Purgaturium/英雄 elegia   作:トラロック

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†02† カイニス

 迷宮都市オラリオに集まる者の多くは名声を求めている。英雄に憧れている者も中に入る。だが、求める者の数が多いのと大手【ファミリア】の実力を目の当たりにして挫折していく者が後を絶たない。

 志半ばに引き返す者。そのまま年に住み着き、日銭を稼ぐ事も今では珍しくない。

 その辺りの条件について都市の管理を担う『ギルド』は意外と放任している。

 特段の違法行為さえしなければ可能な限り受け入れる。

 

「世界各地の英雄がオラリオではただの凡人だ。誰もが上を目指せるが……、たどり着ける者はほんの一握り」

 

 街角で吟遊詩人(バード)が大きな声で喧伝する。

 様々な職業の人類が賑やかに暮らす。――地下では本当に命のやり取りをしているとは想像もつかない。

 長い歴史を持ち、数多の冒険者たちが地下迷宮に挑んでいるのに未だに踏破した、という報告がなされていない。

 それは本当に踏破していないからだ。

 ギルドの公式見解でも攻略中となっている。それだけ難攻不落である事と待ち構えているモンスターが強いという事でもある。

 大人数で取り掛かっても、だ。

 神の支援があっても侵攻が緩やかな当人たちにとっても誤算としか言いようがない。

 

「神々は地上を甘く見ていたのか? いや違う。想定通りに進まないだけだ」

 

 かの大神ゼウスすら想像していなかった事だろう。

 迷宮の奥深くに居るモンスターの強さに。

 いつしかオラリオの迷宮(ラビリンス)は『ダンジョン(地下牢)』と呼ばれるようになった。

 そこに希望などありはしない。潜る者に最上級の悪意をぶつける。

 夢と希望は無く、名声も付け焼刃の称号だ。それでも攻略したいのであればかかってこい、と言わんばかり。

 

(……確かに攻略できずに名声だけ貰っても仕方ねーよな)

 

 漁を営む【ファミリア】が都市内に引っ越すと聞いて様子見に来た冒険者の()()は深くため息をつく。

 屈強なモンスターと対峙する経験に乏しいが戦闘経験には自信があると自負していた。だが、様々なところで集めた情報によれば自分は単なる自惚(うぬぼ)れ屋であることが分かった。

 獣人との混血(ハーフ)であり、褐色肌で白い髪の女性は死地であるダンジョンの方に顔を向ける。

 

(……【ステイタス】って奴をしっかり増やさないと攻略できねーってどういうこった。腕っぷしだけじゃダメなのか?)

 

 駄目だから誰も攻略できない。歴史が物語っている。――けれども自分は信じていなかった。

 おそらく彼らの言葉は(しん)だ。自分も潜れば嫌でも思い知る事になる。

 本人は自分を男性だと思い込んでいるが性別的にも女性である冒険者『カイニス』はオラリオ生活に一抹の不安を抱いた。

 

(全部ポセイドンのクソ野郎のせいだ。あのストーカー野郎っ!)

 

 故郷で平和的に暮らすはずだったのに気が付けば男社会に揉まれる事になっていた。

 口調も荒々しくなり、可愛らしさとは無縁になった。――しかし、トイレや風呂は女性用を使う。どうしてかそのことを意識できない。

 医者から精神的に疲れているだけよ、と言われたが原因不明の病として気にするのをやめた。

 

          

 

 海の覇者とも言われていた海神ポセイドンも【ファミリア】を持っていた。カイニスはそんなところに入るのだけは御免だと突っぱね、現在は【トリトン・ファミリア】の団員として過ごしている。

 海神に連なる【ファミリア】に入ったのは近くにまともな【ファミリア】が無かっただけだ。後、主神トリトンの方がマシと思えたのも理由の一つだった。幼神の少年の姿をしている事も関係する。

 他の候補と言えば【セドナ・ファミリア】だが遠くて寒い、という理由で断念した。

 オラリオは比較的温暖な土地柄で、過ごしやすかった。

 いくらポセイドンが苦手だとしても極寒の地域に住むのは勘弁願いたかった。

 

「……それで主神様。どこに住むんだ?」

 

 青黒い髪の少年神はギルドに向かって定住の登録をしなければならない、と伝える。

 海神の一人ではあるが零細【ファミリア】で団員数も一桁。まともな住宅は勧められないだろうと予想していた。

 見た目が幼いトリトンが決定したのであればカイニスはほぼ異論を挟まない。その辺りは他の住民や冒険者と同様である。

 主神の方も眷族に対し、無理強いする気は無く、嫌なら諦める所存だった。

 

「候補は商業地区です。本当はお魚屋さん、と思いましたが鮮度を維持する自信がありません」

「……まあ、そうなるわな。水辺からオラリオは遠すぎる。それこそ【スカジ・ファミリア】と提携しておかなければ無理な話しだ」

 

 『冷凍技術』や『製氷』を専門的に扱う【ファミリア】だが団員数が少なくて活動の実績が芳しくない。

 概ね主神が我儘なのも原因ではないかと多くの者は語る。

 技術は良くても神の性格が最悪なせいで損をする【ファミリア】というのは意外と多い。特に大手は手が付けられないほど。

 

(引っ越し資金で大半の持ち金が消えるから『製氷』はどうしても後回しになる)

 

 それにこの手の商品は一般向けではなく、腰を据える商業系が購入する為、かなり高額になっている。

 細かな契約書を交わす必要があるのでカイニスが単独で買えるような単純なものではない。

 基本的に彼女は頭より身体を動かす方が得意である。

 

「逆に言えば提携さえできれば商店を営むことが出来ます。カイニスは店員として働けますか?」

「……オレは武闘派だぜ、主神様。それは愚問ってもんだ」

 

 自分の役割をしっかりと理解しているカイニスの事を好ましいと思う反面、もう少し女性らしくしてほしいとも思っている。

 だが、ポセイドンの執拗な嫌がらせの影響からか――絶対にそうだと言い切れるほど――彼女から柔らかみが無くなってしまった。

 無理に店員になれと命令する事もできるが――おそらく客が逃げてしまう。

 愛想振りまくカイニスの姿を想像できなくなってしまったのはいつからだろうか、とトリトンは悲しそうな顔で彼女をわずかな間、眺めた。

 

          

 

 それから数日かけて登録を終えて引っ越し作業が始まった。

 要望に出来る限り近い商業区に居を構え、新しい【ファミリア】生活を始める。

 今しばらくは団員達に資金稼ぎをお願いする事になるが、トリトンのやりたいことは冒険ではなく商売だ。それも鮮魚店、と言いたいところだが――それに近いことが出来れば文句はない。

 

「眷族を増やしたいならギルドに募集を掛ければいいじゃねーか」

「そうだね。でも、どんな文言がいいかな? 店員志望がいいんだけど」

 

 店が無いのに店員を呼んでどうするんだ、と言われてトリトンは苦笑する。それはあくまで将来の話しだよ、と答えるに留める。

 海の神様なのに色白の肌でいかにもひ弱な印象を受ける。そんな神様を見たら眷族志望も逃げてしまうのではないか、と既に眷属になった者達が心配する。

 カイニスは彼の見た目で入団したわけではない。――その時は切羽詰まっていたけれど。

 

(頼りない主神だが神だ。やる時はやる。でなけりゃオレは早々に見限っている)

 

 彼との付き合いは数年に及んでいる。未だに【トリトン・ファミリア】に在籍しているのは居心地がいいからだ。

 荒くれ者のカイニスとて好き放題に振舞えるから居就いている、というわけではない。

 彼の『神意(アルカナム)』の影響かは分からないが少なくとも他の神より忠誠を誓える相手なのは確信している。

 

(……頭脳担当に関してはトリトンが上手だから、ともいえるか。オレには登記簿の書き方とか分からねーもんな)

 

 適材適所。その言葉だけで納得することが出来る、ともいえる。

 頭が頑張っているなら身体の方も報いなければならない。

 

          

 

 カイニスの得物は基本的に槍である。海産物の収穫にも重宝するし、手に馴染んでもいる。

 ダンジョンでの戦闘はきっと狭い中で(おこな)うんだろうな、と思い込んでいたがそうではないらしい。

 ギルドで冒険者としての心構えや基本情報を担当アドバイザーから受けるようになって感心したものだ。

 助言なんか要らない、と最初は言ったがトリトンが必要だから聞いておいて、と童顔を輝かせて言うものだから一回くらいは、という軽い気持ちで講習を受ける事にした。

 そこで今まで自分が知らなかったダンジョンの基礎知識に目から鱗が落ちるのを感じたが主神にそれを報告するのがとても恥ずかしい気持ちになった。だから、とても言いたくない。

 

(思っていたより広くてモンスターはいくらでも壁や地面から出るだと? どういう生態してんだ、モンスターってのは。自然繁殖とか卵生じゃねーのかよ)

 

 漁をしていたのである程度の海産物の知識は持っていた。だから、それがそのまま通じると思い込んでいた。

 ダンジョンの中に居るモンスターはそもそも常識が通じない。それを初めて知った。

 多くの冒険者がやたらと手間取っている秘密を知り、納得し、戦慄する。

 攻略できそうなのにできない理由――

 これから自分が潜る事になる場所は地上とは全く違う常識が渦巻いている戦場である、と。

 

(……それらをさも当然のように涼しい顔で解説するギルド職員がとてもこえー)

 

 地下世界(ダンジョン)は修羅の国というのは外でよく聞く商人の噂だ。

 そんなダンジョンのすぐ近くに住んでいる筈なのにギルド職員は何も感じていないような振る舞いをしている。死人すら出ているのに。

 いくら責任を負わない組織だとしても冒険者がへまをすれば自分達に危険が及ぶと思っていないのか、と言いそうになった。だが、それは無駄だとも思う。

 分からない筈はない。彼らは昨日今日ギルド職員に選ばれた新人ではない筈だ。

 その理由は昨日死体となって戻ってきた冒険者がそこらへんに転がされていたからだ。

 死体が残るのは運がいい方で、それを持ち帰るのも――一応――冒険者の仕事の中に入っている。

 そんな世界に自分達は居る。平然としていられるのは余程の胆力を持っていないと無理だ。

 別の職員に尋ねたところ新人はよく泣いて辞めるそうだ。残っているのは相当な覚悟を持っている、という事になる。

 

(死体になるのは下層に潜る奴らだそうだが……。オレは上層で死ぬかもしれないな。ダンジョンを軽く見ていたし)

 

 現在攻略済の階層はおよそ四〇。数百年かかってその程度しか進んでいない。そこから考えれば下層域に現れるモンスターの危険度は想像に(かた)くない。

 戦闘に自信があると過信している冒険者はザラに居る。それらが束になっても未だに吉報が届かない。

 さすがに一度潜ったら絶対に死ぬ、というような一方通行の様なダンジョンではない。

 ダンジョンには様々な資源が埋蔵されている。それらの回収も冒険者の仕事だ。そうでなければオラリオは発展などしていない。

 

          

 

 不安を抱きつつ、一階層だけお試しに潜る事を勧められ、素直に従う事となった。

 普段は海で漁をしていたカイニスにとって本格的にモンスターと関わる機会は今までなかった。

 主神から貰った『恩恵(ファルナ)』も漁業の仕事で増やしてきた。

 

(……おいおい、オレはなんで緊張してんだ? 命のやりとりは大型魚類でも経験済みだろうに)

 

 武器はトリトンから借り受けた槍が一本。ギルドからも武器を貸してもらえるそうだが手に馴染んだものでないと不安なので今回は辞退した。

 気丈に振舞うカイニスとて意地がある。自負がある。

 一階層で死ぬ人は殆ど居ませんから、と微笑むギルド職員に何度か『本当だろうな?』と聞き返したのがかえって恥ずかしかった。

 

(情報の積み重ねが冒険者の延命に繋がっている。……オレは主神(トリトン)の為に恥ずかしい事は出来ない。頑張らねば……)

 

 三階層までは無難な攻略が出来る筈だ、と言われたが酷く緊張しているのは恐れではない、と自分に言い聞かせる。

 海の上では無敵と豪語していた自分が薄暗い穴倉(ダンジョン)で戦う事になるなど――

 だが、冒険者となったからには一度くらい経験しなければならない。本場の試練というものを。

 円形の穴に螺旋を描くような階段。

 多くの冒険者達が様々な思いを抱いて地下に降りていき、収穫があった者や途中で挫折した者達が戻ってくる。

 

(軽く戦闘するだけだから軽装だが……。一人で深く潜る奴はきっと莫迦なんだろうな)

 

 何にしても、と呟きつつダンジョンの奥底に降りていく。

 第一階層は冒険者にとっての基礎が詰まっている。

 遥か昔に徹底的に調査された浅い階層である。出てくるモンスターも雑魚。取り立てて特色も無く、資源も期待できない。

 他の冒険者の邪魔にならない通路に入り、しばし待つ。すると壁に亀裂が走る。

 モンスターが出現する時、地面や壁が割れるが時間が経てば亀裂は塞がる。この現象は全ての階層に適応されていると言われている。

 誰がこんな通路を作ったのか分かっていない。分かるのは最初からダンジョンはこういう造りである、ということのみ。

 

「………」

 

 槍をしっかりと持ち、モンスターと相対する。

 身長六〇(セルチ)ほどの人型モンスターで牙があり半裸であること以外は取り立てて特色が無い。

 この『ゴブリン』は冒険者を見つけたら即座に襲ってくる。どんな相手でも基本的に逃げない。

 例外があるとすれば上級冒険者相手の時くらいだ。

 

「ギャア!」

 

 下卑た雄叫びを上げながら襲い来る。

 腕を振りかぶるように襲い掛かるがカイニスは落ち着いて相手を観察する。最初はいきなり武器を振るわず動きを見ること、と言われたので。

 移動速度。攻撃速度は驚きに値しない。おそらく攻撃力も多少痛い程度だと予想。

 

(……情報通りなら何の問題も無い。(むし)ろ殴ってでも倒せる)

 

 自身の経験にするにはやはり――痛い思いをするのが一番だ。

 静かに呼吸を整え、ゴブリンの単調な攻撃を受ける。

 引っ掻きに噛み付き。体当たり。他に特殊な攻撃方法が無いかを確認。

 多少の擦過傷が出来た程度に軽く納得する。次は反撃だが、武器を使うより殴ってみる事にした。

 倒し方は冒険者のやりたい様にしていい。毒を持つモンスターでもない限りは。

 一定程度のダメージを与えるとモンスターは灰となり霧散する。残るのは小さな紫色の魔石のみ。

 多く冒険者はこの魔石を持ち帰り、換金する。

 上層のものははした金にしかならない。場合によれば破壊して処分しても良い。それはやはり冒険者の自己判断だ。

 

(……こんなもんなんだろうよ。上層に出るモンスターは。主神が言うところの【経験値(エクセリア)】の足しになったとは言えねーな)

 

 初戦闘は色々と学ぶところがある。少しくらいは増えているかもしれない。

 弱いモンスターを倒した事にカイニスの心に何か得るものがあったと言えば――きっと大したものは得ていない。単なる実戦経験が一つ増えた程度だ。

 軽く嘆息するとまた壁がひび割れてモンスターが這い出てきた。やはり先ほどと同じゴブリンだった。

 それらを攻撃する前に早々に片付ける。

 楽だと思えば下に降りればいい。飽きたら帰る。

 実に単純な作業だ。――今のところは。

 

          

 

 二階層まで潜り、数十匹ものゴブリンを倒してから地上に戻る。

 暗い世界から明るい世界へ。日差しが実に心地よい。

 海の女だったカイニスにとってダンジョンに長く滞在するのは精神的にきつい気がした。いくら()()()()によって明るいとはいえ彼女にとっては暗すぎた。

 

「……空気がうまい」

 

 ギルドに向かい手に入れた魔石を現地通貨であるヴァリスに換金する。

 普段の漁より少なくて泣けてきた。これが現実って奴かと落胆しつつも文句は言わなかった。

 無事に戻って来れただけで充分なんだろうと思いつつ主神(トリトン)が待つ本拠(ホーム)に向かった。

 多少傷だらけだが数日で癒える。怪我をする事に頓着などしない。

 それでもきっとトリトンは心配するかもしれない。後で適当な軟膏を塗ろうと思った。

 新たな拠点に戻り、主神に報告する。取り立てて気になる事も危険な事も無く少年神はにこりと微笑んだまま聞き入った。

 

「複数人で潜る方がより安全らしいけれど、無理しないで」

「お、おう」

 

 こんなやり取りを他の【ファミリア】でも(おこな)われているかと思うとこそばゆいものを感じる。

 最初の冒険は誰もが初々しい一面を覗かせる。しかし、それに慣れてくると危機意識が欠如し、気が付けば簡単に死んでしまう。

 もう少し真剣に取り組んで【ファミリア】としての地盤も固めていかなければならない。自分を団員として入れてくれたトリトンの為にも。

 そして、魚屋さんの店員になる事も考えておこうかな、と。

 

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