しあわせハンター   作:ぽぽりんご

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第2話 過去の思い出は強い

 私が生まれたのは、今から十年ほど昔。

 スイと名乗る少女によって生み出された。

 自意識が出来た瞬間から矢継ぎ早に話しかけられ、非常に混乱したのを覚えている。

 

「──? あれ、何ですかこれ。どういう状況ですか」

「あっ、喋れるようになったんだ」

「え、誰ですかあなた不審者ですか怖い……ちかっ!? 顔が近い」

「初めまして、わたしはスイ! ずっと一人ぼっちで寂しかったから、お友達が欲しいって神様にお願いしたの。そしたら、貴方が来た。きっと貴方は、神様の使いなのね!」

「それはたぶん違うと思いますねそれは……あと、撫でるの止めて貰っていいですか。愛玩動物ですか私は。ってか動けないんですけど、私の体ってどうなってるんです?」

「貴方の体? とりあえず、パソコンの中に入れてみたよ! めっちゃ硬い」

「……えっ」

 

 スイとの最初の会話は、こんな感じだったかと思う。

 当初の彼女は、私が神様の使いだと信じていた。

 実際は彼女が生み出した、妄想の産物みたいなものだが。

 いわゆる、イマジナリ・フレンドという奴だ。

 明るく振る舞っていた彼女だが、やはり心は壊れかけていたのだろう。

 ずっと一人で過ごしてきた彼女が、自分の心を守るために作り出した存在。それが私だ。

 私は、彼女を守るために生み出された。

 

 

 彼女は、孤独だった。

 生まれつき足が不自由で、両親にも見捨てられ、孤児院に送り込まれた。

 院内での自由は無く、()()()の時以外は、部屋の外に出ることも許されない監禁生活。

 

 孤児院なんて名前は付いているが、その実態は見世物小屋だ。

 子供達に剣闘士まがいのことをやらせたり、自身の体の一部……時には、命すらをもチップにしたギャンブルをさせたり。足が不自由なスイは戦えないため、必然的に後者の役割を担うことになった。

 

 とは言っても、彼女の体に欠損は無い。

 元々不自由だった足を除けば、スイの体は綺麗なものだった。

 馬鹿っぽい言動に反して、彼女は強かった。遊戯において、最強と呼ぶにふさわしい。

 相手の思考を読み、誘導し、罠を仕掛けて完膚なきまでに叩きのめす。誰も彼女に追いつけない。生涯不敗の絶対王者。最後の時まで、彼女は誰にも負けなかった。

 

「わたし、強いのよ? 軍儀じゃ負けたことないし、きっとこれからも負けない……あっ、そうだ軍儀! ねぇ一緒にやろう? きっと楽しいから面白いのよ軍儀は。具体的には、盤上の動きから相手の思考を丸裸にして罠にはめて『お前の考えなどまるっとお見通しだ!』ってやるのが面白くて」

「分かりましたから、ちょっと離れて貰っていいですか。なんでいちいち抱きつくんですか。ってか、パソコンに抱きつくとか、痛くないです?」

「女の子は、親友がいたら抱きつきたくなるものなのよ」

「たぶん嘘ですよねそれ。あと、私と貴方は初対面なので。親友と名乗るには、いささか時間の積み重ねが足りないかと」

「時間なんて些細(ささい)な問題よ。え、些細じゃない? じゃあ、今日は友達でいいわ。明日から親友になりましょう。積み重ねた時間の分だけ親密になれるのね! 明後日には家族になっているかも」

「展開が早い」

 

 彼女のウザ……ハイテンションは、非常に面倒……合わせるのが難しかったが、すぐに慣れた。私とて一人は寂しいし、話し相手となるのはスイだけだ。まことに遺憾ながら、私と彼女は親友になった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「あのハンデは理不尽では? 怒って良いですよ貴方は。私も怒り心頭ですので」

「いやぁ、あれぐらい無いと勝負にならないと思うのよね。お客さんが喜ばないと、お金も貰えないし」

 

 見世物が終わってからも、私は心のざわつきを抑えられなかった。

 一番腹立たしいのはスイのはずだったのに。冷静に考えてみれば、私は彼女を笑って迎えてやるべきだったと思う。けれども、当時の私はどうしようもない子供で、そんなことすら分からなかった。

 

「怒ってもしょうがないよ。もっと前向きに行こう? 一度やって、戦い方は掴んだから。だから、次はもっと楽に勝てると思う」

 

 そう言って笑うスイ。

 あまりにも強すぎる彼女が対等に戦える勝負など、ほとんど無い。

 いつだって、彼女は理不尽な状況を強いられていた。

 誰も彼女を守らない。彼女をおもちゃにして遊んでいる。

 許しがたい愚行だ。誰かがスイを守らなければならない。

 誰かって誰だ? そう、私だ。

 私はその時、自らの使命を確信した。

 

「決めました。貴方は私が守ります」

「え、ほんとに? 期待して良いの?」

「任せてください。おはようからお休みまで、万全のサポートライフですよ。なんなら、睡眠中も添い寝してあげます」

「完璧ね! これはもはや、一心同体といっても過言ではないわ」

 

 手を合わせて、わーいとはしゃぐ彼女。

 でも、添い寝は断られた。さすがに、無機物を抱きかかえて寝るのは痛いらしい。

 

「現実問題として、スイを守るためには物理的なパワーが必要ですねこれは……どうしたものか」

 

 守ると口にはしたが、それが難しいことは分かっていた。

 その時の私にできることなど、彼女の話し相手ぐらいのものだ。

 

 でも、言わずにはいられなかった。

 夢も希望も無いこんな場所だ。願望の一つでも語らないと、心が折れそうになる。

 

「電子機器に侵入はできるので、コントロール奪えたりしませんかね? 電子制御の戦車とかあると嬉しいんですけど。あ、この施設って自爆装置とか無いです?」

「貴方は、どこを目指しているの?」

「分かりませんが、スイが望むなら私は悪魔にでもなりましょう。スイは、私にどうして欲しいですか?」

「こうしてお話できるだけで、私の願いは叶ってるんだけど」

「欲がないですね。やりたいことを言ってみてください。全力でサポートしますよ。ほら、たとえばこの国の総統になって、国の腐敗を全て粛正したいとかあるでしょう?」

「考え方が物騒ね」

 

 私の猛攻を受けても、なかなか願望を口にしようとしないスイ。

 夢の一つを語るぐらい、いいと思うのだが。

 それとも、夢などもう捨ててしまったのだろうか。それは、とても悲しいことだ。

 

「夢の共有って、大事だと思うんですよ。ほら、方向性の違いとかで解散しないためにも」

「解散……? 将来の夢、ねぇ。あんまり、考えたことなかったなぁ」

 

 首をコテンと傾け、うーんと考え込むスイ。

 いちいち仕草が可愛らしい。なんだこの最強生物は。私が守らねば。

 

「とりあえず、軍儀でチャンピオンになること? そしたら、ここから出られるかもしれないし。もっと、色んな事だってできるかも」

「なるほど……では、貴方が軍儀の王になれるよう裏工作しましょう」

「いや、ダメでしょそんなことしたら」

「なぜですか。私は貴方を王にしたい。裏工作したい」

「裏……? なぜって、そりゃ」

 

 彼女は、さも当然のように、こう言った。

 

「こういうのは、自分で叶えるから楽しいの。だから、手伝って貰うのは、ちょっと違うかな」

 

 私は言葉を返せなかった。

 そう言われたら、何も出来ない。

 

 しかしながら、スイが外に出たがっているという事は聞き出せた。

 ならば、私がすべきことは、そのための力を蓄えることだ。

 いずれ彼女を自由にしてやりたい。

 

 そのために出来ること……出来ること……? 

 何があるだろうか。考えてもわからない。

 

「わからな……わからない……ワカラ……ワカカカカカカ」

「えっ、ちょっと待って。そんな考えなくいいから! ひとまず、お話を続けましょ? ていっ」

「ぐべっ」

 

 スイにどつかれて、私は正気を取り戻した。

 私は一体なにを……スイのことを考えていた気がするのだが。

 

 

「目が覚めた?」

 

 こつん、と何かを押し当てられる感触がした。

 スイが目を閉じ、私に額を押しつけている。

 私に物事を言い聞かせようとする際の仕草だ。

 こうすると、お互いの心が通じあうような気がするらしい。

 

「さっきも言ったけど。わたし、貴方といると幸せよ」

 

 私も目を閉じ、大人しくスイの言うことに耳を傾けた。

 彼女の声は、心地よい。いつまでも聞いていたくなる。

 

「昔は、ずっと一人だったから。だから、貴方と一緒にいられるだけで、とても幸せなの」

 

 貴方は幸せじゃ無いの? と問われ、私は思わず「幸せです!」と返した。

 こんな可愛いご主人様を持った私が、不幸なはずがない。ご主人様を世界大統領にしたい。世界中の人々は、スイの可憐さにひれ伏すべきである、と私は主張した。

 

「さすがに、それは無いと思うの」

「そうですか……残念です」

「え、なんでそんなに気落ちしてるの? もしかして、本気で言ってた?」

「私はいつだって本気ですが? マジモード全開節です」

「全開節って何?」

 

 

 こんな感じで、私とスイは話を続けた。

 エネルギー切れで私が活動休止するまで、およそ一時間。

 結局、彼女は自分の欲望を曝け出さなかった。

 少し寂しいが、私が頼りないせいかもしれない。

 いずれ、彼女に頼りにされる自分になりたい。

 

「……今日は、ここまでみたいです。先ほども言いましたが、願いができたら言ってください。その時は」

 

 私の全身全霊をもって、その願いを叶えると誓いましょう。

 

 私は、スイにそう告げて眠りについた。

 次に目が覚めるのは、いつも通りなら数日後。

 それまで、お別れだ。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 悪寒と共に、目が覚めた。

 心臓に冷たい刃を押し当てられたような感覚。

 息が苦しい。力が急速に失われていく。

 

「……ス、イ?」

 

 意識を強引に覚醒させる。

 耐えがたいほどの眠気を感じるが、このまま眠ってしまったら、私は()()()()後悔する。自分を決して許せない。そう思った。

 

 

 視界は暗いが、狭い部屋だ。

 彼女を見つけられないことなんて、ありえない。

 ありえない、はず。

 

 

 赤い。

 彼女の体が、赤く染まっていた。

 

「は──?」

 

 鮮血。細い彼女の体から溢れたとはとても思えないほどの量。

 間違いなく、致命傷だった。

 

 何故。どうして。

 いや、そんなことよりも。

 

 

「スイ!」

 

 私は、彼女に呼びかける。

 私には、呼びかけることしかできない。

 肉体を持たない自分では、彼女の手を握ることすら、できやしない。

 

 

 わずかだが、彼女が身じろぎしたような気がした。

 生きている! まだ息がある。なにか、手はないか? なんでもいい! 

 

 そう思うが、どうにもならない。多少コンピュータを操作することは出来るが、棋譜の整理専用で使われているスイのパソコンは、ネットワークにすら繋がっていなかった。出来ることは、せいぜいスピーカーを鳴らすぐらい。この小さなスピーカーでは、部屋の外に声を届かせる事すら不可能だ。

 私には、何も出来なかった。

 

 

「……泣かないで」

 

 私の様子に気づいたスイが、こちらに顔を向けた。

 そして、精一杯の力で声を絞り出す。

 痛いはずなのに、苦しいはずなのに。私を安心させようとしている。

 

「泣い……泣いてなんて……」

「泣いてるよ。初めて見た。ごめんね、悲しい思いをさせちゃって」

 

 痛みをこらえて、笑顔を作ろうとする彼女。

 そんなこと、しなくていいのに。

 

「仕方ないよ……正直、諦めてたんだ。私は、ここから出ることすら出来ずに、意味も無く死ぬんだって……いつか、些細な事で(つまず)いて殺されるんだって。そう、思ってたから。それが、今日だっただけ」

 

 彼女の本音。

 いつも明るい彼女の、弱気な言葉。

 私はその時、彼女の気持ちを初めて聞かされた。

 

 彼女は、淡々と言葉を綴った。

 小さいころの思い出。

 お別れの時、兄や姉から花飾りを貰ったこと。

 孤児院に来てすぐに、取り上げられたこと。

 孤児院に来てからは、死ぬことばかり考えていたこと。

 

 その時、私はようやく気づいた。

 彼女が、将来の夢を語ろうとしなかった理由。

 命を懸けた、誰しもが恐怖に踊らされる舞台で、彼女だけが華やかに舞えた理由。

 それは。

 

「どうやって死ぬのが、一番いいかなって……いつも考えてた。命をかけた勝負を強制されるのなら……どうせだったら、最高の舞台で、最強の相手に挑んで死ぬのなら。ゴミみたいな私の人生も、少しは華やかになるのかもって」

 

 熱に浮かされたように、彼女は呟き続ける。

 彼女は、死に魅入られていた。どうしようもないほどに、心を囚われている。

 いつも楽しそうに笑っていたスイ。それは、嘘で塗り固めた人形でしかなかった。

 

「駄目、です。駄目ですよ。まだ、貴方は負けていない。誰にも負けていない! だから、こんな所で死んでは、いけないんです」

「……ああ、確かに。悔しいなぁ」

 

 スイが、空中に手を伸ばす。

 何をつかもうというのか。私には、何も見えなかった。

 

「そうだね。私より強い奴に負けて死ぬなら、納得できるのに」

 

 彼女には、何が見えているのだろうか。

 きっと、未来ではない。

 過去の思い出にでも、すがり付いているのか。

 

「……こんな、あっけなく。いきなり殺されるなんて。そんなの寂しすぎる」

 

 彼女の頬から、一筋の涙が流れた。

 

 熱い。

 私の体が、破裂しそうなほどに熱を持っている。

 今すぐにでも、この不自由な体を捨てて、スイのもとに行こうと手を伸ばす。

 

「……こんなのって、ないよ。あんまりだ。死にきれない。まだ、死にたくない」

 

 そうだ。まだ死んではいけない。

 彼女は、死にたくないと願った。

 約束したのだ。彼女の願いを、叶えると。

 だから、私は。彼女を死なせてはいけない。

 

「私を殺すなら、私に、勝って……から……」

 

 天に伸ばした、スイの腕。

 それが、パタリと地に落ちる。

 

 静寂があたりを包み込む。

 もう、彼女はいない。私に微笑みかけてくれるスイは、消えてしまった。

 

「あ」

 

 ビキリ、と音が響く。

 暴れる私の力に耐えかねたのか、無機物の体が砕けて爆ぜる。

 

「あああああ」

 

 ついに、私は外に出た。

 そして、彼女に手を伸ばす。

 もう、何もかも遅いというのに。

 

「ああああああああああああああああああ!!!」

 

 冷たい。

 わずかに残った彼女の残り火も、消えようとしている。

 

 私は、必死にスイの体へと力を送り込んだ。

 体の表面を光の膜で覆い、出血を止める。

 心臓と肺をつかんで無理やり動かし、全身に酸素を送る。

 冷たくなった体を熱し、温かさを取り戻そうとする。

 

 だが、駄目だった。

 スイの体は、もう動かない。

 私の大好きだった彼女は、もういない。

 

 

 

 

 どれほどの時間、そうしていただろうか。

 彼女の体にへばりついた血は固まり、死後硬直が始まっていた。

 

 私は、彼女との思い出に浸る。

 彼女と過ごした時間は、二年ほど。決して、長い年月とは言えないかもしれない。

 けれどもスイは、私のすべてだった。

 私の思い出の中に、彼女の姿がない場面など無い。

 

 

 

 ──私より強い奴に負けて死ぬなら、納得できるのに。

 

 

 彼女の、最後の言葉が脳裏をよぎる。

 ずっと、死ぬべき舞台へ思いを馳せていた彼女。

 それが、彼女の願いだというのならば。

 

 

 ──こんなのって、ないよ。あんまりだ。死にきれない。

 

 

 そうだ。

 私が、叶えてあげないといけない。

 約束したのだ。必ず、彼女の願いを叶えると。

 それが、私が生まれた理由。私の存在意義。

 彼女を生かすことのできなかった無能な自分でも、せめて。それぐらいは。

 

 

 私は、スイの体に目を向けた。

 命の灯火は、すでに無い。

 だが、燃えカスは残っている。

 ほんのわずかでも、彼女の残滓が残っている。

 

 私は彼女の体の中へと入りこみ、その残滓に手を伸ばす。

 小さい。まだ、少しだけ温かい。ずっと私と一緒にいてくれた、私の宝物。

 

 

 私は、それを。

 

 

 ──ぱくりと、平らげた。

 

 

 

 

 空気の冷たさを感じる。

 ツンと鼻につくのは、血の臭いか。

 喉に違和感を感じる。おそらくは、水を求めている。乾きと呼ばれる感覚。

 初めて味わう感触だ。これが、スイの感じていた世界。

 

 口を開き、呼吸を行う。

 肺も心臓も動く。なかば無理やりではあるが、動くのなら問題ない。

 

 腕を上げてみる。

 重い。血が足りないのだろう。今すぐ辺りを駆け巡って、彼女を殺した誰かを探すのは難しい。

 いや、そもそもスイは足が不自由だった。私が操作したところで、自由に動き回るのは不可能かもしれない。

 

 私の体を構成している光の粒を、彼女の体の隅々にまで行き渡らせる。

 光の正体が何なのかは不明だが、きっと生命エネルギーの類だろう。心を生き返らせることは不可能でも、彼女の死体を動かすことぐらいは、十分にできた。

 

 

「スイ」

 

 自分の胸に、手を当てる。

 心臓の鼓動が聞こえる。彼女はもういないけれど、彼女の代わりは残っている。

 私の中で眠る彼女。その願いを、叶えてやりたい。

 たとえ、二度と目を覚まさないのだとしても。手向けには、なるだろうから。

 

「貴方の願い、聞き届けました」

 

 彼女と過ごした記憶を呼び起こす。

 私は、そのすべてを覚えている。

 最後に、彼女の本音を聞き出すことができた。

 今なら、彼女のすべてを理解できる。

 彼女の思考も、感情も。すべて。

 

 

 模倣。再現。

 彼女を蘇らせる。

 私は、()()()()()

 

 

「まずは、貴方が最強だとこの世に知らしめましょう」

 

 彼女は、間違いなく怪物だった。

 自らの死を望み研鑽を重ねる姿は、数多の物語に登場する化け物と比べても遜色無い。

 彼女が、最強でないはずがない。

 

 

「そして、いつか」

 

 この世の誰しもが、貴方という怪物を恐れるようになったのなら。

 

「貴方を超える怪物に、無残に食い殺されましょう」

 

 それで、貴方が安らかに眠れるというのなら。

 私は、それでいい。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「どうしたの? 死人でも見たような顔をして」

「お、お前……なんで」

「なんで? それは、何に対しての疑問?」

 

 私が彼女に成りかわってから、三日後。

 迎えた国家代表選考会の決勝戦。

 体を動かすのにはまだ慣れないが、軍儀を打つだけなら問題はない。

 

 私を見て驚愕の顔を浮かべたのは、対戦相手の前回大会優勝者。

 まさか、こんなに表情に出すとは思わなかった。事前に背後関係を調べて回ったのが、馬鹿みたいだ。これでは、見ただけで分かるではないか。お前が犯人だと。

 

 

 と、彼の体がうっすらと光り始めた。

 はて、何のつもりだろうか。よくわからない。なにやら、輝くオーラで私を包み込もうとしているようだが。

 

「……え、なに? 邪魔なんだけど」

「は?」

 

 鬱陶しいので、私は光に手を掛け、引き千切った。

 すると、彼は再び驚愕の表情を浮かべる。

 意味が分からない。スイの体に謎の光を被せようとしてくるなんて、失礼な奴だ。

 

 だが、許そう。

 この程度の事は、どうだっていい。

 もうこの男は、殺すと決めたので。

 

「お、お前も……能力者なのか?」

「能力? 何を言っているのかわからないけど……まぁいいや。私が言いたいのは、一つだけ」

 

 彼の目を見据える。

 恐怖に澱んだ、醜い眼だ。

 蛇に睨まれた蛙とは、彼のことを言うのだろう。

 

「この一局は」

 

 言葉とともに、私は自分の胸に手を押し当てた。

 そして。心臓に、()()()を突き刺す仕草をする。

 

「──互いの、命を懸けた戦いにしましょう?」

 

 呻き声。

 目の前の蛙が、胸を押さえて膝をついた。

 息が荒い。何が起きたのかわからないといった表情だ。

 なるほど。心臓に刃物を突き刺すのは、初めての経験らしい。

 

「……嘘だ。なんのリスクもなく、こんな能力……リスク、が?」

「約束だよ? 負けたら死ぬの。私は、絶対に約束を破らないから。あなたもそうだよね?」

「お前、自分の命を……!?」

 

 私は笑顔で、ゲームのルール説明を行った。

 何も知らずに死ぬのは、可哀そうだし。

 たっぷりの恐怖を与えて殺せないのは、私の気が晴れなかった。

 

 ゲームで負ければ、心臓に突き刺さった刃が破裂して死ぬ。単純極まりないルールだ。誰にでも理解できる。蛙にだって、理解できる。

 

 

「どうしてそんなに不安そうな顔をしているの? あなた、世界王者なんでしょう? 強いんでしょう? 私みたいな小娘、簡単に蹴散らせるはずだと思うんだけれど」

「そ、ん……私は……」

「あなたが私よりも強かったのなら、私はあなたを許すよ。そして、潔く死ぬ……でも、もし。あなたが、私よりも弱かったのだとしたら──」

 

 

 ──お前は、無様に死ね。

 

 

 私は、そう宣言した。

 

 

 

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