目が覚めた。
俺は被っていた布団を剥ぎ、すごすごと起き上がる。
時刻は午前6時。まだ朝は早いが、布団を畳み動きやすい服装に着替え自室を出る。この住んでいる家は二階建ての一軒家で、両親もいるが共働きでなかなか帰ってこない。兄弟姉妹もおらず、一人っ子なので家に1人でいることの方が多かった。
自室は二階にあるので、階段を降りリビングへ向かった。そこには四角い木製の机と横長いソファがあり正面には薄型のテレビが置いてあるばかりで、至って平凡でどこにでもあるような部屋だ。
リビングの奥にある台所に向かい、冷蔵庫を開ける。朝食は昨日の残り物をキッチンに出し、ちびちびと食べ始める。残り物でも意外と腹は満たされるようで、皿を流し台に置き玄関へ向かう。
使い古しのランニングシューズを履き玄関のドアを開けば、太陽の煌く光が薄暗い家の中に差し込み、一日の始まりを感じさせた。
これは習慣なのだが、毎日早起きをし、登校前の時間に小一時間ランニングをするようにしている。体力向上には必要なことだと自分に言い聞かせ、体に鞭を打って街中を走る。
もういいだろう、そう思い自宅に帰り制服に着替え、学校に向かうため身支度をすませる。少しの間リビングのソファでだらっとした後、玄関へ向かいドアを開けた。さっきより少し上に登った太陽が今度はギンギンと身体を照りつける。流石にこれには暑さを感じざるを得ないと思うくらいには太陽の光が眩しかった。
まだ春だろ、そう呟きながら道路に出て、家路地を進む。学校までの距離は徒歩で大体30分くらい、まあまあな距離だ。もうすぐ大きな道に出る、そんなところで後ろから声がした。
「おーい、千尋くーん」
これはまた一段と暑くなりそうだ…
後ろから手を振りながら近づいてくる少女、丸山彩は額に汗を浮かべながら俺の横に並び、息を一度大きく吸った後、息を整えてからこちらに歩幅を合わせてくる。
「丸山さん、おはよう、暑いのに元気そうだな」
「おはよう、そう言う千尋くんも汗びっしょりだね」
そう返す丸山さんも俺と同じく制服の袖で額の汗を拭いながら足を進めた。
「ここまで暑いと学校行く気も失せるよな」
「確かにねー、でも、そんなこと言っちゃダメだよ、ちゃんと頑張らなきゃ」
彼女はうんと頷いた後、ちょっとつり目になりそんなことを言ってきた。まあその通りなんだけど。
ちなみに丸山さんの家は、自宅に意外と近く、昨日もあの後近くまでは一緒に帰った。その間に今女子の中ではこんなことが流行っているだとか、授業の苦手な科目はどれだとか、そんなたわいもない話をしながら帰った。
「と言っても正直俺は勉強はあんまり興味ないしな、そんな時間があるならサッカーの基礎練してた方が大いに有意義だと思うが」
「確かに好きなことに熱中することも大事だけど、最低限はしないとだよ!」
全くもって正論な気がするがなんかこのアホの子に言い負かされた感がちょっと気にくわない。よし、こちらも何か…
と言っても丸山さんと知り合ったこと自体昨日のことなので、思えば彼女のことはほぼなにも知らない。
そんなこんな言っているうちに学校までたどり着いた。丸山さんとは同じ学年だがクラスは違うので、靴を上履きに履き替えたところで別れることとなった。
一日のすべての授業は終わり、今日やった小テストの点数が悪かった様で少し居残り授業もあったが、放課後。俺は部活のため校庭の隅にある小さい部室へと向かった。部室の中は20人分ほどのロッカーが真ん中の細長いベンチを挟むように並んでいる。所謂ドラマで見るような感じだ、特殊なことを言えばこれが屋外にあると言うことだ。特殊かどうかはわからないが。
部室にはもう先輩たちが先に来ており、すでに練習を始めているようだ。自分も向かわなければ。
「千尋、遅いぞ、みんなもう始めてる」
校庭に出たらすでに顧問の先生もいて注意を受けた。自分だけ少し居残りがあったのでこればっかりはなんとも言えない。
「はい、すみません、すぐ行きます」
俺は一年なのでまだ下っ端だが、サッカーの実力は先輩とも引けを取らないと言われてるので部活での人間関係は良好と言ってもいいだろう。一部の部員からはよく思われてないみたいだが、まああまり気にしない。
「すみません、遅れました」
俺は小さく謝りながら練習に参加する。今はそれぞれ2人組を作り、パスやトラップといったサッカーの基礎であるところの練習をする時間らしい。2人組を作る際はいつも俺は決まった奴と組んでいるのだが…
「おーい、千尋ー」
と、俺が探している人物の方から声をかけてきた。
「すまん、遅くなった」
俺は軽く頭を下げ、彼が軽く蹴ってきたボールを左足で受け止める。
「まあ、お前がテストの成績悪いのはいつものことだしな、サッカーはこんなに上手いのになんでなんだろうな」
「凪、お前にだけは成績のことを言われたくないっつの」
彼、古畑凪《ふるはたなぎ》は小学校からの付き合いで、よく一緒にサッカーをしていた。ポジション的にも近いこともあり連携も取ることが多いので、2人組で練習をする際はいつも彼と組んでいた。
凪は目の辺りまでかかった前髪をかきあげながら、まあ確かに、とだけ答えながら基礎練の方に集中する。彼はこの学校の男子の中でも顔立ちは整っている方で女子からの人気も高い様だ。それに先程の様な気障ったらしい仕草も計算なのか天然なのかはわからないが人気の高い理由でもある、らしい。成績は俺とどっこいどっこいであまり良くはない。まあ俺たちは何よりもこうしてサッカーボールを蹴り合っている方が何よりも有意義だと感じているから成績なんか気にしてはない。
基礎練を終え、シュート練習、最後に部員全員で模擬試合をして終了となった。実際、いつもこんな感じであまり練習内容に変わりはない。しかしこうして基礎的なことを繰り返す努力こそが重要なのだ。
時刻は19時、空の景色が夕焼けから青黒い色に移り変わる間際、先程までの吹奏楽部の鮮やかな音色も鎮まり、他の体育会系の部活のけたたましい掛け声も段々と減っていく中、俺たちも部活道具の片付けに取り掛かっていた。そんな中、蹴りながらボールを籠へ戻す凪が、同じくボールを蹴りながら片付けをしてる俺に耳打ちをしてきた。
「なあ、あの子、さっきからお前の方見てないか? ほらあのピンク髪の」
言われた方向に振り向き、グラウンドの隅にある部室のここから少し距離のある校舎の辺りに、見覚えのある桃色の髪の少女がそこにいた。彼女もこちらが振り向いたことに気がついた様で、表情は暗くてよく見えないが、小さく手を振ってきているのが見えた。
「なんだ?まさか、千尋のコレか?」
凪は小指だけ伸ばし、コレなのか?と連呼してくる。
「そんなんじゃないっつの」
俺は適当にそれをあしらい、彼女、丸山さんに軽く会釈だけ返した。
「まさか千尋に女ができるとはねぇ、明日は槍でも降るのかね」
毎回思うのだがこいつの発言は毎回、中学男子の発言とは思えない。パリピな大学生か何かじゃないだろうか。
「そもそも知り合ったのは昨日だ、俺は丸山さんのことはよく知らん」
「へえ、あの子が男子アンケートによる一年女子人気ランキング上位にランクインしてた丸山彩さんかー」
なんだその頭の悪そうなアンケートは。てかあいつ人気なのかよ、昨日話しただけでポンのコツだと感じたのだが。
「…そんなことばっかやってるといつか誰かに刺されるぞ」
「ランキングとか言い出したのは俺じゃないって、他の奴だって」
便乗してる時点でもうダメな気がする。
「ほらあの子、千尋を待ってるんじゃない?」
そう言われ丸山さんの方を見てみると、近くのベンチに座っておりチラチラとこっちを見ている姿がうっすらと見えた。
「…別に今日一緒に帰る約束なんてしてないぞ」
てかあいつはこんな時間までなにしてんだ。
「まああまり待たせるのも良くないだろうから千尋は先に帰れよ」
「本当に俺を待っているのかは知らんがな」
そう言いつつ俺は教科書類が入っっている鞄を手に取り丸山さんのいる所へ向かった。
「…そんなところでなにしてるんだ?」
一応聞いてみる。
「うん、千尋くんももう終わるかなと思って待ってたんだ」
本当に俺を待っていたらしい。
「というか丸山さんはなんでこんな時間まで学校にいるんだ?」
「先生の手伝いをね、そしたらこんな時間だったから千尋くんまだ部活かなーって」
彼女は両手を上げて伸びのポーズをとりながらベンチを立ち、俺の前を歩き始め校門の方へ向かい、時折こちらを振り向きながら喋る。
「そしたら楽しそうにボールを蹴ってる千尋くんが見えたから、私も、頑張れーって応援したくなっちゃって」
まだ暗くなり切らない夕日の日差しに彼女の笑顔が照らされ、一瞬、俺はその情景に見惚れてしまった。彼女から見える俺は逆光の影響でよくは見えないであろうが、俺はこの時どんな表情をしていただろうか。
「そ、そうか」
俺は恥ずかしくなり少し顔を背けた。それを不自然に思ったのか、彼女は覗き込む様にこちらを心配してくる。
「どうしたの?具合悪いの?」
「いや、なんともない」
…あんな表情も見せることがあるんだな、ただのアホだと思ってたけどちょっと驚いた。
とりあえずここまでです