなの? やっぱりモテモテ?」

「モテると言えばモテるが……征士郎のことで盛り上がる子達はアイドルに対してのそれに近いんじゃないか? 憧れであって、彼氏にできないことがわかってるから遠慮なく騒げるみたいな」

「なるほどなるほど……清楚やったね! これでライバルはほとんどいないことが判明したよ!」

 

 燕は清楚に対して親指をぐっと立てた。その清楚はというと驚きで一杯の様子である。

 それに待ったをかけたのはマルギッテだった。

 

「しかしライバルがいないわけでもないしょう? 彼の専属である李などどうなのです?」

「李さんは間違いなく征士郎のこと好きだろうな。1年のときから見てきているけど、そして癪だけど……本当に癪だけど、それは認めなければならない。男ってこういう感情に疎いのか? それとも九鬼特有のもの? 九鬼英雄もあずみさんの好意に気づいていないみたいだし」

「九鬼英雄は貴方の妹である川神一子に夢中なだけで周りが見えていないのでしょう。まぁあずみもそんな九鬼英雄だからこそと言えるかもしれませんが……」

「鈍感な相手とか苦労しそうだな。というか、燕の答えも聞かせてもらおうか? 人にはさんざん聞いておいて今更逃げるなんてしないよな?」

 

 清楚も百代の言葉に力強く頷いた。そして3対の瞳が燕へと集中する。

 

「私は気になってるってのが正直なところかな。まだ会って数日だし、これからもっと色々知っていきたいと思ってる。だから今日も征士郎君のこと話題にもしてみたんだよね」

「情報収集ですか……気になるというならクラスメイトのよしみとして協力してやってもいい」

「い、言っておくけど! 私は楽しくお喋りできる相手だってだけでその、好きとか……そういうのじゃないから! 燕ちゃん誤解しないでね」

 

 清楚は慌てたように早口で捲し立てた。その様子にからかいが過ぎたと思った燕は素直に謝罪する。

 

「ごめんごめん。さっきのは私も冗談だから……それから清楚のその口ぶりからすると、私が征士郎君のこと狙ってるみたいに聞こえるから……」

「燕、李さんと一騎打ちか。どちらも大事だから私はただ見守ることしかできない。許してくれ」

「だーかーらぁー! モモちゃんもそういう言い方しないのッ!」

 

 がーっと吠える燕。予期せぬところから弄られる立場へとおちていた。さらに猟犬が追いこんでいく。

 

「しかし、燕は征士郎のことが気になっているのでしょう? それが恋に発展しないと言いきれるのですか?」

「そりゃ……言いきることはできないけど……って、マルギッテさんもそういう方向に話をもっていくのやめてくれません?」

「征士郎は私の目からみても悪い男ではないと判断した。世界有数の優良物件と言えるでしょう」

「ほほう。つまりマルギッテさんも軍に所属していなかったら狙っちゃうほどの男だと?」

 

 一転して燕が攻勢に出た。

 

「それはあくまで仮定の話で私が軍を離れることはあり得ません。よって無意味だと知りなさい」

「仮定の話だから面白いんですよ。仮に……そうだな、征士郎君はマルギッテさんの好みに合ってないなら、大和君! 大和君が付き合ってほしいって言ってきたら?」

「おい燕! どうしてそこで弟の名を出すんだ?」

「いや、ただ何となく。私達に関わりがある男子で征士郎君とはタイプの違う男の子ってことで大和君」

「そういえば、その大和君今日紋ちゃんと一緒にいるところ見かけたよ」

「モンプチと? 弟の奴、遂にハゲの同類と化したか……」

「そっかー。大和君って年上好きかと思ってたけどなー。マルギッテさん残念だったね」

「仮定の話を持ち上げておいて、私を勝手にフラレた扱いするのはやめなさい」

「マルギッテさん元気だして! ポッキー最後の一本あげるからっ!」

「モモちゃん、それ私が持ってきたやつだから。あ、カラムーチョもあるけど食べる?」

 

 結局、ガールズトークはマルギッテが席を立つまで続いた。

 

 

 □

 

 

 カタカタとPCを操作する音だけが征士郎の部屋で鳴っている。征士郎と静初がそれぞれPCの画面に向かい作業を行っていた。学園から戻るなりかれこれ2時間ほど経過している。その間征士郎はくしゃみを二度ほどして、静初に心配されることがあった。

 そろそろ休憩をはさみましょう。静初がそう言おうとした矢先、ノックとともに外から征士郎を呼ぶ声が聞こえた。九鬼内部で彼を呼び捨てにできる人間となれば自然と限られてくる。

 静初がチラリと征士郎を窺えば、彼は一つ頷きを返した。それを確認した彼女がすぐさま扉を開ける。

 

「揚羽様、おかえりなさいませ」

 

 静初は扉を開けるなり深く頭を下げた。彼女の後ろより征士郎の声も聞こえる。

 部屋へと招き入れられた揚羽はソファへと腰を下ろした。その専属である小十郎は揚羽と征士郎にお茶へ入れるつもりのようで、静初の案内のもとキッチンのほうへと足を運んでいく。

 姉の来訪に征士郎は作業を止め対面のソファへと座る。

 

「予定より早かったね」

「うむ。特に問題もなかったからな。で、皆の顔を見たいがため早く帰ってきたのだが……」

「母さんは講演会。英雄と紋白はまだ学園。父さんは……まぁ地球のどこかだと」

「そういうことだ。揃って食事でもできればと思っていたのだがな」

 

 揚羽は小さくため息をついた。こればかりは九鬼の豪運で何とかできるものではなかった。これが帝の場合だと予定が早まろうが遅くなろうが、結局は家族が揃っているときに帰って来るのだから、九鬼の中でもまた別格と言える。

 

「まぁそういうときもあるよ。俺が付き合ってあげるから我慢しなって」

「征士郎ならばそう言ってくれると思ってここに来たのだ。我はお姉ちゃん思いの弟をもてて幸せだぞ! フハハハッ!」

 

 そこへ小十郎がお茶を持って歩み寄って来る。その表情は真剣そのもの。征士郎の手前でもあるため、より一層気合が入っているのだろう。しかし、やっていることはただお茶を運ぶという簡単なもの。

 落ち着け落ち着けと自身に言い聞かせる小十郎。しかし、それとは反対にお盆の上のお茶は水面を大きく揺らしている。

 

「うわっ!!」

 

 小十郎の声とともに宙を舞うお茶。もはやお約束の展開であった。

 しかし、そこに控える従者は一人ではない。静初は小十郎が自分で運ぶと申し出てから、スタンバイをしていたのだろう。淀みない動きで滴の一滴もこぼすことなく湯のみを掴むと、くるりと一回転し静かにテーブルへと湯のみを差し出した。そのスタイリッシュなお茶の出し方に、ミスをした小十郎は感嘆の声をあげる。

 そんな彼へと間髪いれずに飛んでくる鉄拳があった。

 

「感心している場合かッ!! 元はと言えば貴様のせいであろうがッ!!」

「もっ……申し訳ありません、揚羽様ぁ!!」

 

 威力は部屋の中ということもあり抑えられていたのか天井へ突き刺さることはなかった。せいぜい小十郎の頭が天井をかすめた程度である。

 湯のみを手にとった征士郎が口を開く。

 

「小十郎、俺の前でそこまで緊張することはないだろう。まぁ母さんの前でこれをやらかすのはさすがにマズイがな」

「申し訳ありません、征士郎様。うまくやろうとすれば、なぜか……」

 

 静初がアドバイスを送る。

 

「小十郎は手元に集中しすぎなのです。体が強張っているのも問題ですね」

「真面目な男だからな。少しはステイシーを見習ったらどうだ?」

 

 征士郎の言葉を聞いた小十郎は、握りこぶしをつくりいきなり叫ぶ。

 

「ロオオオッッック!」

「征士郎が言いたかったのは余裕をもてということだ。馬鹿者があぁっ!」

 

 相変わらず仲の良い揚羽主従に、征士郎は相好を崩した。

 

 

 ◇

 

 

 小十郎への制裁が終わったところで、揚羽が提案する。

 

「これからすぐに出かけようと思っているが、征士郎は何が食べたい?」

「とか言いつつ、姉さん食べたい物とか決まってるんじゃないの?」

「ほう……理由を聞こうか」

「いや何となく。強いて言うなら俺の勘」

「ならば、我が今食べたい物まで当てられるかな?」

「いやいや、そこまでいけば超能力でしょ。うーん……」

 

 そう言いながらも征士郎は揚羽を見ながら顎に手を当てた。姉は楽しそうである。

 

「ヒントをやろうか?」

「いやそれじゃあ面白くない。まず俺の勘で答えを書いておく。その後にヒントをもらおうか」

「良かろう。当たっていれば褒美に一品加えてやる」

 

 征士郎は静初より紙とペンを受け取り、さらさらと答えを書いていく。そのペンが止った所で、揚羽がヒントを出した。

 

「鱗があり、生のままでは硬いものだ」

 

 小十郎は揚羽の顔をじっと見て考え込んでいる。専属であれば主の気持ちを察せるほどでなくてはとでも思っていそうだった。

 

 

 □

 

 

「しかし、本当に我の食べたい物を当ててしまうとは……」

 

 揚羽は唸った。それは呆れているのか感心しているのか判断が難しいものだった。征士郎は偶然だと笑うばかり。彼女の食べたかったものは鰻。それを小十郎が最後に答えたとき、紙をめくればそこには鰻の文字があったのだ。

 彼らを乗せた車は夕焼けの中を走っていく。その車中にはさらに人数が追加されていた。ちょうど帰宅してきたところで彼らと出くわした義経と弁慶である。

 

「揚羽さん、本当に義経たちもいいんですか?」

「構わん。お前達のことは征士郎らに任せきりであったからな。旨い物でも食べながら、学園での様子を聞かせてくれ」

 

 義経と揚羽が会話する中、弁慶は鰻だ鰻だとご機嫌である。川神水にピッタリな御馳走にありつけるからだろう。この2人を加えた6人で、揚羽の行きつけの店へ行くことになっている。

 車もいつもの車種では手狭であるため、後部座席に6人まで座れるリムジンである。

 弁慶は座席の横についているクーラーを開け、上目遣いながら揚羽を見た。

 

「揚羽さん?」

「それは弁慶へのプレゼントだ。好きにするが良い」

 

 クローン組はつい最近誕生日を迎えたばかりである。彼女らが同行することがわかった揚羽は、買っておいたプレゼントを先に車へと運ばせておいたのだった。

 弁慶はそのプレゼントを手にとってすぐさまこう言った。

 

「一生ついて行きます!」

 

 川神水の中でも特別とされる大吟醸・蓬莱。年間5本限定で市場に出回らない一本である。

 弁慶はそれを大切に抱きしめキスをする。まだ飲んでもいないのに表情は蕩けており、まるで猫にまたたびといった様子だった。

 弁慶の喜びようから余程の一品だと推測した義経は、未だ自分が贈られてもいないのに恐縮しっぱなしであり弁慶とは対照的な態度である。

 それに気づいた征士郎が口を開く。

 

「姉さんの気持ちだ。弁慶のように素直に喜べばいい」

 

 その弁慶はというと一升ビンを拝み、いまようやく封を切ろうとしているところだった。ここまで喜んでもらえると贈った側も嬉しくなるだろう。

 弁慶が小十郎へ話しかける。

 

「小十郎、今からチョー安全運転で頼む。これがこぼれたりしたら私は死ぬ」

「えっ!? 死ぬって何がです!?」

「その前にお前を殺すッ!」

「ちょ!? 意味が分からないんですがッ!」

「とにかく徐行を心がけて! お願いします!!」

 

 高圧的にでたかと思うと最後は懇願する弁慶。目の前の一品に未だ気が落ち着かないらしい。

 揚羽はそんな弁慶に嬉しそうである。

 

「フハハハッ! 小十郎、弁慶の言う通りにしてやれ。店は逃げん」

 

 小十郎はそれに返事し、同時に車はそのスピードを下げていった。

その遣り取りをオロオロしながら見守っていた義経だが、ふいに征士郎と目が合う。彼はただ静かに頷くだけだった。

 しかし、義経には征士郎が何を伝えたいのかハッキリとわかっていた。

 

 

 ◇

 

 

 弁慶は自分の杯に川神水を注ぐと、時間をかけてゆっくりと飲みほした。そしてその余韻もあますところなく味わう。その瞳は閉じられており、全神経を味わうことに費やしているようだった。

 義経も見た事がないほど真剣な雰囲気にごくりと生唾を飲み込む。

 やがて瞳を開けた弁慶は軽く息を吐いた。

 

「……私はこれを味わうために生まれてきたんだ」

「弁慶が何かを悟ってしまった」

「主も飲んでみるといい。いや! 飲むべきだッ! この感動を私一人だけ味わうなんて……許されない」

 

 揚羽は試飲したときのことを思い出し、弁慶の言に納得している。

 弁慶はずいっと杯を差し出した。義経はそれを両手で受け取ると、とくとくと軽快で清らかな音とともに器を透き通った液体が満たしていく。紅色の杯に満たされたそれは夕日を浴びて輝きを放っている。あの弁慶があれ程の態度を示す川神水。義経は恐る恐る小さな唇を宛がった。その間、弁慶は揚羽と征士郎にもお酌をする。こちらはクーラーに備え付けのロックグラスであった。

 

「はふぅ……」

 

 全てを飲み干した義経はふにゃりと緩んだ顔とともに息を吐いた。今なら弁慶の言っていた気持ちがわかる。飲んでもらわないとこの味と気分を共有することはできない。

 弁慶は主の表情だけで満足らしい。そこに言葉は必要ないといった感じだ。

 続いて義経にもプレゼントが贈られる。桐の箱に入れられたそれに彼女はピンときた様子であった。

 義経は揚羽に一言断りを入れ、ゆっくりと箱を開ける。隣からそれを覗きこむ弁慶が先に「おおっ」と声をあげた。

 

「神楽笛……」

「うむ。絵画などでもよかったが、趣味が合わなくては飾ることもできんと思ってな。笛にしておいたのだ」

「ありがとう、揚羽さん。義経は大切にする!」

 

 義経は大事そうにそれを抱え笑顔になった。

 その後、鰻をしっかりと堪能した彼らだった。同じ時刻、金柳街の梅屋にて強盗の押し入りがあったことも、偶々そこに壁を越えた者たちが集まっていたことも彼らはまだ知らない。

 

 




ふー林沖のシナリオ楽しみ(HPより
あんなの見たら林沖放りこみたくなる!!
林沖可愛いよ林沖。

今回の話は原作で大和が紋白へ人材紹介を行っている裏側。そして梅屋に強盗が押し入る裏側を書いてみました。
4人の会話を書くの大変。今回はまだ喋り方に特徴あるから何とかなった……と思いたい。これ誰の台詞とかありましたら遠慮なくご指摘下さい。地の文入れて修正します。

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