真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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36話『恋人の実感』

 

 静初は身支度を整え、征士郎を起こすため彼の自室へと向かう。エレベーターに乗り、指紋認証を行ったのち専用の階へのボタンを押した。

 静初がエレベーターから降りると窓からの朝日が彼女の顔を照らす。夏の朝日は顔を出すのが早く、そのまぶしさに目が慣れると窓からの景色が見渡せた。

 目につくのは青々とした葉をつけた木々。それらはまるで生命力の豊かさを誇示するかのように生い茂っていた。そしてそこには夏を代表する虫、蝉が多く集まっているようでその鳴き声が合唱となって聞こえている。

 朝日をうけてより一層のきらめきを見せるその光景に、静初はしばし足をとめた。いつも見ているはずのそれが一段とキレイに思えたのだ。

 しかし、それもほんの束の間。廊下の奥にある曲がり角からやってくる2つの気配に気づいたからだった。それは英雄とあずみであった。英雄はジャージを身に着けており、これからランニングを兼ねて学園へ向かうようである。

 静初は2人のもとへ足を進め、英雄の前で頭を下げた。

 

「おはようございます、英雄様」

「うむ! 良い朝であるな! 天も兄上と李の慶事を祝っておるのだろう」

 

 英雄は一度窓の外へと目を向けた。空は抜けるように明るい。それから視線を戻し言葉を続ける。

 

「話はすでに聞いている。兄上とは恋人同士になったとな」

「あ……はい」

 

 静初は英雄の口から征士郎との関係を聞いて改めて実感が湧いてきていた。嬉しさが胸に広がり同時にあることが頭をよぎる。

 将来、英雄様が私の弟となるかもしれない。それが連想ゲームのように疑問へとつながる。もしそうなれば呼び捨てにするのだろうか。しかし、これまで仕える立場であったため、呼び捨てにするというのはハードルが高い。かといってあまり距離をつくるのもよろしくない。

 私は一体どうしたらいいのでしょうか。静初は一人困惑し始めた。まだ先の話であるのに、もしこれをステイシーにでも知られれば事あるごとにいじられかねないだろう。

 そんな静初を見て、英雄は勘違いしたらしい。

 

「2人のことは既に九鬼全体に広がっているからな。今日からは少々大変かもしれんぞ? なにせあの色恋沙汰に一切興味のなかった兄上を落としたのだからな! 我もあずみから聞かされたときは何かの間違いかと思ったぐらいだ! それにしても喜ばしいことよ!」

 

 一切興味がなかったという部分が強調されていたが、英雄からしてみればそれだけ不思議であったのかもしれない。とはいうものの、彼が恋心を知ったのが特別早かったわけでもない。

 それでも英雄の喜びようはまるで自分のことのようである。

 

「あ、ありがとうございます」

「兄上を公私ともに支えるのは大変だろうがよろしく頼む! もっとも李にはこんな言葉をかける必要もないかもしれんがな! フハハハッ!」

 

 征士郎を支える静初の献身は誰もが認めるところであった。

 英雄の温かい視線に気づき、静初は頬が少し熱くなるのを感じた。しかし、それよりも気になるのが彼の後ろで控えるあずみである。その表情は主人に見えていないことをいいことにニヤニヤとしたままで、それはまるで玩具を前にした猫のようである。

 それを無視しながら、静初は顔を引き締めしっかりと答えた。

 

「お任せください」

「うむうむ! 今はその兄上を起こしに行くところなのだな? 我も一緒に……と普段なら言うところだが、恋人同士水入らずの時間も必要よな!」

「いえそんな……ただ征士郎様を起こしに行くだけですので――」

 

 英雄様もご一緒に、と続けようとしたがそれを英雄が許さない。

 

「よいよい! 李よ皆まで言う必要はない! 限りある貴重な時間なのだ! 兄上にどんと甘えるがよい! 兄上は地球はおろか銀河すらも収めてしまうその器でお前のことを受け入れて下さる! ゆえに何の心配もいらんぞ! なぁあずみ?」

 

 振り向いた英雄の先には満面の笑顔をみせるあずみがいる。

 

「その通りです、英雄様ぁ! ですので李は自分が思うように甘えていいと思いますよ? ただし、時間を忘れて征士郎様の妨げになるようなことがないように限度を守ってくださいね?」

「フハハハッ! それはそれで仲睦まじくて良いことだ! 兄上は働きすぎであらせられる。ひと時の甘い時間も良いリフレッシュになるであろうよ」

 

 静初は何とか言葉をはさもうとするが、英雄はその隙を全く与えることなく別れの言葉を言い残してあずみとともに去って行った。彼の豪快な笑い声は廊下を木霊して、やがて蝉の鳴き声に取って代わられた。

 勢いにおされた静初はしばし呆然としていたが、やがて征士郎の起床時間が迫っていることに気づき足早に部屋へと歩を進めるのだった。

 

 

 ◇

 

 

 そんなやりとりもあったせいか、静初と征士郎の起床については特に何も起こらなかった。

 静初は征士郎の着替えを手伝いながら、先の英雄との会話のことを彼に話す。

 

「そうか。英雄がそんなことを……」

「はい。私はそういうつもりもなかったのですが、英雄様が勘違いをなされたままなので」

 

 英雄の気遣いはもちろん嬉しかったが、勘違いされたままというのも気になってしまう。

 しかし、それを聞いた征士郎は別のところに食いついた。

 

「英雄も気を利かせるということを覚えたのか。喜ばしいことだ」

「あの……征士郎様、そういうことではなくてですね」

 

 静初は自分が言いたかったことを説明しようとするが、征士郎がそれを押しとめた。

 

「わかっている。お前にはそんなつもりはなかったということだな? 俺を起こすのも仕事。そこに私情の一つも挟まれていない。わかっているとも」

 

 征士郎は大きく頷きを繰り返したが、それでは静初がただ機械のように彼に接しているようにも聞こえ即座に否定した。

 

「い、いえ。その私情がこれっぽっちもなかったわけではありません」

 

 そしてそんな本音をポロリとこぼした。

 

「ほう……では、どんな思いを抱いていたのだ?」

 

 この一瞬、征士郎の瞳を見ることができれば彼の思惑を知れただろうが、静初はあいにく彼のネクタイに目をやっていた。

 静初は真面目な従者である。それは小さな声であったが、しっかりとその思いを答えていた。しかし、征士郎は聞こえないふりをする。

 

「静初、よく聞こえなかったのだがもう一度言ってくれないか?」

「え……も、もう一度ですか?」

 

 静初は征士郎のネクタイを握ったままうつむくが、その耳は真っ赤に染まっていた。そんな可愛い反応を見せる彼女を放っておける男がこの世に存在するだろうか。少なくとも征士郎は放っておくことができなかった。

 征士郎は今にも頭を撫でたい欲求を抑え込み、ただじっと静初の言葉を待つ。

 自分の主がそんなほんわかとした気持ちでいるとはつゆ知らず、決意を固めた静初は深呼吸を行って真っ直ぐと彼を見つめ返した。

 そのときになってようやく静初も気がついた。開きかけた口を閉じて、用意していた言葉とは別の言葉を口から漏らす。

 

「ひどいです、征士郎様。私をもてあそぶだなんて……」

 

 静初は少し口をとがらせてついと瞳を横へそらせた。もちろんこれはただのポーズである。ただちょっと遊ばれたことが悔しかったのだ。

 しかし、このむくれた表情というのも珍しいため、征士郎は謝罪を口にしながらも微笑みを絶やさない。

 

「お前があんまりに可愛いからな。つい意地悪をしたくなった」

 

 征士郎は静初を抱き寄せて彼女の機嫌をとろうとした。

しかし、静初は一度征士郎の瞳を見ただけでまた視線をはずす。ずっと見つめているとつられて笑顔になりかねないからだった。

 

「そんな言葉には騙されません」

 

 言葉は拒絶を表しているが、体が抱き寄せられていることには不満はなく、征士郎の腕から逃れようともしない。むしろ彼の体に身を委ねるようにしている。ただ視線だけを合わせない。だが、その不機嫌なポーズも長く我慢できず、静初の口元はかすかに緩んでいる。

 英雄の勘違いという言葉は何だったのか。元は征士郎から始まったこととはいえ、静初も先ほど話していた内容など忘れてしまったかのように甘い時間を楽しんでいた。

 

「参ったな……俺は女性の機嫌をとったことなどないし」

 

 征士郎もうすうす感づいているのだろう。その声に深刻さはなく、逆に楽しげな空気さえ含んでいる。そんな雰囲気にあてられる静初も思わず笑顔になりそうになるが、ここで笑ってしまうと台無しである。

 征士郎は静初の顔を覗き込むようにして顔を傾ける。

 

「少しヒントをくれないか?」

「征士郎様、ここは女心を知るいい機会ではないでしょうか」

 

 それは自分の喜ぶことを考えてやってほしいという遠回しなアピールだった。

 

「おっと……確かにそうかもしれんな。ふむ……」

 

 静初は抱きしめられながらもチラリと時間を見た。朝食の時間まではあともう少し。つまりこの幸せな時間も残りわずかである。こんなことになるとは思っていなかったので、もともとの時間が圧倒的に短かった。

 無理だとわかっていても時間がとまればと思わずにいられない。しかし、時間が止まってしまえばこれから先の幸せな時間を味わうこともできない。願わくば両方をという都合のいい祈りを捧げる。

 欲張りでしょうかと静初は心の中で呟いた。

 そこへ征士郎の声が上から降ってくる。何やら思いついたらしい。

 

「俺が静初の一日執事をやるというのはどうだ?」

「へ?」

 

 静初はあまりにぶっ飛んだ回答を示した征士郎に間抜けな声がもれた。そらしていた顔も上へあげ、彼と顔をつき合わせる。

 静初の見た征士郎のその顔は誰かによく似ていた。子供のような、どうだ面白そうだろうといわんばかりのそれ――九鬼帝、征士郎の父だと思い当たった。

 

「いや静初の気持ちを知るにはまずその立場から知ろうかと思ってな。お前に一日仕え尽くすのだ!」

「せ、征士郎様! それはいくらなんでも畏れ多いです。あなた様は上に立つ御方として生まれ育てられたのですから。私の機嫌のためなどに冗談でもそのようなことは」

 

 しかし、征士郎はそれを遮る。

 

「それくらいお前のことが大事なのだ。一日で足りないなら何日でも尽くそう。お前が俺の隣で幸せに笑っていてくれさえすれば、俺は万事をなすことができるからな」

 

静初は征士郎の名を口にしながらぎゅっと彼を抱きしめ返した。こんな言葉を送られては機嫌のことなどどうでもよくなってしまう。きっと彼はそのことに気づいていないだろう。

 

「ずるいです。そんなことを言われたら言い返すこともできません」

「俺はずるくてひどい男だとずっと一緒にいて気づかなかったのか?」

「はい、全く。恋は盲目という言葉の意味を思い知らされました」

 

 征士郎は静初の言葉を聞いてくっくと笑った。

 

「それは残念だったな。お前はまんまと悪い男に引っかかってしまったというわけだ」

 

 そんなことを言う征士郎がおかしくて、静初も小さく笑う。そして、悪い男にひっかかった自分は最高に運がいいと思った。この人に巡り合えたことを信じたこともない神に感謝したいぐらいだった。

 

「そうとも知らず幸せを感じているなんて、私は貴方様に心底惚れてしまっているようです」

「つまり俺の思うつぼというわけだな」

「ふふ……そういうことになりますね」

 

 二人はしばらくクスクスと笑いあった。その直後に静初の意表をついて征士郎が彼女の唇を奪った。

 

「これで機嫌を直してくれると嬉しいのだが?」

「直りました。ありがとうございます」

 

 もっとも最初から機嫌が悪かったわけではないということも2人ともわかっている。ただこの時間を過ごす口実に使っていただけだ。彼らのほかに誰も知ることがない甘いひと時だった。

 

「英雄様の仰ったとおりになってしまいました」

「英雄がこの場にいればこうはなっていなかっただろうからな。あいつの気遣いに感謝しよう」

 

 静初は名残惜しいという気持ちにふたをして、征士郎の背に回した腕をほどいていく。そのとき、彼のささやきが耳をくすぐる。

 

「続きはまた今度だ」

 

 征士郎も同じ気持ちだったことが嬉しかった。

 静初は「はい」と返事するのが露骨に期待しているようで恥ずかしかったので、征士郎の目を見ながらこくんと頷いた。彼はそれを確認すると、愛しげに静初の横顔を一撫でした。

 「いこうか」という征士郎の掛け声に、静初も仕事モードへと切り替わる。

 そして、部屋を出たときには先の空気を微塵も感じさせてはいなかった。

 

 

 ◇

 

 

 朝食を済ませた征士郎は学園へ行くための準備を済ませ、車の用意されている表へと向かっていた。今日は模擬戦が行われ、そのあとにその模擬戦の拡充と甲子園行きを決めた野球部に関することなどで学長を含め関係者らと話すことになっている。

 その途中である人物の姿が目に入った。

 

「おう、征士郎に李じゃねえか。いいところで出会たぜ」

 

 にやつきながら近づいてくる帝に、征士郎は何を言われるか大体想像がついた。同時に昨日の今日でよくここまで話が広まったなと感心すらしてしまった。

 

「二人ともおめでとさん。いやぁ……このニブチンな息子と付き合うのが誰になるのか心配してたけど、収まるところに収まって良かった良かった」

 

 帝は豪快に笑いながら、征士郎と静初の肩を順にぽんぽんと叩いていく。

 

「祝福の言葉は受け取っておくよ、父さん」

 

 隣で頭を下げる静初を横目に、征士郎が言った。

 

「本当に心配してたんだぜ? こんな可愛い専属選ぶから手つけるのかと思ったらそうでもない……高校生の欲望丸出しの時期にも浮いた話一つない。そのくせ見合いとかも受けない。仕事一筋! まぁ俺も本人の好きにしたらいいってスタンスだけどよ、やっぱ心配になってくるわけよ。いい女がいたら飛びついちゃうのが男の性だろ?」

「それでほいほいついていった結果、どうなったかという点をお忘れですか?」

 

 征士郎の鋭い一突きに帝は言葉を詰まらせる。と思ったら矛先を変えた。

 

「ま、まぁ……それはさておき、李よ! 本当によくやった!」

「お許しをいただけるのですか?」

 

 びしっと親指をたてる帝。そのあまりの軽さに、静初も戸惑っていた。本人同士は認め合っていても、その親が認めてくれるかわからない。ましてや静初は帝の命を狙ったという過去もあったからだ。優秀な奴ならどんな経歴があろうがウェルカムの九鬼だが、それは働く人間に対してのことであり、恋人ともなればまた話は違ってくる。そう思っていた。

 しかし、帝は静初の言葉こそ理解ができないといった感じである。親指をたてたまま首をかしげた。

 

「ん? なんで俺の許可が必要なんだ? 本人同士が好きあってくっついたんだろ?」

 

 帝の視線が2人を交互に見て、それに合わせて征士郎が「もちろん」と返し静初が「はい」と肯定した。

 

「なら、なんの問題もねえよ。青春を謳歌しろよ? 時間は待ってくれないからな。あ、そうだ……恋愛年長者である俺からアドバイスやろうか?」

 

 帝は自信満々の顔であり、静初はそのアドバイスが気になるようだった。しかし、征士郎はあまり良くない予感がして彼女を背に隠す。

 

「それはまた時間ができたときにでもゆっくり教えてもらうから。ゾズマ、父さんを次のところへ連れていってくれ」

「いやいや李は気になるって顔してただろ?」

「いやしてないから。父さんの気のせい」

 

 しかし、帝は何とか静初の顔を見ようとする。

 

「いーやしてた! 李、気になるよな? 征士郎の父親からのアドバイスだぞ? 九鬼財閥総帥からのアドバイス」

「その名前を出すのは卑怯だろ。静初が困ってる」

「あれ? しかもなんだよ、名前でも呼んじゃって。あーくそ、時間があったらコイツいじって遊ぶのに! ゾズマ、なんとかなんない?」

 

 そんな帝の願いは届かず、ゾズマは首を横に振る。

 帝は心底残念といった表情を浮かべた。

 

「まじかよ……まぁ、ならしゃあないか」

 

 未だ静初を隠す征士郎をちらりと見て、帝は優しい笑みを浮かべた。そして息子の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「仲良くやれよ。それから、李……征士郎のことで困ったことがあったら相談しにこい。あとコイツの弱みとか苦手なものとか教えてやる」

 

 帝はそのまま征士郎たちの隣を通り抜けていった。その姿を見送る征士郎と静初。

 

「愛されていますね、征士郎様」

「俺だけじゃない。お前もその一人だぞ?」

 

 征士郎は先に歩き出す。その背後から小さく「はい」と聞こえてきた。

 

 




久々に書いたので文章でおかしなところがあったら、ご指摘いただけると助かります。
そして長々と空いてしまって申し訳ありません。
引っ越ししたり絵に挑戦してみたり本にはまったり、いろんなことをやっていました。
こんな作者ですが、これからもお付き合いいただけると嬉しいです。

本当は学園行ってからのなんやかんやも書きたかったのに、2人の時間を書くのが楽しくて学園まで行けなかった……
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