世界にモンスターが溢れ、存亡の危機にあった時、勇敢なる少女が武器を持って立ち向かった。
その少女は『王』となる資格を得ていたにもかかわらず、それを手放し修羅の道を選んだ。
勝ち目のない戦いが続く。気が付けば背が高くなり、柔らかな肉体は鍛え上げた戦士に劣らぬ強固なものへと――
多くの仲間たちと共に戦い続けた彼女の名は『アルトリア・ペンドラゴン』という。
出自こそ高貴な
災厄の塊たるモンスターの侵攻はそれほど苛烈であった。
病床に伏した彼女は血筋を尊ぶ貴族の出でもあった。意思を受け継ぐ後継者が必要になる。
後に生まれる者はアルトリアの名を冠する事が慣例となり、それが世界各地に広がってしまう事になる。
――そして、現在。
世界各地に散った『アルトリア・ペンドラゴン』の子孫たちが迷宮都市オラリオに集結する。そうなってしまった、が正しいが。
最初の血統を持つ家柄が混乱期に失われ、そのせいでお家騒動が頻発していた。
弱い家柄は駆逐され、一般市民に堕とされる者も少なくない。
オラリオに集まってきた子孫の中には単なる名声や暮らしの糧を得る為だけ、という者が居る。
「……同じ名前がこれほど集まるとは思わなかった」
「名前どころか顔まで、とは……」
全員が全員同一と言うわけではないが多くの点で似ていた。それこそ双子と言われてもおかしくないほどに。
――双子どころか一〇人姉妹くらいだ。
身分の差こそあれ、全員が『アルトリア・ペンドラゴン』と名乗っている。
ペンドラゴン姓は今ではありふれた物になっているので本家と名乗るのが意外と多くあった。
しかも各地に根付いても居るので本物だと言い張る必要がそもそも無い。
苦しむ人民の為に戦うのがアルトリアの使命であり、どこの国の王になろうと拘らない、というのが初代の言い分だった。それだけ世界各地をモンスターが蹂躙してきた、という歴史でもある。
性別が女性であることを除けば年齢は様々。背丈にも差異があり、髪や瞳の色も微妙に違う。
多くのアルトリアが一か所に集まるのには訳がある。
世界各地に点在する、言わば『アルトリア一族』ともいうべき存在を放置すると混乱が生まれるという情報を冒険者ギルドが既に把握していた。
これは先に到着していたアルトリアの一人が伝えたものだ。
同じ名前がたくさん居る筈だ、と。
ちなみに最初にオラリオにやってきたアルトリアは
オラリオの検問所で『アルトリア・ペンドラゴン』を名乗る女性は全てギルドに集まるように、という指示があり現在に至る。
あちこちに同姓同名がウロウロしていたら引き取る【ファミリア】も困る事態になる。
この事態を打開する為の方策は『
アルトリアの名を受け継ぐ冒険者志望は
【モリガン・ファミリア】が受け入れる。
嘘を見抜く神の前で偽物を名乗ることは難しい。
当初は【アンドラステ・ファミリア】、【ヴァーリ・ファミリア】、【ハイヌヴェレ・ファミリア】、【ニヌルタ・ファミリア】なども手を挙げたが最終的にはかの【ファミリア】に落ち着いた。
受け入れ先が決まった後、次の問題は彼女達の呼称である。
世襲のように受け継がれているので区別するのが難しい。当初はそれぞれの得意分野などが検討されたが重複者が出てしまった。
「元々集まる事を想定していないから……」
「……今更改名も難しいだろうし」
神々は頭を悩ませた。
時折『頭痛が痛い』と嘆く場面も――
アルトリア、またはペンドラゴンと街中で呼べば複数人が振り向く。その光景は慣れない者からすれば異様に映る可能性がある。
番号を割り振るわけにもいかない。呼称は大事だ。それは神々の共通認識となっている。
神々の危惧をよそにオラリオにやってきたアルトリア達は大人しく指示を受け入れ、静かに冒険者登録を済ませていった。
大人しいからこそ怖い、と当初は思われていたが品行方正な彼女達は特段の問題行動を起こさず、実に粛々とした生活を送っていた。
――一部は乱暴な言動で混乱をきたす場面も無くは無かったけれど、大きな問題には発展していない。
「我々の問題は序列と呼称だ」
剣を主体にするアルトリアが言うと同じ剣を主体にする目つきの鋭いアルトリアが頷く。
それぞれの出身地によって肌の色や目つきに差異がある。背丈などの体系的な違いも見せるが声は概ね同じである。
血筋のせいか、そういう運命の下に生まれてしまったためなのか。
分家を多く分けてしまった功罪ともいえる。
「団長はカジノで働くアルトリアに任せよう。一番最初に来たそうだし」
代表者に対する異見が出なかったので団長があっさりと決定。
副団長は複数人でもよいらしいが剣を主体にする二人が選ばれた。
性格が真反対でもあるので議論を交わすには丁度良かった。残りは自由気のままな冒険者生活だが、完全に自由にさせると後々問題が起きた時に困る。
まずは何人かでパーティを組み、増強を図ったり資金稼ぎを
「……それよりも呼称は?」
「パーティ別けをしてからの方がいいだろう。まとめて区別するより分かりやすい」
「合同パーティは組まないのですね?」
「当分はな」
眷族達の話し合いに対し、主神モリガンは黙って眺めていた。
最初は物珍しい光景だったが同じ顔がたくさんあって自分が見ているのが何なのか分からなくなってきた。本当にアルトリアなのか、そう思い込んでいるだけで認識がおかしくなっているのでは、と。
あまり彼女達を見ない方がいいのでは、と後悔してきた。
完全な同一個体は無く、それぞれ微妙に差異がある。そうでなければ神でも精神を病みそうな光景――いや【ファミリア】になってしまった。
このまま二〇人、一〇〇人と増えてほしくない、とモリガンは早くも弱音を吐く。
(……下界こえー)
ダンジョンに潜ってモンスターを倒す簡単なお仕事ではなかったのか、と叫びたい気持ちだった。
アルトリアはいいとして彼女達の様な血統を持つ者が他にも居たら絶対に断ろうと誓った。いくら面白そうだとしても限度がある事をモリガンは学んだ。
数日後、それぞれの寝床などを決め終わったアルトリア達は早速ダンジョンに挑戦する。
例にもれずゴブリン討伐から。余裕があればウォーシャドウやフロッグシューター。
一気に踏破するのはいくら戦いに慣れたアルトリア一族だとしても絶対にダメだと主神命令を下しておく。
一部は不満を示した。
酒場などで情報を集めている別のアルトリアによれば主神の危惧は理解できると肯定的に受け止めた。
(……私も呼び方を考えないと一緒くたの扱いしかしなくなるわね)
かといって『二つ名』があるわけでもなし。
誰か【ランクアップ】してくれれば少しは呼びやすくなる。まさか全員一緒ということにはならない筈だ、と新たな不安要素が湧いてくる。
モンスターについては倒せればいい、のではなく数をこなせと指示した。
【ステイタス】が伸びなければ下層域で苦労する、と。
性格の違うアルトリアを捌きながら月日はあっという間に過ぎていく。
前衛は『力』と『耐久』が伸び、中衛は『敏捷』が。
後衛は才能により『魔力』の数値が増えていた。
増え方が全員一緒だったら脅威だが、そこまで妙な事が起きなくてモリガンは安心した。
攻略階層は九層まで達し、大漁に出てくる蟻型モンスター『キラーアント』の殲滅に勤しんでいる。
攻撃型パーティでの討伐は敵なしに思えるほど。それでも長時間戦闘は彼女達も堪えるようで、五〇〇匹前後が一つの壁となっていた。
「あれだけモンスターを倒しているのに【ステイタス】の伸びが微増とはどういうことだ?」
「数ではなく質なのだろう」
戦闘が楽になれば【ステイタス】の数値はすぐに伸びなくなる。
多くの冒険者が
自身にとって強敵、困難であるものでなければ数値は増えない。では、増えない、という困難はどうなるのか。答えは単純に関係ない、となる。
誰も彼も平等に。死地を潜り抜けてこそ成果が与えられる。
「戦いに慣れたら【ステイタス】が安定期に入るものと思えばよい。ダンジョンはまだまだ深い」
そう意気込むが次の段階に進む、というのが冒険者にとって見た目では分からない困難となって襲い掛かってくる。
しばらく資金稼ぎに邁進し、武具と
それだけなら何の不思議もない一般的なものなのだが、いい武器や道具は高い。相当な期間働かなければ目的のものに届かないほど。
ここで気が付いた。
アルトリア達の日々の食事代が凄まじい事に。
【ステイタス】の影響か、とにかく彼女達は食べる。だが、体形の変化はほぼ無い。羨ましがられることも多々ある。
酒場にアルトリア達がやってきたら店の在庫に注意しろ、と言われる程に。
料金は凄まじくなるが――この時ばかりは主神のモリガンも微笑ましいものを見るように楽しみの一つとしていた。
よく食べてよく寝る。そして、よく活動する眷族アルトリア。
朝のトイレ事情を
この出会いも永遠ではない。
女神モリガンは別れを考えない日々は無く、常に心配の種だった。
いくら戦闘集団として優秀でもダンジョンのモンスターは凶悪無比――
立ちはだかる彼らとの戦闘は激化の一途を辿るのが常だ。
「一三階層までに【ランクアップ】することを目標にするわ。……だから、みんな生きて戻ってきなさい」
主神の言葉に全員が頷いた。
数値だけで見れば条件の一つである五〇〇を超えた者がちらほらと居る。問題は偉業とみなされる冒険をしているか、だ。
こちらの条件こそが冒険者にとって一番の難題となっていた。
彼らにとっての偉業とは何なのか。実のところ神にも分からない。
噂によれば一一階層に出るレアモンスター『
これまで大きな怪我も無く攻略が進んでいた彼女達にも油断というものが発生する。
あるアルトリアは倒し慣れていたキラーアントに腕を断たれた。
別のアルトリアはオークの一撃で顔面を激しく損傷。
戦線復帰が危ぶまれる事態が連続する。パーティ内に不安が伝播すれば怪我も自然と多くなってしまう。だが、それでも戦わなければならない。それが冒険者だ。
これは他の【ファミリア】も同様である。中には眷族の全滅もあり、ダンジョンは一筋縄ではいかない危険なところだと再確認させられる。
「【ステイタス】が伸びている筈なのに……」
「防具が悪いのか?」
「落ち着けお前達。これがオラリオのダンジョンだ。何の不思議もあるまい」
長槍を振るうアルトリアが声を上げる。
人類とモンスターの戦いの歴史はとても長い。この苦難を乗り越える為に我々はここに居る、と檄を飛ばす。
数百年過ぎても未だに踏破された事が無い。異常なことが日常である。
そんなある日、モリガンは無為を過ごす彼女達を集めた。
「もはや作業のようにダンジョンに潜っているお前達。充実しているか?」
「愚問だ」
「それなりには……」
似たような顔だとはいえ個性があり、反応も様々だ。
それらを見回す事にも今では慣れた。
女神モリガンは彼女達に指針を示す。生きる為に食え。ダンジョンに拘り過ぎて死ぬのは許さない。
当たり前のような言葉だが文句は出なかった。
「あと【ステイタス】の数値を限界近くまで増やした方がお得だそうだ。【ランクアップ】はおまけと捉えておけばいい。これは誰しもがぶつかる壁なのだから。簡単に超えられても困るしな」
「何故だ?」
「……それでダンジョンを攻略出来た者を神々は知らない。……後は言わずとも分かるだろう?」
未だに攻略されたことがないダンジョンだ。
より正確に言うならば――
最下層まで行った冒険者は居らず、成果を上げた報告も当然無し。
道半ばで諦める者が多く、それ以外はダンジョン内で死亡する。
半数近くの冒険者は仕事として無難な階層で稼ぎ続けている。いずれは深層に挑戦するかもしれないが――
想像以上に深層域の攻略というのは難しく過酷である。
たかが一【ファミリア】が粋がって挑戦しても返り討ちに遭うのが関の山。
「それに潜れば潜る程物資が少なくなる。大食いのお前達は深層で何か月も暮らせるか? それができる体制もいずれ構築しなければならないし、全滅しては全てが無に帰す」
だからといってダンジョンの下層に挑戦する事をやめろとは言わない。
挑むからには覚悟を決めろ。何度もだ、と強く言う。
(応援する事しか神には出来ないけれどね)
ご高説の後は大宴会と見紛う食事会が始まる。
いつもの光景なのだが凄まじい。小さな身体のどこに料理が収まっているのか、神々の間でも話題になる程彼女達の食事風景は一種の風物詩と化していた。
食べ終わると一斉に後片付けが始まる。これも自然に出来た光景だ。
モリガンにとっての楽しみの一つとなっている。
食べる一辺倒では稼ぎが減る一方だ、と今更の様に言うアルトリア。
そこでダンジョンに挑戦しない日は食事量を制限しよう、と提案し数日で挫折した。
片方のパーティは食事代を稼ぐ、ということでと決めれば今度は医療費に泣くはめになる。
試行錯誤する事は良い事だ、とモリガンは言いおいて好きにさせた。
「農業系【ファミリア】と提携すべきでは?」
「今更だが検討する価値はあるな」
「そもそも【ファミリア】はどうして別個に活動するのだ?」
「それぞれ競争して実力の底上げをする為だと聞いている。だからといって協力してはいけない規則は無い」
全員が一つの【ファミリア】であると全滅した時の絶望感が凄まじいことになる。それを避ける為に神
下界の住民の安寧の為に。
元よりそれこそが冒険者と神々の目的である。
迷宮都市オラリオは人類にとっての最後の砦であり希望なのだ。絶対に堕とされるわけにはいかない。
(……数多の英雄達が無辜の人々の為に戦い続けてきた)
(個人では無理と判断したからこそ我々のように集団戦を……)
(……たぶん、それは結果論では?)
気付けば【モリガン・ファミリア】の目的がダンジョン攻略ではなく、日々の食費を稼ぐ【ファミリア】に――
深い階層で採れる魔石や資源は高価値になる。その為には強くなるしかない。
稼ぎが良ければ食事も豪勢に出来る。失敗すれば想像を絶する貧乏飯になる。
彼女達の意志は決まった。そして、女神モリガンも後押しする。
胃袋を掴む者こそ英雄である。
強くて可愛くて美しい彼女達を引き留めるには英雄になるしかない。実際、引き抜こうと画策する様々な神や眷族が勧誘に挑戦し、
アルトリア一族は総じて食いしん坊である。その『二つ名』も食に関連したものが多くなった。
【
神々が考えたものであるが
団長アルトリアは御淑やかで可愛らしい。その上
増えた自身の末裔と共に下る姿は――複数人なのに――『一人円卓の騎士』と評される程。とにかく、彼女が活動するだけで冒険者界隈が盛り上がる。
初代騎士王が活躍した時代から幾星霜――新たな伝説が幕を上げた。