この世界にはそう呼ばれる不思議な生物が多種多様に存在する。
人類はガストレアとの共生に成功し、平和に暮らしていた──
「なんだこれ⁉」
「どうかしたんですか?
「『どうかしたんですか?』じゃねぇッ! 何故テメェがウチにいるッ?
八畳一間のおんぼろ部屋で、いるはずのない人物が何食わぬ顔で紅茶*2を啜っていた。
巳継悠河──コードネーム『ダークストーカー』。*3
蓮太郎の住んでいる『東京エリア』第九区*4にある額狩高校の制服こそ纏っているが、その正体は超党派、超国家組織『五翔会』*5所属の暗殺者である。
蓮太郎は組織にあらぬ罪を被せられ、目の前の男には友を殺された。国家をも敵に回した大逃走劇を繰り広げ、最後にはこの手で殺したはずの人間だ。
ならば目の前のこの男は亡霊か、それとも己の弱い心が見せる幻覚か。ふつふつと怒りがこみあげてくるが、悠河は首を傾げて警戒する素振りも見せない。
「何故って……君の家に来るのははじめてじゃないですよね」
蓮太郎は絶句した。この男はなにを言っている。コイツは本当に巳継悠河なのか。
思わず、感情が漏れる。
「お前は……誰だ」
悠河は朗らかに笑った。
「酷いな、幼馴染に言うことじゃない」
「俺の幼馴染は
「たしかに一番の付き合いが長いのは彼女なんでしょうけど。面と向かって言われてはさすがの僕も傷つきますよ」
彼からは一切の敵意を感じない。蓮太郎は構えを解きつつ、それでも警戒は怠らない。
「なら聞かせろ。さっきの放送、あれはどういうことだ。何故ガストレア*7が娯楽のように扱われているんだ? いやそもそも、ガストレアの使役だと? これは五翔会の仕業なのか?」
蓮太郎はもう一度テレビ画面を見た。いまも白衣を着た博士っぽい老人がガストレアの生態について解説している。
「なにを言っているんだ里見くんは……なんていうかその、大丈夫ですか?」
本気で心配している様子だった。
「いいから答えろ」
悠河は瞑目して息を吐いた。
「……たしかに一昔前までは、ガストレアが人類を脅かす危険な存在だったのは確かだ。僕も専門的なことまでは把握してるわけじゃないが、『ガストレアボール』が開発されてからガストレアは身近な存在になった。ガストレアと人間の関係は、切っても切れないところまで来ているんですよ」
ガストレアボール……ふざけた名称だが、それらしきものはさっきの番組で見た。
手のひらサイズのボールに吸い込まれていくステージⅢらしき蜥蜴型ガストレアの映像。
にわかには信じがたいが、そもそもこの世界は蓮太郎の常識が全く通用しない異世界のように思えた。そして不思議なことにその考えが正しいと確信を持って言える。
「そうだ、
同居人*8のことを思い出し、蓮太郎は部屋の中を物色した。
無趣味で貧乏な自分らしいなにも無い部屋には、
蓮太郎はパニックになりかけながらも、努めて冷静に疑問を口にした。
「悠河、『イニシエーター』*12ってなんだかわかるか?」
「いいえ」
「『呪われた子供たち』*13はッ?」
「知りませんね」
「そんな……」
つまりこの世界では、蓮太郎と延珠は知り合ってさえいないということになる。
これまで築き上げてきたものがガラガラと崩れるのを感じながら膝をつく。一刻も早く、この世界から抜け出さなければ。
その時インターホンが鳴ってびくりとする。乱暴に合鍵が差し込まれて開錠音。延珠がいないとなると、合鍵を持つ人物などひとりしか考えられない。
扉を開けて入ってきたのは、予想通り幼馴染で義理の妹の
「遅い」
「え?」
「まさか里見くん、今日がなんの日か忘れたんじゃないでしょうね。私ずっと待っていたのよ」
忘れるも何も、蓮太郎は今日の日付さえ確認していない。そんなことを言われても、というのが素直な感想だった。
「どうも、天童さん」
「ちょっと悠河くん、里見くんを呼びに行ってくれたんじゃなかったのッ? そんなに寛いで……って、あー! なに勝手に私の紅茶飲んでるのよッ!」
幼馴染──自分が恋焦がれる少女がかつての宿敵と普通に挨拶を交わしている。蓮太郎は頭が痛くなってきた。
──クソ、やっぱりアンタもおかしくなってんのかよ。
「おい、状況がつかめねえよ。ちゃんと説明してくれ」
木更と悠河が顔を見合わせる。
「前から話してたじゃない。今日は『ガストレア博士』からガストレアを受け取って、旅に出る日なのよ?」
「おや、随分と遅かったじゃないか諸君」
「『ガストレア博士』ってあんたのことかよ、先生」
「なにを言っている」
「すみません
「なんだいつものことだな」
意地の悪い笑みを浮かべる白衣の女性は
といっても蓮太郎が知る彼女は『ガストレア博士』などというショボい肩書ではなく、ガストレア研究者として立場ある存在のはずだ。そして日本最高の頭脳の持ち主にして世界でも四番以内に入る天才だったはずなのだが。
「ところで君たち、昼食はまだかね?」
蓮太郎はデジャビュ*15を覚えてその場から逃げ出したくなった。しかし両脇を木更と悠河に抑えられ身動きが取れない。
「「里見くんは朝食もまだです」」
「ふざけんな!」
「じゃあ食っていきたまえ。私からの餞別だ」
レンジから取り出した皿を蓮太郎の前に持ってきた。
真っ白い粥のような、半固形状のドーナツ(疑惑)。饐えたにおいは蓮太郎が過去に食べさせられたものとよく似ていた。
逃げ場を探して研究室をぐるりと見渡した。部屋の端に人影。防腐処置がほどこされた男の死体だ。
「彼はスティーブン。私の恋人だ」
「どこをどう見ても日本人なのは?」
「ハーフだったんだろ」
いけしゃあしゃあと言う。絶対名前忘れただけだ。
室戸菫は
そして過去に蓮太郎が食わされたドーナツ(疑惑)は死体の胃袋から出てきた物だった。今回もそうなのだろう。前回は飲み込んだ瞬間刺し貫くような痛みが喉を襲い、胃の中の物を全部ぶちまけたのだったか。
「そ、そうだ! この世界なんかおかしくねえか? 聞きたいこと、色々あんだよ」
「早く食え。食わないとガストレアは渡さん」
いらないが。
しかし木更と悠河は責めるような目で蓮太郎を見た。
「はやく食べなさい里見くん」
「巻き添えで僕までガストレアが貰えないなんてことになったら恨みますよ」
「俺が悪いのかッ?」
それでも嫌がっていると木更が菫から皿を奪い取り、蓮太郎の口元にスプーンで運ぶ。
「は・な・せ」
悠河に羽交い絞めにされる。
好きな人からの「あーん」。蓮太郎はちっともどきどきしなかった。
そして、投入。
「ぐおおおお」
喉が痒い!
蓮太郎は泣きながら洗面台に走った。
五分後、口の中が落ち着いてきたところで話が再開された。
「これが君たちのために用意したガストレアだ」
菫が取り出したスーツケースを開くと、中には六つのガストレアボールが入っていた。中には既にガストレアが入っているらしい。
「なあ先生、ガストレアボールってなんなんだよ。誰が開発したんだ?」
「そんなこと聞いてどうする」
「別にいいだろ」
蓮太郎は拗ねるように舌打ちした。
「君が知っているかはわからんが、私と同じガストレア博士のグリューネワルト翁*16が開発した技術だな。ボールは『バラニウム』*17でできていて、中に入ったガストレアを冬眠に似た状態にするんだ」
「それ、衰弱死しねえか?」
「しない。ボールから出てくればぴんぴんしている」
元の世界ではバラニウムを敷き詰めた部屋にガストレアを閉じ込めておけば衰弱死するという話も聞いたことがある。
グリューネワルトの技術が凄いのか、バラニウム磁場の影響を受けないガストレアの培養に成功したのか。*18
どちらにせよ良い印象は持たなかった。
「さて、諸君にはこの中から相棒となるガストレアを選んでもらう。一生の付き合いとなるから*19、よく考えて選ぶように」
菫は背後のスクリーンにガストレアのデータを映像付きで表示させた。この場でボールの外に出すことはできないので、これを見て判断しろということだろう。
「ガストレア:炎!」
『ぎしゃあああああああ』
「ガストレア:水!」
『ぎしゃあああああああ』
「ガストレア:風!」
『ぎしゃあああああああ』
「ガストレア:光!」
『ぎしゃあああああああ』
「ガストレア:闇!」
『ぎしゃあああああああ』
「ガストレア:無!」
『ぎしゃあああああああ』
「さぁどれを選ぶッ?」
「全部一緒じゃねーかッ!!」
ソシャゲの雑魚敵みたいなのを見せられた蓮太郎はキレた。*20
全部同じモデル・スパイダーにしか見えねーよ!
悠河は顎に手を当て考えること数秒、一歩前に出てボールを掴んだ。
「僕は無のモデル・スパイダーにします。無属性は属性不利がないですからね」
属性ってなに?
「蓮太郎くん、君はどうする?」
菫に問われた蓮太郎は困ってしまう。違いがわからない。
「んなこと言われてもな……」
それにモデル・スパイダーには良い記憶がなかった。*21
煮え切らない蓮太郎に菫は提案した。
「初心者向けのガストレアでは不満かい?」
「まず初心者にガストレアを渡すなよ」
いや、そもそもガストレアを飼育すること自体が間違っているのだが。
「実はこの六匹のほかに、扱いにくいガストレアがもう一匹いてね」
菫は白衣のポケットからガストレアボールを取り出して、スクリーンにデータを表示させた。
「モデル・ラビットのガストレアなんだが……これがなかなか言うことを聞かなくてね」
モデル・ラビット、延珠と同じ……。映像を見ていると無性に心がざわつく。真っ白で刺々しい凶悪なフォルムは、延珠とは似ても似つかない。しかしガストレア特有の真っ赤な双眸は、出会ったばかりの頃の延珠の、敵愾心と人間不信にすさんだ瞳に似ているような気がした。*22
「どうやら気に入ったようだな。さて、残るは木更の相棒だが」
蓮太郎にガストレアボールを渡した菫が、今度は木更を見た。
「そのことなんですけど菫先生、初心者用のガストレアを貰わなくてもいいのなら、私も里見君と同じように別のガストレアで旅に出てもいいでしょうか?」
「構わん」
「ありがとうございます、実は私、実家から取り寄せたガストレアがいて……」
蓮太郎は驚いた。この世界の木更は天童家との繋がりが切れていないのだろうか。*23
ならば何故、自分は一人暮らしをしているのか。*24謎は深まるばかりだ。
「よし、それぞれ準備は整っているようだな」
何故か用意されていた冒険用リュックを背負って、三人は旅に出た。
──まあ東京エリアからは出られないのだが。
「いい?里見くんは私の召使いなの。わかったなら何も言わずに伝説のポ〇モンを全部よこしなさい」