真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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24話『水上体育祭3』

 

 体育祭の競技も残すところあとわずかとなっていた。順位に関しても既に決着がついており、征士郎のいるSクラスは他を寄せ付けない力で優勝し、それに続くかのように2年1年のSクラスも優勝を勝ち取っていた。

 そして次の競技は「怪物退治」。これは今回の特別カリキュラムで、一体の怪物にくっついている川神水晶を獲り合う。参加者は全校生徒であり、要は早い者勝ちである。景品は名誉とマリンスポーツグッズだった。

 全ての説明を終えた鉄心が沖の方を指さす。

 

「その怪物とはあれじゃ!」

 

 そこにはまさに怪物級のサイズをしたクジラが泳いでいた。それを目の当たりにした生徒たちは唖然としている。このクジラの中身は川神院の修行僧らしく、どうやら天神館の生徒達が東西交流戦の帰り際に見せてくれた天神合体を見て血が騒いだとのこと。

 少し以前にさかのぼるが、東西交流戦のとき仮に百代が総大将であったなら、天神館の1000人を超す皆が一丸となり彼女に挑む予定だったのだが、その目論見は征士郎が総大将であったことで潰えてしまった。しかし、せっかく会得したものを見せられないというのも悲しいので、征士郎ら3年達と見物に来ていた下級生たちの前でその天神合体を披露してくれたのであった。

 

「でははじめぃ!」

 

 鉄心の号令に呆然としていた生徒達が一気に覚醒し、気合のこもった掛け声をあげながらその怪物に挑んでいく。水際は激しく音を立て、それに合わせて飛沫が躍る。

 しかし、それとは逆に参加しない生徒も少なからず存在した。

 征士郎もその一人で威勢よく挑む生徒達を眺めている。そんな彼が座っている白い椅子は籐で編まれたもので、座面には柔らかそうなクッションもひいてあった。その隣にはサイドテーブルが置かれ、上にはトロピカルジュースがのっている。南国の空を想起させる爽やかなブルーに、パインオレンジチェリーそして紫のハイビスカスが彩り豊かに飾ってあり、気分はまさにリゾートといった様子である。彼の後ろにはクラウディオが静かに立っている。

 そして、その周りには静初、百代、燕、清楚という面々がそれぞれくつろいでいた。

 静初は最初征士郎の世話をしようとしたのだが、この時間くらいはゆっくりしていろと言われビーチチェアに座って観戦。彼女の隣に座る清楚は項羽が引っ込んだため、無理に参加する必要もなく休憩に入っていた。そこへ燕を連れた百代が現れたという次第である。

 征士郎は元より参加するつもりもなく、それは静初も同じであった。項羽が引っ込んだ理由は百代たちが参加しないならつまらんというもので、加えて体育祭全体を通して活躍できたことに満足したからである。その百代はというと周りの空気を読んで参加を見送り、燕は武器等を晒すわけにはいかないとの理由で参加しなかった。

 

「あーちょっとリッチな気分だな」

 

 百代は全員に配られたトロビカルジュースに口をつけた。これらを用意したのはもちろんクラウディオだが、まるで予測していたかのように素早い対応だった。

 隣に座っていた燕がそれに苦笑で応える。わざわざクラウディオに飲み物まで準備させてしまったのが申し訳ないといった様子である。もっともクラウディオにとってはこの程度造作もないことであった。

 彼らの見つめる先では今にもクジラに飛びかかろうとする生徒たちの姿があった。

 そのとき鉄心より一つの指示が飛ぶ。それに反応したクジラは自身の周りに巨大なうず潮をいくつも発生させていった。それは容赦なくボートごと生徒達を呑みこんでいく。悲鳴が木霊し、沖はパニックに陥っている。

 その様子を見ていた征士郎らの間に何とも言えない空気が蔓延する。それは生徒達を沈めて嬉々とした様子の鉄心に対してであった。しかし、沈んでいった生徒達の救助はしっかりと行われているので事故が起こる心配はなさそうである。

 その空気を払拭しようと試みたのは義経であった。彼女は少し遠い場所からふわりと体を宙に舞いあげクジラの背へと乗ることに成功した。その勢いのまま彼女が水晶を獲るかと思われたが、それも鉄心の一声に応じたクジラの潮吹きによって阻まれる。

 しかしそれに勇気づけられたのか、怯んでいた生徒たちも果敢にクジラへと向かっていく。次に取り付くことができたのは翔一。彼は義経ほど華麗にとはいかなかったが、揺れるクジラの巨体をものともせず時に振り落とされそうになりながらも目標へ向かって進んでいく。

 その様子はさながらロッククライミングのようであった。だがそれも長くは続かず、クジラが潜行した際の水流に押し流される。

 さらにクジラの猛威は続く。水中から飛び出すと同時にボートを吹き飛ばすのである。その巻き添えを喰らったのは金髪の女生徒であったようだ。彼女を受け止めたのは赤髪の女生徒でそのまま二人とも海へ落ちた。

 それを見ていた燕が百代へ話しかける。

 

「あの怪物やりたい放題だねぇ」

「ジジイがあの通りノリノリだからな」

「生徒が沈んでいく様を嬉しそうに眺める学長……」

「それだけ聞いたらただの外道だな」

 

 そこへ現れたのは教師の宇佐美巨人であった。巡回中の宇佐美はワイシャツを肘までまくり上げ、持参した団扇でパタパタと煽いでいる。いつもはジャケットも着用しているのだが、さすがにこの気温で着る気は起きなかったらしい。

 

「おお……お前らビーチパラソルの下で優雅なひと時とか羨ましいねー。ちょっとおじさんと交代してくんない?」

 

 生徒に対してもフランクであるため、教師の中でも最も親しみやすい先生といえる。ついでにいうと、征士郎が1年2年のとき宇佐美がSクラスを担当していたので、征士郎とはそれなりの付き合いがあった。

 その宇佐美の言だが、征士郎のSクラスを担当していたときが一番平穏であったらしい。出会った当初はそれこそ腫れものを扱うが如くであったが、時を過ごすうちに征士郎の人柄を知り今のような対応をとるようになった。

 そのとき百代が叫ぶ。

 

「あ、梅先生!」

「いえ違うんですよ、小島先生。今のは単なるジョークと言いますか……生徒とのコミュニケーションを図ろうとしただけなんです」

 

 キリッとした宇佐美はすぐさま振り向くと早口でそう述べた。しかしそこに人影はない。

 征士郎が固まる宇佐美に対して声をかける。

 

「毎回思うんですが、宇佐美先生は小島先生のことになると過敏に反応しすぎでは?」

「惚れた女にはいいとこ見せたいと思うのは当然でしょうが」

「それでしたら普段の行いから改善したほうが良いと思いますが……」

「結構痛いとこついてくるのね。でも人間さぁ余裕をもつことも大事だろ? あ、どうも」

 

 宇佐美はクラウディオから渡された麦茶をぐいと飲み干した。そのクラウディオは陰に入っているとはいえ、燕尾服を着崩すことなく穏やかな笑みを浮かべる。その額に汗一つかいていない。完璧執事はここでも隙一つない。

 キンキンに冷えた麦茶はまるで染み渡るかのように旨かったが、できればビールをというのが宇佐美の本音であったろう。立ち止っていても汗をかいてしまうこの暑さであののどごしを味わうことができたなら言う事はない。

 燕が宇佐美に尋ねる。

 

「それでその肝心の梅先生とは一緒に回れなかったの?」

「いやー俺も誘ってみたんだけど、二人で回るより一人ずつ見回ったほうが効率いいってにべもなく断られた」

 

 転校してきてまだ1カ月経っていない燕でさえ距離の近さを窺わせる。もっともこれは彼女の陽気さが成せる業かもしれない。

 

「ありゃま……納豆あげるから頑張って、ウサミン」

「誰がウサミンか。だが納豆はもらっとくわ。サンキューな松永」

 

 カップ納豆を受け取った宇佐美は征士郎のほうへと向き直る。

 

「なぁ征士郎の力で小島先生を何とか俺とくっつけてくんない? この2年で俺がどんだけ頑張ってるか知ってるでしょ、征士郎は」

「この教師……遂に征士郎に頼り始めたぞ。駄目だ早く何とかしないと」

「というか先生からくっつけてくれって頼まれる征士郎君も大概だよね。信頼されすぎでしょ」

 

 百代と燕は呆れている一方で、征士郎が答える。

 

「もちろん知ってます。しかしいくら九鬼と言えど、人の心まで支配することはできませんよ。それができるなら世界すらとっくに九鬼が手に入れているでしょう。だからこそ面白いとも思いますが……よって俺に頼るより女子の意見を参考にしたほうが有益では?」

「お前は相変わらずだねー。それじゃあその意見を聞かせてもらおうか女子諸君」

 

 宇佐美は征士郎の周りに侍る女子生徒を見まわした。こういう所も相変わらずだなと心の内で嘆息。キャバクラで金を払えば俺だってこのぐらいはと強がってみたが、空しくなるだけなのでやめた。

 そして最初に意見したのは百代。

 

「まずヨレヨレのスーツをどうにかする! 梅先生ってだらしない奴嫌いでしょ」

「あーそういえばスーツの事言われたことあるな」

 

 次に燕。

 

「暑苦しい髭もどうにかしたほうがいいんじゃないかな? 無造作って言えば聞こえはいいけど、ただ手入れしてないだけだよね」

「松永も案外容赦ねぇな」

 

 続いて静初。

 

「できればタバコもおやめになるとよろしいかと。タバコの臭いを不快に感じる方も多いですし、健康にもよろしくありません」

「俺を思ってくれるのは嬉しいんだけど、少ない楽しみの一つを取り上げられるのはなぁ」

 

 最後に清楚。

 

「えーっと……ね、猫背を直す! 自信なさげに見えます」

「え、俺ってそんなに猫背!? ていうか、お前らの意見をまとめるとまず外見を整えろってことか……」

 

 宇佐美ははぁとため息をつくが、それを見ていた征士郎が注意する。

 

「外見は一番変えやすくて見る人にとって分かりやすいものですからね。効果的なのでは?」

「外見かぁ……俺がビシッとしたスーツ来てネクタイ閉めて髭剃って、おまけにタバコの香りもさせず姿勢正しく……って想像できねぇ」

「確かに。今の宇佐美先生はこれはこれで味があるとも思いますよ。小島先生が振り向くかどうかは別ですが……」

「いや駄目じゃん。お前に褒められても小島先生に褒められねぇと意味ねえだろ」

 

 それに反応したのは静初で涼やかな瞳を宇佐美に向ける。

 

「征士郎様に褒められることが価値のないことだと仰るのですか?」

「いやあのね……李」

「冗談です」

「うん、だいぶフランクに接してくれるのはおじさんも嬉しいんだけど、できればもう少しこう分かりやすい冗談にしてくれると助かるなぁって。生徒に怯える教師とかカッコつかないでしょ?」

 

 ある部類の人たちには御褒美の視線であったとしても、生憎宇佐美にそのような性癖はない。美女からの冷たい視線は妙に迫力があり、ただ恐怖を感じるだけである。

 

(李もこの2年で随分と雰囲気が変わったな。良い事なんだけど時々冗談なのか本気なのか判別つかねぇときがあるから厄介だ。気付かず地雷踏むとかそんなのおじさん御免だからね)

 

 そのとき一際気迫のこもった声が沖から聞こえてきた。どうやら満を持して英雄が動き出したらしい。

 

「そういえば英雄はSクラスでどうですか?」

「いやまぁそれなりにやってくれてるよ。さすがお前の弟というか九鬼というか……あの濃いメンツをよくまとめあげてると思うぞ。それでもSの担任は疲れるけどな」

「学長が宇佐美先生を信頼している証ですよ」

「だったらその分給料あげてくれって学長に伝えておいてくれ。万年金欠なんだ……」

「伝えるくらいは構いませんが、なんなら代行屋のお仕事をいくつか回しましょうか?」

「それは嬉しいが何分人手不足でな……仕事もらってもこなせそうにないんだ」

「ああ、でしたら義経と与一を加えてもらえないですか? クローン組はこれから社会見学の一環でアルバイトさせることが決まっているのでちょうどいいです」

 

 ちなみに弁慶は大扇島近くのバーで働くことが既に決まっており、清楚もいくつかの候補から絞り込む段階にある。

 

「いいのか? 義経と与一なら実力もあるし申し分ないが……」

「義経は特に問題もないですが、与一はあの性格ですから少しダークなイメージのある代行屋の仕事に興味をもつでしょう。クラウディオどうだ?」

「はい、私もその案に賛成です。代行屋のアルバイトは元々一つの候補としてあがっておりましたし、宇佐美様が取り仕切ってくださるのならばこちらも安心してお任せできるかと」

「というわけで、宇佐美先生どうだろうか?」

「即決か。いや、こちらとしてはぜひお願いしたいがな」

「ではこちらから義経達には事情を説明して、改めてそちらの事務所へ出向かせます。仕事の斡旋は……シェイラにやらせるか、監督役も兼ねて」

 

 それを聞いた静初が自分のほうから後で伝えておきますと応えた。

 さらにある人物が目に留まった征士郎は話題を変える。

 

「それから直江大和がSクラス入りしましたが、彼は馴染めそうですか?」

「意外だな……征士郎が直江のことを気にかけるなんて。とはいっても、アイツは心配いらないと思うぞ。まだ数日しか経ってねえけど超速で馴染んでるから。今日だって弁慶と義経と一緒に二人三脚でてたし」

「そうですか。まぁ俺というより俺の妹が直江大和に興味を持っているようなんでね」

「ほう。九鬼紋白に目つけられるとは直江も隅におけねえな」

 

 その大和は心と由紀江、そして与一と協力して水晶を狙いに行くようだった。ボートに乗った3人はクジラの暴れる沖へ漕ぎ出していく。与一は砂浜に残っていた。

 

「宇佐美先生、引き留めておいて何ですがそろそろ巡回に戻られては? 小島先生にさぼってるなんて思われたくないでしょう」

「おっと確かに気をつけないとな。んじゃあ代行屋の件よろしく頼むわ。代わりといっちゃあおかしいけど英雄や直江含めてSの奴らはそれなりに面倒みるからよ。なんかあったら連絡も入れる」

「ありがとうございます。それから……小島先生は今海の家近くを見回っているようですよ」

「ははっ、気を回しすぎだっつーの。でも急いで行ってくるわ!」

 

 宇佐美はそれだけ言い残し、わき目も振らず海の家の方向へ足早と去って行った。

 それからすぐに川神水晶をゲットしたのが心だというアナウンスが流れる。大和は与一に水晶を狙い撃つように指示し、水晶がクジラからはずれたところを由紀江によって放り投げられた心がキャッチしたとのこと。その後、海中に沈んだ心を大和が引きずり上げ「怪物退治」は終了となった。

 

 

 □

 

 

 日が沈みかけた夕方、人気のない学園内の掲示板に一枚の張り紙が貼ってあった。

 そこには大きな文字で「模擬戦の復活」という見出しがついており、以下に箇条書きで大まかなルールが書かれていた。

 休み明けに登校した生徒達はこの張り紙を見る事になるだろう。

 嵐の前の静けさ。ひっそりとした廊下を赤い日の光が照らし出している。

 川神に熱い夏が到来しようとしていた。

 

 




ほとんどヒゲ先生との会話に。しかし誰一人としてヒゲ先生とは呼ばなかった。
ヒゲ先生って女子とかにもからかわれるイメージが簡単に想像できるね。
今気付いたけど水上体育祭なのにほとんど運動せずに終わった。京極君も水着で頑張ってたのに。

バトル回が近い。

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