Purgaturium/英雄 elegia   作:トラロック

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†06† ジャンヌ・ダルク

 国では英雄と呼ばれた者も迷宮都市オラリオでは一人の冒険者として扱われる。何より実力差が圧倒的に開きがある。

 その原因は神々が与える【神の恩恵(ファルナ)】である。

 他の地域から来た戦士の多くは戦力差に打ちのめされ、ある者は力に魅了される。

 強さの為なら名声など捨てられる、という者でもない限りオラリオに住むことは難しい。

 力に絶対的な自信を持つ者がオラリオの冒険者を名乗る少女に完膚なきまでに打倒されることなど日常茶飯事――

 絶望して引き返した方が長生きできるのでは、と思わせる。

 しかし、そんなオラリオの冒険者も壁にぶち当たって絶望する者が出る。

 夢が破れた人間はとても脆い。神はそんな彼らに何もできない。

 【神の恩恵(ファルナ)】は与えた人間の才能を伸ばすもの。伸びなければそれまでだ、と突きつけている事と同義だ。

 外から来る人間よりも絶望感は大きい。

 鍛冶を司る【ルフタ・ファミリア】に所属する『ジャンヌ・ダルク』もその一人――

 故郷では聖女と謳われた可憐な少女もオラリオでは汗を流しながら仇敵と対峙するように槌を振るう。

 祈りで人の腹は膨れない。最後に頼れるのは己自身の資質のみ。

 

(死ね、死ね、死ねっ!

 

 金属に叩き込むのは怨念のような憎悪。

 とはいえ、彼女にとって武器づくりは一種の気晴らし。無心に槌を叩きつけていれば気分が和らぐ。

 鍛冶という仕事において雑念は大敵だが主神ルフタはあえて無言を貫いていた。

 眷属が何を糧にし、武器に何を込めようが構わない。本人が納得すればいい。

 もし、制作する武器が依頼されたものであれば止めなければならないが、今は技術習得の真っ最中だ。

 冒険者として特別な『スキル』を持っていない彼女がどう頑張っても『魔剣』にはならないが、武器として使えるに足る物として仕上がるかは本人の努力次第。

 失敗するのはジャンヌの責任だ。

 

          

 

 美しいと言われた金髪も今は色あせて白銀に近い。肌も心なしか、白というより死人のよう――

 少女から妙齢の女性に成長し、背も随分と高くなった。だが、力仕事を続けてきたのに手足は細いまま。男性の様な筋肉に覆われる事は無かった。

 言葉を換えれば表に出ないだけでしっかりと筋肉が付いている、ともいえる。

 彼女がオラリオに来てから随分と経つ。五年とも一〇年とも――本人も自分の歳が分からないくらい。

 最初は駆け出し冒険者よろしく自分もギルドから武器を借りてダンジョンに挑戦した。そして、挫折した。

 殺伐とした毎日が彼女から生きる希望を奪い続け、現在に至る。

 命の保証が全くないダンジョン探索と死が身近にあるのに多くの冒険者は屍を踏み越えていく。

 敵は無限とも言える数のモンスター。勝機の見えない明日にどうして冒険者達は挑み続けるのか。

 ジャンヌは探索を諦め、武器を製造する店や【ファミリア】を見回りながら疑問と戦っていた。

 国の為でも都市の為でもないのに怖くないのか、と。

 彼らとて怖いものがある。それでもダンジョンに挑むのは冒険者だからだ、というのが一般的な回答となっている。

 幼い彼女は精神をすり減らしながら生きる糧を探した。

 故郷は戦火に見舞われ既に失われた。前に進むしか道は無い。

 

(……そして、今では鍛冶職人……。ここの暮らしも長いのよね。……見習いから始めて(ようや)く本格的な武器造りに入ってまだ数年……。冒険者を何度辞めようと思った事か……。けれども、生活するにはお金が必要……)

 

 生きる為に武器を取り、無心でモンスターと戦い続けた。

 農作業すらまともに出来ない少女が今や()()()()()戦士だ。

 平和な世界で静かに暮らす事を目的としていた筈なのに――モンスターを殺す武器を作っている。

 どうしてなのかと言われれば一つの事に集中できるからである。

 ただ一つの事を思い浮かべて槌を振るう職人に感化されたのが最初だった、筈だ。本当の所はうろ覚えで思い出せない。きっとロクでもないものか、大した考えではなかったのだろう、と。

 

          

 

 学の無いジャンヌとて長く教えを請えば色々なことを身につける。

 最初は文字が書けなかった。識字率について彼女は特段の莫迦だった、というわけではない。

 まともな勉学が出来る環境などこの世界には無い。多くの人民は口伝えで覚えていく。

 オラリオはその点では恵まれた環境にあり、望めば文字が習える。

 依頼書を読むために必須だから、ともいえる。

 

(……物の名前を覚えるのも最初は大変だった。……ここに来てよかったことは知識を学べる事かしら? 手に職も付けられたし……)

 

 冒険者としても鍛冶職人としても駆け出しではあるが暮らす分には困らない。ただ、それ以上の発展は更なる努力が必要になってくる。

 その為には向上心を養うこと。それとダンジョンに挑戦する意欲だ。

 【ファミリア】の眷族であればダンジョンに潜るのに問題は無い。あるとすればモンスターを倒す度量があるかどうかくらい。

 

(オラリオでは実力がものを言う。女の私でも【ステイタス】を伸ばせば上を目指せる)

 

 見返したい相手が居るわけではないが――平坦な暮らしを続ける気は無く、面白おかしく生きてみたい。

 村の為。国の為。世界の為に祈るのはやめた。

 貴族や政治家の思惑に踊らされるのは懲り懲りだ、と強く思った。

 力こそ正義だ、と息巻く男社会に呆れるが真理ではあると認める。強くなければ誰も守れない。

 ――守る者が居なくなったら抜け殻しか残らない。

 

(……その抜け殻が何を求めて怒り、何がしたいのか。武器を作り、モンスターを倒すことに意味があるのか)

 

 鍛冶において自問自答は職業病のようなものと主神から言われている。

 己と向き合え、と。

 満足な回答が無いまま時が過ぎた。それこそが(しん)である、とでもいうように。

 ただ、闇雲に金属を叩けば武器が出来るわけではなく、目的以外のところは主神から色々と学ぶことが出来た。おそらく楽しい時間だと思えたのはそういう時(学びの時間)だけだったのかもしれない。

 

          

 

 見て覚えろ、というのが一般的な職人仕事だが道具や材料の名称もろくに知らないジャンヌには荷が重い。

 何を思って鍛冶の世界に入ろうと思ったのか主神であるルフタは聞くべきだったのか、と自問自答する。

 他の眷族もまじめに仕事をしているがそれぞれ目的があってオラリオに来たはずだ。

 嫌なら去っていい。そう言いおいて眷族に召し上げてきた。

 【ファミリア】の規模は中堅。需要のお陰でそれなりに稼げているし、信用も増えてきた。

 品質についてはまだまだ大手には及ばない。

 神が自ら武器を作って売る為には厳格な規則(ルール)を守らなければならない。基本的に眷族が制作した物が市場に流れる。

 神と人とでは品質が本当に天と地ほどの差が出てしまうので。

 

「西洋と極東では武器の造り方が違う。我々は丈夫で長持ちする武器が主だ」

 

 両刃が大半を占め、極東は切れ味に特化した片刃が主流だ。

 極東の武器は素晴らしいが刃こぼれしやすく、手入れが大変だ。その手間に見合った結果を出すには使い手も技術的に優れていなければならない。

 対して西洋の武器は持ち手をあまり選ばない。武器が壊れれば新しいものを使えばいい。割りと経済的な部分が重要視されている。

 悪く言えば切れ味は二の次だ。力にものを言わせれば大抵のものは両断できるから。

 

「拘れば物凄い武器が出来る。使い手の依頼(オーダー)にどれだけ応えられるかは鍛冶師の腕にかかっていると言ってもいい」

 

 質が良ければ依頼が増える。実に分かりやすい。

 質を取るか効率を取るか。それを選ぶのは鍛冶師だ。

 前者は納期を度外視し、後者は技術力が犠牲になる。

 

「粗悪な品はすぐに壊れる。火を見よ。鉄を見よ。赤く焼ける金属の音を聞け。……一流どころならそう言っている所だ。だが、ここはそこまで極めることは出来ない。まずは形をしっかりと作る。後は……ひたすら練度を積み重ねろ」

 

 ルフタは自分でも甘いと思っている。

 質の良しあしは顧客が判断する。足りないところは追加で鍛え直す。

 造り手と使い手の意見が常に同じとは限らない。まずは駄目でも完成させろ、と言ってきた。

 熟練者は技術力を上げ、若手はとにかく槌を振るい続ける。何事も日々の研鑽の積み重ねだ。

 

「……ジャンヌはまだ直刀にならないようだな」

「……心が乱れているからなんでしょ? 分かっているわよ」

 

 無心に叩き続け、気が付けば歪に曲がりくねる。

 職人の技術はいかに目の前の事に集中するかで出来が変わってくる。雑な仕事をすればそれに見合ったものに。

 ただ――それなりの商品は高い値が付かない。見栄え程度が整っているものは所詮、駆け出しに与えて使い潰されて終わりだ。

 

(時折無心になって打ち込めばいいものが出来上がる。何か悩んでいるのかな?)

 

 彼女が【ファミリア】に入団して結構経つ。

 不満を表しこそすれ逃げ出さずに仕事を続けてきた。何を考えているのかはルフタにも分からないが、目的が無いわけではない。

 

(……きっと私は目的を見つけられないだけなんだわ)

 

 世界の平和。自身の増強。良い武器の完成。

 どれか一つでも達成した事が無い。このままでいい筈が無い、という焦りだろうか、と。

 ――とはいえ、他に出来る事も無い。

 

          

 

 気分転換に装飾の技術も学んでみた。細かな作業にすぐ飽きてしまう。いや、そうではない――

 自分は確かに何かに焦っている。それが何なのか分からなくて日々イライラしている。

 ある日、赤く焼けた金属に向けて槌を思いのほか強く叩き、へし折ってしまった。いや、折れてしまった。

 折れた槌の先端が反動で彼女の顔面を直撃する。

 高い温度を叩き続けた槌だ。冷たいわけが無い。

 

「ギャア!」

 

 驚いた拍子に身体が硬直し、飛来する物体を避けることが出来なかった。

 鼻に当たれば骨折しているところ。しかし、ぶつかったのは利き目である右の眼球。

 ほんの一瞬の出来事だった。あっさりと右目が潰れて内部を激しく焼く結果となる。

 それからの事は覚えていないが激しく取り乱し、診療所に運び込まれて意識を失った。おそらく麻酔の(たぐい)を使われた。

 意識を取り戻せば失明した事実を突きつけられて人生に絶望する。しかし、迷宮都市オラリオの医療技術は()()()()()

 死者蘇生以外の大抵の不具合を治癒してしまう。

 部位の接合。再生技術。――万能ではないけれど。

 眼球の復活には高い料金を払えば可能だと言われる程に。

 

(……払ったら貧乏暮らしまっしぐら。だから、大抵の人は再生を拒むのよね)

 

 冷静な思考でジャンヌは思った。

 今まで稼いで貯めた資金が一気に消えるのは面白くない。けれども――顔に傷を作ったままでは具合が悪い。特に目は大事だ。距離感が狂っては仕事を続けられない。

 努力は一瞬で無に帰る。実に不毛な人生だ。そう思えるほどに彼女は冷静にものを考えることが出来た。医務室のベッドの上で、だが。

 顔以外は特に問題は無く、見舞いに来た主神(ルフタ)に申し訳ない気持ちを抱いた。

 彼はお小言を言わず、仕事をするなら戻ってこい、と言ってくれた。それが逆に惨めで――彼が去った後は無性に涙が止まらなかった。

 それから数日間、瞑想するように入院し、再生を保留にする事を選んだ。――正直、料金が高すぎて躊躇ってしまった。

 顔の皮膚の収縮を防ぐため、義眼を入れる事にした。こちらの方が安価だったので。

 念のために再生は早い方がいいのか尋ねてみると支払い能力が整えば一年先でも大丈夫と答えられて驚いた。

 

(……オラリオこえー。私、嘗めてた)

 

 後顧の憂いが無くなった為か、気分がとても良い事に気付いた。

 絶望に落とされたはずなのに。

 自分にはまだ目指すべき道があるのだ、と。

 

          

 

 退院してすぐに復帰とはいかない。職人仕事は一日休んだだけで取り戻すのに三倍の時間をかけると言われる。

 ――大した技術を持っていないジャンヌの場合は誤差程度でしかないけれど。

 半分しか視界が確保できない彼女が今しなければならないのは距離感の把握だ。

 普段よりも動きがぎこちないのがよく分かる。

 

「俺の眷族である限り、お前の居場所はここ(本拠)だ」

「……しばらく、お世話になるわね」

 

 頬を赤らめて恥じらいつつも主神に感謝の意を述べておく。

 男神(おがみ)ルフタは見た目にも特別美男子というわけではない。だが、神としての存在が眷族達に畏敬の念を抱かせる。

 我儘(わがまま)娘のジャンヌであっても温かく迎える彼は良くも悪くも依存性の高い薬のよう。

 

(……これが一般的な職人であれば突き放している所なのに……。無償の愛を振りまく神という存在は私達にとってとんでもない存在よね)

 

 神が許しを与えてくれる。それが下界の人間にとってどれだけの意味を持つのか。

 信託を求める巫女であれば精神が狂うほど喜ぶところだ。

 すぐ側に彼ら(神々)が居るという世界なのだから。

 

 ――昔の自分であれば祈りを捧げている所なのに。

 

 俗物に染まった今のジャンヌは神に祈りを捧げる習慣を忘れていた。

 聖女も時が経てばただの女、ということかと。

 神の言葉を賜りたいと願っていた少女はもう居ない。すぐそばに居るから、という気持ちでもなく。

 彼ら(神々)は地上に奇跡を――早々起こさないと知ってしまった。まして、小さな地域の村落や国の事など些事にすぎない。

 

「………」

 

 鏡の前で現在の自分の顔を見据える。

 右目の周りは火傷によって幾分か(あと)が出来、眉毛は無い。当初は縮れてしまったが手術のような措置の経過で剃られてしまった。

 そのままでは義眼が零れ落ちるかもしれない、ということで眼帯を装着する事になった。

 

(痛々しい顔になったわね、元聖女様)

 

 聖女時代であれば痛々しい顔を直視することが出来ず、何日か引きこもっているところだ。今では余程の閉経でもしない限り平然としていられる。

 自分の無力さがかえって心を強くしたのかもしれない。または人並みの覚悟というものを持つ事ができたのかも――

 

          

 

 鍛冶師(スミス)はずっと金属を叩いている仕事をしなければならないわけではない。

 【ファミリア】の眷族となった者は少なからずダンジョンに潜ってモンスターと戦い【経験値(エクセリア)】稼ぎに勤しむ。

 彼らの目的は【ランクアップ】によって得られる鍛冶に必要な『スキル』を得る事だ。

 『スキル』を得ればもっと高度な武具を作ることが出来るようになる。

 例えば武器に『不壊属性(デュランダル)』を付けたり、魔法的効果を発揮するような『魔剣』が作れたり――

 しかし、『スキル』があってもすぐに武器が出来る訳ではない。今まで通り長い時間をかけて修練する必要があるのは変わりない。

 

「ダンジョンに行くのか?」

 

 荷物をまとめているところで主神ルフタに声を掛けられた。

 失った右目を取り戻すには金がかかる。それと再生できるまでの間に身体を慣らしておかないと生活もままならない。黙っているより動いた方がいいと判断した。

 

「身体の感覚を把握しておかないと鍛冶も生活もままならないじゃない。……無理せず頑張ってみるわよ」

「一人で大丈夫か?」

 

 眷属は全て自分の子供と豪語する神はお節介が過ぎる。しかし、無償の愛の体現者であるならば無理からぬこと。

 ルフタの態度に呆れつつも完全に拒絶することは出来ず、曖昧な返事をしてしまう。

 もし彼がただの人間であったならば、即座に威圧して蹴り飛ばすところだ。

 

 ――ああ、無償の愛が今ここに在るのがとても――

 

 憎たらしくもあり、(とうと)いものでもある。

 かつて欲した『愛』とはきっとこういうものなんだろうな、とジャンヌは思いつつ武器を携え暗黒の世界(ダンジョン)に赴く。

 無理の人もしないと強くなれない。けれども今だけは――素直になってもいいと思えた。

 

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