妖怪の山は洋城の夢を見る   作:Humanity

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前回のあらすじ

にとり、黒衣の騎士に脅される

 


白狼

 

 

「警戒を厳にせよ」

とは天狗の首長、天魔の言である。

 

先日警邏の天狗が発見した洋城に対して当初天魔は非干渉を徹底し観察を行うように伝達したばかりであった。がその矢先、例の『烏天狗の少女』が洋城内に無断で侵入し、洋城側から手厚く歓迎(迎撃)されたことから里の住民の声が高まり退くに退けなくなった天魔はその指令(非干渉)を変更したのである。

 

 

射命丸負傷の報を聞いた当時、かの首長は酷く窶れた顔をして「まったく…文めぇ…ッ ぁあ〜やだ…勘弁してくれ……」とぼやいたという。以降寝所から出た彼女を見たものは未だおらず、指令の伝達はその部屋から襖越しに渡されるふみから出されているのだとか。

 

閑話休題。

 

 

この言を受けて天狗の里は市中警備と防衛に烏天狗を、洋城方面へ白狼天狗を派遣して洋城の監視を継続し情報を収集せよと発した。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

白狼天狗の斥候部隊を任された少女——犬走 椛——は洋城左側の山肌から千里眼を通して城やその周囲を監視している。

今天狗側でのたしかな情報といえばこうした事態を巻き起こす火種となった文々。新聞しかないのであるが、それをみれば城内では飛ぶことができないという。翼を動かせず飛べぬ烏天狗など力が強いだけで歩兵戦力としては機動力に欠けるため、白狼天狗が派遣されたのだろうと椛は推測しているが概ねその通りであろう。

 

なにより天魔の胃袋のためでもあるが。

 

 

 

「はぁー…もう嫌眠い…」

 

 

 

烏天狗に負傷者が出たという情報の威力は凄まじいものであった。そもそもの話天魔としては斥候部隊の派遣はそこまで急務ではなかったのであろうが、射命丸も烏天狗の端くれ。その射命丸が負傷したという話は天狗の里で瞬く間に広まり、件の言は下部組織である里からは『最重要』と捉えられたのである。

 

また詳細不明の幻術が原因で烏天狗が飛べないという話から当初洋城監視の任についていた警邏の烏天狗を全員撤退させ、そこを埋めるために対外哨戒に充てられていた白狼天狗たちの一部の他に里の中に駐留していた白狼天狗たちも動員された。

 

 

この際この椛は昼寝中に里の烏天狗によって叩き起こされ、機嫌が少々悪いのである。

 

 

山肌に器用に立つ椛は千里眼で普段の哨戒以上に酷使した目を一度閉じて休ませ、眉間のシワをほぐして再度眼を開いた。

 

地形に見事に溶け込んで平然と佇む洋城を上から臨み、また周囲の森を警戒する。城の裏手は洋城の出現前に派遣されていた測量隊曰く

 

 

反りくり返るような特異な地形でありとても歩けるようなものではない。測量など以ての外だ

 

 

といい、また普段から風が巻いて視界が悪いとも言った。これらから重要度は低いと判断され斥候も配置されてはいない。また椛の位置からは聖堂の高い屋根と砦やドームに阻まれて確認ができない。

 

跳ね橋は射命丸が担がれていった後に上げられたらしく、白狼天狗が到着した時点で既に通行は不可能であった。

 

 

 

「もう射命丸の奴余計なことを…ッ!」

 

 

 

この場に天魔がいれば多少はマシな顔をして全力で同意したであろう。

 

 

 

「んんーっ まったくもって動きがないように見えるけど、もしかしたら私たちより先にあちらさんも動いたのかも…」

 

 

 

椛は側にいる部下の白狼天狗へ指示をする。

 

 

 

「部隊編成のうち半分を領域外縁部にまわし直してください。もう相手さんも斥候を出し終えていると予想できます。」

 

「分かりました。伝令を里へ送り配置状況を更新させますがよろしいですか。」

 

「大丈夫よ。」

 

「では。」

 

 

 

身軽に山肌を駆けて一気に下っていったその天狗は森の中へと消えていった。

部下を見送ってまた監視を再開した椛はそのしばらく後、正門側ににとりを発見する。

 

 

 

「んんっ? んぅー見えにくいけどあれは光学迷彩。…河童ね。何しに来たのかしら?」

 

 

 

「偉大な技術」は千里眼を前に脆く砕けた。

緑のキャスケットが光学迷彩で見えにくくなった体の上に浮いているのだから至近距離ならばわからないわけがないのであるが、椛がいるのは相手側からは視認もできないであろう険しい山肌の上。千里眼の凄まじさを感じるものである。

 

 

 

「スケッチブック?あぁ建築を見に来たのね。物好きなことですね…」

 

 

 

呆れ気味にそう言いながらその河童周辺を見渡すと、散らばっている白狼天狗の数が半分は減っていることから指示はうまく伝達されたようである。

 

 

 

「よしよし…城の周辺まで何の報告もなく河童が来れているのはいただけないけどいいでしょう。騒ぎがないということはあちらさんとは会っていないのですから…」

 

 

 

もしくは河童はすでに洋城との協約を取り付けているのか、という所まで思案した椛はすぐさまこれを否定した。

 

 

 

「そうではないはず。だったらわざわざ森に紛れて光学迷彩付けて来ないでしょうし。」

 

 

 

変化がなく暇である椛はせっせと絵を描くキャスケットとスケッチブックとノビールアームを見ながらしばらく過ごしたのであるが、河童はそのスケッチブックを小脇に森の中を城を挟んだ向こう側へと向かっていってしまった。

 

 

 

「あら…」

 

 

 

と同時に伝令を終えた部下が帰還した。

 

 

 

「伝えて参りました。」

 

「お疲れ様です。」

 

「何か変化はありましたでしょうか?」

 

「うーんいや…一匹河童が紛れてたくらいで何もですよ。」

 

「河童ですか…警備網を掻い潜ってきたのでしょうか?」

 

「まぁ光学迷彩を通して姿を確認するのは至難の技ですし、わたしも千里眼がなかったら見えていませんから。」

 

「なるほど。ではとりあえずは『河童は通せ』と伝えて参ります。」

 

「ふふ、そうねお願い。」

 

 

 

はははと笑いながら再び山肌を駆け下っていった部下に休ませればよかったかと思った椛であるが、事実その部下自身は汗一つ掻いておらず軽い運動くらいの気持ちでいるのである。

 

 

 

〜〜〜河童少女、邂逅す〜〜〜

 

 

 

件の河童はどうなったであろうと椛が考え出した時であった。

 

異常な程の重圧が山中を駆け巡り森の鴉という鴉が飛び立ち、木々が風もなきに大きく揺れて軋みを上げる。

 

 

 

「——なッ!!!???」

 

 

 

半分寝ぼけていた椛もまたその大妖怪にも並ぶ威圧の()()に眠気が覚め、直ぐに千里眼を使用してその出所を見る。が生憎と城を挟んだ向こう側であり千里眼に映らない死角でそれは発せられているようであった。

 

 

 

「うぅ…—ッ!!!」

 

 

 

それを目の前にしたわけでもないに関わらず足が竦んでしまった椛は確認に向かおうにも動けず、思考を回すのみであった。

 

 

——何?!この圧力は…っ!それにあの方面はあの河童(にとり)が居るはず…ッ!——

 

 

そう思い至ってからは早かった。

 

腰の佩刀に手を掛けて一気に山肌を飛び降りると河童の居るであろう方面へ必死に駆けた。途中、正門の前を通ったあたりで圧は鳴りを潜めたがそれはより一層椛を急かした。

 

 

——もう間に合わないかもしれない——

 

 

そう思えば思うほど反応の遅れた自身を責め、あの威圧感の発生源の特定とまではいかなくとも件の河童だけは助けねばという焦りが椛の足を前へ前へと踏み出させるのである。

椛は道半ばで気力が失せ腰の抜けた他の白狼天狗に会っては檄を飛ばしつつ、駆ける足は止めることなく突き進んだ。

 

そして森の外れも近くなった頃にようやくあの大きな背嚢を背負った緑のキャスケットを発見したのである。

 

 

 

「あっ!河童!」

 

「ひっ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「ひぅ…」

 

 

 

酷く怯えた様子の河童はスケッチブックを胸に抱えて走り逃げようとし、椛はそれを背後から軽々と先回りしていく。そして何かに怯え切って逃げるのに必死になった河童は、背後から追い抜く存在が何かも確認することなく足元に飛び出した木の根にも気付けず躓いた。

 

 

 

「はぁっ ぅぅ…はぁっ あ——ッ!」

 

「—! 危ないです…っ!」

 

 

 

山を走り下っていた河童のその勢いは両の足が地を離れてもなお余りある。

ぐるりと先回りしていた椛が躓いた河童を胸に受け止め、受けた反動を自慢の体幹で堪えながら右足を下げて流しようやく止まった。

 

 

 

「ふぅ、大丈夫ですよ落ち着いてください。」

 

「はぁっ はぁっ はぁっ んく 天狗…様?」

 

 

 

蒼ざめた顔をした河童が息を切らしながらも一歩下がって言う。

 

 

 

「はぁっ ありがとうっございます…っ」

 

「いえいえ、危なかったですね。それよりやたらと怯えていましたがそれは一体——」

 

「ひぃっ…い、言えません。」

 

「言えない…?」

 

「いっ言えないのですごめんなさい」

 

「それはどうして…」

 

()()は、アレだけは駄目です、怒らせたら今度こそ—っ」

 

「アレ?って一体何のことです?あの威圧の正体ですか?」

 

「ひっ ひぅ 言えません…言えません…」

 

 

 

ふるふると震えながら、目に涙を浮かべながら首を横に振り俯く河童の様子に椛は、やはりあの元凶が河童に関わったのだと確信した。しかしなぜ河童なのかが謎である。

 

 

——私たち斥候ならまだしも…——

 

「…ねぇ、スケッチブック私に見せてくれたりは——」

 

「駄目っ!…あっ いや あの無理です、いくら天狗様と言えどもこれを見せるわけには行きません…」

 

 

 

スケッチブックを抱えた胸を背けてそういった河童に椛が詰め寄って説得を試みる。

 

 

 

「あなたが危ないなら、私たち天狗で守ってあげられるかもしれないです。ですからどうか情報をこちらに少しでも提供していただくわけにはいきませんか?」

 

「それでも無理なのです天狗様…だからどうか諦めてください…」

 

「それはあの重圧の元凶についても、ですか?」

 

「……」

 

 

 

以降黙りこくってしまった河童は椛がどう問うてもその口を頑なに開こうとはとせず、問答は平行線を辿ることとなった。遂には椛が折れて河童は解放されることとなったが、その際ですらも河童は椛の同行を許さず独りで玄武の沢へと向かったのだった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

その日の椛の報告から天狗の里長及び——襖越しの——天魔などを含めた合議により『洋城の構造』が秘匿されていることや、射命丸の後の証言から『視界不良の洋城裏手』が怪しいと踏んだ天狗たちは早速測量隊を含めた斥候部隊の編成に乗り出した

 

 

が、これが酷く難航するのであった。

 

 

 

 

 





暫くは天狗の里、人里を中心に物語が展開されていきます。


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