真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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38話『騒乱は海を越えて』

 

 今日の業務を終えた静初は主従関係から恋人関係へと変わり、征士郎の隣に座って会話に興じていた。日付はまだ変わっていない。そのため今日はいつもより多くの時間がとれそうであり、そのことを心の中で嬉しく思っていた。主の事を思うならここは早めの就寝をすすめるところだが、恋人としての心情は少しでも長く一緒の時を過ごしたい。

 最初はその葛藤が思い切り行動に出ており、ソワソワした動きを征士郎に指摘され笑われてしまったことがあった。

 そして、征士郎も静初がこのような思いを抱くことがわかっていたのだろう。だから征士郎が静初を誘う形で、時間に余裕があるときは二人の時間を楽しもうと提案したのだ。

 それからというもの業務が早く終わったときは同じ席につき、同じものを食べあるいは飲み、ゆっくりと二人の絆を深め合っている。静初もこの時間を楽しみにしており、そのせいか作業速度がまた一段と早くなっている自分に驚いたりもしていた。

 そして、2人の話題は今日の騒ぎともなった川神学園での自分たち二人のことである。

 

「静初は随分人気あったのだな。十分わかっているつもりであったが、今日で改めさせられた」

 

 征士郎は川神学園の男たちが悲鳴を上げていた様子を思い出していた。そしてそのあとの戦いのことも。源氏の策謀だなんやらと騒ぎ、そのままあっけなく敗北を帰すかと思いきや、意外にも負の感情を昇華させ源氏軍に対して大きく抗ってみせたのだ。がむしゃらな戦いに美しさなど微塵もなかったが、体全体から発していた気迫は見る者を熱くさせ、源氏目当てで来ていた観客の多くが気づけば彼らを応援していた。

 しかし、源氏軍は源氏軍で荒波のような集団をきっちりと抑え込み、これまた見事な戦いを貫いた。勝利は源氏軍であったが、童帝軍もしっかりとその存在を示した一戦となった。

 これまで童帝軍という名やそこに集う一癖も二癖もある男連中は、彼らの纏う雰囲気から敬遠されがちであったが、観客の中からは今日の試合で見直したとの声も聞こえており、「誰それがカッコよかった」と童帝軍の男どもが聞けばうれし涙を流しそうな感想も征士郎の耳には届いていた。

 また試合後にはネットの反応を逐一確認していた生徒が、その上々の結果を童帝軍に伝えたようで、征士郎率いる九鬼軍と入れ替わりに校舎へと向かう彼らは、これから祭りでも始まるのかと言わんばかりのテンションの上がりようだった。

 その後誰が話題に上り、誰がカッコいいと言われ、一番人気があがったのは誰だなど身内で醜い争いを起こしていたのだが、幸いという言うべきかそれは校内で行われていたので、生徒たちを除けば人の目に触れることはなかった。

 ただ、女生徒たちは先の健闘を称えようとしたところで、そんな光景を目にしたため声をかけずその場をあとにしたようだった。彼女達の後ろからはどうにかこのコメントを残している人間――彼らは女と信じて疑わない――を探し出して、お近づきなれないか問い詰める必死な声が響いていた。

 

「自分でも驚きました。百代たちに比べると愛想のない私に……彼らには申し訳ないですが少し嬉しかったです」

 

 それから二人は他愛無い会話を続け、軽いスキンシップをとりながら後の時間を過ごした。

 

 

 ◇

 

 

 幸せな時間はあっという間に過ぎ去り、あと少しだけという誘惑を何とか振り切った2人は互いに別れの言葉を交わし別れた。

 静初は一人廊下を歩きながら無意識にため息をつく。また明日になれば誰よりも早く会えると分かっているのだが、もう会いたいという気持ちが膨れ上がってくるのだ。先ほどまで触れ合っていた唇を一撫でして一度征士郎の部屋を見る。これまで感じたことのない感情が沸き起こる。

 

「ああ、これが……」

 

 寂しいという気持ちなのか。静初は胸の辺りをきゅっと握る。征士郎が好きだと自覚したときもこれは叶わぬ恋と割り切っていた。そして恋人になってすぐは色々と緊張しており、そんな気持ちが生まれる余裕さえなかった。

 しかしそれに慣れ、心に余裕ができるとその余白を埋めんとするかのごとく寂しさが顔を出してきた。それに気が付くと先ほどまで喜びでいっぱいだったはずの気持ちさえ、まるでオセロのようにくるりとひっくり返り、たちまち心全部を一つの気持ちが占拠してしまう。

 今すぐにでも行く先を変えて、征士郎様の胸に飛び込んで「寂しくなりました」と言うことができればいいのに。静初は静けさに満ちた外の風景を見た。朝の活気溢れる様は鳴りを潜め、人工物の灯りだけが等間隔に路面を照らしている。月は出ていない。

 世間で流行っている歌のワンフレーズが静初の頭にふと浮かぶ。昔は共感することすらできなかったこれも今なら分かる気がした。なぜ女の子たちがこの歌を支持しているのか。『手を振り笑顔で別れたはずなのにもう君に会いたくなる』切ないメロディーに乗せて歌われる恋の歌だった。

 周囲には誰もいない。静初は人気のない廊下を歩きながら小さく鼻歌を歌う。

少しだけ気持ちが和らいだ気がした。

 

 

 ◇

 

 

 静初が自らの部屋へ入ろうしたとき、無線からクラウディオの声が聞こえてきた。至急の呼び出し。すぐさま方向転換し足早に歩を進める。その顔は既に従者の顔となっていた。

 静初が呼び出された場所は世界中にある九鬼の情報が集まる一室だった。天井まで届くディスプレイには世界地図が表示され、その隣には大小様々なモニターで本部の監視、他にも文字の羅列や波長などが絶え間なく流れている。そして、整然と並ぶデスクにはそれぞれ3つから4つのパソコンが併設され、それが部屋のほとんどを占めている。今も従者たちが席につき、ヘッドセットを通して会話をしながらキーボードを叩いていた。

 そして、部屋の最後尾には一段高い場所にガラスで間仕切りされた広めの空間があった。静初は壁沿いにそこへ急ぐ。

 そこにはヒュームやクラウディオ、あずみの姿があった。その顔つきがそこまで険しくないため、呼び出された案件が深刻な事態に陥っているわけではなさそうだった。

早速クラウディオが口を開く。

 

「つい先ほど入った情報ですが、どうやら青龍堂(チンロンタン)のトップである王(ワン)が危篤状態にあるそうです」

 

 静初はその名を聞いて、なぜ自分がこの場に呼ばれたのか理解した。

青龍堂。それは裏社会におけるアジア地域で一大勢力を築き、傭兵組織の梁山泊と並んでよく名のあがる組織であった。そして、この組織をここまで大きくしたのが王という男である。

 ヒュームが静初を見る。

 

「今はその王の息子である天宇(テンユー)が代わりに取り仕切っている。目立った大きな混乱は見られていない……今はな。おそらく情報が伏せられているのだろう」

 

 その伏せられている情報を既に掴んでいる九鬼。ここに集まっているメンツから言っても、この情報は裏がとれているのだろう。

 静初はこのような場面に遭遇するたび、昔の自分が返り討ちにあったときのことを思い出す。この情報収集能力は某大国の機関にひけをとらない、あるいは超えていると言われても信じるだろう。

 テーブルには王の写真に加え、他にも数枚の男女の写真。それぞれ王の息子と娘たちである。

 あずみがその中の一枚を指差す。その写真には頬から首にかけて大きく刺青を入れた男が不適に笑っている。

 

「長男はこいつだろ? 実力的にも申し分なしと言われていたのに、トップはその弟?」

「聖依(シェンイー)は……確かに腕は一流ですが、数年前からその情報が得られていません。裏からの情報によると王がどこかに監禁しているとか……」

「おいおい。裏社会のボスがわざわざ監禁かよ……しかし殺しちゃいねえんだな?」

「王は子供たちを大事にしていたことで有名です。さすがに手をかけることを戸惑ったのかと」

「殺しはしないが野放しにはできない、か。やべえ臭いしかしねえな」

「聖依は版図を広げることに熱心だったようで、それが原因でロシアンマフィアと一触即発になったと昔聞いたことがあります」

「おいおい……できれば監禁の末、お陀仏しておいてもらいたい男だな」

「あずみ、そういうのはフラg」

「とにかく! 青龍堂の支配地域は東南アジア全域に及んでる……今までは静かだったが、これを機に他国のマフィアどもが掠め取ろうと動き出してもおかしくねぇ」

 

 その後しばらく対応策についての協議が続いた。

 地図には赤い点がいくつか点在し、それらを中心として大きく囲われた赤丸。それは不気味な模様のように見えた。

 

 

 

 

 九鬼で話し合いが行われていた頃、その赤い点の一つ――青龍堂の本拠地では大きく事態が動いていた。そこにあったのはガラス張りの豪奢なビル。その周りには極彩色のネオンが光り、その光を反射するそれは美しさとともにその街のカオスを表しているようだった。

 しかし、その内部は外部と打って変わって大きく荒れ果てていた。観葉植物はなぎ倒され、柱や床には銃痕があり、白い大理石は真っ赤な血によって染まっている。受付嬢は椅子に座ったまま絶命し、手に銃を持ったまま死人と化している黒服の人間たちが至る所に横たわっている。そして、物と化したそれらを雑に扱う者たちもまた黒服に身を包んでいた。

 そこへ一人の男が乗り込んでくる。体はやせ細り、周りの人間たちと比べると最もひ弱な印象を受けるその男は数人の男女を引き連れている。その顔には一目見れば忘れることはなさそうな刺青が彫ってあった。

 その男のもとへ部下が小走りで近寄ってくる。

 

「首尾は?」

 

 歩き続ける男は部下に目もくれない。部下はそのかすれ気味の低い声を聞くとびくりと体を震わせ、つかえながら言葉を発した。

 

「そ、それが……天宇の部下の多くは抹殺したのですが……」

 

 男は死体の山の前でピタリと足を止める。滴り落ちる血が床をゆっくりと浸食していく。その周りには鼻をつく刺激臭が漂い始めていた。

 

「雑魚をいくら殺そうと意味はない。それにここにいるのはその一部に過ぎない。無能が」

「聖――」

 

 男――聖依はそう吐き捨てると部下の言葉を待たず、その胸を貫いた。引きちぎられた心臓は血をまき散らしながら徐々にその鼓動を緩めていく。しかし、その出来事に動揺する人間はここにはいない。完全に止まったゴミを聖依は放り投げた。それを見た別の部下がどこからともなくタオルを持ち出し彼へと手渡す。

 聖依の後ろをついて歩いていた長身の男が口を開く。

 

「まさか足の不自由な妹君をかばいながらここから逃げおおせるとは、さすがは聖依様の弟君。同じ血をひくだけはありますな」

 

 聖依はそれに答えず鼻を鳴らす。

 

「まぁいい。探すのは手間だがそう遠くには逃げられまい」

 

 そのときエントランスの方がざわめいた。そちらを振り返った聖依は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「久しぶりだな、張(チャン)。いや今は、俺の右腕と言えばいいのか?」

「おかえりなさい、新たな王。そうね……その認識でいいと思うわよ」

 

 紫の髪を腰まで伸ばした妙齢の女、張紅雷(チャン・ホンレイ)。彼女の着る深くスリットの入ったチャイナ服はその豊かな肢体を際立たせている。

 

「俺にとっては朗報だが、まさかあの父が倒れるとはな」

「組織をまとめるのは生半可なことではないということよ。荒くれ者が多いと特にね」

「それは俺の事か? 俺ならとっくに殺して憂いを取り除くさ」

「そんなことをしていては手が足りなくなるわよ?」

「足を引っ張るものなどいるだけ無駄だ。それに駒なら揃うさ。いくらでもな」

 

 聖依はにやりと笑い、先ほど殺した男へと目をやった。彼の瞳が一瞬ギラリと輝く。すると不思議なことに死んだはずの男が立ち上がっていた。その胸は穴が空いたままだが確かに立っており、虚ろな瞳を宙へと向けている。

 そして次の瞬間、聖依の後ろにいた長身の男へと襲い掛かった。その動きは死人とは全くかけ離れた洗練されたものだった。

 長身の男はそれを防ぎながらも笑顔を崩さない。それだけ実力差があるということなのだろう。死人は一旦距離をとるとまた空を見つめている。デモンストレーションは終わったようだった。

 紅雷がクスクスと笑う。

 

「相変わらず素晴らしい力ね。まさに死兵……実力はその持ち主に依存しちゃうけど、死を恐れぬ兵力ってのは便利よね」

「お前にだけは言われたくないな。魂を何世代にも渡って器に移し替える力を持つお前にはな」

「いいでしょう? 人間である限り老いには勝てない。それに男はどんな時代も若い女を欲するわ……老いた体なんて真っ平ごめんよ」

「お前や俺の力も見てもそうだが、これだけの力を持っていながら彼らがなぜ国を盗れなかったのか不思議に思う」

「力づくだけでは物事を上手く運べないのよ。昔の彼らは強引すぎたの」

 

 紅雷は聖依から目を離してどこか遠くを眺めた。そこへまた新たな人物が登場する。丸々太った低身長の男はまるで玉のようであり、押せばどこまで転がりそうだ。その彼は短い足で聖依の目の前までやってきた。急いできたのだろう。珠のような汗を額に浮かべ息をするのも苦しそうである。

 

「こ、これは……これは新たな王。ご機嫌麗しゅう。ふぅ……無事ご帰還されたこと、この辛明(シン・ミン)心より嬉しく思います……」

「ふふっ、心にも思っていないことを言うな。お前が幹部連中を主導して弟をトップに仕立て上げたことは既に知っているぞ」

「そ、それは! 貴方様の行方が分からなかったからでございまして……もしわかっておれば一目散にはせ参じ、貴方様に忠誠を誓いました。ええ、それはもう一番に! しかし、何分急なことでございまして、青龍堂は外に敵も多い。もし万が一、それらに王の不在が知られれば不味いことになりかねません。そこで心苦しくありましたが、その場に居合わせていた弟君を一時的に立てさせもらった次第でございます。決して! 決して貴方様をないがしろにしていたわけではありません! 貴方様こそが新たな王! それに異を唱える者がおれば私がそのそっ首を撥ね飛ばしてやりますとも、ええ!」

 

 玉のような男――辛明は身振り手振りをしながら必死に弁解する。それを聞く聖依は横目で紅雷をうかがった。

 

「その男の言ってることに間違いはないわ。なにせ、私でさえ貴方の行方を掴むのが難しかったのだから」

「紅雷の言う通りです! 王……前の王は貴方様の居所を厳重に秘されており、紅雷が貴方様の居所をつきとめたことも奇跡かと私は思っております。海の底に作られた施設など……」

「もういい、わかった。とにかくすぐに幹部を集めろ」

 

 紅雷と辛明は頭を下げその場を後にする。

 

「まずは体を元に戻さねば……」

 

 聖依は自らの骨ばった腕を見ながらつぶやいた。

 聖依の帰還。この情報が九鬼へ届くのは夜が明けてからだった。

 




毎度お待たせして申し訳ありません。
なぜかここが難産でした。これからも時間がかかることもあるかもしれませんが、お付き合いいただけると嬉しいです。
あとブログを始めまして、「きみとぼくの約束」の推敲したものをアップしています。アドレスはマイページに記載しているので興味があればご覧ください。一緒にその場面場面のイラストも掲載しています。
こんなことをするくらいなら新しい話を思われるかもしれませんが、興味が出てしまうと止まれません。申し訳ありません。

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