負け犬の遠吠え   作:ly

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生きのばし

 

「……」

 

 イッシュリーグ次期四天王、カトレアは道に迷っていた。

 

 いつの間にか近くにいた執事のコクランも消え、晴天のワイルドエリアを彷徨って。

 手元にあった通信端末もなく、日傘とモンスターボールだけを持って野生の中へ放り込まれて数十分。

 14歳と少々の少女の心は不安に侵食され……ることもなく、観光を楽しんでいた。

 

 肌を突き刺すような晴天も味方して、気分は最高。

 

 普段できない自由なひとりきりの散歩を満喫していた。

 

「あれは人……かしら?」

 

 ストーンズ原野、程よい石に腰かける人影がひとつ。

 落ち込んでいるようにも、悩んでいるようにも見えた。

 

 ポケモンの一匹も出さずにいるということは、相当な実力者か、愚か者だ。

 

 襲い来る野生のポケモンに対して、ボール内のポケモンが反応するか、自分で反応してポケモンを繰り出して身を守れるという証明であり、自信の表れだからだ。

 

「あの、すみません」

 

 振り返ったのは、成人しているかどうか、くらいの年齢の男。

 特徴もなく、ただ少し悪そうに見える第一印象の顔だけが強いて挙げられる特徴だった。

 

「何か悩み事でも?アタクシでよければ聞くわよ」

 

 実際に困りごとを抱えているのはカトレアだったが、ひとりでの時間が楽しくて首を突っ込みたかったのだ。

 ついでに道を訪ね、別れられればそれでいいと思っていた。

 

 アタクシ……?というような、カトレアの口調に不思議そうな表情を浮かべたあと、男は重い口を開いた。

 

「お嬢ちゃん……は知らないかもしれないけど、一応ガラルでプロトレーナーをやってるんだ」

 

 お嬢ちゃん呼ばわりするほど、歳も離れていないというのに。

 

 大人びて見られることの多いカトレアは、予想外の呼び方に戸惑いながらも言葉を返す。

 服装や日傘がそう見せているのかな、なんて思いながら。

 

「あら、アタクシはイッシュから来たから知らなかったわ」

 

 一瞬、目を見開いた後、男は何かを言いかけては視線を動かして、迷うような仕草を繰り返した。

 

 続きを促すべきか、カトレアが迷っている間に続きを話すことを決めたようだった。

 

「まあ何度かチャンピオンと戦ったことがあるんだ。大敗だったけどな」

 

「凄いじゃない」

 

 自分でも驚くほど感情の籠っていない感嘆だったが、男は何も気にしていない様子で続ける。

 こんな晴天で、風もない爽やかな日に、ポケモンたちが自由に生きるワイルドエリアで、ここまで重い話が繰り広げられると思ってもみなかった。

 カトレアは、少し首を突っ込んだことを後悔した。

 

「それでだんだんと普通の試合でも勝てなくなってきて、賞金も逃すしスポンサーも離れていって……」

 

 どんどん話が重くなっていく。進路についての相談を振られる前に逃げたかったが、良心がそれを咎める。

 

「ふぅん。ガラルのプロトレーナーも大変なのね」

 

「俺は特に馬鹿だったからなぁ。相棒たち以外と組む気はないから、簡単に対策されちまった」

 

 強いポケモンを従える。それは暗黙のもとで、あらゆるプロのトレーナーが行っていた。

 対策の為にポケモンを入れ替え、手を変え品を変え。

 

 そうして旅立ちの日に一緒にいたポケモンすらいなくなる。

 

 そんな世界だった。

 

「俺は、こいつらと戦いたかったんだ。でも、バトルで飯を食うってことは結果を残さなくちゃいけない」

 

 スポンサーが付いて、プロとして戦うということは、常に人の前で勝ち続けなければいけないということ。

 広告にもならないものにスポンサーはつかない。

 

 どこかくたびれた様子のこの男も、そんな世界に疲れたのかもしれなかった。

 

「同じメンバーで戦い続ければ、ガタが来る。長生きするためには、バトルを引退するしかないんだとよ」

 

 プロが戦うメンバーを入れ替えるのは、ポケモンの選手寿命を延ばすためでもあった。

 ケガ、疲労、寿命……そういった観点からも、バトルで固定メンバーを酷使することは問題視されていた。

 

「お嬢ちゃんも覚えておきな、ポケモンが大切なら、戦わせないことも大切だからさ」

 

「……それくらい知っていますわ」

 

 なんだか上からの物言いに、ポケモンバトルに自信のあるカトレアは少しムッとして答えた。

 

「こう見えて結構強いのよ、アタクシ」

 

「じゃあ丁度いい。俺の最後のバトルに付き合ってくれねえか」

 

「……え」

 

 予想外の言葉だった。

 

 まさか、初対面で名前も知らない相手にそんなことを言われるとはかけらも思わなかった。

 

「本気……なの?」

 

「ああ。バトルフロンティアのカトレアお嬢ちゃん」

 

 身元がバレていた。

 

 他地方のバトルフロンティアまで把握している様子からして、どうやら男は相当研究熱心なトレーナーらしい。

 

「……知っていたの?」

 

「こう見えて結構強いのよ、俺」

 

 パシン!と頬を叩いた。辛気臭い顔に小さな紅葉ができていた。

 

「……いいわ。相手をしてあげる」

 

 これから、そういうバトルは増えていく。

 

 カトレアはイッシュリーグ、四天王への就任が決定していた。

 

(予行演習にはちょうどいいわね)

 

 四天王という役割は、ジムリーダーと異なり挑戦者を追い返すために存在している。

 

 それぞれのバッジの個数に応じて定められた強さで挑戦者を試すのがジムリーダーだが、四天王は()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 ポケモントレーナーの最上位として、全力で戦うことが使命。

 

 だから、四天王は心を折る戦いをする。

 突破させないことが仕事だ。

 これからカトレアは、何人ものトレーナーの最後の相手をすることになるだろう。

 

 予行演習だと、思った。

 

 事情に深入りもせず、最後であろう戦いの相手をする。

 どこの誰だかは知らないが、カトレアは重く受け止めないための練習程度に考えていた。

 そうすることが自分の精神を守るために必要だと考えていたし、何より同情して涙を流せるほど、カトレアは情に厚くなかった。

 

「何者にもなれなかった男の、さみしい卒業式だ」

 

 男はそう言って、虚しく笑いながら歩いていった。

 

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