負け犬の遠吠え 作:ly
「ルールは3対3のシングルバトル。道具を持たせるのはアリで、トレーナーからの使用は禁止だ。いいか?」
「そうね」
カトレアが答える。
男は「ふ」と鼻で笑ってボールを手に持った。
「シングル、3本勝負……」
その声にカトレアもゆっくりとボールを手に取る。
「「バトル!」」
「メタグロス」
淡々と、カトレアは純粋な力の暴力を繰り出した。戦法も未知数の相手には、とにかく幅広く対応できるメタグロスから繰り出すのが最善に思えた。
「ブルンゲル」
現れたのは、彷徨う海の幽霊。
ゆったりと身体を漂わせながらも、メタグロスから視線を外さない。その佇まいから、カトレアはブルンゲルが相当鍛えられていることを察した。意識を切り替え、思考を全力で回す。どうやら短期では終わらせられそうにない。
補助型か、攻撃型か。
先頭で繰り出したことから、補助型であることを推測。カトレアは即座にメタグロスの交代先を準備した。
――〈鬼火〉が来る。
火傷状態にされてしまえば、メタグロスはその強さの大半を失ってしまう。面倒な一手に更に苛立ちを募らせながら、ブルンゲルの動きに合わせてカトレアはポケモンを入れ替えた。
「〈鬼火〉」
やはり鬼火。
「ランクルス」
「きゅあ!」
緑のぶよぶよに、幽の炎が纏わりつく。真夜中ではおどろおどろしい火も、炎天下では白けて見える。ランクルスが火傷を負い、ちりちりと緑が変色する。焦がすように、炙るように。
しかし、一切のダメージはなく。
「〈マジックガード〉か」
男が呟く。相手からの攻撃技以外の、あらゆるダメージを無効化する鎧。それをカトレアのランクルスは備えている。
(〈祟り目〉が厄介ね)
カトレアとて、メタグロスへの火傷は回避したものの、ランクルスに対して効果抜群の〈祟り目〉に注意を払わなければならない。
男が口を開くこともなく、ブルンゲルが単独で妖気を纏い始める。〈祟り目〉だ。
弱り目に祟り目。本来そう高い威力でもない技だが、状態異常を負ったポケモンに当たった瞬間、威力が倍に跳ね上がる。
「〈光の壁〉!」
ランクルスが光り、眼前に輝く壁を展開する。〈祟り目〉はゆっくりとランクルスを追尾しながら迫り、壁に当たった瞬間に大きく弾ける。特殊技の威力を半減させる〈光の壁〉によって大きく衝撃は軽減され、ランクルスは少し後退し傷を負うだけに留まる。
カトレアは即座に技を返す。防戦一方では四天王の名折れと言わんばかりに、声を張り上げて。
「エナジーボール!」
ブルンゲルに効果は抜群。身体が大きく動きの遅いブルンゲルに回避は望めない。
自然のエネルギーが炸裂して、ばりばりと音を立てながらブルンゲルを削る。表情を歪めながら、しかし大きく体勢を崩さず。
「硬いわね……本当に鍛えられてる」
四天王のポケモンが放つ、効果抜群の技を受けてなお体勢を崩さず。
――アタクシと同等のレベルまで鍛えられている。
そうカトレアが判断した、その時だった。
「
男がそう言い放った。
「きゅあ!?」
「ランクルス!?」
突如苦しみ始めるランクルス。目はせわしなく動き、腕は何かを払うように暴れる。
「〈ナイトヘッド〉ね!?」
相手に恐ろしい幻を見せて、霊力でダメージを与える技。ポケモンの格が高いほど、威力が上がるという。カトレアのポケモンと同等に鍛えられたブルンゲルから放たれる〈ナイトヘッド〉は、〈光の壁〉をすり抜けてランクルスに大ダメージを与えていた。
「ランクルス!〈瞑想〉!」
名前をはっきり呼んで指示を出す。ランクルスは目をぎゅっと閉じて集中を試みる。耳から聞こえる恐ろしい音から必死に意識を逸らし、幻を見ないように目を閉じ。
「もう一度〈エナジーボール〉!」
倒れるまで何度でも。
「交代だッ!ナットレイ!」
男が従えていた2匹目はナットレイ。
ワイルドエリアの地面にずん、と突き刺さるナットレイの重い身体。触手を伸ばして、戦闘態勢を展開する。圧倒的なタイプ耐性を誇り、高レベル帯のトレーナーに非常に好まれているポケモンでもある。
自然のエネルギー弾はその硬い身体に当たって弾けるが、まるで効果がない。
(〈鬼火〉をメタグロスに撃つためにブルンゲルを温存したのね)
おそらく、男のパーティは状態異常を利用しながらタイプ相性で有利を取るパーティだ。ひとつのタイプに長けたエキスパートというよりは、同じ気質のポケモンに好かれるタイプのトレーナー。
(〈はたき落とす〉は覚えさせていそう……。距離を取って戦うのがよさそうね)
「離れて〈気合玉〉」
集中を要し、制御も難しいため命中に難のある〈気合玉〉だが、ナットレイに撃ち込むならば話は変わる。距離を取って落ち着いて狙えば、ほとんど動けないナットレイには簡単に命中する。
「……」
男は口を開かない。
が、ナットレイは即座に高速で回転を始める。ゴリゴリと大きな音を立てて地面を抉り、辺りに尖った岩をばら撒いていく。
(〈ステルスロック〉……ということは完全に交代戦主体のパーティね)
回避行動を取らなかったナットレイに、当然〈気合玉〉は命中する。
バゴン!
大きな音を立てて、ナットレイが吹き飛ぶ。触手を地面に突き刺してなんとか堪えるものの、大ダメージは明白である。
――退屈。
カトレアが抱いたのは、そんな感想。
このまま交代戦を続けても、カトレアは負ける気がしなかった。ポケモンは鍛えられているものの、定石通りの戦法。3匹目次第では、カトレアは完封すら見据えていた。
だから、ナットレイの気配の変化に気付けなかった。
「お疲れ様」
最初に、カトレアの目の前が真っ白になるほどの光が放たれた。そして、ナットレイを労わる男の声がほんの一瞬遅れて聞こえた。
全身を包む、日差しの暑さだけでない熱量にカトレアが驚くよりも先に。
視界の端を緑の何かが横切った。
「嘘でしょう」
カトレアは、目の前の光景が信じられなかった。
「ランクルス……」
ナットレイが〈大爆発〉を使った。
自ら気を失うほどのエネルギーを爆発させ、相手ごと自爆する技だ。その威力は地形が変わり、ナットレイがいた場所を中心にクレーターが形成されるほど。
ランクルスはカトレアの後方まで吹き飛び、戦闘不能になっていた。
男のパーティは、交代戦主体ではなかった。指示無しでポケモンが動けるほど、洗練された戦いの流れ。何十戦、何百戦、何千戦と共に戦ってきたことが、戦い方からも読み取れた。
――3匹目に、あの男の切り札がいる。
ブルンゲルとナットレイは、3匹目のために場を整えているにすぎなかった。
(だからおそらく、次も出てくるのはブルンゲル――)
「ブルンゲル」
カトレアが準備するよりも先に、男はブルンゲルを繰り出していた。
両者同時に戦闘不能となった場合、審判の合図で同時に繰り出すというルールがある。審判はいないものの、カトレアがそれを咎めようと口を開くよりも先、男が言った。
「あんたほどのトレーナーならわかってただろ?さあ、3匹目を見せてくれよ」
「……そうね、言われなくても見せてあげるわ」
男のペースに呑まれかけている。その佇まいからは想像できないほどの強さを男は持っていた。何より〈大爆発〉を信頼の下で行えるほど、ポケモンと心を通わせ、この一戦に全てを賭けていることがひしひしと感じられた。
「ゴチルゼル」
気高い従者が現れる。未来を視る、サイコパワーに満ち溢れた従者が。
「なるほど、〈影踏み〉か!」
ゴチルゼルの足元の影が黒く、ゆっくりとブルンゲルに伸びる。そして影同士が繋がり、
「〈コスモパワー〉」
ゴチルゼルのサイコパワーが急激に高まり、辺りに星が浮かぶ。ゴチルゼルの身体が強化され、防御と特殊防御が上がる。
「呪え、ブルンゲル」
影で繋がっているなら、〈呪い〉もダイレクトに。怨嗟を込めて、ブルンゲルが身を削って成功者を呪う。男の信念も乗せて、呪う。
「ありがとうな」
ブルンゲルがゆっくりと、ゆっくりと地面に力なく落ちていく。
「……ブルンゲルは戦闘不能だ。次のポケモンに交代する」
男の声が、やけに響いた。
カトレアのポケモンは、一度も男のポケモンを倒していない。
いっそ不気味なほどに、2匹とも自ら戦闘不能になっていった。まるで3匹目に全てを託すように。
「長期戦だって得意だったよ、あいつらは。でも
その言葉が意味するのは。
この"晴れ"の下で力を増すポケモンだということ。
「これで最後だ。頼んだぞ、ヘルガー」
「アオォォォォォン!」
遠吠えが聞こえる。
地獄から死神が呼んでいる。
陽が傾く前に。この青空の下で。
「ヘルガー……!」
そして、その胸に掛けられた小さな玉。赤と黒の入り混じった、恐ろしくも美しい宝石。ヘルガナイトが。
「この身体が溶けるくらいに、俺達は焦がれている」
男が言う。
「溶けてなくなっても構わない。それでも、何かを成し遂げたかったんだ」
語るように、懐かしむように。
「地獄にも天国にもいけなかった。何者にもなれなかったんだ」
――メガシンカ。
姿が変わる。角は天に向かって伸び、尾は二又に。爪は熱されて赫く。
「焼き尽くせ〈煉獄〉」
轟、と炎が一陣薙いだ。
「ゴチルゼル……!」
一撃。
ブルンゲルの〈呪い〉を受けたものの、まだまだ体力を残していたゴチルゼルをメガヘルガーは一撃で葬り去った。〈コスモパワー〉も重ねて耐久力を上げていたにもかかわらず、だ。
ゴチルゼルをボールに戻しながら、カトレアは次のポケモンを構える。
「アオォォォン!」
メガヘルガーが吠える。苦しむように、昂るように。熱が抑えきれず苦しいのか、歯を食いしばっている。男もそれにリンクするかの如く、胸を押さえて苦しんでいた。
メガヘルガーの〈サンパワー〉と呼ばれる特性。それは、強い日差しを浴びることで更に熱を高めて技の威力を上げるというもの。過剰な熱はその反動でだんだんとヘルガーの身体を蝕む。
爪が赤いのは、溶けかけている証拠。文字通り身体を削りながらメガヘルガーは戦う。
「メタグロス、お願い」
四天王としての強さを象徴するような、種族として格の高いポケモン。それで迎え撃つことが、何か後ろめたいような。そんな迷いを一瞬振り切って、カトレアは目の前の強敵に向き合った。
「〈アームハンマー〉!」
その巨体をぐわん、と浮遊させてメタグロスが突進する。
重い腕の一撃を狙う。格闘タイプの〈アームハンマー〉は、全力ゆえに機動力に隙が生まれる。しかし、その威力はメガヘルガーを一撃で沈めかねないほどのもの。
「迎え撃て!〈オーバーヒート〉!」
それは、炎タイプの最終奥義。
自らが燃え尽きるほど、過剰に炎を灯して相手を焼く技。反動で特殊攻撃力ががくっと下がる一方、その威力は〈破壊光線〉に迫るほど。
「燃やせッ!」
メタグロスの勢いは止まらない。効果抜群の炎を浴び続けても、倒れない。
腕を振りかぶり、その重く硬い巨体からの一撃を――
「〈イカサマ〉だッ!」
「バウッ!」
ヘルガーが噛みつく。ガキン!という嫌な音を響かせながら、メタグロスに食らいつく。高温の牙がじわり、とその肌を溶かして食い込んでいく。
メタグロスの勢いを利用して、物理攻撃を行う〈イカサマ〉は当然効果抜群。
「直接〈地震〉!負けないでッ!」
日傘も投げ捨てて、カトレアが叫ぶ。
それに応えるように、メタグロスが足を直接ヘルガーに押し当て、ズン!と大きな衝撃波を放つ。
「「負けるなッ!」」
どちらともなく、叫んでいた。