Purgaturium/英雄 elegia   作:トラロック

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†05† モチヅキ・千代女

 世界各地から多くの冒険者志望が迷宮都市オラリオにやってくる。

 命の保証はなく、名声のみを求めて。しかし、現実を知り、故郷に引き返す者も少なくない。

 (こころざし)がどれだけ高かろうと地下の『ダンジョン』は一切の容赦をしない。(すべか)らく平等に。

 この世界には人間(ヒューマン)の他に亜人(デミ・ヒューマン)も暮らしている。

 獣耳と尻尾のある獣人。魔法に長けたエルフ。頑強さが売りのドワーフ。冒険者になるには色々と劣る小人族(パルゥム)。女性のみの戦闘種族であるアマゾネス、などなど。

 長所短所問わず冒険者の資格は分け隔てなく与えられる。

 下界に降りた神は基本的に差別しない。――好みがある神様も中には居る。

 

「……暇だ」

 

 零細【ファミリア】や眷族の居ない神は割りと多く、退屈に喘いでいる。もちろん募集をかけている。

 司る内容によって敬遠される事も無くはない。

 悪人は悪い神に流れていく。それは自然の摂理の如く。

 貧乏人や浮浪者が集まる地域をいつの間にか『ダイダロス』と名付けられ、そこを拠点とする女神が居る。

 貧しさを司る【ペニア・ファミリア】の主神ペニア。

 【ファミリア】といっても眷族は一人も居ない。元より引き入れる気も無く、ただ貧窮に喘ぐ下界の民を眺めている。

 女神なので子供達からはそれなりに崇められている。

 全ての神が順調に眷族を得て幸せを満喫しているわけではない。犯罪に手を染めている者や世間を混乱に陥れようと画策する者。――それらを支援する神の存在もある。

 

「さあさあ、愛しの子供(ピグレット)達。特製麦粥(キュケオーン)をお食べ」

 

 炊き出しにいつもやってくるのは赤みがかった長い金髪に色白の肌。横に長く尖った耳を持つエルフの女性。

 鳥の羽のような外套をまとう彼女は『キルケー』という。

 子供の世話が好きで貧しき者に施しを与える。そのことに子供嫌いのペニアとは度々衝突する。

 清貧を司る女神として()()()()()()()ことに我慢が出来ないらしい。しかし、そんな彼女も袖の下(ワイロ)は嫌いではない。特に上質なワインには目が無い。

 

          

 

 世界は持つ者と持たざる者が混在する。

 下界に降りた神々はそんな彼らを愛し、今まで何もできなかった苦悩を発散するように――いや、抑制された煩悩を開放した。

 時に必要以上の愛情を。

 天界が定めた規則に違反しない範囲で好き放題に。

 

「いらっしゃいませー」

 

 『魔道具(マジック・アイテム)』を制作、販売する【メジェド・ファミリア】の店に多くの冒険者、時にはオラリオで生まれ育った子供達がやってくる。

 褐色肌の女性眷族『ニトクリス』が客対応に追われていた。

 オラリオは国籍も種族もない交ぜになった多国籍都市国家を形成し、年々規模を拡大していった。

 その中にあって軍拡だけは厳しく制限し、他国の脅威とならないように努める。ただし、侵略目的の相手には自衛として反抗する権利を主張している。

 来る敵に手加減無用というものだ。

 表面的に見ればオラリオは平和そのもの。とても世界が危機に瀕しているとは思えない。

 冒険者の多くがのんびりしていていいのか、と疑問を呈するのも致し方ない。

 神からすれば他に方法が無い。良い案はドシドシ受け付ける、と。

 平和であれば気が緩む者が出るものだ。都市のあちこちで【ファミリア】同士の抗争や諍いはもはや日常茶判事いうくらい頻発している。たまに殺人事件が起きる。

 都市の治安を守るのも【ファミリア】の仕事だ。秩序の維持は誰がやらなければならない。少なくともオラリオの存続は神にとって大事な事だった。

 抗争の多くは神同士の仲が悪い。他の【ファミリア】を潰してランクを上げる。単に目障り、など理由が上げられる。

 眷族同士の争いもなくはないが抗争は神の指示によって始められる。敗者は天界に送還されるかオラリオから追放される。

 主にそういう大規模戦闘は大手呼ばれる【ファミリア】にありがちで零細【ファミリア】は細々と事態の収縮を見守る。無理して喧嘩に参加してもうま味が無い。

 

「いい感じに混沌としているな、オラリオは……」

 

 陰に潜みつつ日常を楽しむ女神が居た。

 神の多くは善神悪心取らずオラリオに住むことを許されている。それゆえに悪の種が入り込む隙がとても広い。

 今でこそ検問所を併設し、侵入者対策を施しているが何事にも裏口というものはあるものだ。

 検査する者が下界の住人であれば神の侵入が意外と容易かったりする。それと僅かな『神の意志(アルカナム)』の行使でどうにかなったり――

 今や大国とも引けを取らないオラリオは()()()()大きくなり過ぎた。――それが悪いとは言えないが。

 

          

 

 平和の裏に暗躍するのは決まって悪だ。

 正義を司る神々は日夜、悪と戦い続ける。天界が暇だった事もあり、非常に乗り気になっていることを下界の住民は知る由もない。

 騒動自体は年中行事並みだが住民全てを巻き込む程の大惨事は起きていない。地下世界からモンスターが湧き出るよりも、と言った方が正確か。

 世の中が混乱している方が下界が輝く、という理論があるらしく神々は度々試練と称して様々な災厄を振りまく。

 【ニュクス・ファミリア】の主神ニュクスもその一人であった。

 夜を司る女神は冒険者を道半ばで諦めた者や(うれ)いを帯びた住民を甘言にて招き寄せ、自らの【ファミリア】に取り込もうと働いていた。

 彼らはそのままでは単なる役立たずの集まりである。それらを取りまとめる頭脳担当の眷族が居て、気の向くままに行動する女神の意を汲むために日夜頭を悩ませていた。

 

「悪事を考えるのは構わないのですが……。実行するのは拙者らで、酷い目に遭うのも拙者らでござるよ」

 

 気苦労の絶えない宰相のような眷族が愚痴をこぼす。

 彼女は極東からやってきた『モチヅキ・千代女(ちよめ)』という。

 オラリオに来たのは鍛錬の為で本業(悪事)(おこな)う予定は微塵も無かった。

 諜報活動において神相手だと嘘や誤魔化しが通じない。なので大人しくする筈だった。

 他にも酒場で踊りを披露し、情報収集する『マルガレータ』がおり、暗躍する【ファミリア】でありながら世間に上手く溶け込んでいた。

 あからさまに怪しければ取り締まられてしまう。これは眷族達が知恵を巡らせたお陰である。

 

「うー。そんなの分かってるわよ」

 

 背中にかかる程の黒髪で目つきの鋭い我儘(わがまま)娘の様な神ニュクスは口を尖らせる。

 彼女の目的は世の中の混乱である。それ以外は特に考えていない。

 短絡的であるが悪事に並々ならぬ情熱を注ぐ神に眷族達は頭を痛める。

 ――良心があるならば悪事に手を染めるな、と言っているところ。

 しかし、この【ファミリア】に加入する者は光り溢れる世界からはじき出された鼻つまみ者ばかり。

 どう頑張っても報われない。そんな暗い気持ちが目に見えて増大していく。

 様々な負の感情をニュクスは良しとした。それもまた彼らの良きところであり、文化である、と。

 

          

 

 悪事と言ってもまだまだ弱小【ファミリア】であるので大それた事は出来ない。

 神が願うのは混沌とした世界だ。それを成すには膨大な人員と資金が必要になる。――だが、そんなものがすぐに手に入るわけがない。自分達も食うに困る現状であるのだから。

 眷属の現実的な言葉に女神も唸るしか出来ない。無い袖は振れない。

 

(それでも神様は混沌こそが楽しい世界だと信じている。……拙者としては計画を考えている時は楽しいのでござるが……。実行となると(いささ)か気後れしてしまうでごるがな)

 

 私怨による暗殺も仕事であれば良い。千代女個人の感情となるとまた違った意味になってしまう。

 仕事は仕事と区別したい。何もかも混ぜるのは行動に支障が出る。

 下界に降りた神はその辺りの事を考えていないのか、計画性を感じない。天界に住まう『超越存在(デウスデア)』の筈が――

 

(……その『超越存在(デウスデア)』がたくさん居る都市で悪事を企むなど……、正気の沙汰ではござらんな。何でも見通しそうなものでござるのに)

 

 平和は人を堕落させる。

 モンスターを駆逐する事が至上命題である間はのんびりとした日常では困る。それがニュクス達『邪神』の言い分だ。

 戦乱の世に生まれた千代女も言い分は理解できる。だが、それを目的としてオラリオに来たわけではない。自分達とて食べなければ飢える生き物だ。死ぬためではない。

 入った【ファミリア】が悪いのか、と思わないでもないが他の団員を見捨てるわけにもいかない。

 

「主神殿。……悪事は良いのでござるが……、いえ、悪いのは悪いでござるが……」

「?」

「団員を安易に死なせる真似は許容できませぬ。その辺りについてお考えくださりますれば、ありがたき幸せでござります」

眷属(子供)が居ないと悪事一つできやしないんだから居なくなって困るのは変わらないわ。……捨て石にするために入団させた、なんて言おうものなら逃げ出すでしょう?」

 

 ニュクスの采配一つで団員が捨て石になる。それは確かにそうだが彼女の神意(しんい)は下界の民には伺い知れない。

 人間観察に自信がある千代女でも判断に困るほど。

 

          

 

 当面の活動は他の【ファミリア】と同様のモンスター討伐。ダンジョン攻略が(おも)となる。

 神としては悪事に手を染めたいのだろうけれど、現実として暮らしが困窮している。ただでさえ扶養家族が()()()居る。それらを食べさせなければならない。

 無気力な彼らに意欲を与えなければ【ファミリア】は自然消滅してしまう恐れがある。

 世を愁える彼ら(団員)がオラリオを破滅に導く為には――結局のところ気力、体力、金が必要になる。

 ただの勢いだけで事を起こせはしない。

 千代女自身は今まで依頼があれば()()()()()()

 彼女は極東の裏稼業界隈では名の知れた暗殺者(アサシン)だった。だが、オラリオに来てから事情が変わってしまった。ここでは自分の力が殆ど通じない人外魔境。

 実力差を思い知った彼女は大人しくせざるを得なかった。

 神々から【神の恩恵(ファルナ)】を貰った冒険者が常識外の化け物であり、思わず世界は広いな、と千代女は現実逃避を決め込んだ。

 それからしばらくして【ファミリア】の一員となり諜報活動に勤しみ、実力を伸ばす事に注力してきた。

 

(そんな努力を主神様があっさりと台無しにするでござる。……彼我の実力差が分からない無知蒙昧程おめでたい存在は無い、と故郷ではよく言われていたでござるが……)

 

 この都市の中で平然としている神々も見た目の印象と違ってとんでもない傑物ではないかと最近は思うようになってきた。――神だから当たり前かもしれないけれど。

 下位の団員の面倒を見る立場になってから仕事より気苦労の方が大きい。これが自身の【ステイタス】の足しになれば我慢できるが――おそらく何の影響もない。

 黙って腐っていても腹の足しにはならないので今日もダンジョンに潜り、活動資金――団員達の食費稼ぎに向かう。

 『敏捷』のお陰で七階層は難なく踏破。伸びてきた『力』により一〇階層以降も問題なく探索できるようになった。

 ここまで来るのに随分と時間がかかった。

 単に踏破するだけならばより深い階層に行くことも可能だ。だが、現れるモンスターを全て振り切るのは難しい。

 【ステイタス】の無い状態であればモンスターの攻撃によってはあっさりと死ぬ可能性がある。何より彼らは捨て身で襲ってくる。正確には違う気がするのだが――

 暗殺者にとっては戦いにくい環境であった。

 

          

 

 生きて戻ることが大切だと知ったのは荷物に入れた魔石やドロップアイテムをギルド本部に提出する時だ。

 単にモンスターを討伐しました、では一ヴァリスにもならない。

 潜ったら帰らなければならない。魔石は残さず拾う。無理ならその場で砕く。

 一つずつオラリオの常識を学び、生活基盤を整えてきた。

 

(三万ヴァリスは確実でござるな。……途中、旨味のあるモンスターを見つけることが出来なかったのが痛いでござるが……)

 

 軽装で潜ると後々荷物の重さで動きが鈍る。どうしても大量積載を諦めなければならなくなる事態に陥る。

 今日は久しぶりに何も考えずに踏破だけに集中した。稼ぎは芳しくないが怪我が軽微である事が重要だ。

 魔石を換金し、少ない量だがドロップアイテムも手に入れたので素材買取業者に売る。このやり取りも随分と小慣れてきた。

 モノの値段は良く変動する。過剰供給されれば物価が下がる。

 いかに高く売り、安く仕入れるかは冒険者にとって必須の『技術(スキル)』となっている。

 

(……モンスターの毒も普通に取引されている……。極東では考えられない事もここでは当たり前と来ている)

 

 素材は何でも構わず、新しい『魔道具(マジックアイテム)』が生み出されるきっかけになる。

 だが、低層で得られるドロップアイテムに高価値のものは少ない。あるとしてもレアモンスターのドロップアイテムくらいだ。

 本気で稼ぐなら二〇階層以降に潜れるようにならなければならない。

 多くの冒険者が壁にぶち当たる【ランクアップ】を遂げなければ不可能と言わしめる領域でもある。

 複数人でかかれば千代女でも潜れる可能性はあるが確実に足手まといになる。

 

(……暗殺者が死闘しなければならない状況というのは問題なのでござるが……。避けていては一向に強くなれないのもまた事実……)

 

 【ステイタス】が伸びればモンスター討伐の効率が上がるのは体感的にも分かってきた。後は更なる努力か勇気か。

 未知の領域に挑む冒険者に暗殺者は関係ない。

 やらなければ死ぬだけだ。故郷に居た頃と変わらぬ真理。

 主神には申し訳ないが、と思いつつ千代女は【ランクアップ】に向けて鍛錬を始めつつ団員達の面倒を今日も見ていく。

 迷宮都市に来たのはもっと強くなりたいと願ったからだ。

 

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