真剣でKUKIに恋しなさい!   作:chemi

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6話『小さくも偉大なる一歩』

 

 

『もしお前が自然と笑えるようになったことを感謝しているなら、次はお前が誰かを笑顔にしてやるといい』

 

 李は征士郎の言葉を思い出していた。今もまだ表情が固いことも多いが、昔に比べるとはるかに良くなった。それは同僚にも上司にも言われようやく実感できたことだった。

 それを征士郎に伝え感謝の言葉を述べると上記のように返されたのだ。加えて、俺の力だけではないからなと苦笑された。

 

(次は私の番です)

 

 由紀江の悩みは友達を作りたいというありふれたもの。しかし本人にとっては深刻なものだった。

 友達作りのためまずは会話をと思うのだが、普通に接しようとすればするほど緊張して顔が強張り、口調にもそれが顕著に表れてしまうという。そしてぼっちがピークに達したとき松風という神が降臨し、現在まで彼と二人三脚で人生を歩んできたらしい。

 松風曰く、オイラはまゆっちのマブだからそこのところ夜露死苦、だそうだ。

 聞けば聞くほど他人事とは思えない。李はそこに自分を重ね合わせていた。

 だからであろう。

 

「黛様……いえ由紀江。ではまず私と友達になりましょう」

 

 こんなド直球な申し出をしてしまったのだ。

 由紀江の目も点になっている。

 

『アーユーマイフレンズ?』

 

 松風も突然のことに驚いたのか英語で聞き返した。李も「yes」と律儀に英語で答える。

 由紀江がまたも震えだす中、征士郎が待ったをかけた。

 

「いくらなんでも軽すぎないか? ……いやこれを機に仲を深めれば、それでいいのか」

「そういうことです。由紀江、まずはメアドの交換をしておきましょう」

 

 李はどこからともなく携帯を取り出した。それに合わせて由紀江がのっそりと行動を起こす。どうやら李の言葉によって意識が半分どこかへ飛んでいるらしい。

 しかし、その行動も携帯を開いたところで止った。赤外線のやり方がわからないのだ。それを察した李は優しく丁寧に教えてやり、由紀江もそれに従っている。

 そして無事メアドの交換が済んだところで、由紀江は電話帳を確認し硬直した。

 沙也佳。

 父上。

 母上。

 李静初。

 

「ま、ままままま松風。大変です!! わ、わわ私の電話帳に知らない方のお名前が!!!」

『まゆっち、落ち着け! それは目の前のメイドさんのアドレスだ! たった今、メアド交換という神聖な儀式が行われたんだ!』

「…………ハッ! そそそそうでした。あまりにも簡単にいきすぎて、私はまた妄想の中にいるのかと。……って、すいませんすいません! 一人で勝手に盛り上がってしまって」

 

 またもや目を回す由紀江を李が落ち着かせようとする。

 

(見ていて退屈しない奴だ)

 

 征士郎がそんな風に由紀江を見ていると、落ち着いた彼女もなぜだかこちらを睨んでいることに気がついた。

 

「もしや俺もメアド交換してくれるんじゃないかと期待してるのか?」

『さ、さすが生徒会長。生徒の気持ちを察してる……そこに痺れる憧れるぜ』

「ふむ。……まぁいいだろ。お前なら悪用したりしないだろうしな」

 

 今度は由紀江が一人で赤外線の操作を行うようだ。その手はどこぞの中毒者のように震えているが、確実に赤外線送信へと進んでいった。

 

「と、届け私の想い!!」

「この行為一つとっても、お前の中でどれだけ深刻な悩みだったのかがわかるな。無事受け取った」

 

 そうして由紀江の電話帳に新たな人物の名が追加された。

 余談だが、征士郎の私用アドレスを知っている人間は学園の中でもそう多くない。現に学園内に広い人脈をもつ大和の電話帳にも登録されていないのだ。九鬼という看板に加え、多くの場合は李や九鬼のメイドがくっついている。そのため彼に「アドレス教えてー」などと軽々しく聞くことができないのである。それを成し遂げた由紀江はある意味凄い子であった。

 

「す、凄いです……入学当日から、お二人ものアドレスをゲットしちゃいました。これはやはり、妄想の中なのでは?」

『まゆっち、これは妄想でも夢でもなく、リアル!』

「よかったですね、由紀江。征士郎様にはあまり頻繁にメールなどされては困りますが、その分、私が相手しますので、これから友達の輪を一緒に広げていきましょう」

 

 由紀江の瞳はウルウルしており、ふとした拍子に滴がこぼれおちそうだった。

 

『李さんは、オイラが恋したコノハナノサクヤビメのようなお人やね』

「褒められているのかはわかりませんが、松風もよろしくお願いします」

『オフッ……この丁寧な感じにクールなところ、ますます彼女を思い出すぜ。長らく会ってないけどアイツ元気にしてっかな』

 

 征士郎はしばらく2人と1匹を観察していたが、ちょうど目に留まった人物へと声をかける。由紀江の友達作りは未だ始まったばかり。この調子では同期の中で友を作るのも至難の業であろう。そこで一つ切っ掛けを与えておこうと思ったのだ。

 

「1-C大和田伊予! ちょうどいいところに来た! そうだ! お前だ! ちょっとこっちに来い!」

 

 大和田伊予(おおわだ・いよ)。黒髪をアップでまとめており、おとなしそうな女生徒である。今も急に呼び止められてびくびくとしていた。

 

「あ、あのー……なんでしょうか?」

「急に呼び止めてすまなかったな。俺は生徒会長の九鬼だ。新入生の一人と話していたら、お前が通りかかったんでな。声をかけさせてもらった」

 

 どうやら伊予は征士郎のことを知っているらしい。話を聞くと、川神学園のHPを見たときに彼の写真と名前も一緒に載っていたからだという。

 

「それで、その……私に何の用でしょう?」

「ああ。この新入生、黛由紀江もお前と同じCクラスの人間なのだ。地方から出てきたばかりでな、友がいない。付き添ってやってはくれないか?」

「あ、はい」

 

 伊予は市外から川神学園へと進学した人間で知り合いがこの学園にいなかった。さらに少し寝坊をしてしまい、このままではクラスの中で先にグループができ彼女の入りこめる所がなくなる可能性があった。突然の提案に驚きはしたがこれは彼女にとっても有難いものだった。

 早速、伊予は由紀江のほうに顔を向け自己紹介をした。そして由紀江も挨拶しようとするのだが――。

 

「ま、ま黛! 由紀江ッです!」

 

 思い切り緊張していた。睨みも最高に利いており、口角は上がっているものの間違いなく笑顔ではない。本人はそのつもりであろうが。

 その証拠に伊予の体がびくりと跳ねた。それを見た由紀江は笑顔を作ろうとする中、瞳が悲しそうであった。傍でオロオロと見つめる李はさながら妹を見守る姉である。

 征士郎は由紀江の頭に左手を置く。

 

「大和田、これでもコイツは笑おうと必死なんだ。少し話せばわかると思うが悪い奴ではない。ここで会ったのも何かの縁だ。仲良くしてくれると生徒会長は嬉しい」

 

 そして、征士郎には2人の仲は深まると確信めいたものがあった。

 伊予が頷くのを確認した征士郎は新入生2人の背を押した。

 

「ようこそ川神学園へ。お前たちの学園生活が最高のものになることを祈っている」

 

 大和はそんな光景を見ながら思った。

 

 俺、忘れられてる――。

 

 

 

 □

 

 

 由紀江はよしと気合を入れた。せっかくもらったチャンスなのだ。これを活かすも殺すも自分次第。そしてもう一度喝を入れ直すと同時に、震える携帯に「ひゃっ!」と奇声をあげ伊予に心配をかけてしまったが、そこには2通のメールが届いていた。征士郎と李からである。

 

『飛びだすのは怖いかもしれん。が、案外飛びだしてみればどうということもないかもしれん。踏み出せ。この世にお前を受け入れてくれる人間は必ずいる。だから自信を、勇気をもて。もし自分が信じられないなら、お前を認めているこの九鬼征士郎を信じろ。黛の前途が光で照らされていることを願う』

 

 李の文面も似たりよったりで要は激励であった。文章を打つのが早い。さすがだと変なところを気にしていたりする由紀江。

 チラチラと様子を窺う伊予に、その文面を見せ由紀江は勇気を振り絞る。

 

「あ、ああの……私と、その……おお、お友達になってくれませんか?」

 

 

 ◇

 

 

「申し訳ありませんでした、征士郎様」

 

 2人を見送ったあと李は謝罪の言葉を口にした。主を巻き込み時間をとらせてしまったことについてだろう。

 

「謝る必要などない。李が言った通り俺はここの生徒会長でもある。生徒の学園生活をより良くするのも俺の仕事だ。これで黛が九鬼にも来てくれるなら言うことはないがな」

 

 由紀江は黛流の後継者でもある。そう簡単にいくとも思っていなかった。

 征士郎はさらに言葉を続ける。

 

「それに李が入れ込むのも珍しい。世話を焼いてやりたくもなる。気にするな」

 

 征士郎は大和へと向き直る。

 

「直江もご苦労だったな。時間も迫っている。教室に戻っていいぞ」

「あ、俺の存在覚えておいてくれたんですね?」

「当たり前だ。それから拗ねるなら年上の女性の前ででもやれ。俺にやられても何とも思わん」

「ここには李さんがおられますが?」

 

 大和が李を見つめ征士郎も彼女を見た。

 しかし李は首をかしげるだけだった。

 

「無反応……」

 

 予想外の返しであった。大和はしょんぼりと肩をおとす。

 

 

 □

 

 

 暗がりで2人の男女が顔を寄せ合っていた。それは傍から見ると口づけを交わしているようだった。

 

「ん……征士郎様動かないで下さい」

 

 李が吐息をもらすように囁いた。

 そこは体育館の舞台袖。秘め事にはもってこいの場所であるが、彼らはもちろんやましい事をしているわけではない。

 良く見ると李が征士郎のネクタイに両手を添え位置を調整していた。

 入学式も佳境を迎えもうすぐ征士郎の生徒代表としての挨拶がある。そのために李がこうして傍についていたのだ。

 

「そう細かくやらなくても大丈夫じゃないか?」

 

 征士郎はその両手を回せば抱きしめることもできるほど近づいている李に言った。

 李はネクタイから征士郎へと視線を移す。専属になった頃より数年経過し、彼はどんどん身長が伸び今では頭一つ分ほどの違いがある。

 

「いけません。征士郎様は癖ですぐにネクタイを緩めようとされるのですから」

「父の影響かもしれないな……」

「都合が悪くなると帝様を持ちだすのも良くありませんよ」

 

 まるで帝のせいと言わんばかりに困った表情をつくる征士郎に、李は相好を崩す。

 しかし影響がないかと言われると怪しいものであった。なんせ帝は大事な場では弁えるが、一歩外へ出ればネクタイがその役割を果たしていることはなくなっているからである。

 子は親の姿を見ているというが、こんなところにも少なからず影響を受けているのかもしれない。

 そして李の発言にあった通り征士郎の癖は学園においても出てしまい、気づいたときには彼女が今のように直したりすることがある。その姿は当然ネクタイ着用の生徒たちにも見られているわけで、どこかの筋肉マンやらカメラ小僧を筆頭に男子生徒がわざとネクタイを緩めた状態で彼女の近くをウロウロするという怪現象が起きたことがあった。

 露骨な人間などその状態をわざわざ口に出していたりしたが――。

 

『気づいておられるなら直された方がよろしいかと』

 

 と冷静に諭されていた。だがそれはまだ運が良い方である。

 運の悪い連中は、その言葉を聞いた女性の心を持つ男達やヤマンバ等に「な・お・し・て・あ・げ・る」と迫られたり人気のない場所へ拉致されていたりした。

そして、そんな男共の魂胆に気づいている女子たちは呆れた冷たい視線を送っていた。

 

「完璧です」

 

 李は両手をネクタイから離すと同時に、右手でネクタイの結び目をポンと叩いた。

 

「助かった、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、ご主人様」

 

 征士郎はいつもと違った呼び方にきょとんした表情を見せ、ついで微笑んだ。

 

 

 ◇

 

 

 征士郎は舞台袖から壇上へとあがり、そこから緊張している新入生たちの顔を見渡した。その後方には保護者の顔が並び、左手には来賓、右手に教師らが座っている。

 

(後輩たちの姿もあるな)

 

 新入生は征士郎の出身中学の者から黛、武蔵、花京院、九条、葛城といった家格の高い者まで様々である。

 それでも去年の1年――つまり英雄たちの入学時よりかは大人しい。あのときは九鬼の息子に、川神の娘、不死川の娘を筆頭に、風間、椎名、葵の子といった粒揃いの年であり前生徒会長は何かと苦労していたことを覚えている。

 

『大学行ったら、静かに生活するよ』

 

 まるで隠居前の老人の言葉だがそれも無理はない。なぜなら、彼がまとめようとしていたのは英雄らだけでなく、その一つ上つまり征士郎の世代も含まれていたからだ。英雄らの世代をその顔ぶれの多さからカオスと呼ぶなら、征士郎らの世代は突出した2人のいる双璧であった。

 

 片や、川神学園学長の孫であり川神流正統後継者。歩く天災こと川神百代。

 

 片や、世界を手中に収めんとする超巨大企業の御曹司である九鬼征士郎。

 

 気を遣うなという方が無理であった。そこに加えてのカオス世代である。

 その彼が全ての業務をやり終え、征士郎に引き継ぎを完了させたときに流した一筋の涙。そこには万感の思いが詰まっていたことだろう。

 

(今年は一体どんな年になるのか……)

 

 この2年間も騒がしくも思い出深い日々であったが、これから過ごす1年はそれに負けない程波乱に満ちたものになるという予感があった。

 




6.29 修正

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