拡張工事を終えた校庭はさらに一回り大きくなっている。しかし今はそれでも少し狭いと感じられるのは、整然と並んだ参加者達とスポンサーである各企業の代表者、見物人に加え宣伝のために集められたマスコミなどが一斉に会しているからだろう。
先だって大々的に発表された模擬戦はその注目の高さから海外からも多くの見物人やマスコミが詰めかけていた。
整列している生徒達の先頭には総大将がそれぞれ立っている。義経は初戦を飾る事もあってか緊張しているらしい。しきりに深呼吸を繰り返している。それに対して悪目立ちしている大将が育郎であった。彼の視線は際どい服装のアナウンサーへと向かっており、鼻息を荒くさせついでに鼻の下を伸ばしている。それは大将のみならず福本軍のメンバーの多くも同じであった。
ざわついていた集団もスピーカーから開会式の始まりが告げられると同時に静かになっていった。
◇
第1試合は源氏軍対武蔵軍。前者は義経弁慶与一といった3本柱を中心としたバランスの良いチームであり、それに対して後者は実力が未知数の1年生の集まりだが、勢いに乗ればどう化けるかわからない怖さがあるチームであった。
試合開始直前、小杉は皆を前にして声を張り上げる。
「皆今日までついて来てくれてありがとう! そして協力してくれた先輩方にも感謝を! あとはやってきた事を信じて戦うだけよッ! 相手はあの義経率いる源氏軍……大方が彼女達の勝利だと高をくくっていると思うわ。でも私は負けたくない。だから皆……私に力を貸して! そして私達で勝利を掴みに行きましょう! 武蔵軍、最初から全力全開よ!!」
応という掛け声とともに武蔵軍が配置につく。その間、旗の近くにいた小杉は由紀江へと声をかける。
「黛さん、1年生の私達は未だ戦い慣れていないわ。だから初戦の空気に呑まれるかもしれない。私にそれを打破できる力はないわ……口惜しいけど。それで貴方に負担を押し付けることになるけど、勢いをつけるため一番槍として先頭を走ってもらいたいの。私達には自分達でもやれるという自信が必要……頼めるかしら?」
ただのかませで終わるつもりなどさらさらない。屈辱的な敗北を味わった小杉に、もう一度ついてきてくれた仲間のためにもやれることは全てやる。たとえ自分が目立てなかろうが、勝利につながるのなら我慢する。
(会長の言葉は今も忘れていないわ……)
成長した姿を見てもらおう。あの日一番に声をあげたのは誰よりも悔しかったから。そして誰よりも不甲斐なさを感じたから。
(目指すは優勝! たとえそれが会長や紋様率いる九鬼軍だろうが、目の前の壁となるなら乗り越えるのみ!)
小杉の瞳には強い意志が宿っている。それを感じた由紀江も快諾した。
「わかりました。不肖、この黛由紀江……武蔵軍一番槍を務めさせていただきます」
『総大将は後ろで構えてまゆっち無双をその目でしかと見届けな』
さきほどまでオドオドしていた由紀江も一気に戦闘モードへと切り替わったようだ。それは素人目から見ても明らかな変化であった。
由紀江の様子に気づいた小杉も強気の笑みを返す。
「ありがとう黛さん。期待しているわ」
「おまかせください」
由紀江は小杉に一礼してその場をあとにする。
『まゆっち、そのまま敵の旗ぶち折っちまおうぜ!』
「はい。そのつもりで参りましょう」
『ムサコッスもしっかり大将やってるし、どうにかして勝利をプレゼントしてあげたいよね』
由紀江は一度後ろを振り返った。小杉は旗の下に立っている黒髪の女と言葉を交わしている。外部助っ人の一人として加わった彼女だがその実力は確認済み。由紀江がこうして前線へ向かうことができるのも彼女の加入があってこそだった。
女の名を林沖(りんちゅう)という。その手には槍を持っているがそれはレプリカであり、感触を確かめるため軽く振るっていた。その扱い方を見るだけでも彼女が並の使い手でないと分かる。
友達になれるだろうか。一瞬いつもの癖でその考えが由紀江の脳裏をよぎる。しかし今は試合直前。余計な思考を追い払うかのように大きく頭を左右に振った。
その由紀江は最前線へと足を進める。そこには心の姿もあった。
「ひゅほほ、珍しいの。お主自らこの最前線へと出てくるとは」
「心さんも姿が見えないと思ったらこちらにいらしてたんですね」
「健気に頑張っている後輩に力を貸してやるのも先輩の役目故な。なーに、此方に任せておけばたとえ義経だろうとちょちょいのちょいじゃ。イージス艦に乗ったつもりで、黛もあまり気負い過ぎずに頑張ると良いぞ」
『フラグ立ってるようにしか聞こえないぜ』
高貴なる笑い声をあげる心。それに対して松風がぽつりとつぶやいた。
由紀江と心は大和からの紹介で知り合い仲良くなっていた。そしてこの模擬戦を介して後輩達と接する機会が増えた心は「先輩」と敬われることが気持ちいいらしく、何かと後輩を気にかけるいい先輩となりつつあった。
初戦の審判を務める鉄心が両軍に合図を送る。それぞれが手に持つ武器に力を込めた。
由紀江は一度目を閉じてゆっくりと息を吸い込んだ。周りのざわめきが遠のき、渦巻くような闘気をその肌に感じる。そして息吐きだすとともに瞳を開けた。
同時に戦闘開始のホラ貝が鳴り響く。
□
義経の命令とともに源氏軍の先鋒隊が武蔵軍に襲いかかろうとする。先手必勝。初っ端から試合の流れを一気にたぐり寄せようという魂胆らしい。その先鋒を任されていたのは一子である。ムードメーカーの彼女に一番槍を任せれば勢いが増すことを義経もわかっていたのだろう。
一子は自らを鼓舞するように叫ぶと部隊の先頭をきって走る。しかし、その突出した部隊が逆に仇となる。
「武蔵軍先鋒、黛由紀江……推して参りますッ!!」
由紀江は名乗りを上げ右足で地を蹴りあげた。地がきしみ砂埃が舞い上がる。
源氏軍先鋒隊15名。由紀江はその間を縫うように駆け抜ける。その動きは直角というより流れるように滑らかなもの。陽光に煌めく銀閃がその合間からキラキラと光って見えた。
突撃を敢行した一子が由紀江に気づいたときには防御に徹するのが精いっぱいだった。しかもその一撃が重い。薙刀を持つ手が痺れているのが何よりの証拠であった。そして次に顔を上げた一子の瞳に映ったのは壊滅させられた先鋒隊の姿。
由紀江という一陣の風が暴風となり、障壁をなぎ払い通り道を作りあげていた。
その由紀江は刀を下段に構えたまま源氏軍に睨みをきかす。そこに一部の隙もなく源氏軍は気圧される。それに続けと武蔵軍が地鳴りをあげ彼女のあとを追って来た。先手をとったのは意外にも武蔵軍であった。
しかし、一子もやられっぱなしで終わる女ではない。すぐに態勢を立て直すと攻撃の中心となっている由紀江へと襲いかかろうとする。
「犬っころ! 此方を前によそ見とは余裕じゃのう!!」
突如現れた心は一子の服の裾を握った。柔道の心得がある彼女にとって近距離こそ自分の間合い。そこから巻き込むように手首をひねり、一歩出遅れていた助っ人に命令する。
「宇喜多! お主は黛とともに旗を目指せ!」
「わーっとるで。雇われたからにはしっかり仕事をこなすから安心しとき!」
そのすぐ側を通り過ぎるのは西方十勇士が一人、宇喜多秀美であった。交流戦では敵同士としてやり合った相手だが、今回の模擬戦では心に雇われ参戦しているらしい。
ドスドスと決して移動速度は速くないが、それを補ってあまりあるのが巨体を活かしたパワーである。
「どっせーいッ!!」
宇喜多は掛け声とともにハンマーを一振り。ぶおんと唸る音、巻き起こる風圧。それをモロにくらった源氏軍の一人が軽々と宙を舞い観客席へと飛ばされる。悲鳴をあげたのはぶつかりそうになった観客。しかしその辺の安全措置はきっちりととられており、飛ばされた彼は張り巡らされた糸にキャッチされていた。
両手を顔面に持っていき衝撃に備えていた観客数名も唖然である。
「どんどんいくでぇー!!」
倒した敵を一顧だにせず宇喜多は前へ出る。そんな彼女の図太い声に武蔵軍が呼応する。武蔵軍の陣形は魚鱗――言うなれば三角形の陣で動揺から足の止まった源氏軍へ逆に食いかかった。その突撃はまるで板に穴を開ける錐のよう。その先端――最も尖った部分を受け持つのが由紀江であった。
しかしそう簡単に事は進まない。それを食い止めるべく動き出した人物がいた。
「これ以上好きにはさせない!!」
義経が由紀江と真っ向から刀を交える。押さえるべきところをしっかりと押さえ進行を遅らせた。
義経はその状態から矢継ぎ早に指示を飛ばし態勢を立て直させる。そしてその隙を見逃す由紀江ではない。
片や剣聖十一段の娘、片や義経のクローン。そのどちらもが壁越えの実力をもつ。獲物は両者ともに刀。それは古来より戦で活躍してきた日本特有の武器である。観客の歓声が一段と大きくなるのも無理はないだろう。加えて海外のマスコミもテンション高く何かを叫んでいる。
しかし刃を交える2人にその歓声すら届いていないのかもしれない。彼女達は刀越しに互いの瞳を見た。しかしそれも一瞬。どちらともなく刀を引きまた一閃が振るわれる。この時点で並の人間が立ち入ることはできない不可侵の戦場が出来上がった。息つく暇もない金属音が急くように20、30と奏でられる。その戦いは両軍がしばし目を奪われるほど圧倒的で美しいもの。戦場の華が咲き誇っていた。
宇喜多が叫ぶ。
「ここはあの子に任せて、ウチらは旗目指して突っ込むでー!!」
宇喜多は大きく振りかぶったハンマーで守備を固める源氏軍をなぎ払う。穴を開ければそこへなだれ込むように突撃する武蔵の軍勢。源氏軍は後手の対応、さらに悪い事に戦場を見渡し指示を出す義経が由紀江の対応にかかりきりであったことだった。
それでもこの戦況をひっくり返そうと動く第二陣があった。
□
「一気に旗を仕留めるぞ!」
源氏軍、源忠勝が率いる隊も旗に向かって一直線に進んでいた。由紀江の先鋒隊撃破からすぐに義経より指示が飛んでいたのだ。
それは鶴翼の陣。鶴が羽を伸ばしたように軍を左右に広げ、突進してくる武蔵軍を包み込むように展開する形であった。その両端を担っていたのが忠勝と剣道部主将の北畠。
この2人が外側から一気に旗を倒そうと攻撃を仕掛けに出る。
「旗には近づけさせない……」
林沖は小さくそう呟いた。多勢の軍相手にも一歩も気後れしている様子はない。
◇
戦場を見物していた征士郎が笑う。それは喜びから来る笑みのようだった。
「黛の突破に加え、武蔵は支援に徹して後方から指示を飛ばすか。武蔵軍は初撃の勢いで余裕が持てた事が大きいな。逆に源氏は義経の指示が止まって動きが鈍い。それでも個々がきっちりと役目を果たしているところを見るに軍の性格が表れているな」
征士郎は初戦から手に汗にぎる戦いを繰り広げる両者に満足していた。
宇喜多は遂に弁慶との一騎打ちへと入る。パワー勝負を挑むつもりらしい。今一度校庭に響く掛け声が発せられた。しかし、その彼女の手勢は見るからに減っている。与一の精確な射撃のためだった。どの弓兵よりも射程の長い彼を捉えられる者はいない。よって彼は集中を乱されることなく淡々と武蔵軍を打ちぬいていた。
「静初、あの女は確か梁山泊の者だな?」
「はい。最近の梁山泊は頭首が代替わりし表舞台へも積極的に顔を出す方針に切り替わったようです。あの槍捌きと容姿から言って、あれが梁山泊きっての実力者林沖で間違いないでしょう」
まさに一蹴という言葉がふさわしい活躍をする林沖。多方向から一斉に攻めかかってくる源氏軍を物ともしない。その間、武蔵軍の援軍が到着し乱戦となる。
「どの程度だ?」
「おそらく私やステイシーに匹敵するかと」
「それほどか。面白い」
「面白い……ではありません。もし狙われたらどうするんですか?」
梁山泊は表へと進出してきたものの傭兵集団に違いがない。依頼があり契約が結ばれれば誰であろうと狙うだろう。たとえそれが九鬼であろうと。
しかし征士郎に怯えた様子はまるでない。いつものと変わらぬ笑みであった。
「どうもしない。俺にはお前がいるからな」
「そういう問題では……」
そう言いつつも静初は若干嬉しそうであった。
□
与一は荒れる戦場を静かに見下ろしながらため息をつく。
「予想以上の損害がでてるな。いや予想なんてもんはいつだって当てにならないもんか。全くこれじゃあ源氏がいい笑い物だぜ。そうなりゃあ義経も……」
そこまで言いかけて言葉を打ち切った。義経の心配など弁慶一人に任せておけば良い。自分が心配する必要などないのだ。
与一は自分に対して鼻で笑う。
「まあでもきっちり仕事はしとかねえと姉御がうるせえからな。指揮官らしい奴は大方打ち抜いた。あとは……戦いに水差す真似になるが一発で仕留めさせてもらうぜ」
与一は残り少なくなった弓矢の一本を番える。彼の瞳は義経相手に一歩もひかない由紀江を映していた。常人では追うとこすらできない戦いでも、集中した彼にはコマ送りされる映像のように見る事ができる。それは一体何百分の一、あるいは何千分の一の世界なのか。
2,3の斬撃が行きかったあと、与一はふっと息をとめた。
由紀江と義経の刀がぶつかり、そして離れる。その間を与一は狙い撃とうとしていた。火花すらもその目に収めようとするかの如く、一瞬いや刹那たりとも見逃さない。
限界まで引き絞られた弓。そこから放たれる矢はまるで吸い寄せられるように由紀江へと向かって飛んでいく。与一のこめかみを汗が流れおちる。その一矢にどれほどの集中力を擁したのか計り知れない。
悪いな義経。与一はそう言おうとしたがその言葉は喉元で止まっていた。なぜなら驚くべき瞬間を目撃してしまったからだった。
◇
その瞬間、由紀江の集中はピークを迎えていた。刀を交えるごとに研ぎ澄まされていく感覚。それは義経も同じ思いであったろう。自分と同格かそれ以上の相手、しかし決して手の届かない相手ではない。刀という共通の武器を扱い、その鋭さを増していく。
そこへ突如として差しこまれる異物。それにいち早く気づけたのも普段の鍛錬の賜物であった。
「はああぁっ!!」
由紀江は迫りくる矢を刃でそっと受け流しながら体をひねる。その最小限の動きは次の義経の攻撃に備えるためであった。
今まで交わされた剣戟の中でも一際大きな金属音が木霊する。与一の放った矢は由紀江の後方の地面に深く刺さっていた。
つばぜり合いをしながら義経が目を丸くする。なにせ与一の矢を防ぎながらも先ほどと変わらない速度で義経に合わせてきたからであった。驚くべき速度での斬り返し。たった一瞬、しかもそれがわかった者もごく少数だろう。多くの者は近くを矢がかすめたと誤解するかもしれない。それほどの速度だった。
義経が気合を入れ直したところでホラ貝が鳴らされ第1試合は終わった。参戦していた者達は緊張が解け、どっと疲れが押し寄せたのか肩で息をしている者がほとんどである。
しかしその目は審判である鉄心の方へと向けている。
「勝者源氏軍!!」
静まった校庭に鉄心の声が響いた。両者とも旗を倒されることはなく、勝負は判定へともつれ込んだ。その結果、損害がより激しい方――つまり武蔵軍の敗北となった。途中まではよく攻めていた武蔵軍だが、囲まれた上に部隊長とも言える人間が討たれたことで足並みが乱れ、じわじわと損害を増やしていったのが敗因であった。
しかしそれは僅差での勝敗である。仮に旗ではなく最初から判定勝ちを狙い源氏軍を削っていれば、武蔵軍の勝利もありえたのだった。
パラパラと鳴らされる拍手はやがて盛大なものへと変化し、激闘を演じた生徒達への賛辞となる。指笛が吹かれ、歓声が上がり、労いの言葉がかけられ、惜しみない拍手が長く送られた。
小杉はその中で一瞬顔をしかめたものの、すぐに気持ちを切り替えた。
「源氏軍相手にここまでやれたのよ! 胸を張って去りましょう! まだ戦いは続くわ。これで終わりじゃない!!」
小杉はそれだけ伝えると動けない仲間へと肩を貸した。最年少の大将を先頭に武蔵軍が戦場をあとにする。その一団の横顔からは次こそは勝つという意志が見て取れた。
ムサコッス軍もバリバリ活躍。大型加入で戦力が一気にアップ!
不死川? 見えない斬撃が行き交う中に飛びこめる勇気を持ってるはずないでしょう。