妖怪の山は洋城の夢を見る   作:Humanity

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前章までのあらすじ

妖怪の山に突如現れた洋城、そして人里に蔓延する疫病。
天狗の里は「遠征隊」を派遣し洋城の裏側から侵入を謀るなか、人里では人々の互いへの不信感が大火事を引き起こした。

今回のHumanity(?)

朝起きて驚きましたよ…
評価バーに色が付いているじゃありませんか!この期に評価をくださった方々へ感謝申し上げます。



洋城異変
動く


 

「霊夢。」

 

 

隙間からではなく鳥居から博麗神社にやってきた八雲 紫は真っ直ぐに博麗 霊夢を見据えて言った。

 

 

「異変の解決に動くわよ。」

 

 

事の重さが分かっているからこそ、それに対する霊夢の返答はただ黙して頷くに留まった。

 

鳥居から遠く臨める人里は昨夜の大火事から明けて濛々と立ち昇る煙に包まれ、以前よりも大分分厚く空を覆うようになった雲も相まってどんよりとした様相である。

霊夢はそこから妖怪の山へ視線を動かすと此方もまた人里以上に暗い空であるが不自然なぼんやりとした日の明るさを帯びる一帯が山間の向こうにあった。

 

洋城である。

 

神社の巫女であり幻想郷の裁定者である霊夢ですらもその尖塔の一部のみを見せてこちらを睨みつけるような姿には畏怖の念を抱くほどであった。

 

 

「…あの城が人里の騒動に関わっているかどうかはよくわからないけれど、でも偶然とは考えにくいわ。直接ではなくとも間接的には原因の一端を担っていると考えるのが最良かもね。——推論としてはだけれど。」

 

「何はともあれ人里へ行きましょ。あと紫私を連れて行ってくれない?最近能力を使っても()()()()()のよ。」

 

「あら霊夢もなのね。」

 

 

「霊夢も」と言う言葉に驚いた霊夢は目を見開いて紫を見る。

 

 

「あんたもなの?」

 

「と言うより幻想郷中が、よ。」

 

 

そう、幻想郷中に於いて「空を飛ぶ」ことと「水を泳ぐ」又は「潜る」ことが出来なくなっているのである。またそれは妖怪も神も妖精も人間も普遍的にであるから異常性が際立っているのだ。

 

なお霊夢の場合は「飛びにくい」にとどまる。

能力の性質上の問題なのだ。

 

 

「霊夢は…知らないだろうけれど、河童が総じて泳げなくなったり水関連の妖怪が水に潜ろうとして引き摺り込まれるようにして沈み込んでしまったり…そういう『機能不全』が幻想郷中で起きているのよ。神も仏も有象無象の境なくね。」

 

 

河童の河流れを想像した霊夢は「見てみたかった」という思いと同時にその事象の異常性と人里の騒動、洋城が一連の異変であったとした時の恐ろしさに思い至った。

 

 

「一体全体なにものよ…」

 

「…他の世界線に自分の『常識』を植え付ける所業を見れば神かそれに準じる存在でもおかしくはないわね。まぁそれは人里に着いてから会合で上がるでしょうし今私が話すべきことではないわ。さ入って入って。」

 

 

いつの間にか鳥居の下に口を開いたスキマの()の薄暗い空間から紫が手招きしていた。その向こうに開いたもう一つの口は既に人里へ通しているらしい。

 

 

「会合って?私それ初めて聞いたんだけど?」

 

「えぇ、今初めて言ったもの。だって霊夢あなた前もって言ってたら来なかったでしょ?もうみんな集まっているはずよ、急ぎなさい。」

 

「はぁ〜…。にしても珍しいわねあんたが私以外の誰かに進んで頼るなんて。」

 

「それほどの相手になりうるからよ。」

 

 

霊夢は紫に伴われてスキマへと入って行き、音もなく閉じた口は元の風景に戻った。

 

もう一つの口から出た先は人里の門前であった。

 

 

「…改めて見ると酷いわね…」

 

 

門前と言ってもそこに門はない。殆ど焼き崩れた為に残骸を端へ寄せて人をなんとか通れるようにしたという程度の場所を通り抜けると、一昨日までの里の風景はなく一面が燃えて荒寥とした土地があるばかりなのである。

 

 

「…」

 

 

子供の泣く声がする。

目に見えるほとんどが互いに助け合うことを辞めた人々であり、その小家族が疎らに天蓋を設けて暮らすのみのその向こう、小川を挟んだ対岸は火が及ばなかったらしく不気味なほど無疵な稗田邸や寺院があった。

 

 

「…何がなんでも解決させないといけないわね。」

 

「……えぇ、霊夢。」

 

 

しかし霊夢の心には異変が解決してもここはこのままなのではないかという危惧すら浮かんでいた。

 

 

「…でも——」

 

「——そのあとの事はその時考えればいいのよ。今は現実から目を逸らさないことが大事なの。」

 

 

わざわざ紫が稗田邸ではなく人里の門へスキマを繋げた真意である。遠方から見た世界と実際に肌で感じる世界には大きな差が生じやすいものなのだ。

 

 

「でもこうして来るとわかるでしょう?みんながみんな諦めた訳ではないのよ。」

 

 

元々寺子屋のあった場所では炊き出しを行う煙と人だかりがあり、また燃え残った米蔵や食糧庫では配給を行っていた。今もそれら食糧庫から各炊き出し場所へと俵を担いで持っていく里の運脚の姿がある。

 

 

「…そうね。」

 

 

そう話しつつ早くも小川に架かる橋を渡った二人は稗田邸の門を潜った。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

紫の招集によって稗田邸に集められたのは幻想郷中の知識人に集団を取り仕切る長から悪霊までと様々で、それらが一堂に介している様は発せられる妖力や魔力のせいもあって壮々たるものがある。

末座には天魔に連れられてきたらしい烏天狗()がメモを片手に目を輝かせていた。

 

どうやら霊夢と紫が最後であったらしく二人が稗田邸の一角を用いた会合の場に座ると障子戸が閉め切られた。

紫が口を開く。

 

 

「遅くなったわね始めましょう、この異変(イレギュラー)を終わらせるための会合を。」

 

 

これを皮切りに先手を挙げたのは八意 永琳、人里での『疫病異変』の対応を取った者のうちの一人である。

 

 

「ではまず人里の疫病から。…といっても後の報告に拠る部分が大きいと予想されるしなんなら私には管轄外と言わざるを得ないわね。」

 

「管轄外?」

 

 

紫が尋ねると肯いて続けた。

 

 

「あれは病気じゃない。能力か呪いか魔術もしくはもっと根本に原因をもつ現象。よって医学ではなんの対応も打てない。これだけは断言して良いわ。」

 

「…」

 

 

予測していたらしく霊夢よりは然程の驚きを見せなかった紫は更に話を振った。

 

 

「じゃあ幻想郷の『機能不全』については?」

 

「それは私が答えるわ。」

 

 

次いで言を発するのはパチュリー・ノーレッジである。

 

 

「そうね、あの機能不全は曇り空に拠っていると思うの。この場にいる大体は気付いているでしょうけれど、あの雲は妖怪の山——強いては洋城を中心に円形に波及するようにして広がっているのよ。で霧の湖やその雲の外縁に近い部分の調査を咲夜に手伝ってもらったところだと、その雲が日を遮る範囲内で機能不全が発生していることが分かったわ。…………つまるところ結界に近いものかも知れない。結界と言えるほどはっきりとした区切りが存在していないのが厄介なのだけど。」

 

「これにはあたしが補足させて貰うよ。」

 

 

下半身が半透明な靄になっている悪霊——魅魔——が話す。

 

 

「知識の魔女が言う通りあれは結界に近いものさね。ただその強制力の強さは並みじゃないよ、幻想郷の性質上『常識が存在しない』ことが災いしてその『常識』を上書きされているのさ。」

 

「常識を…上書きする?」

 

 

霊夢がよくわからないと言った顔で反応すると魅魔は心底愉しそうな顔をして言った。

 

 

「常識がないからこそ出来ていた飛行が上から重ね書きされた常識によって出来ないようにされるといった風にね。霊夢の場合は能力の関係上『飛ぶ』ことはできるはずだが、上書きしたほうは意地でも飛んで欲しくはないらしいね。…河童が泳げなくなるあたりもその影響さな。」

 

 

霊夢は紫からされた『常識』についての説明を思い返す。ヒトが人型であることと同様に本来は存在する『常識』であるが、幻想郷は来るものをそのままの形で存在させるために敢えて『常識』を定めていないのだと。

 

 

「んで疫病の話に戻すと、おそらくその現象も曇り空(常識)の下だったからこそ発生したものなんだろうと考えられるってわけだ。そこは知識の魔女が調査してくれたからあたしが言えることはそれくらいだな。」

 

「そう言うことよ。」

 

「知識の魔女…パチュリーだったか?割り込んで済まなかったな…」

 

「いえ助かったわ。」

 

 

こちらもやはり予想していたらしい紫はしかし苦い顔なのは変わらない。そして妖怪の山——主に天狗の里——の代表者として出席している天魔が合議の結果を告げる。

 

 

「妖怪の山の動向についてだが……合議の結果天狗の里は遠征隊を洋城へ派遣することになった。」

 

 

天魔のその知らせに対して一室の緊張度が一気に増した。これまでも基本的には保守的な立ち回りをしてきていた天狗が、その重い腰を上げたというのはかなり意外なものと写ったためである。

 

 

「私は紫からの働きかけに応えて、博麗の巫女に協力を頼みつつ様子を見るように言ったのだが…。大天狗と里長は意見が一致して派兵が決定されてしまった……紫、申し訳ない。」

 

「…それは…いえ仕方がないわ。天狗の合議は多数決だもの。その遠征隊はいつ出立するの?」

 

「一週間か早くて四日後だろう。白狼部隊に測量隊を組み込んで建前上は偵察の形を取っているが…その実は攻略部隊だ。測量隊の編成を変更までして衛生兵主体に切り替わったから。」

 

 

その言葉選びからして件の遠征隊はスペルカードルールに基づいた決闘の形式ではないと察せられた。紫は眉間に寄った皺を揉みほぐしながらその対応を練るも、合議の結果を覆すのは難しくまたそれによる天狗からの反発を考えると余り大きく出たくはない。

 

つまり犠牲をなんとしてでも抑えるには、——

 

 

「——…遠征隊の出立より前か同時にこちらも動く必要があるわね…。」

 

 

()()

 

それはつまり異変の原因を特定、停止すべく洋城へ赴くということである。しかしその時点で一同の脳裏に浮かび上がったのは洋城の存在をしめした新聞の記事だった。何か事情があれどなかれども少なくとも歓迎はされないとはわかっている。

魅魔が実体化した足で胡座を組みながら紫に聞く。

 

 

「それはいいが…スペルカードルールはどうするんだね?」

 

 

脚色の色濃い文々。新聞での記述がすべて正しいとは思えないものの、幻影による攻撃を顧みるならばそのルールには則らないとみるのが妥当である。単に知らないだけではあろうが。

 

 

「…悔しいけれど、棄てるしかないわね。」

 

 

当の紫本人はもとより自身の愛する幻想郷をここまで改造し尽くしまた間接的ながらも破壊した件の洋城に対する烈火の如き怒りが、スペルカードルールの有無に関係なく「殺せ、殺せ」と叫んでやまないのであるが。

 

それは一部を除いて、知られていない。

 

ここで霊夢が口を開く。

 

 

「で、異変の元凶が洋城にいることはわかったわ。あとは私が行けばいいわけ?」

 

 

これには直ぐに紫が口を挟んだ。

 

 

「いいえ、違うわ霊夢。この会合はその異変解決に参加する者を募る意味もあるから、その返答が出揃うまで少し待つわよ。…そうね、期限は出発の日の四日後にするわ。」

 

「これまで通りに私がやればいいじゃない…足手纏いが増えるだけでしょ、面倒臭いわね。」

 

「ふふ、まぁまぁそう言わずに。取り敢えず会合はここでお開きにするから、参加する場合はまた四日後に博麗神社で会えるといいわ。」

 

 

座を立ってそう紫が言うと参加していた面々は各々に屋敷から退出して行く。そのうちの一人、魅魔だけは紫の元まで来て言った。

 

 

「幽香は参加しないそうだよ。」

 

「…そうでしょうね、残念だけれど彼女が好むような口ではないし例の雲も太陽の畑には及んでいないもの。貴女はどうするつもり?」

 

「あたしかい?気にはなるさね。」

 

「なら——」

 

「——が、参加はしないね。そう言う性分ではないし、何より相手が厄介すぎるのさ。あぁそうだ紅白巫女、伝言を頼まれちゃくれないかね。」

 

 

悪霊の一挙一動を注視していた巫女はしかし察したように返す。

 

 

「…自分で言ったらどうなのよ。」

 

「まだ会う気はないのさ。」

 

「あぁそう。で何?」

 

「『行くな』と言ってやればいい。」

 

「あら意外。進んで行かせるのかと思ったけど。」

 

「あたしゃ悪霊だからね、鬼ではないのさ。それにさっきも言ったけれど、ああいう手合は()()()()数百年や数千年の妖怪とは訳が違うってもんだ。あんたも注意するんだよ。」

 

「余計なお世話ね。」

 

 

悪霊は愉快な笑いを残して霞と消えた。

 

 





シリアス、シリアル、notシリアス、ギャグとは異なるジャンルで”Souls”があると最近になって確信しました、Humanityです。

前書きでありました通り、ありがたいことに拙作の評価バーに色がつきました…っ!改めてこれまでに評価をくださった、アイゼンパワー様 yamadam様 丸丸丸様 缶ジュースの化身様 仮面ハベル様 ケチャップの伝道師様へ、私の最大限の感謝を。

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