たんぱんこぞうの
「ちょっと待て」
蓮太郎は掌を突き出し「タイム」の姿勢を取った。
「あぁ?」
「あんたいまなんつった? 俺の聞き間違いじゃなけりゃ、短パン小僧って言わなかったか?」
鉄板のような胸板、燃え上がるように逆立った髪、吊り上がった三白眼の瞳。そのどれをとっても「小僧」とは程遠い風貌の巨漢。
伊熊将監。彼もまた死んでいるはずの人間だったが、視界に入る情報全てが強烈すぎて気にしている余裕はなかった。
「おいクソガキいまなんつったよ。どっからどーみても短パン小僧だろ?」
将監が自らの脚を見せつけてくる。
それはたしかに短パンだったが、そのはちきれんばかりの筋肉の主張が激しすぎた。
蓮太郎は見たくもないものを見せられて気分が悪くなる。二週間は悪夢に魘されそうだ。
「あんた『三ケ島ロイヤルガーダー』*2の伊熊将監だろ? なんの用だよ」
冒険に出た直後にどこからともなく現れたのが彼だった。蓮太郎の常識では、見た目め絡み方も完全に不審者のソレだ。
将監は心底腹立たしそうに言った。
「なにが『なんの用だよ』だよボクちゃん。見るからに素人じゃねえか。目と目があったら『ガストレアバトル』だろ?」
「ガ、ガストレアバトル? こいつら戦わせんのか?」
蓮太郎はポ〇モンには詳しくなかったが、ドラ〇エ派*3ではあった。それでもこの世界での順応性はミジンコ以下だった。
蓮太郎の動揺を見抜いた将監が嫌らしい笑みを浮かべる。蓮太郎は同時ににうすら寒いものを感じた。こいつは『蛭子影胤追撃作戦』*4のとき、『手柄は自分たち以外の誰にも渡さない』という考えだけで仲間の民警を殺害している。
嫌な汗が流れるのを感じつつ、ベルトの拳銃──スプリングフィールドXDに手をかける。
直後、将監が動く。
「ゆけっ!
将監はモデル・ドルフィンのガストレアをくりだした。
蓮太郎が聞き覚えのある名前に動揺する。この男は自分のガストレアに名前を付けているのか。その名前は元の世界での将監の相棒と一致していた。
そうなると『呪われた子供たち』が存在しないこの世界では、延珠たちはどうしているのだろうか。周囲の環境に延珠以外大きな変化は見られないため蓮太郎は、この世界の住人は、元の世界の住民とそう変わらないと存在であると考えている。多少感性にバグが見られるものの、もしかすると元の世界より平和的だ。少なくとも反ガストレアの差別的な社会ではない。
彼女らが温かい家庭に恵まれていることを祈って、気持ちを切り替える。
「頼むぞ!」
蓮太郎はモデル・ラビットで応戦する。
ガストレアは鼻をひくひくさせながら蓮太郎を振り返ったあと、モデル・ドルフィンにターゲットを定めた。
凶悪な前歯を見せ、甲高い声で威嚇。やる気は十分、こちらを嫌うような様子も見せない。
──なんだ、言うこと聞くじゃないか。
蓮太郎はモデル・ドルフィンを指さして指示を出した。
「まあよし! こんな世界でガチバトルしてもしょうがねーしさっさと倒すぞ! たいあたりだ!」
最後までトレーナー(?)同士の戦いに発展することなく、将監の背中にバスターソードが刺さることもなく*6戦闘が終了。
蓮太郎は初バトルにして初勝利を納めた。
予想に反して素直に引き下がった将監の背中が小さくなっていくのを見送って、蓮太郎は息を吐く。
「いったい何だったんだ……」
呆れるような素振りを見せる蓮太郎だったが、内心では大事にならなくてほっとしていた。バトル中何度も通報を考えていたのだ。顔見知りなのもあって結局流れに身を任せてしまったのだが。
ともあれ蓮太郎は、この先も流れに身を任せようと考えた。
ジムリーダー(?)を倒してガストレアリーグ(?)の頂点を目指す。
全てネットで拾った情報だったが、それがこの世界の脱出手段であると、何故だかわかるのだ。
ガストレアリーグへの挑戦権を得るためには、東京エリア各地にあるガストレアジムでジムリーダーと勝負し、実力を認められる必要がある。
蓮太郎は勾田駅まで行くと、切符を購入。都心行きの上り電車に乗った。現在地から一番近い第九区のジムに向かうためだ。
いつもより少し混雑した車内に早くも帰りたくなってくる。
偶然空いた席には座らず、窓際に立って外を眺めた。景色はいつもと変わらない。人々が纏う空気も、多分変わらない。
変わったとすればガストレア関連の施設が増えていることくらいだが、それも既存の施設が丸々別の役割を担っているだけらしく、目に見えて変化は生じないようだった。
変わったとすれば、これから向かうジムくらいだろう。
事前にインターネットで調べて出てきたジムの外観は、無駄に華美で世界観を無視した様相の建物だった。
ジムがあるという街には何度か行ったことがある。目的はその都度違ったが、記憶に新しいのは『片桐民間警備会社』*7を訪ねたときだ。そのときもそんな建物は存在しなかった。
電車を降りるとすぐにジムへの誘導が目に入った。目立つ赤い矢印はジムに行くのに一番近い出口を指している。
ジムがあるせいか、元の世界より少しだけ人通りが多い街にモヤモヤしながら歩くこと五分。
なんだか無駄に煌びやかでアメリカンな建物が見えてくる。外見だけなら世界崩壊の数年前に閉店したというアメリカのライブハウスに似ている。
「元は普通のビルだったのにな……」
つまるところ、東京エリアの街中にあるこの建物は完全に浮いていた。
やけに人の流れの多いジムに入ると、中は観光地にもなっているようで賑わっていた。
ひとまず受付で来意を告げると、インターカムでどこかとやりとりした後、奥から別のスタッフが出てきて案内される。
どこに通されるのかと訝っていたら、バトル用のホールだった。
周囲には観客席もあるが、客はひとりもいない。
蓮太郎がフィールドのチェックをしていると、会場にアナウンスが流れる。
これからジムバトルが始まることと、整理券配布の案内だった。
ほどなくして詰めかけたギャラリーたちが熱い視線を送ってくる。
信じがたいことにガストレアバトルはメジャーな文化らしい。
不意に、ブウウン、という虫の羽音めいた音が耳に入り、辺りを見回す。
──あった。見覚えのあるこぶし大の球形物。
まるで生物のように飛び回るビットはひとつではなく、蓮太郎が確認できただけで三つ。
「まさか……」
ひとりの少女を想起したところで、会場がワっと沸き立って、思考が現実に引き戻される。
なんだ、と正面を見ると、ひとりの男が会場入りしてきた。
黒のカーゴパンツにフィールドジャケット、飴色のサングラス、くすんだ金髪。見るからにヤンキーな青年は、蓮太郎もよく知る人物だった。
片桐玉樹。かつてともに死線をくぐり、背中を預けて戦った戦友。
思わぬ再開に啞然としていると、慣れた様子でギャラリーに手を振っていた玉樹が蓮太郎を見て嫌そうな顔をする。そして「うわ……」と。
「おいコラ、なんだよその反応は」
「日頃の行いを考えなボーイ」
玉樹の言っていることはわからなかったが、蓮太郎は別の意味で驚いた。
「俺のこと知ってんのか?」
民警などという野蛮な職業が無い以上、彼と自分に接点などないと思っていたのだが。
蓮太郎の反応が意外だったようで、玉樹も首を傾げた。
「てかお前がジムリーダーなのかよ?」
「馬鹿こけボーイ。初っ端からボス戦なんて虫が良すぎるぜ」
「じゃあお前は何なんだよ」
蓮太郎が億劫そうに尋ねると、玉樹が声高らかに叫んだ。
「名乗るぜ里見蓮太郎! 『NEXTジム』トレーナー、片桐玉樹! オレっちに勝つことが出来たら先に進ませてやるよ」
直後、客席から歓声。同時に巨大ホロディスプレイがギャラリー向けに投影される。
角度的にドローンで撮影──いや、蓮太郎の周りを飛んでいるビットで撮影しているらしい。
蓮太郎はボールを取り出して、トレーナー位置に着く。
それを確認した審判らしい女性は小さく頷いて、マイク越しに声を張り上げる。
『チャレンジャー里見蓮太郎選手対ジムトレーナー片桐玉樹! それでは、バトルスタート!』
玉樹が繰り出したのはモデル・スパイダーのガストレア。悠河のガストレアとの違いが判らなかったが、こっちは闇っぽいオーラを放っているので多分闇属性。知らんけど。
蓮太郎もモデル・ラビットをボールから出す。
「さあッ、踊ろうぜボーイ!」
『