妖怪の山は洋城の夢を見る   作:Humanity

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前回のあらすじ

褐色の白狼、ナニカ、大斧と大曲剣
 


三、

 

褐色の白狼が鎧と対峙するその頃。

沼地を左回りで迂回するもう一方の白狼部隊である椛と測量隊を含めた十五名は追われていた。

 

 

時間的な制約ではなくて追われているのである。

 

 

火の粉が舞い椛の髪の毛先がその熱に焦げて煤けていた。

竜の頭の盾を手にした胸に灼ける穴の開いた彼ら三人の黒い騎士たちはそれぞれ直剣や槍を得物にしていたのであるが、それらが火を纏って形を成し直剣は大剣に槍が剣槍にとその姿を変えた時、直感的に撤退を選んだところまでならば椛は賢明であっただろう。

 

しかし彼らの足の速さとその独特の剣技そして何よりもそれらの間合いの広さを見誤ったのは痛手である。

 

 

退路を塞ぐように突出する槍に合わせてもう一人の騎士が火を纏った直剣で飛び込み斬りをし陣形に穴を開け、三人目の騎士が火を吹く盾を手に威嚇しながら進路を絞らされた挙句に椛は全力で突破前進することでこの状況の打開としたのである。

 

見る人が見れば最大の悪手であり、またそれは勇人のような奇策であろう。後者についてはそれが上手くいけばであるが。

 

 

結果としては悪手中の悪手に終わった。

 

 

突破して逃げた先で沼地から上がってきた人面蠅——半人半蠅というのが正しいか——を引き付けてしまい、さながらパレードのような地獄絵図となっている。

 

振るわれる剣や槍の火の粉が舞い、青く光る透明な魔術の残滓が火の粉と混ざって踊る。

 

 

沼地は足を取られるのでと傾いた教会の屋根の上を走る途中、測量隊の隊長が椛に話しかけた。

 

 

 

「椛さん、一度狭い通路に誘い込んで各個撃破できないでしょうか?」

 

「そうは言っても…その通路にアテはあるのですか?」

 

 

 

測量隊の隊長は頷いて進行方向の先を指差す。

それは騎士たちがいた、また現在走り逃げている真っ最中である沼地に沈み込んで大きく傾いた教会の屋根のその先を登る細い坂道の先である。

 

 

 

「あそこにある建物ならどうかと思いまして。」

 

「罠の可能性もありますから慎重にやりましょう。ゆっくりとはしていられないのですがね。」

 

「えぇもちろんです。測量隊が先行して屋内を制圧しましょうか?屋内戦ならば短刀の方が槍や剣よりも有利ですし、できればその中で負傷者の手当てを行いたいので。」

 

「ありがとうございます。では各隊から負傷者を引き抜いての先行をお願いします。後ろは我々で誘引しつつ制圧確認まで押さえます。」

 

「測量隊!我々で先行するぞ!」

 

「負傷者は測量隊と共に屋内へ向かってください。残りで殿を勤めます。」

 

 

後退に失敗した折で火傷を負った者が多い椛の部隊では十名中四名が測量隊へ伴った。

 

 

「制圧を確認次第、そちらへ伝えます!」

 

「分かりました!」

 

 

測量隊の五名が各々に腰の短刀を抜き、その後ろへ負傷者が続いて坂を登ってゆく。同時に椛は部隊を励ましながらその場に止まることを改めて伝え、継戦した。しかし依然として劣勢。

 

騎士が得物を振るえば熱風が吹き荒れ火の粉が舞う

蠅が詠唱を行い乱れればその歪な魔術の残滓が踊る

そしてその度に一人また一人と戦闘を離脱していくのだ。

 

蠅の木の枝を模した魔術が白狼の一人を刺し貫くと、それを晒し上げるようにして掲げる。彼女はその枝を動かされるたびに言葉にならない声と喘鳴を上げまた酷く血生臭い音をその全身から発した。

 

 

グチグチッメキョゴキョ

「あ”あ”がぁぁ——ウギィッひ ぅ」

 

 

二本の枝に刺し貫かれ終いには地に叩き落とされたそれは最早息がなかった。

 

勇敢にも槍の騎士へ突撃した白狼は、その刀と相手の剣で鍔迫り合うも繰り払われ剣のまとった焔に貫かれて焼き殺された。

 

 

此処まで来て逃走から切り替えた為か陣形が乱れ各個撃破されてその命を儚くそして無惨に散らしていく光景は、白狼部隊にさらには椛にまでもその心を痛めつけるのに不足がなかったのだろう。

目の前まで迫り繰り出しては引く死の波が天狗たちを恐怖させ白かった盾を焼き焦がし、またジリジリとその足を後ろへ下がらせる。

 

 

下がるな!測量隊の報告を待て!」

 

 

椛が下がらんとする白狼部隊の端でそう怒声を飛ばすも、もうもはや戦闘が崩壊するまでないと見えた丁度その時。

 

 

「椛さん!屋内の確保が完了しました!!」

 

「下がれ!狭い通路で一体ずつ処理するぞ!」

 

 

普段の口調もすでに忘れた椛が号令を掛けると一斉に白狼部隊が坂を登り、その先の狭いアーチで盾を重ね合わせて防御陣を敷き直す。

格子戸の先へ負傷者は手当てのために運び込まれており、背後は狭い四角形の部屋があるのみである。しかしもはや前衛は残ること椛含めて四名のみ。一応はその背後に測量隊の三名が構えているものの、短刀のみの装備ゆえに前衛には向かないのだ。

 

 

「固めろ!必ず全員で一体ずつ相手取るんだ、ここを突破されてはいけない。」

 

 

この行列のうち殆どを構成している蠅ならば、魔術さえどうにか逸らせれば四人固まって撃破できるためである。とはいえ天狗の盾では妖力弾を防ぐことは出来れども彼らの魔術には効果を発揮せず、これは避ける必要があった。

 

坂を登ってきた蠅の魔術を椛とその横にいた白狼がバックステップで回避し続け様に飛びかかって斬り付ける。これに怯んだ蠅へ残る二人が各々の白刃を振るうと簡単に打ち倒すことができた。

倒れる蠅の奥へと椛が目を向けると、尚も坂を登りくる大量の蠅のさらに後方に黒い騎士が二人未だに追撃せんとしている。もう一人は追撃を諦めたらしく姿は見えない。

 

 

「蠅を片しつつ、奥の騎士二人に備えてください。おそらくあれらが最後です。」

 

 

口調の戻った椛につられて一目それを睨んだ白狼が答えた。

 

 

「三人全てを相手にする必要がないだけ良いでしょうか?」

 

「さぁ…どうかしら、ねッ」

 

 

言いつつ次から次へと狭い坂を駆け上がってくる蠅を往なし、突いて斬り数を減らしつつ防衛線を留める。しかし敵が減れば減るほどその後方に陣取る槍騎士と剣騎士がこちらに迫るのでそれが恐ろしくもあるのだ。

 

 

「———っ、来ますよ……!」

 

 

地獄の業火を思わす様な、燃え盛る炎が剣の形を成したそれは剣槍の如く、また同じように炎を纏った直剣は大剣の如く。胸甲にぽっかりと空いた暗い穴は深淵のように。左手にある大きな竜の頭は未だ生きているかのようで、炎の発する光とその陰に照らされて酷く不気味に写る。

 

対する白狼の四人は灰色に煤けた中盾を並べて壁のように、また血に塗れた白刃を連ねてかの騎士を見る。よも通さじと剣呑に。

 

 

——-ヴォォォ——

 

燃える焔がその火力を増し、尾を引いて真っ直ぐに盾へ激突する。白狼は歯を食い縛ってなんとか堪えるも間髪入れずに今度は横薙ぎと続き、一枚の盾があまりの力に捲られた。

 

 

「うぐゥ——ッ」

 

 

しかし槍の射程が仇を成す。

狭い通用口で防衛線を張ったことが功を奏して騎士の槍が壁に勢いそのまま当たり跳ね返されると、生まれた隙に白狼三人が斬りかかりまた力強く突いて一歩退かせた。

 

しかしこれで折れる騎士にあらず。

また一歩と退き距離を取り直した騎士は再度槍に火を熾して正面へと踏み切り強力な突きを繰り出した。またそれは不幸にも四枚の盾の丁度真ん中を貫いて、左右の白狼へ大火傷を負わせる。

 

 

「「あづッ——ぐぅぅぅ!」」

 

 

盾を持つ左腕を火傷した白狼はしかし残った右腕を突き出し反撃を試みる。されどこれも竜の頭の盾を持ってして防がれた。硬い竜頭に阻まれて返された一太刀に続いて、一度騎士は半歩後ろにさがった。

 

 

——後退か——

 

退がるにしては中途半端で、向かうにしては得物が槍であるために近すぎるその半歩。

しかしながらこれを後退の動きと白狼たちが見たのをまるで待っていたかのように、騎士はその左手にある竜頭を掲げた。

 

予想し得なかったその動き。

冷静に見れば隙しかないその動きに反応の遅れた白狼天狗は瞬間、その軽い体を吹き飛ばされた。

 

掲げられた竜頭はくわっとその口を開くと前にした白狼天狗を双眼で睨みつけ、低く高い何とも言えないような轟音を——竜の咆哮を——断たれた筈の喉を大いに震わせて、音の衝撃を伴って発したのである。

 

 

「なっ———しまった!!!」

 

 

椛の倒れたその後ろで剣槍が振るわれ熱風が吹き荒れた。

 

 

「大丈夫ッ、です!」

 

 

槍の間合いの内側へ掻い潜って潜り込んだ測量隊の隊長含め三名が、短刀で以て肉弾戦へ持ち込んでいるのである。盾にさえ気を付ければ相手の攻撃は当たらないそんな至近距離で。

 

 

「!援護感謝しま——」

 

「——椛さんはもう一人をッ、お願いします!!」

 

 

立ち上がり測量隊の方へと向かおうとした椛に、測量隊の隊長がそう言い切るかどうかという刹那。入り口から槍騎士の背後に控えていた剣の騎士がどっと飛びかかり火の粉を巻くように散らせて薙いだ。

 

椛は咄嗟に屈み頭上を通るのを確認すると直ぐ様剣の騎士を斬り付ける。その隣には槍の騎士に左腕をやられて盾を捨てた白狼と、同様にして刀を捨てたもう一人が対になって並んでいた。

 

 

「!無理しないでください…。」

 

「いえ、退くわけにはッ いきませんから。」

 

 

迫った火の刃を片割れがその盾で防ぎ、もう片割れが刀で斬り付けるようにして戦いに参加する。しかしその向こうではまた一人の白狼が、正面も背後も敵の火に挟まれて焼き切られていた。

 

 

「ぁカ———かヒュッっ——」

 

 

隙間風に似た喘鳴を残して。

それをしっかりと見てしまった椛は目を見開いて、直ぐに目を逸らしてしまってから声を発した。

 

 

「っ!…背後が危険ですッ、から前に押し出しましょう!」

 

 

白狼の前衛は残り僅か三名。

椛の背後では鈍く何かが突き刺された音が聞こえたものの、もはや振り返れはしなかった。

 

 

「〜〜ッ、このっ!!!」

 

 

左手の盾を前に勢いよく騎士にぶつかりに行き、押し出した椛は続けて刀を縦に振り下ろし更に斬り上げた。怯んだ剣の騎士へ左隣の片腕の白狼が刀を突き、鋒が欠ける。騎士の甲冑に跳ね返された刀の隙をついて騎士が剣を振るえばもう片割れがさらに前へ踏み込んでそれを盾に受け切った。

 

騎士が左手の竜頭を構え、その口が火炎を吹く。

瞬時に盾を構え、また片割れも盾を構え直して対応したその時。

 

 

「椛さん左通しますッ!!」

 

 

椛の左脇を力強く突き通った真っ黒に煤けた豪華な槍が騎士の胸を穿ち貫いた。

 

 

 




 
予定していたところまで書ききれなかった人間性がいるらしいですよ。
……私のことです申し訳ございません。

ところで話は変わりますが、本作の更新は木曜日の正午(11:59)となっています。個人的な偏見で「週末は競争率高い」と思い、平日の昼に自動投稿をセットしているのです。


—追記(2020/10/05)
次の執筆は投稿に間に合わないかもです…。

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