第2試合目の九鬼軍対松永軍の戦いは既に始まっていた。
大将である征士郎は旗の下に陣取っており、その周りには静初、ステイシーに加え参謀を務める冬馬の姿もある。
「燕のことだから何か仕掛けてくるかと思ったが何もないな……」
戦況を見守っていた冬馬がそれに応える。
「まだ初戦ですからね。もっと長い目で見ているのでは?」
「なるほど……一匹狼の多い松永軍、自由にやっていては勝てないという事実をもって引きしめるつもりか」
「でしょうね。私達の軍以外であれば、松永軍に勝たせて目論見をおじゃんにするという方策もとれたでしょうけど」
「だな。まあそれも数試合の効果だ……捨て置く。それよりも勝てる試合ならば損害を最小限にしつつ相手の損耗を最大限にだ。冬馬?」
「お任せ下さい、総大将」
冬馬は一礼しその場をあとにする。そのときステイシーを借り受けたいとの申し出に、征士郎は許可を出した。派手に暴れ回る松永軍の助っ人、板垣3姉妹を抑えるつもりなのだろう。先ほど突っ走って行った小十郎も間を置かずして撃破されたという報告を受けていた。しかし練度の高い九鬼軍は未だ壁を崩されることなく、一兵たりとも大将の足下へと通してはいない。慌てることなく人数の多さを活かして2対1、3対1の状況をつくり丁寧に潰していっていた。
さらに冬馬にくっついていた小雪も彼の指示を受け敵陣へと突っ込んでいった。「きーん」とまるで遊びに行くかのような掛け声とは裏腹に、その脚力を存分に活かしたスピードは脅威であり九鬼軍にしてみれば頼もしい戦力である。走る彼女は九鬼の壁をすり抜けていくことなどせず、左足で大地を蹴りあげるとそのまま天高く舞い上がった。風になびく白髪は上空から獲物を狙う鳥を思わせるほど美しく、一見派手なパフォーマンスに歓声が上がる。
弓兵に討たれることを恐れていないのか、それともそれすら考慮に入っていないのか。ともかく一矢も飛ばされることなく小雪は敵陣へと姿を消した。
征士郎の後ろに侍っていた静初が口を開く。
「第2軍が少し前に出ているようです」
「ふむ……長谷川! 伝令だ。足並みを揃えよと」
1年の長谷川は「はいッ!」と良い返事をして走っていく。
第2軍は彦一の混ざっているところでもあり、彼の言霊の影響が強いと考えられる。前へ出ることができるということは、それだけ敵を押しこむ力が大きいということであった。
冬馬が指示を出してから数分、松永軍のエース級を抑える事に成功との一報が届く。数人を瞬く間に狩ったステイシーは現在板垣姉妹の次女辰子と交戦中、戦況優勢とのことだった。
「辰子は覚醒すると厄介だからな。抑え込むだけ十分だ」
「ステイシーもそれを分かっているのでしょう」
「見回りの警備で雇った際、それなりのことは分かっているからな。おっとりとした性格しかし一線を越えれば苛烈さを極める。あれで鍛錬に熱心であればと思わなくもないが、本人も今が幸せそうであるから無理強いはできん」
「しかし勤務中に居眠りは感心しません」
「もっともだ。それは姉にきつく言ってある」
姉の名を板垣亜巳(いたがき・あみ)。紫の髪につり上がった眼。服装は男の情欲をそそりそうな露出高めのもの。趣味は人をいたぶることであり職としているSMクラブの女王がピッタリの女である。下に妹が2人と弟がいる。
そしてその妹の一人が辰子(たつこ)である。こちらは姉と正反対の穏やかな顔つきであり、蒼い髪も長く伸ばしている。身長は高めの178㎝。その体つきは外国人顔負けであった。武力も姉妹の中で随一であり、鉄心ら実力者からは原石と目されているほどである。加えて辰子は双子であり、弟の名を竜兵(りゅうへい)といい、末妹の名は天使(えんじぇる)という。
このうち亜巳と辰子の2人はその戦力を買われて時折バイトとして九鬼周辺の見回りを請け負っているのだった。
「師である釈迦堂も何とかウチに欲しいところだが……」
「征士郎様のお誘いも断られましたね。梅屋とはそんなにも働き心地が良いのでしょうか?」
九鬼と梅屋。待遇なども丸っきり違うことは明らかであり、この2つの選択肢であればほぼ全ての人間が九鬼を選ぶだろう。その“ほぼ”に該当しない人物、それが釈迦堂刑部(しゃかどう・ぎょうぶ)である。
ザンバラ頭に無精ひげ。それによれたシャツと冴えない風貌をしているが、以前は川神院師範代をも務めた男であり、その実力は折り紙つき。百代の師匠でもあった。現在はその川神院を破門され、無職を経て梅屋の店員となっている。そして店員として働く合間に板垣姉妹の面倒を見ているらしい。
「肌に合うのが梅屋だったのだろう。好きな物も近くにあるしな」
好きな物、釈迦堂の場合は梅屋の豚丼である。そして静初の場合は物ではなく人であったが、なるほどと一人納得していた。
征士郎はちらりと時間を見て掲げた右手を軽くふる。とどめを刺せの合図である。
次の瞬間、九鬼軍が生き物のように動いた。一旦後ろへ下がると、突っ込んでくる敵に対して弓が放たれ、ひるんだところを猛烈に攻め抜いた。
勝敗は明らかとなった。
◇
今日最後となる第3試合の対戦カードは覇王軍対福本軍である。
その試合開始直後、征士郎はため息をもらした。
「あの阿呆。今までの試合を見てなかったのか?」
征士郎の眼下では項羽が一人戦線をも無視して飛び出していた。それはまるで主人公さながら、並いる敵を吹き飛ばしにいくシーンにも見える。覇王無双の始まり――そう言いたいところであるが、勝利条件の一つには敵の旗を倒すというものがある。つまり、いくら項羽が強くとも先に自陣の旗を倒されれば意味がない。
だから先の戦いでも武蔵軍は林沖、源氏軍は弁慶、九鬼軍は静初、松永軍は燕といった実力者が旗の下にいたのだ。そしてそこに守護者がいなければ一発逆転が簡単に起きてしまう。油断が手痛い一敗に繋がるのである。逆に言えば弱いチームでもやり方と時機を見極めれば勝利が拾える可能性が広がる。
大和が項羽へと声をかけているが、彼女はそれを一蹴する。全て俺に任せろ。それだけ言うとまた前を向いて走りだした。それに遅れてクリスとマルギッテの軍が続く。
征士郎の前で窓から顔を出す紋白がそれを見て感心していた。
「あの二人の軍は見事ですね。一糸乱れぬ行軍美しいです!」
「うむ。交流戦のときもこれが行われていたということか。侮れんな」
「あっ! 兄上! 古知が清楚へと向かっていきます」
紋白が指さす先に、人材紹介によって九鬼入りが決まっている古知がいた。
「古知や岳人では清楚の相手は荷が重いな。というか」
征士郎はまたもやため息をつきたくなった。岳人らの後に続いた相撲アメフト部員らを項羽が派手に弾き飛ばしたのだが、それがあまりにも無鉄砲で四方八方へと飛ばしていたのだ。飛ばされる彼らはそのまま恐ろしい速度で迫る肉壁へと変貌し、敵を巻き込むだけでなく味方であるクリスやマルギッテの隊へとぶつかってしまう。
「清楚は敵を倒しますが味方も一緒に倒しますね」
さすがの紋白も呆れが声に混じっていた。
「全く大将のやることではないな。やられる可能性がないことは示したが、やりたい放題の大将など下が迷惑を被るだけだ」
それでも項羽は着実に福本軍の旗へと辿りついていた。そこに立っていたのは2人いたマントマンの内の1人。
「あれが米国より送られてきた兵士なのでしょうか?」
「スーパーソルジャー計画、戦闘特化の人間らしいが九鬼のクローンを倒したとあれば、すぐにでもその存在を公表するつもりであろうな。アメリカからのマスコミが多いのもそういった理由だろう」
「フッハハ。油断をすればいつでも食いかかって来る。世界は真に面白いですね!」
「そうだな……だが、そう簡単に倒れぬからこその九鬼よ」
征士郎ははしゃぐ紋白を撫でながら笑みをこぼした。
その言葉通り、項羽は攻撃を避けるマントマンを一笑したかと思えば、さらに速度をあげ思い切り蹴り飛ばした。彼はそれきり立ち上がる様子はない。敵軍の旗は目前、辺りに敵の姿はなし。
「あ、勝負がつきました」
紋白の声に続いて福本軍の勝利が告げられる。項羽がマントマンの相手をしている間に、その片割れが単騎突撃を敢行。それが見事に功を奏し、旗を倒す事に成功していた。
紋白はむむっと眉を潜め言葉を続ける。
「あの者、天下五弓の率いる弓兵の攻撃をあっさりと……」
天下五弓とはその弓の腕を認められた者に送られる称号であり、覇王軍にはその内の2人――京と毛利が入っていた。統率のとれるクリスにマルギッテ、遠距離を制する天下五弓、それに加え個人の武で圧倒できる項羽、他にもクッキーや長宗我部といった臨機応変に使える人材が揃っている覇王軍は傍から見れば隙なしの布陣である。
しかしその軍も項羽の出鱈目さに振り回されていた。
「次から次へとまだ見ぬ強者が湧いてくるな。あのマントの奴、どうやって軍へ引き入れたのやら。予期せぬことが起きると心が躍るな」
「兄上が楽しそうで何よりですッ! 我も英兄上の分まで頑張ります故!!」
「ははっ頼もしい妹よ」
そこへ届いたのは項羽の怒声。どうやら旗を倒されたことに腹を立てているようだった。そして口答えしたクッキーに対して蹴りをお見舞いする。その後の大和の言葉も聞き入れる様子はなく、マルギッテが忠言しようとしたがそれを止めたのはクリスであった。項羽の様子から察するにこれ以上火に油を注いでは取り返しがつかないと判断したようだ。クリスも戦いに関しては頭が冴え空気が読めるらしい。それでも軍に重苦しい空気が漂っていた。
先ほどまで笑っていた紋白も今は天を仰ぐ大和をじっと見つめている。
(直江、項羽の行動もお前も観察されていることを忘れるな。付け入る隙を見逃してくれるほど甘い連中ばかりではないぞ。それはこれから入る九鬼も同じこと)
征士郎は紋白を気遣うように今度はぽんぽんと軽く撫でた。
(項羽自身にもこれを機に成長してほしいところだが……)
あの様子では余程手痛い目を見ない限り望めそうもない。大和の苦難は未だ始まったばかりと言えそうだった。
模擬戦1日目はこれにて終了。
□
夏休みに入り、大和は予定通り紋白の相談役として九鬼で働き始めていた。それから1週間が過ぎ、模擬戦では源氏軍が九鬼軍相手に勝利を得たり、武蔵軍が覇王軍を破ったりと面白い展開になっていた。
そんな中、大和は上司となったあずみと静初に連れられて大扇島のとあるバーへと足を運んでいた。
店に着くなりその大和を真ん中にして、右にあずみ左に静初が座る。大和は未成年であるから川神水を頼み、あずみはマンハッタン、静初はキールロワイヤルをそれぞれ頼んだ。
3人はグラスを持ち軽く乾杯する。最初の話題はもちろん九鬼入りした大和のこと。それから知らぬところで努力を惜しまぬ英雄や征士郎のこと。そして九鬼従者部隊のこと。
「やっぱり序列1位って大変なんですか?」
大和の問いに、あずみの顔が歪む。
「大変なんてもんじゃねーぞ。本来私は10番台、それでも優遇されてたほうなんだ……それが老人達をさしおいて1位。どうなるかわかるか?」
「ご老人達が騒ぎそうですね」
「あーもうそりゃうるせえったらないぜ。こっちの揚げ足ばっかとりやがるからな……それでも今は李やステイシー、ドミンゲスと若手筆頭が着実に力付けてきてるからな、随分とマシになったもんだよ」
あずみは大和越しに李へと視線を送る。その李はくぴくぴと酒を味わっていた。
「あとは……あれだな、征士郎様が若手主導に本腰を入れられたのも大きいな」
加えてマープルの降格騒動などもあったせいだが、入ったばかりの新人へ教えることでもないので口にはしなかった。
「やっぱ違うもんなんですか?」
「征士郎様のお眼鏡にかなった奴は今50位以内に15人以上いる。そいつら全員20代だ……つまり征士郎様が次期当主になった際の中核を成すメンバーになるだろうな。さらにちょっと前にも世界中から若手の有望株がここに集められた。その新しい風が乱気流よろしく吹き荒れてんだ。勢力っていう言い方を征士郎様は好まれないけど、その老人達に対して若手の多くは自分達こそがって気持ちが強いんだろうよ。ま、気持ちは分からなくもねえけどな」
時は過ぎゆくもの。今は盤石である九鬼もいずれやってくる世代交代の波には逆らえない。その流れの中、老人達が長年培ってきた経験と若手ならではの勢い――その2つを上手く融合することで九鬼のさらなる繁栄に与しつつ新たなる時代に備える。それが征士郎の目指している所でもある。
「年一つしか違わないのに……会長凄いんですね」
「おう。何といっても英雄様の兄君だからな。それとこれからはちゃんと征士郎様って呼べよ? じゃなきゃ左隣の奴に仕置きされるぜ?」
静初が口を開く。
「征士郎様は大和の先輩でもあるのでため口で喋る心配はないと思いますが……口が滑ったなどという言い訳も一回として許しませんので」
「き、肝に銘じておきます」
静初のお仕置き。気になる内容ではあるが、ピシャリと言い放った様子から想像しているような甘いものではないことが明らかであり、大和は少し固い笑みを浮かべた。
ところで、とあずみは話題を変える。
「お前、紋様とはどうなんだ?」
「どう……とは?」
「お前は異性の付き人として紋様に選ばれたんだぞ? つまりだな……」
あずみは遠回しに男女の関係をもっているのかと聞こうとしたが、それより先に言葉を発したのは静初であった。
「紋様と関係をもったのですか?」
「随分直球ですね……でもなんでそんなことを?」
「それは、私が……征士郎様を……その……」
「李の照れる場所がよく分からんけど、アタイらは専属だろ? んで、まぁ私も李もそれぞれ仕える主を慕ってる……もちろん女としてな。そこに入ってきた新しい専属、同じ立場として進み具合とか気になるんだよ」
「ああ……やっぱりそういうことですか」
大和は最初から全てを分かっていたらしいが、あえてその事を本人から聞きだしていた。もっとも静初は口にしなかったわけだが。
あずみはそれに気づいて大和の脇をクナイでチクチクといたぶる。
「てめぇ良い度胸じゃねぇか。あぁん? 上司からわざわざ言わせるなんてよ?」
「す、すいません。だから両方から攻撃するの止めてください」
何気に静初も攻撃に参加していた。
大和は両側からの責めを止めてもらうと正直に告白した。風呂は一緒に入ったがそれだけ。仲良くやってはいるが男女の関係にはなっていないと。
このことも別に紋白から口止めされているわけでもなく、同じ立場の2人に打ち明けても問題ないと思ったからだ。
それを聞いたあずみがそうかと頷く。ほっとしたような、残念がっているようなどちらともとれない表情であった。
「でも、風呂には一緒に入ってんだよなぁ」
「羨ましいです……」
あずみと静初の2人ははぁとため息を漏らす。
大和はそんな2人に背中を流したりしないのかと尋ねる。あずみはその提案を断られ、静初に至っては提案すらできていないらしい。
「李には前からずっと言ってんだけどな。提案するくらい主への奉仕なんだから気にすることないって」
「それはそうですが……こう、ここ一番で勇気が出ないというか。大和のときは紋様から言われたんですよね?」
もしこれが大和からの提案だとすれば、かなり危険な香りが漂うことになる。
「ええ。俺はもう一度確認したんですけど、主従の間に隠し事はなしだと言われて……」
「揚羽様と小十郎も私達と同じみたいだし、一番進んでんのは大和ってことか」
「なんか釈然としません。マスターおかわりをもらえますか? 大和の分もお願いします」
「おいおい、李はあんま飲み過ぎんなよ? それで二日酔いなんて洒落にならないからな」
あずみはそう言いながらも自分の分のおかわりも注文した。専属たちだけの飲み会はまだもう少し続きそうである。
◇
その頃、九鬼極東本部の廊下で2人の男従者が会話していた。
「えっ! じゃあ李さんって朝わざわざ直江起こしに行ってるわけ?」
「らしいぜ。まぁ一応直属の部下、専属同士のよしみってことで可愛がってるんだろうけど羨ましいよなぁ」
それももちろん事実であったが、その裏には起こすのを手伝ってあげるから代わりにギャグを聞くことという取り決めが静初によって勝手になされていた。大和は部下であり、ギャグを聞いてくれる存在としてロックオンされたというわけである。
「てか李さんがそうやって仲良くなるのって珍しくないか? 征士郎様は別として従者の間でそんな遣り取りなかったろ?」
「言われてみれば……え! なにっ!? もしかして李さん、直江に気があるとか!?」
「それだとショックだよなぁ。もう望みなしってことじゃね?」
「まじかよー。李さんって直江みたいのが好みだったのかぁ……誰だよ、野獣のような男が好みだとか法螺吹いた奴、おかげで俺の体重何キロ増えたと思ってんだよ。服のサイズやら何やら全て変わったんだぞ」
「あーそれでお前なんかワイルド系目指し始めたわけね。1年がかりでの肉体改造お疲れー」
それを偶然耳にした一人の技術者がいた。青い作業着のポケットに両手を突っ込んで満足げに頷く。
(若いっていいねぇ……それにしてもあの美人な従者の李さんに男の影か。征士郎様と面会したときいつも一緒だから覚えちゃったんだよね。相手の名前は直江か、直江……直江……どっかで聞いた名前だけど、どこだっけ?)
その技術者は頭をひねっていたが、横目に入った時計に慌てる。
「っとやばいやばい! 征士郎様に報告行かないと!!」
(征士郎様なら何か知ってるかもしれないな。時間あったら聞いてみるか)
静初の預かり知らぬところで小さな波紋が起ころうとしていた。
林沖√で出てくるであろう新キャラ武松も可愛い。
というか炎を操るとか……火拳とかできちゃったりするのかな!?
ラフの饅頭銜えてるやつ何気に好き。うーん楽しみだ。