休日が明けた月曜日、模擬戦の復活は瞬く間に生徒達へと広がっていった。
模擬戦に名乗りをあげた大将は6人。征士郎、清楚、燕、義経、育郎、小杉。それぞれが個性溢れる大将であった。その中でも最大勢力を誇ると目されているのが九鬼軍を擁する征士郎である。
「静初、俺の最初の一人はお前だ。ついてこい」
チームへの勧誘は16時からであるが、最初に1人については時間関係なく自由に誘うことができる。
そして征士郎が選んだのは人物。これは誰しもが予想できた結果であろう。彼の隣にいる人と問われれば真っ先に名があがる人、それが静初である。川神学園では既に常識と言っても過言ではない。
「征士郎様の御心のままに」
その静初が頭を垂れ、なんなく征士郎の一人目が決定した。
◇
他の大将も一人目の勧誘を着々と進めていた。今回の模擬戦の中心と言える義経は弁慶と与一のどちらを選ぶか迷い、小杉は由紀江を勧誘することに成功する。その一方で目論見がはずれた者がいた。それは意外にも燕であった。
燕が狙ったのは百代。燕の策略と百代の武力、これらの組み合わせをもって模擬戦を制しに行こうと考えていたが、その百代は残念なことに模擬戦を欠場。夏休みは揚羽との山籠りが決定していた。
そして大将最後の一人、清楚もまた動き始めていた。場所は屋上。そこである人物を待っている。
「清楚先輩……お待たせしました」
そこへ現れたのは大和であった。彼もここに呼ばれた意味はなんとなく察しがついている。
「ごめんね。わざわざ来てもらっちゃって」
「いえ構いませんよ。清楚先輩からのお誘いなら喜んでお付き合いします」
「ありがとう」
清楚は人懐こい笑みを浮かべると早速本題へ入る。
「大和君には私達覇王軍の軍師をお願いしたいの」
「俺に、ですか?」
「そう。これは項羽からのお願いでもあるの。軍師だってことはモモちゃんから聞いてるし、大和君は学園で顔が広いでしょ? その頭脳と人脈、私達にはそれが必要だから」
大和は少し迷っていた。なぜなら彼の心には九鬼軍へ入るという選択肢もあったからだ。しかし、この清楚の勧誘に心が惹かれたのも確かである。
(清楚先輩は本気で会長を倒したいと以前言っていた……)
それは仲吉での出来事。征士郎らが去ったあと、大和は項羽と話をする機会に恵まれたのであった。そのとき項羽の口より、
『征士郎はいつかぎゃふんと言わせる! 百代? 確かにアイツも気になる相手だが、勝負をする機会はいずれ正式に作られるから問題ない。それより征士郎の方が問題だ。アレと同じ土俵に立ってやり合える機会は滅多にない。1対1の戦闘でなら俺が圧勝できるだろうが、そんなものでアイツに勝ったとは到底言えん。俺が欲しいのはそんなものではない』
大和はさらに尋ねた。どうしてそこまで気にするのかと。
『出会いが強烈だったからではないか? いや、もしくは俺の血が反応しているのやもしれんな。奴は俺にとっての劉邦……どうしても勝ちたいんだ』
大和はその気持ちが分からないでもなかった。彼にとっては葵冬馬がそういう存在と言えるからだ。Sクラスに入ってからは余計にその思いが強くなったかもしれない。もっとも冬馬が大和のことをそういう対象――言わばライバルとして見てくれているかはわからない。確実に言えるのは好意を寄せられているということだが、大和にそっちの気はさらさらないので勘弁してほしかった。
(葵は会長にところに入るはず)
同じSクラスであり、征士郎とも親交のある冬馬である。そして大会の近い英雄は参加を見送ると思われるので、冬馬を戦力として征士郎のもとへと送り出すだろう。
一大勢力を築くであろう九鬼軍に立ち向かうは項羽率いる覇王軍。やり方次第では勝てる可能性も十分ある。
そして項羽の言葉、征士郎と勝負できるこの機会は貴重だということ。
九鬼軍相手に自分がどこまでやれるのか試してみたい。大和の中にそんな熱い思いが膨れ上がって来る。
「わかりました! 直江大和、覇王軍軍師拝命します」
「んはっ! そうか! よろしく頼んだぞ!」
余程嬉しかったのか、項羽が大和の言葉に応えた。勧誘開始時刻は刻一刻と迫っている。彼は頭の中で候補となる人間のピックアップを始めていた。
□
放課後、征士郎は体育館の奥にある舞台に腰掛け、続々と集まって来る生徒たちを眺めていた。
舞台下に立っている彦一が征士郎を見上げる。
「この調子でいけばすぐに定員オーバーとなるだろうな」
「ふふっやはり嬉しいものだ。こうやって集ってくれる者達が多くいるというのは」
「ただ勝ち馬に乗りたいだけ……と言う者もいると思うが?」
「それはそれで構わんさ。俺についていけばと思わせ続けることができるなら、簡単に裏切ることもないだろう」
「相変わらず大した自信だな。まぁその余裕も大将には必要か」
そこへまた新たなメンバーが加わる。英雄が肩で風を切るようにずんずんと歩みを進めてきた。その後ろからは冬馬と小雪を含めた2-Sの生徒達がいる。
「兄上! 我が手勢、必ずや九鬼の勝利へと貢献してくれるでしょう! お好きなようにお使いください!」
「礼を言う、英雄。期待しているぞ」
英雄は九鬼軍に名を連ねてはいるが、夏休み中は大会があるため参加できない。よって後の事を友である冬馬に託す。
その冬馬が一歩前へ出た。
「士郎先輩のために身も心も捧げる覚悟です。よろしくお願いします」
「それは頼もしい。お前の知略を存分に振るうがいい。もちろん小雪もな」
さらりと流された冬馬ではあったがその対応にも慣れているのか微笑みを返し、小雪は「うぇい!」の掛け声とともにVサインをビシッと返してきた。
そこで征士郎が一人かけていることに気づく。
「珍しいな。準がお前達の傍を離れるなんて……別のチームに入ったのか?」
「ええ、どうやら福本軍に加わるようで。普段世話になっている恩義がどうとか……」
征士郎はその言葉でピンときた。
(魍魎の宴か……てっきり紋のいるここに入ると思っていたが、さてどうなることか)
冬馬が言葉を続ける。
「時には別のチームも面白いと思いますよ」
「つまり遠慮なく叩き潰しても問題ないということだな?」
「もちろんです。ユキもやる気満々ですからね」
「ロリコン潰しには定評があるのだ。遠慮なくぷちっといくよー!」
そのとき体育館の入り口付近でざわめきがおきる。皆の視線を集めたのは紋白であった。彼女はSクラスのほぼ全員を引き連れて現れたのである。その姿はまさに威風堂々。上級生が集まる中を臆することなく征士郎の下まで歩いてくる。
「兄上! こちらも戦力となる者を集めて参りました」
「うむ。心強い加勢だ。感謝するぞ」
紋白らが最後の加勢となり、大方のメンバーが揃ったようだ。控えていた静初からの報告によるとその数220人。ここにいる生徒だけで1学年をつくれるほどである。
そして模擬戦に参加できるのは150人。その定員は180人であり、彦一の言っていた通り軽く定員を超す結果となった。他のチームでは100人前後が多い中圧倒的な人気を誇っていることが、この人数からも読み取ることができる。
征士郎は舞台の上に立ち、そこから皆を見下ろした。
「皆よく集まってくれた! 総大将の九鬼征士郎である!」
◇
時を少しばかり遡る。
先頭を歩く紋白についていく集団の中にはSクラス以外の生徒も少なからず混じっている。そのうちの一人であった長谷川は、少し不安げになりながら遅れずについて行っていた。彼の所属はDクラス、剣道部に入部しており剣の扱いにはそれなりの自信がある。
その長谷川が九鬼軍を選んだのはぶっちゃけ優勝する可能性が一番高そうだったからである。
しかし、長谷川は体育館に入った瞬間少し帰りたくなっていた。
(な……なんだよ、この人数! いくらなんでも集まりすぎだろ! 俺が目立てねえだろ。どっか別のチーム移れよ! ってか先輩方こええよ。後輩に威圧してくるとかどうなの!? それ先輩としてどうなの!!)
これはあくまで長谷川の主観であり、先に集まっていた者達は別に威圧も何もしていない。そんな彼をよそに紋白が兄目指して歩いて行く。当然、それに従っていた1年もついていった。
紋白が歩く先は自然と道が譲られる。彼女はそれをなんとも思っていなかったが、長谷川は違う。
(うおおぉ……めっちゃ睨んできてる。別に偉そうにしてるわけじゃないんです。紋様が先に行くんで仕方なくついて行ってるだけなんです。てか待って……なんか会長の傍にいる男の先輩方、あれ絶対人何人かやっちゃってるでしょ)
長谷川が見ていたのは征士郎のクラスメイトで亜門と土門の双子、石多、我妻の4人である。全員が180㎝を超え、石多に限っては190㎝に届く巨人であった。
(あの一番でっかいの、あれ絶対石多先輩だわ。制服の上からでも筋肉の分厚い鎧があるのわかるわ。ちょっと動いたら全部破けそう……ああーあれはあかん。竜生会に乗りこんで潰したとか、目合わせたら病院送りにされるとか、女子供でも半殺しにするとか……そのこめかみに走ってる傷、どう見てもそのときのやつですね。わかりやすい目印ありがとうございます。一生目合わせないようにしておこう)
そんな彼らと談笑しているのが彦一。
(あのイケメン、浮きすぎにも程がある。傍から見たら囲まれているとしか思えない。いやイケメンはその振る舞いもイケメンらしいからな。きっと荒くれ者にも普段と変わらない態度で接してるんだろう。すげぇなイケメン。爆発しろってずっと思ってたけど見直した。生きてて良し!)
その反対側には静初と弓子の姿があった。弓子は武蔵軍に入るか迷っていたが結局九鬼軍に入ることにしたようだ。そのとき「イケメンが3人いるから?」と同じ弓道部の部員に問われたが、それは必死に否定していた。もっともその部員も揃って九鬼軍に入っているが、彼女らは素直に「あの3人がいるから」と断言し弓子を閉口させた。
(大人っぽいなー。俺も付き合うなら李先輩や矢場先輩みたいな静かで優しそうな人がいいなあ。甘えたい。抱きしめるんじゃなくて抱きしめられたい。めっちゃいい匂いしそう。あとちょっと虐められたい。SMとか全然興味ないけど李先輩にならやってもらいたい。そういえば魍魎の宴に李先輩に関するものとか一つもないんだよな。いや偶々かな? でもこの2カ月ないとなると凄いレア度高そう。競争率も高そうだし……この前も紋様の写真(牛乳を勇ましく飲んでいる姿)で激しい競争の中、20万とかふざけた値段で競り落とした真性の変態がいたぐらいだからな。李先輩の熱狂的なファンがいてもおかしくない。にしてもメイド服姿いいわー。丈の短い学園の制服もいいけど、ロングスカートっていうのも中々乙ですな。徐々に捲りあげられたりしたらたまらん!)
ぼけっとしていた長谷川だが、征士郎の声に気を引き締める。それは周りにいた1年生も同じだったようだ。その顔は少し強張っている。
(九鬼軍に入って活躍するって豪語してしまったからな。俺も男だ。今更あとには退けない)
空気に呑まれそうになっていた長谷川はもう一度自身に喝を入れた。
□
生徒達が模擬戦のために準備をしている間、裏方である教師の一人がある個人的な目的のために動きだしていた。
「九鬼九鬼九鬼……一体いつからこの学園は九鬼がのさばるようになったのか、の。ただの成り上がりが偉そうに。生徒は生徒らしく教師の言う事を聞いていれば良いのでおじゃる。特に九鬼征士郎、あれは名家を敬う心をもっておらぬ。皆からチヤホヤされ良い気になっているのでおじゃる。言うてみれば、自分が世界の中心と言わんばかりの傲慢さだ、の」
教師は体育館入口から征士郎の演説を聞いていた。館内は盛り上がりをみせ、その中心には征士郎がいる。
教師はふんと鼻をならした。あの傲慢さを正すのも教師の役目。そう自らに言い聞かせ小さく呟く。
「どうにか九鬼征士郎に恥をかかせてやりたい、の。優勝できなければあやつの信頼も地に落ちていく、の。失敗から学ぶことも多いでおじゃる。その手伝いをしてやるのだから感謝してほしい、の」
しかしその方法をどうやるか。露骨に動けばすぐに察知されてしまうだろう。
「全く忌々しいでおじゃる。この日の本をつくりあげたのは一体誰だと思っておるのか、の。その高貴なる血をひく麻呂がコソコソしなければならない……それもこれも九鬼の傍若無人な振る舞いのせいだ、の」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。九鬼に関係する全てにジリジリと焦げ付くような怒りを覚える。教師は一度深呼吸を行い、自らを落ちつけようとした。
そのとき教師はあることを思いつく。
「ほほっ。ほほほほほっ。良い考えを思いついたでおじゃる。これなら九鬼を貶めつつ結果として名家の名も上がる。ほほほほほっ麻呂は天才だ、の」
教師は先ほどまでとは打って変わって上機嫌になっていく。目じりにシワをつくり、にやける口元を隠すように扇子を広げた。
「早速家の者に頼むとするか、の。つまらない行事だと思っていたが存外楽しめそうでおじゃる。せいぜい今の天下を楽しんでいるとよい、九鬼征士郎。そなたの顔が歪むところを想像すると何とも心地よい、の。ほほほほほっ」
誰も聞いていないはずだった。教師は扇子を閉じその場から離れていく。
そのすぐ側の陰から出てきたのは甘粕真与。2-Fの委員長を務める女生徒である。彼女の体は小刻みに震えていた。
そして教師の名を綾小路麻呂という。日本三大名家の一つであり、その影響力は一般人では計り知れない。綾小路、その名は言わば印籠のようなものであり、それを前に出されるとほぼ全て者達は口をつぐむことになるのだ。ただし”ほぼ”であり、中にはその名に屈しない者もいる。不死川然り、九鬼然り。
しかし真与は本当にただの一般人であり、綾小路のことについては大和から軽く聞いている程度であった。それでも余程の事がない限り、口答えなどはしないほうがいいと大和から忠告されていては気にしないわけにもいかない。だが放置することもできないのが彼女の性格であった。
真与は震える足を前へ進める。
◇
場所は征士郎の車へと移り、車内に征士郎と真与の姿があった。外ではステイシーと静初が立っており、車に近づける者はいない。
征士郎は真与から先の話を聞くと穏やかな笑みを浮かべる。
「わざわざ知らせてくれたのか。綾小路の名は恐ろしかっただろうに」
「で、でも同じ学園の生徒が何かされるのを黙っているわけにはいきません。私にもっと勇気があれば、あ……あの場で言い返すこともできたんですが」
すいません。真与は小声で謝った。
「甘粕、それはお前の謝ることではない。そして、俺はお前の勇気に感謝し敬意を示す。ありがとう。たとえ綾小路が何をしようともお前に累が及ぶことはないと九鬼に誓おう。お前は安心して学園生活を楽しむといい」
その後征士郎は家まで送ろうと提案したが、真与はそれを申し訳なさそうに断った。何でもそのような姿を親兄弟が見れば腰を抜かしかねないからと。
車を降りた真与は征士郎にもう一度お辞儀するとそのまま帰って行った。
征士郎の隣に立つ静初が口を開く。
「綾小路……いっそ潰しますか?」
その声は一段と冷え切っており、夕日の照りつける場所だというのに寒気すら感じさせるかのようだった。
実は麻呂の呟きは真与からの告白がなくとも征士郎は既に知っていたのだ。体育館に近づく気配を察知した静初がその全てを聞いてすぐに報告していたからだった。
静初にしては珍しい過激な発言に、征士郎は苦笑を漏らす。さらに同じく事情を知ったステイシーが「一生逆らえないように恐怖を味あわせて脅しましょう」と爽やかな笑みで提案した。
「お前達は少し落ち着け。綾小路先生のことなど些細なことだ。危険と判断されない限り遊ばしておけ。いざとなれば大麻呂殿に話を持ちかければ全ては終わる。それに名家の一つを瑣末なことで潰したとあれば、他の者が恐れて余計な反発を招きかねない」
それより。征士郎は獰猛な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「一体どんな手を打つのか楽しみにしておこう。模擬戦をあちらから盛り上げてくれるというのだ。綾小路先生の望み通り感謝しようではないか」
「あんなもやしヤローに征士郎様が感謝する必要もないですよ! 何が世界の中心だよ!! あのファッキンヤローこそそう思ってるに違いねぇだろ!」
「ステイシー、言葉が汚いです」
「そういう李こそ潰すなんて言葉が過激だぜ?」
「そ、それは……咄嗟に出てしまったというか、反省しています」
「いいじゃんいいじゃん。もちろん相手がいるとこで言っちゃ駄目だろうけど、なかなか様になってたぜ。ロック!」
征士郎はじゃれあう従者に真与の処遇を伝えた。
数年後、九鬼で働くピンクの髪の女性がいた。髪は肩口で揃えたボブカットで髪飾りはつけていない。そして身長は相変わらず伸びないままで、クラスから職場へと移っても可愛がられているようだった。その彼女が今でも不思議に思っているのが、どうして九鬼のような大会社で働けているのかということだった。
しかし、そのおかげで下の弟達は大学まで進学が可能となり、生活は未だ裕福とは言い難いが、幸せかと聞かれれば間違いなく肯定できた。
『九鬼征士郎はあの優しさと勇気ある恩に報いなければならない』
彼女がこのことを知る事は一生ないだろう。
麻呂を雇ったのって鉄心ですよね?
人を見る目はありそうなのに、なんであんなの雇ったのか不思議でならない。しかも平安時代しか授業しないって問題にならないのか!? Sクラスの人間とかちゃんと授業しろやってキレそうなのに……やはり綾小路の看板か?
真与ちゃんは幸せになって下さい。