しあわせハンター   作:ぽぽりんご

5 / 6
第5話 さよなら、私の大親友

 光り輝くオーラを見たり放出したり出来る私ではあったが(念とか言われてもわからぬ)、基本的な性質は闇の者である。

 家に引きこもって、盤面と睨めっこをしながら悩み続ける。日の当たる場所を歩かされることもあるが、それは年に一度の世界大会ぐらいのもので、大体は部屋の隅とか思考の底でウンウン唸っている。

 それが私だ。

 

 だから。光に照らされた時、私は思わず悲鳴をあげた。

 

「ひぇっ! まぶたを閉じていても貫通するとか、ちょっと眩しすぎますね殺意が湧きますねこれは……」

 

 せっかく良い気分で眠れそうだったのに。

 あと少し、目を閉じていれば。きっと、二度と目を覚まさなかったのに。

 

「太陽ですか? やはり滅ぼしておくべき存在……これは、間違いなく私を溶かすつもりです」

 

 固く目を閉じたまま、軽い気持ちで口にする。

 どうせ消えるのだからと、脳みそをプーにして舌を回す。

 

 何を言ってもいいと思っていた。

 返答があるだなんて、思ってもいなかった。

 

 

「溶けてしまうの? アイスクリームのように? なら。貴方の体は、きっと甘いのね」

 

 懐かしい声。

 ずっと、聞きたかった声。

 ずっと、待ち望んでいた声。

 

「──スイ?」

 

 私は、目を見開いた。

 ずっと夢に見ていた彼女の姿が、そこにはあった。

 

 くすんだ金の髪。お手入れさえすれば、きっと光り輝くであろう彼女の金髪。

 悪戯っぽい、まるで猫を思わせるような瞳。

 痩せて青白い肌をしているが、栄養をとって日の当たる場所に出られれば、誰よりも人の目を引くであろう体。

 

 八年前の、あの日の彼女。

 ずっと、再会を夢見ていた彼女。

 スイが、目の前に居る。

 

 

 なぜ。どうして。

 これは、夢か? 

 

 ぐるぐると思考が回る。ついでに、どうしていいか分からず、腕もウロウロと辺りを彷徨った。

 回って、回って、思考と腕を回し続けて。

 そうしてようやく、答えに辿り着いた。

 

 夢だろうが幻覚だろうが、そんなことはどうでもいい。

 彼女が、目の前に居る。

 全力で向かい合わなくて、どうするのか。

 

 

「スイ」

 

「なに?」

 

「スイ」

 

「うん、スイだよ」

 

「スイ……会いたかった、です」

 

「うん。私もずっと、会いたかった」

 

 

 ゆっくりと近づいてくる彼女を、ただ呆然と眺める。

 腕を回され、ぎゅっと抱きしめられた。

 私も、スイの背中に腕を回して抱きしめ返す。

 温かい。久しぶりの感覚。八年ぶりの温もりだ。

 

 

 ここは死後の世界なのか、など。気になることはあったが、そんなものは後回しだ。

 私は全力でスイの体を味わいつつ、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「ありがとね。全部を見ていたわけじゃないけど、貴方の声は聞こえてたよ」

 

 おつかれさま、と。

 彼女は私の耳元で、そう囁いた。

 

 

 私は、涙を流した。

 堰を切ったように、ひたすらに溢れ出す。

 止まらない。止まるはずがない。

 想いが、感情が膨れ上がって暴走する。

 

 彼女の背中に回した腕に、思わず力がはいった。

 どうにもならない。感情だけでなく、体の制御も壊れてしまっている。

 優しく扱いたいのに、それが出来ない。

 

「最後の一局、見たよ。強くなったのね。私よりも強くなるなんて、びっくりしちゃった」

「いえ、そんなことは! あれは、十四の頃の貴方を模倣しただけです。貴方が生きていれば、もっともっと強くなったはずです。私なんかよりも、コムギよりも。もっと」

「うーん、それはどうかな……私は、あまり長く生きるつもりはなかったから。成長も、止まってたような?」

 

 笑いながら、私の言葉を聞いてくれる彼女。

 

 あまりに、リアルで。

 夢とは思えなかった。

 幻とは思えなかった。

 初めて会った時の、スイの言葉を思い出す。神の使いか、なんて勘違いをされたけれど。その気持ちが、今ならわかる。神だろうが何だろうが信じてしまう。この奇跡を目の当たりにしたら。

 私は、彼女に感情をぶつけた。

 

「寂しかった」

「うん」

「悲しかった」

「うん」

「後悔ばかりでした。私がもっと強かったのなら、スイを守れた」

「私はずっと、貴方に守られていたよ」

 

 私の懺悔を、スイは優しく受け止める。

 涙と一緒に、気持ちのすべてを吐き出した。

 私の八年分の想いを、すべて。

 ただひたすらに、吐き出し続けた。

 

 焦って、口がうまく回らない。

 予感していたのかもしれない。

 この幸せな時間は、長くは続かないと。

 奇跡は一瞬。ずっと続くなんてことは、無い。

 

 

 

 

 どれだけ話しただろうか。

 八年間の出来事をすべて話すには、全然足りない時間。

 ずっと、話していたいのに。けれども、あれだけ眩しかった光が次第に陰りを見せてきて、スイの体も徐々に薄くなっていく。

 

 ああ、時間か、と。

 彼女は言った。

 

 

「──消えてしまうのですか」

「うん。でも、悲しむ必要はないのよ。ほんとは、ずっと前に消えていたんだもの。こうして、最後にお話ができただけ、良かった」

「最後、なんて」

 

 言葉が出ない。

 先ほどは、あれだけ溢れていたのに。

 まだまだ、話したいことは沢山あったはずなのに。

 

「私は、貴方の中に残った燃えカスみたいなものだから。ほんの少ししか、生きられない。楽しい時間は、もうおしまい」

 

 彼女の手を握る。

 ぜったいに離さない、と思って力を込めているのに。

 その手は、徐々に離れていく。

 

 

「──ああ、そうそう。大事なことを言い忘れるところだった」

 

 と、彼女の方から手を握り返してきた。

 そして、私の体を強引に引き寄せる。

 無茶な真似だったのか、わずかに彼女が苦悶の声を上げた。

 

「ん……今日は、やり残したことがあったから来たの」

「やり、のこしたこと……?」

「うん。前に貴方、言ってたでしょ。私のお願いなら、全身全霊で叶えてくれるって」

 

 私は涙を拭い、これ以上ないほどの真剣な表情で答えを返す。

 私は、約束を絶対に破らない。

 だから。彼女の願いも、絶対に叶える。あの時、そう誓った。

 

「はい。貴方の望みなら、なんだって叶えましょう」

「うん。今日は、そのお願いを言いに来たの」

 

 私は、続く彼女の言葉に耳を傾ける。

 一字一句、聞き漏らさないように。全身全霊で。

 

 

「私の望みは」

 

 

 彼女の望み。それは。

 

 

 

 

 

「……貴方が、幸せになること」

 

 

 

 

 

「──え」

 

 

 その言葉を聞いて、私は息を漏らす。

 彼女の願い。彼女を少しでも幸せにするために、叶えないといけないもの。

 なのに。彼女が願ったものは、彼女のためのものではなかった。

 

 

 「それは」と口に出そうとして、指で口を塞がれる。

 そして、ゆっくりとした動作で、私の頬に手を添えた。

 

「だって貴方。私のために、こんなに頑張ってきたんだもの。幸せにならないと嘘よ」

 

 私が力を尽くすのは、当然のことだった。

 彼女を守れなかった報いを受けなければならない私にとって。自分が報われるなんて事は、受け入れがたい。

 

「私は祈るわ。貴方が、幸せになりますようにって」

 

 満面の笑顔を見せるスイ。

 どうして、そんなに笑えるのか。

 誰よりも報われるべきで、報われないまま死んだのは、貴方の方ではないのか。

 

「なんで、ですか。スイの、幸せではなく……?」

「だって、私はもう幸せだったもの。だから、私はもういいの。あとは、貴方が幸せになったら、二人ともハッピーでしょ?」

 

 腕を引っ張られる。

 スイは私の手を、祈るように組み合わせた。

 そして、その上から包み込むように手を重ねる。

 

「こうして、手を重ねて。二人で一緒に、時を重ねて行けたのなら。それは確かに幸せで、とっても素敵なのだろうけれど……でも、それは出来ないから」

 

 だって、私はもう死んでいるからと。

 寂しそうに、彼女は笑う。

 

「けれど、貴方は違う。貴方一人なら、生きられる。私が消えて、私の体を生かすために無茶をしなければ、生き続けられる」

 

 彼女の笑顔は、寂しそうだった。

 彼女にそんな顔をさせてしまった私に、怒りすら覚える。

 涙が一筋。スイの頬を伝って、ぽたりと落ちた。

 

「だから……私の分まで、幸せになって」

 

 そう、彼女は願った。

 彼女の願い。私はそれを、叶えなければならない……はず。

 だけど。

 

 

「……わかりません」

 

 私は、彼女の手を握り返してそう言った。

 

「幸せが、わかりません」

 

 そして、スイにすがりつく。

 ずっと、彼女にすがりついて生きてきた。

 そうやって、自分の中に眠る彼女を信じて、生き続けてきた。

 

「スイのいない世界では、見つかりません。そこに貴方はいない。スイがいないと、幸せじゃありません……!」

 

 慟哭と共に、思いの丈を吐き出す。

 口に出すべきではないと思った。が、止まらない。

 壊れた感情の堰が、私の頭をぐちゃぐちゃに掻き乱す。

 

 『涙も涸れ果てる』なんて言葉があるが、どうやら嘘らしい。いつまでたっても、涸れる様子はなかった。前が見えない。彼女の顔が、見えない。彼女の居ない未来が、見えない。

 

 

「駄目よ。悲しみばかり抱えたって、しょうがないもの」

 

 こつん、と。

 額に、温もりを感じた。

 

 見えなくてもわかる。これは、私に物を言い聞かせる時にする仕草だ。

 私をあやすように。額と額を合わせて、彼女は優しい声色で語りかけてくる。

 

「悲しみに押し潰されて、泣きながら生きる? そんなの寂しすぎるわ。私たちの腕に抱えられるものは、そんなに多くない。だから、抱え込むのはやめて……幸せを、掴まないと」

 

 思い通りにならない呼吸を落ち着けながら、目を閉じる。

 彼女の言葉を、聞かないといけない。

 彼女との約束を、守らないといけない。

 目尻を震わせながら、そう自分に言い聞かせる。

 

「私の願い、叶えてくれるって約束でしょ?」

 

 そう。

 私は約束した。彼女の願いを叶えると。

 約束は、守らなければならない。

 

 

 息を吸う。

 先ほどよりも、落ち着いた。

 今なら、なんとか話せそうだった。

 私は声を震わせながら、言葉を発する。

 

「……貴方は、酷い人です」

「そうよ、私は酷いの。知らなかった? ずっと、我儘(わがまま)ばっかり言ってきたでしょ」

「そう、でしたね。私はいつも、振り回されてばかりでした」

 

 決意を胸に、目を開ける。

 同時に、スイもゆっくりと目を開けた。

 間近で視線が交錯する。

 

 もう時間がない。

 私は決めた。あとは、それを口に出すだけ。

 

 私の決意を感じ取ったのか、彼女は少しだけ口元を緩めた。

 彼女に隠し事など、できようはずもない。私の心などお見通しなのだ。

 

 

「──」

 

 言葉に詰まる。

 これを言えば、終わる。

 夢の篝火(かがりび)が、消えてしまう。

 

 だけど、言わなければならない。

 彼女に、別れの言葉を。告げなければならない。

 

「──は、い。私は、ぜったいに約束を破りません。そう、誓いました。私は……幸せを、探します。だから」

 

 安心して、お休みくださいと。

 私は彼女に、言葉を残した。

 これを言わないと、スイが安心して眠れない。スイのために、万感の思いを込めて、そう口にする。

 

 

 私の言葉を聞いたスイは、再び満面の笑みを浮かべた。

 無邪気で、いかにも脳天気そうで。そんなはずはないのに、彼女はそうやって笑い続ける。それが私の知る、スイという女の子だった。

 

「いい答えね! ほら、笑って。貴方、笑顔が足りないのよ。そんなんじゃ、幸せも逃げていくわ」

 

 私は、彼女の言うとおりに、頬に力を入れてみた。

 お世辞にも、笑顔とはいえないかも知れないけれど。

 涙も止まらなかったけれど。精一杯の笑顔を、彼女に。

 

「うーん、ぎこちない……けど、いい顔よ。合格点をあげるわ! とっても可愛い。これなら、幸せも簡単にゲットできそうね。むぎゅー!」

 

 愛玩動物を愛でるように抱き寄せられる。

 そして、背中をポンポンと叩かれた。

 

「いい? 貴方はこれから、色んなことを知って、色んな人に出会って、笑顔で時を過ごして……そして、幸せになるの」

 

 声が遠い。

 目の前にいるはずの彼女の姿が、陽炎のようにゆらめく。

 抱きしめられているのに、彼女の温もりが失われていく。

 

「約束よ? 破ったら、許さないんだから」

 

 手を伸ばして掴もうとするが、もう届かなかった。

 私の腕は、ただ空中を掻き回すばかり。

 夢のような時間は、もうおしまい。

 夢の終わりは、いつだって名残惜しい。

 

「……バイバイ、私の一番のお友達」

 

 大好きよ、と。

 その一言を最後に、彼女は。

 満面の笑顔をうかべたまま、私の中から、消えた。

 

 

 

 

 周囲の世界が、溶けていく。

 夢の時間はおしまい。夢は終わったのだから、目を覚まさないといけない。

 彼女との約束を守るために、行かないと。

 

 いったい、どこへ?

 その疑問はあるが、まずは歩かないと話にならない。

 目的地を見つけるのが、私が最初にすべきことか。

 

 背中を向けて、歩き出す。

 一歩。二歩。三歩。

 足取りは重い。自分一人だけで歩くのは、不安で不安でたまらないけれど。

 でも、進んでいけそうだ。

 

 

 最後に。

 私は少しだけ後ろを振り返って、こう呟いた。

 

「……さよなら。私の、大親友」

 

 

 答えは、返ってこなかった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。