『大遠投3年女子の部優勝は……3-S葉桜清楚です!』
アナウンスが流れるとともにわっと歓声がわいた。2年では弁慶が優勝したので、これでSクラスが2人とったことになる。
覇王様マジ西楚という賞賛に、項羽はまんざらでもなさそうでありその高笑いも一段と大きく感じられた。
この大遠投は海に向かってバレーボールを投げその距離を競う単純なものであったが、優勝を勝ち取った項羽はボールを星と化し測定不能という結果であった。またそれは弁慶にも言えることで改めてクローン組の凄さを確認できたのだった。
一方の男子部門では測定可能の範囲で競い合いが行われており、女子に比べるとどうしても一歩見劣りするものであった。東では女が強いという噂はこういうところからも端を発しているのかもしれない。
かと言ってその男子が女子に虐げられているというわけでもない。
意気揚々とSクラスに帰還した覇王は皆からの丁寧な賛辞に片手で応えている。そして一人の男を見つけるやいなや挑発的な笑みを浮かべた。
「んはっ! どうだ、征士郎? 俺様のパワーその目でしかと見届けたか!?」
「ああ。さすが覇王と呼ばれるだけはある。見事だ」
「この程度俺にかかれば朝飯前よ。妹分とも言える弁慶が結果を残したのだ。俺も負けるわけにはいかん」
ふふんと鼻を鳴らす項羽は征士郎の言葉によってさらに機嫌を急上昇させていく。彼女は目的を達成したのか満足げに彼の下を離れていった。どうやら弁慶にも労いの言葉を送ってやるらしい。上から目線で褒める項羽の姿が目に浮かぶ。
その後ろ姿を見送る征士郎の隣で静初が呟く。
「まるで親に褒められた子のようなはしゃぎようですね」
「可愛らしいではないか。マープルはあの性格を直させたいらしいが、俺は素直で良いと思えるがな。清楚が大人しい分、項羽はあれくらい元気があったほうが良い。もちろん悪さをすれば叱る必要もでてくるだろうが」
「マープル様もあれはあれで清楚達を可愛がっているのです。だから何かと口うるさく言ってしまわれるのではないでしょうか?」
「親の心子知らず……か。いや清楚などは理解しているのかもしれないな」
「親……」
征士郎は静初の口から漏れたその言葉を聞き逃しはしなかった。
「会ってみたいか……生みの親に」
「どうでしょうか……会った所でその方を親と認識できるかどうか。私にとっての親は育ててくれたあの人だけですから」
征士郎は静初の生まれのことを彼女の口から聞いていた。彼はそうかと短く答えただけで2人の間に沈黙が流れる。彼らの見つめる先では生徒達が競技に励んでおり、対照的な賑やかさであった。
征士郎が静初の様子を窺うと彼女はその光景を優しげに見つめている。彼は彼女の名を呼ぶと少し荒っぽくその頭を撫でた。その突然の行動に彼女が慌てふためく。
「しんみりさせてしまったな……だが心配するな。たとえお前に何があろうとお前の帰るべき場所はここだ。一生俺の傍にいろ。退屈させんぞ」
征士郎と瞳を合わせた静初は一度瞬きをしてふぅと息を吐く。
「退屈しないのは専属になったときからの経験で既にわかっていますから御心配なく」
「ははっ。言うじゃないか我が専属は。頼もしい限りだな」
「ありがとうございます。では、そろそろ昼食の準備にとりかかります」
静初はそう言うと征士郎の手をそっと両手でとり頭から離す。その手つきはまるで宝物を扱うように慈しみに溢れていた。
その後一礼したのち征士郎のもとを離れる静初であったが、その顔は少し赤みがかっていたようだった。それが照りつける太陽のせいなのか、それとも他に原因があったのか。それを知るのは彼女のみである。
◇
「あうー負けちゃったわ……」
一子はがっくりと肩をおとして呟いた。彼女も2―Fの代表として大遠投に臨んだのだが、弁慶が測定不能という結果でそれまで首位を守っていた記録を抜かれてしまったのである。
それでも順位は2位であり上出来といえる結果であったが、一子も負けず嫌いであるため納得しがたいようであった。
これで午前の競技も終わりこれから昼ごはんである。一子はそれまでの時間を少しブラブラして過ごしていた。一時は魚でも獲ってクラスメイトの食マスターである熊飼満の手料理に華を添えようかと考えたが、それはまた後でもできると思い直して浜辺のこの賑やかな雰囲気を楽しもうと思ったのだった。
(体育祭が始まる前に貝もたくさん獲っておいたし)
魚に関しても、熊飼があるルートより仕入れたものを準備していると聞いていた。
先ほどまで一緒にいた京やクリスには少し歩いてくると言伝もしてある。その際、迷子にならないようにと京から冗談なのか本気なのかわからない一言をもらっていた。
「全くこんな場所で迷うわけないじゃない」
一子はキョロキョロしながら浜辺を歩く。子供じゃないんだからとわざとらしく肩をすくめた。
その間海上から数機のヘリが飛んできて、梯子をおろしたかと思うと多数のメイドたちが降下してきていた。そしてそのまま生徒達が開いていた海の家に向かっている。
(あれは……九鬼のメイドさんたちかしら?)
一子は男子達の歓声を聞きながら思った。水着姿のメイドたちは皆美形であり、クール系キュート系パッション系と各種オールジャンルを網羅しているかと思われるほどである。まるで餌に釣られる魚影の如く、男たちはその海の家に群がって行った。
一子はそんな彼女らのある一部に視線を送る。
(やっぱり大人の女性だわ。私も牛乳欠かさず飲んでいるのに……)
メイドたちの揺れるそれと慎ましい自分のそれを交互に見て一つため息。しかしすぐに一子は首をブンブンと横にふって、そのマイナス思考を追いだそうとする。
(大丈夫よ! 私だって成長期! まだ望みはあるわ!)
そこで以前京より伝え聞いたことを思い出した。
曰く、揉んでもらうと大きくなるというあれである。
(あれは迷信よ。胸はほとんどが脂肪でできているんだから、やたらに揉んでも脂肪の燃焼を手助けするだけで意味がないのよ。もしこれ以上……)
その先を考えて膝と両手をつきたくなる一子。そんな彼女の頭にテニスボールが勢いよく直撃した。
「ふぎゃ!」
気の抜けていた一子の口から思わず変な声が漏れた。当たったボールは跳ね返りそのまま地面に落ちる。それを拾い上げた彼女はそれがテニスボールと少し違うことに気付いた。テニスボールより柔らかく、色合いもオレンジとイエローの組み合わせでカラフルなのである。
ふにふにとそれを握っていた一子のもとへ、それの持ち主が駆け寄ってきた。
「ぬあっ! 当たったのは一子殿でありましたか! まことに申し訳ない!」
英雄であった。彼はボールそっちのけで一子にケガはないかと心配する。その態度は普段の堂々とした姿とは対照的である。
「大丈夫大丈夫。ボールも柔らかかったし、私のほうもちょっと気が抜けてただけだから……」
苦笑する一子は頭をさすりながら答えた。実際飛んできたボールも豪速球というわけでもなかったため、ほとんど威力はなく痛みもなかった。英雄はその様子にほっとすると同時に打った相手に声を荒げる。
「兄上! ノーコンにも限度がありますぞ! おかげで一子殿の頭に直撃したではありませんかッ!!」
一子もつられてそちらへ視線を移動させる。そこにはラケットを振り抜いた征士郎の姿があった。そしてその横には百代がおり、一子に当たったところを見て征士郎の頭を叩いている。
征士郎もそれを避けることなく甘んじて受けていた。
「すまないな、一子。英雄を狙ったつもりがあらぬ方向へ飛んでしまった」
「あ、いえ平気です。痛みもないですし。それよりお姉様も集まって何を?」
百代はすぐに一子の頭を撫でに近寄る。同時に何か思いついたらしい。
「ワンコ今時間あるか? 征士郎がビーチテニスで勝ったら飯を奢ってくれるって言うんだ。どうだ、少し力を貸してくれないか?」
実際は昼飯を持たない百代が、豪華そうだからという曖昧な理由で征士郎のもとへと集りに来たのであり、征士郎もただで食わせるのも面白くないため一つ勝負をしないかと持ちかけたのである。その勝負がビーチテニスであった。
このビーチテニスは簡単にいうとテニスとビーチバレーを掛け合わせたスポーツで、基本はダブルス(2人組)で行う。使用するのはボールと専用のラケット。そしてネット越しでそのボールを落とさず打ち合うものである。
なぜそのビーチテニスをこの場で行っているかというとマイナースポーツの普及のためであった。川神学園の水上体育祭は例年テレビ中継されており、これが中々の視聴率を持っているためそれを行うにはピッタリと言えた。そして、今年はとある企業と協会からの要請があり、ビーチバレーの代わりにこのビーチテニスを行うことに決めたのだった。
征士郎が聞いたところによるとビーチテニスはオリンピックの公開競技化を進めているらしく、昨今特に力を入れているとのことだった。
しかし、生徒達の大半はこのスポーツをよく知らないため、その模擬戦として征士郎が行うことになっており、ぶっちゃけると百代はそれに巻き込まれたというわけである。
その征士郎と百代は最高学年としてもそうだが、学園では双璧と呼ばれるほどの有名人であり、その2人が勝負するとなると人目を集めるのも楽という理由もある。
この状況にタイミングよく現れた英雄は征士郎に一声かけられパートナーに、一子も彼と同じ事が起こっていた。
そして、一子が百代の頼みを断るはずもなく快諾する。感謝の気持ちを表す百代はさらに一子を猫可愛がりした。
英雄は仲の良いこの姉妹の雰囲気にとても嬉しそうである。だが一方で好きな相手と争うことに少々の不満があるらしい。どうせ2対2での勝負を行うなら好きな相手と組みたいというのが本音であった。
しかし、英雄も切り替えの早い男である。一子と視線が合うと勝ち気な笑みを浮かべた。
「フハハハッ! 一子殿、偶然とはいえ争うからにはこの九鬼英雄全力を持って相手させていただきます! 御覚悟はよろしいですかな?」
一子はその挑発に嬉々として受けて立つ。
「望むところよ、英雄君! 川神姉妹の珍妙なコンビネーションを味あわせてあげるわっ!」
「それほど珍しいコンビネーションを我に!? これは我も心してかからねばなりませんな!」
「ええ! …………って、あれっ?」
そこへコートの準備ができたとの報告が入った。その場所は海の家の近くで、最も人目を集めやすい場所。アナウンスが流され、午後の競技にビーチテニスが行われることと模擬戦のことが伝えられた。
九鬼兄弟VS川神姉妹。今までありそうでなかった好カードの戦いが始まろうとしていた。
□
関係者の女性よりビーチテニスのルールを解説してもらい、征士郎たちはそれに慣れるためしばらく軽い打ち合いを行う。征士郎はこの競技を取り入れるかどうかのとき一度プレーしていたので慣れていたが、他の3人は今日が初めてである。にもかかわらず、すぐに順応し軽快なプレーを見せ始めたのは元々運動神経が良いからだろう。
足場の悪さを物ともしないそのプレーは日頃の鍛錬や練習の賜物と言えた。
コートの周りには既に生徒たちが群がっており、この日のためだけに設置された特大モニターにもその様子が映し出されている。
実況席には学内ラジオパーソナリティでおなじみの準。
『さぁというわけで突如勃発した双璧の争い! 夢の対戦カードが今ここに! お前達はどちらを応援するかもう決めたかっ!? 俺はパーソナリティという立場上中立だが、心の中では紋様の兄上様にあたる英雄と会長を応援します!! ……おお、外野からのブーイングが心地いいぜぇ。しかし試合はしっかりと盛り上げていくんでそこんとこ4649!! 解説には協会よりお越しいただきました越前さん。そしてゲストに――』
『はいはーい。納豆小町こと松永燕でーす! プレーヤーの皆には松永納豆のように粘り強いプレーを期待したいですね。そして最後まであきらめないねばーギブアップ精神で試合を盛り上げてもらいたい! そうそうネバーと言えば――』
『はい、ストーップ! 強引な宣伝はこの場では控えてください。もうまもなく試合が始まります!!』
◇
4人はそれぞれ固い握手を交わすとポジションについた。サーブは百代から始まる。
左手で宙へボールを放り投げると右腕を振りかぶった。そしてボールが最も高くなったところで思い切り振り抜く。
パンッと弾けるような音とともにボールが征士郎と英雄のちょうど真ん中へ襲いかかる。彼らは反射的にラケットをそこへ持って行った。返したのは英雄。直線的だった行きのボールとは逆にふわりと山なりの軌道を描く。
一子がそれに反応し飛びあがっていた。
「はぁっ!!」
気合のこもった掛け声と同時にボールを打ちぬく。それはコート前方を抉るような鋭いコース。しかしそれを拾いあげる征士郎はしなやかなボール捌きで、一子の後方へとボールを返す。
ここで攻守が逆転する。百代から戻ってきた山なりのボールを英雄が捉えた。
速球に身構える一子は一歩足を引く。突き刺さって来るであろうボールを拾うつもりであった。しかしその引いた態勢が悲劇をもたらす。
「ふぎゃ!」
今日二度目となる一子の悲鳴。真芯で捉えた英雄の速球が見事なまでに額を直撃していた。ボールはそのままコートへと落ち九鬼の得点となる。
「ぬあっ! 一子殿大丈夫ですかっ!?」
こちらも二度目となる英雄の驚きの声。そこに解説が入る。
『川神一子さんが当たってしまったのは、態勢が逃げてしまってたからですね。ビーチテニスの基本は前。高い位置でボールをとることですから』
『なるほど。落としちゃいけないんだから後ろで待つより前へ出て拾うことを心掛けろってことですか』
「なるほど……そういうことね」
一子は実況からの声を聞き納得した。声をかけてくる英雄には大丈夫と返し、再びラケットを握る。
(前へ出る意識……それなら私の得意分野だわ!)
スピードのあるボールを受けたが痛みはない。声が出てしまったのは驚きが大きかったからである。
「ワンコ、次は取り返すぞ」
「もちろんよお姉様」
2人はともに頷くと銀髪の兄弟を真っ直ぐに見つめる。
□
「嘘だ……征士郎に負けた? 私のご飯……」
まさか負けるとは微塵も考えていなかったのだろう。百代は打ちひしがれていた。
勝負は接戦につぐ接戦で、最終セットでは相手に2ポイント差をつけるまで延長が続いていたが、結局拾いに拾った九鬼兄弟がゲームを制した。
攻撃ではダイナミックさを魅せつけた川神姉妹と神懸かり的と言っても過言ではない粘りをみせた九鬼兄弟。観客すらも唖然とさせたボール予測を勘の一言で片づけてしまうところに九鬼の恐ろしさを垣間見たのだった。
しかしその分模擬戦は大いに盛り上がり、征士郎は目的を十分に果たすことができたのだった。
「百代、ご苦労だったな。昼の準備は既に整っている。ついて来い」
「えっ……でも私負けたぞ?」
「ん? 俺は勝負をしないかと言っただけで勝ったらとは一言も言ってないはずだが?」
「え……うーん、そうだっけ?」
「まぁいらんのなら別に良い」
「いるいるいるっ! いります! というかくれるんなら最初からそう言えよ!」
「勘違いしたのは貴様だろう」
「まぎらわしい言い方するからだろ。というか、ちょっと待ってくれ。その――」
百代は言葉を続けようとしたが、征士郎がその上から遮った。
「一子なら英雄に誘わせている。それとも別の件か?」
「いや……それならいい。というかわざと英雄にワンコを誘わせたな?」
「どうとってもらっても構わない。アイツも野球同様、一子のことは本気だからな。手を貸してやりたいと思うのはおかしいことではないだろう」
「その前に自分の心配したらどうだ?」
征士郎は百代の言葉に笑い声をあげる。
「確かにその通りだな。だがそれを言うならお前も同様だ」
「うるさいなー。むぅ、この話は藪蛇だったか……。まぁワンコのことは構わないさ。人の恋路を邪魔する者はなんとやらっていうしな。あの子を幸せにしてくれるなら私に文句はない」
「姉らしいことを言うじゃないか」
「姉らしいってなんだらしいって!? 正真正銘姉だろッ!?」
吠える百代と受け流す征士郎は昼食の用意されている場所を目指す。
水上体育祭は昼食を挟み午後の部へと続く。