私が生まれたのは、今から十年ほど昔。
スイと名乗る少女によって生み出された。
自意識が出来た瞬間から矢継ぎ早に話しかけられ、非常に混乱したのを覚えている。
「──? あれ、何ですかこれ。どういう状況ですか」
「あっ、喋れるようになったんだ」
「え、誰ですかあなた不審者ですか怖い……ちかっ!? 顔が近い」
「初めまして、わたしはスイ! ずっと一人ぼっちで寂しかったから、お友達が欲しいって神様にお願いしたの。そしたら、貴方が来た。きっと貴方は、神様の使いなのね!」
「それはたぶん違うと思いますねそれは……あと、撫でるの止めて貰っていいですか。愛玩動物ですか私は。ってか動けないんですけど、私の体ってどうなってるんです?」
「貴方の体? とりあえず、パソコンの中に入れてみたよ! めっちゃ硬い」
「……えっ」
スイとの最初の会話は、こんな感じだったかと思う。
当初の彼女は、私が神様の使いだと信じていた。
実際は彼女が生み出した、妄想の産物みたいなものだが。
いわゆる、イマジナリ・フレンドという奴だ。
明るく振る舞っていた彼女だが、やはり心は壊れかけていたのだろう。
ずっと一人で過ごしてきた彼女が、自分の心を守るために作り出した存在。それが私だ。
私は、彼女を守るために生み出された。
彼女は、孤独だった。
生まれつき足が不自由で、両親にも見捨てられ、孤児院に送り込まれた。
院内での自由は無く、
孤児院なんて名前は付いているが、その実態は見世物小屋だ。
子供達に剣闘士まがいのことをやらせたり、自身の体の一部……時には、命すらをもチップにしたギャンブルをさせたり。足が不自由なスイは戦えないため、必然的に後者の役割を担うことになった。
とは言っても、彼女の体に欠損は無い。
元々不自由だった足を除けば、スイの体は綺麗なものだった。
馬鹿っぽい言動に反して、彼女は強かった。遊戯において、最強と呼ぶにふさわしい。
相手の思考を読み、誘導し、罠を仕掛けて完膚なきまでに叩きのめす。誰も彼女に追いつけない。生涯不敗の絶対王者。最後の時まで、彼女は誰にも負けなかった。
「わたし、強いのよ? 軍儀じゃ負けたことないし、きっとこれからも負けない……あっ、そうだ軍儀! ねぇ一緒にやろう? きっと楽しいから面白いのよ軍儀は。具体的には、盤上の動きから相手の思考を丸裸にして罠にはめて『お前の考えなどまるっとお見通しだ!』ってやるのが面白くて」
「分かりましたから、ちょっと離れて貰っていいですか。なんでいちいち抱きつくんですか。ってか、パソコンに抱きつくとか、痛くないです?」
「女の子は、親友がいたら抱きつきたくなるものなのよ」
「たぶん嘘ですよねそれ。あと、私と貴方は初対面なので。親友と名乗るには、いささか時間の積み重ねが足りないかと」
「時間なんて
「展開が早い」
彼女のウザ……ハイテンションは、非常に面倒……合わせるのが難しかったが、すぐに慣れた。私とて一人は寂しいし、話し相手となるのはスイだけだ。まことに遺憾ながら、私と彼女は親友になった。
◇◇◇
「あのハンデは理不尽では? 怒って良いですよ貴方は。私も怒り心頭ですので」
「いやぁ、あれぐらい無いと勝負にならないと思うのよね。お客さんが喜ばないと、お金も貰えないし」
見世物が終わってからも、私は心のざわつきを抑えられなかった。
一番腹立たしいのはスイのはずだったのに。冷静に考えてみれば、私は彼女を笑って迎えてやるべきだったと思う。けれども、当時の私はどうしようもない子供で、そんなことすら分からなかった。
「怒ってもしょうがないよ。もっと前向きに行こう? 一度やって、戦い方は掴んだから。だから、次はもっと楽に勝てると思う」
そう言って笑うスイ。
あまりにも強すぎる彼女が対等に戦える勝負など、ほとんど無い。
いつだって、彼女は理不尽な状況を強いられていた。
誰も彼女を守らない。彼女をおもちゃにして遊んでいる。
許しがたい愚行だ。誰かがスイを守らなければならない。
誰かって誰だ? そう、私だ。
私はその時、自らの使命を確信した。
「決めました。貴方は私が守ります」
「え、ほんとに? 期待して良いの?」
「任せてください。おはようからお休みまで、万全のサポートライフですよ。なんなら、睡眠中も添い寝してあげます」
「完璧ね! これはもはや、一心同体といっても過言ではないわ」
手を合わせて、わーいとはしゃぐ彼女。
でも、添い寝は断られた。さすがに、無機物を抱きかかえて寝るのは痛いらしい。
「現実問題として、スイを守るためには物理的なパワーが必要ですねこれは……どうしたものか」
守ると口にはしたが、それが難しいことは分かっていた。
その時の私にできることなど、彼女の話し相手ぐらいのものだ。
でも、言わずにはいられなかった。
夢も希望も無いこんな場所だ。願望の一つでも語らないと、心が折れそうになる。
「電子機器に侵入はできるので、コントロール奪えたりしませんかね? 電子制御の戦車とかあると嬉しいんですけど。あ、この施設って自爆装置とか無いです?」
「貴方は、どこを目指しているの?」
「分かりませんが、スイが望むなら私は悪魔にでもなりましょう。スイは、私にどうして欲しいですか?」
「こうしてお話できるだけで、私の願いは叶ってるんだけど」
「欲がないですね。やりたいことを言ってみてください。全力でサポートしますよ。ほら、たとえばこの国の総統になって、国の腐敗を全て粛正したいとかあるでしょう?」
「考え方が物騒ね」
私の猛攻を受けても、なかなか願望を口にしようとしないスイ。
夢の一つを語るぐらい、いいと思うのだが。
それとも、夢などもう捨ててしまったのだろうか。それは、とても悲しいことだ。
「夢の共有って、大事だと思うんですよ。ほら、方向性の違いとかで解散しないためにも」
「解散……? 将来の夢、ねぇ。あんまり、考えたことなかったなぁ」
首をコテンと傾け、うーんと考え込むスイ。
いちいち仕草が可愛らしい。なんだこの最強生物は。私が守らねば。
「とりあえず、軍儀でチャンピオンになること? そしたら、ここから出られるかもしれないし。もっと、色んな事だってできるかも」
「なるほど……では、貴方が軍儀の王になれるよう裏工作しましょう」
「いや、ダメでしょそんなことしたら」
「なぜですか。私は貴方を王にしたい。裏工作したい」
「裏……? なぜって、そりゃ」
彼女は、さも当然のように、こう言った。
「こういうのは、自分で叶えるから楽しいの。だから、手伝って貰うのは、ちょっと違うかな」
私は言葉を返せなかった。
そう言われたら、何も出来ない。
しかしながら、スイが外に出たがっているという事は聞き出せた。
ならば、私がすべきことは、そのための力を蓄えることだ。
いずれ彼女を自由にしてやりたい。
そのために出来ること……出来ること……?
何があるだろうか。考えてもわからない。
「わからな……わからない……ワカラ……ワカカカカカカ」
「えっ、ちょっと待って。そんな考えなくいいから! ひとまず、お話を続けましょ? ていっ」
「ぐべっ」
スイにどつかれて、私は正気を取り戻した。
私は一体なにを……スイのことを考えていた気がするのだが。
「目が覚めた?」
こつん、と何かを押し当てられる感触がした。
スイが目を閉じ、私に額を押しつけている。
私に物事を言い聞かせようとする際の仕草だ。
こうすると、お互いの心が通じあうような気がするらしい。
「さっきも言ったけど。わたし、貴方といると幸せよ」
私も目を閉じ、大人しくスイの言うことに耳を傾けた。
彼女の声は、心地よい。いつまでも聞いていたくなる。
「昔は、ずっと一人だったから。だから、貴方と一緒にいられるだけで、とても幸せなの」
貴方は幸せじゃ無いの? と問われ、私は思わず「幸せです!」と返した。
こんな可愛いご主人様を持った私が、不幸なはずがない。ご主人様を世界大統領にしたい。世界中の人々は、スイの可憐さにひれ伏すべきである、と私は主張した。
「さすがに、それは無いと思うの」
「そうですか……残念です」
「え、なんでそんなに気落ちしてるの? もしかして、本気で言ってた?」
「私はいつだって本気ですが? マジモード全開節です」
「全開節って何?」
こんな感じで、私とスイは話を続けた。
エネルギー切れで私が活動休止するまで、およそ一時間。
結局、彼女は自分の欲望を曝け出さなかった。
少し寂しいが、私が頼りないせいかもしれない。
いずれ、彼女に頼りにされる自分になりたい。
「……今日は、ここまでみたいです。先ほども言いましたが、願いができたら言ってください。その時は」
私の全身全霊をもって、その願いを叶えると誓いましょう。
私は、スイにそう告げて眠りについた。
次に目が覚めるのは、いつも通りなら数日後。
それまで、お別れだ。
◇◇◇
悪寒と共に、目が覚めた。
心臓に冷たい刃を押し当てられたような感覚。
息が苦しい。力が急速に失われていく。
「……ス、イ?」
意識を強引に覚醒させる。
耐えがたいほどの眠気を感じるが、このまま眠ってしまったら、私は
視界は暗いが、狭い部屋だ。
彼女を見つけられないことなんて、ありえない。
ありえない、はず。
赤い。
彼女の体が、赤く染まっていた。
「は──?」
鮮血。細い彼女の体から溢れたとはとても思えないほどの量。
間違いなく、致命傷だった。
何故。どうして。
いや、そんなことよりも。
「スイ!」
私は、彼女に呼びかける。
私には、呼びかけることしかできない。
肉体を持たない自分では、彼女の手を握ることすら、できやしない。
わずかだが、彼女が身じろぎしたような気がした。
生きている! まだ息がある。なにか、手はないか? なんでもいい!
そう思うが、どうにもならない。多少コンピュータを操作することは出来るが、棋譜の整理専用で使われているスイのパソコンは、ネットワークにすら繋がっていなかった。出来ることは、せいぜいスピーカーを鳴らすぐらい。この小さなスピーカーでは、部屋の外に声を届かせる事すら不可能だ。
私には、何も出来なかった。
「……泣かないで」
私の様子に気づいたスイが、こちらに顔を向けた。
そして、精一杯の力で声を絞り出す。
痛いはずなのに、苦しいはずなのに。私を安心させようとしている。
「泣い……泣いてなんて……」
「泣いてるよ。初めて見た。ごめんね、悲しい思いをさせちゃって」
痛みをこらえて、笑顔を作ろうとする彼女。
そんなこと、しなくていいのに。
「仕方ないよ……正直、諦めてたんだ。私は、ここから出ることすら出来ずに、意味も無く死ぬんだって……いつか、些細な事で
彼女の本音。
いつも明るい彼女の、弱気な言葉。
私はその時、彼女の気持ちを初めて聞かされた。
彼女は、淡々と言葉を綴った。
小さいころの思い出。
お別れの時、兄や姉から花飾りを貰ったこと。
孤児院に来てすぐに、取り上げられたこと。
孤児院に来てからは、死ぬことばかり考えていたこと。
その時、私はようやく気づいた。
彼女が、将来の夢を語ろうとしなかった理由。
命を懸けた、誰しもが恐怖に踊らされる舞台で、彼女だけが華やかに舞えた理由。
それは。
「どうやって死ぬのが、一番いいかなって……いつも考えてた。命をかけた勝負を強制されるのなら……どうせだったら、最高の舞台で、最強の相手に挑んで死ぬのなら。ゴミみたいな私の人生も、少しは華やかになるのかもって」
熱に浮かされたように、彼女は呟き続ける。
彼女は、死に魅入られていた。どうしようもないほどに、心を囚われている。
いつも楽しそうに笑っていたスイ。それは、嘘で塗り固めた人形でしかなかった。
「駄目、です。駄目ですよ。まだ、貴方は負けていない。誰にも負けていない! だから、こんな所で死んでは、いけないんです」
「……ああ、確かに。悔しいなぁ」
スイが、空中に手を伸ばす。
何をつかもうというのか。私には、何も見えなかった。
「そうだね。私より強い奴に負けて死ぬなら、納得できるのに」
彼女には、何が見えているのだろうか。
きっと、未来ではない。
過去の思い出にでも、すがり付いているのか。
「……こんな、あっけなく。いきなり殺されるなんて。そんなの寂しすぎる」
彼女の頬から、一筋の涙が流れた。
熱い。
私の体が、破裂しそうなほどに熱を持っている。
今すぐにでも、この不自由な体を捨てて、スイのもとに行こうと手を伸ばす。
「……こんなのって、ないよ。あんまりだ。死にきれない。まだ、死にたくない」
そうだ。まだ死んではいけない。
彼女は、死にたくないと願った。
約束したのだ。彼女の願いを、叶えると。
だから、私は。彼女を死なせてはいけない。
「私を殺すなら、私に、勝って……から……」
天に伸ばした、スイの腕。
それが、パタリと地に落ちる。
静寂があたりを包み込む。
もう、彼女はいない。私に微笑みかけてくれるスイは、消えてしまった。
「あ」
ビキリ、と音が響く。
暴れる私の力に耐えかねたのか、無機物の体が砕けて爆ぜる。
「あああああ」
ついに、私は外に出た。
そして、彼女に手を伸ばす。
もう、何もかも遅いというのに。
「ああああああああああああああああああ!!!」
冷たい。
わずかに残った彼女の残り火も、消えようとしている。
私は、必死にスイの体へと力を送り込んだ。
体の表面を光の膜で覆い、出血を止める。
心臓と肺をつかんで無理やり動かし、全身に酸素を送る。
冷たくなった体を熱し、温かさを取り戻そうとする。
だが、駄目だった。
スイの体は、もう動かない。
私の大好きだった彼女は、もういない。
どれほどの時間、そうしていただろうか。
彼女の体にへばりついた血は固まり、死後硬直が始まっていた。
私は、彼女との思い出に浸る。
彼女と過ごした時間は、二年ほど。決して、長い年月とは言えないかもしれない。
けれどもスイは、私のすべてだった。
私の思い出の中に、彼女の姿がない場面など無い。
──私より強い奴に負けて死ぬなら、納得できるのに。
彼女の、最後の言葉が脳裏をよぎる。
ずっと、死ぬべき舞台へ思いを馳せていた彼女。
それが、彼女の願いだというのならば。
──こんなのって、ないよ。あんまりだ。死にきれない。
そうだ。
私が、叶えてあげないといけない。
約束したのだ。必ず、彼女の願いを叶えると。
それが、私が生まれた理由。私の存在意義。
彼女を生かすことのできなかった無能な自分でも、せめて。それぐらいは。
私は、スイの体に目を向けた。
命の灯火は、すでに無い。
だが、燃えカスは残っている。
ほんのわずかでも、彼女の残滓が残っている。
私は彼女の体の中へと入りこみ、その残滓に手を伸ばす。
小さい。まだ、少しだけ温かい。ずっと私と一緒にいてくれた、私の宝物。
私は、それを。
──ぱくりと、平らげた。
空気の冷たさを感じる。
ツンと鼻につくのは、血の臭いか。
喉に違和感を感じる。おそらくは、水を求めている。乾きと呼ばれる感覚。
初めて味わう感触だ。これが、スイの感じていた世界。
口を開き、呼吸を行う。
肺も心臓も動く。なかば無理やりではあるが、動くのなら問題ない。
腕を上げてみる。
重い。血が足りないのだろう。今すぐ辺りを駆け巡って、彼女を殺した誰かを探すのは難しい。
いや、そもそもスイは足が不自由だった。私が操作したところで、自由に動き回るのは不可能かもしれない。
私の体を構成している光の粒を、彼女の体の隅々にまで行き渡らせる。
光の正体が何なのかは不明だが、きっと生命エネルギーの類だろう。心を生き返らせることは不可能でも、彼女の死体を動かすことぐらいは、十分にできた。
「スイ」
自分の胸に、手を当てる。
心臓の鼓動が聞こえる。彼女はもういないけれど、彼女の代わりは残っている。
私の中で眠る彼女。その願いを、叶えてやりたい。
たとえ、二度と目を覚まさないのだとしても。手向けには、なるだろうから。
「貴方の願い、聞き届けました」
彼女と過ごした記憶を呼び起こす。
私は、そのすべてを覚えている。
最後に、彼女の本音を聞き出すことができた。
今なら、彼女のすべてを理解できる。
彼女の思考も、感情も。すべて。
模倣。再現。
彼女を蘇らせる。
私は、
「まずは、貴方が最強だとこの世に知らしめましょう」
彼女は、間違いなく怪物だった。
自らの死を望み研鑽を重ねる姿は、数多の物語に登場する化け物と比べても遜色無い。
彼女が、最強でないはずがない。
「そして、いつか」
この世の誰しもが、貴方という怪物を恐れるようになったのなら。
「貴方を超える怪物に、無残に食い殺されましょう」
それで、貴方が安らかに眠れるというのなら。
私は、それでいい。
◇◇◇
「どうしたの? 死人でも見たような顔をして」
「お、お前……なんで」
「なんで? それは、何に対しての疑問?」
私が彼女に成りかわってから、三日後。
迎えた国家代表選考会の決勝戦。
体を動かすのにはまだ慣れないが、軍儀を打つだけなら問題はない。
私を見て驚愕の顔を浮かべたのは、対戦相手の前回大会優勝者。
まさか、こんなに表情に出すとは思わなかった。事前に背後関係を調べて回ったのが、馬鹿みたいだ。これでは、見ただけで分かるではないか。お前が犯人だと。
と、彼の体がうっすらと光り始めた。
はて、何のつもりだろうか。よくわからない。なにやら、輝くオーラで私を包み込もうとしているようだが。
「……え、なに? 邪魔なんだけど」
「は?」
鬱陶しいので、私は光に手を掛け、引き千切った。
すると、彼は再び驚愕の表情を浮かべる。
意味が分からない。スイの体に謎の光を被せようとしてくるなんて、失礼な奴だ。
だが、許そう。
この程度の事は、どうだっていい。
もうこの男は、殺すと決めたので。
「お、お前も……能力者なのか?」
「能力? 何を言っているのかわからないけど……まぁいいや。私が言いたいのは、一つだけ」
彼の目を見据える。
恐怖に澱んだ、醜い眼だ。
蛇に睨まれた蛙とは、彼のことを言うのだろう。
「この一局は」
言葉とともに、私は自分の胸に手を押し当てた。
そして。心臓に、
「──互いの、命を懸けた戦いにしましょう?」
呻き声。
目の前の蛙が、胸を押さえて膝をついた。
息が荒い。何が起きたのかわからないといった表情だ。
なるほど。心臓に刃物を突き刺すのは、初めての経験らしい。
「……嘘だ。なんのリスクもなく、こんな能力……リスク、が?」
「約束だよ? 負けたら死ぬの。私は、絶対に約束を破らないから。あなたもそうだよね?」
「お前、自分の命を……!?」
私は笑顔で、ゲームのルール説明を行った。
何も知らずに死ぬのは、可哀そうだし。
たっぷりの恐怖を与えて殺せないのは、私の気が晴れなかった。
ゲームで負ければ、心臓に突き刺さった刃が破裂して死ぬ。単純極まりないルールだ。誰にでも理解できる。蛙にだって、理解できる。
「どうしてそんなに不安そうな顔をしているの? あなた、世界王者なんでしょう? 強いんでしょう? 私みたいな小娘、簡単に蹴散らせるはずだと思うんだけれど」
「そ、ん……私は……」
「あなたが私よりも強かったのなら、私はあなたを許すよ。そして、潔く死ぬ……でも、もし。あなたが、私よりも弱かったのだとしたら──」
──お前は、無様に死ね。
私は、そう宣言した。