前回のあらすじ
輪の騎士と椛、そして槍
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「私、訓練兵時代から剣術よりも槍術の方が優れていましてね〜——」
「そ、そうなんですか…」
隊員を屠りまた剣の騎士を討った黒い槍を持ちそれを眺めながら話す白狼天狗——測量隊の隊長——を見る椛は自慢げな彼女にかける言葉を思い至れずなおも模索する。
「——背後から刺した短刀が抜けなくなってしまったので咄嗟の判断で相手の槍を拾いましたが功を奏しましたね、よかったです。」
「…えぇ、それは助かりましたよ。」
ここにはいないが褐色の白狼であれば思うところもあって敵の武器を拾ったのであるが。
彼女に対しては天然なのだろうと、椛は口に出さずそう結論づけることにした。要は考えることを諦めたのである。
椛が新たに話を切り出す。
「さて今後の方針ですが、どうしましょう?」
考える素振りをして見せた測量隊の隊長は答える。
「格子戸の向こう側の部屋は現在負傷者の手当てに使っていますが、教会の向こう側の沼に再度繋がるようです。しかし敵からは認知されていません。……まるでこうあるべくして作られたような都合の良さですね。」
「都合の良い構造…ですか。」
「えぇ、間違いなくここからの道にはなんらかの罠があるかと。」
格子戸を通った先の広い部屋から沼を覗き、左手に見える大階段を指差してさらに続けた。
「それを考慮するとここから大階段へ向かうのは危険かもしれません。隊長さん*1の部隊を待って援護に入るとかはできそうですが……。」
「なるほど…もう一つのルートは
「やはり椛さんは気付いていましたか。」
格子戸を再び潜って元の小部屋へ入ると隅の天井を見上げた。ぽっかりと空いた穴には折り畳み式の梯子が上げられている。
測量隊の隊長はまだ続ける。
「探せばアレを下ろす手立てがあるかも知れませんが、アレを設置したのが敵方ならばバレるのは必然でしょうし…」
「そうね。」
「…それに我々白狼ならアレを壁から登るなんて造作もないでしょう?」
「…?」
椛は一瞬目の前の白狼が何を言っているのか理解できなかった。故に思わず彼女は聞き返す。
「え…アレを上まで登ろうという事ですか…?」
「それ以外にないですよっ」
「でもですよ、私たちには負傷者もいるんです。彼らには幾ら梯子があっても傷には悪いですしさすがに私はそんな無茶させたくないんです。わかりますか?わかりますよね?」
若干早口になっていることは椛本人も自覚していた。
「でしたら健常なものだけでもいいかと思いますが…どうでしょう?」
「健常なものだけで…——」
ちなみに現在の椛隊は白狼の前衛十名のうち三名戦死、六名負傷(うち二名欠損あり)でかろうじて無傷なのは椛のみ。また測量隊五名に欠けはないもののその隊長以外の四名が衛生兵を兼ねているため負傷者の手当てに回っている。つまるところ——
「——…私たちしかいませんよねそれ。」
椛と測量隊の隊長の二名のみとなる。
「あれ…だから二人で話しているんだと思っていたんですが違ったんですね椛さん。」
「いや、部隊の展開を決めるなら普通はそれぞれの隊長同士ですり合わせをすべきかなと…」
「そういえばそうですね。戦闘面では測量隊などアテにならないので無意識に判断から除外していました。」
誰が言うんだというのもまた椛の心の内である。
「はぁ…それはそれとして、我々で上へ向かうにしてもこちらの指揮は誰に取らせますか?私の副隊長はもう…居ませんので。」
「測量隊の副隊長を充てましょう。隊長さん*2の部隊への援護は基本弾幕になりそうですが、役立たないことはないでしょうし。」
「そういえば弾幕は試していませんでしたね…盲点でした。」
椛は戦いの内に平静を失っていたことに気づき、自責をしながら繋ぐ。
「では私は先行して上に登りましょうか。梯子を落としますのでその間に部隊へ伝達を行ってください。」
「わかりました。」
軽く飛び上がった椛は続いて石レンガ積みの壁に片足をかけて蹴り上がり、軽々と縦穴の中に入ると畳まれた梯子は使わずにそのままの要領で駆け上がった。畳まれている下半分の梯子がほんの拍子に滑落するのを防ぐためであった。
「っと…」
縦穴を登り切り、狭い空間に出た椛は下へ声を掛けて確認した上で梯子を蹴落とし無事に掛かったことを見てから狭い通路を通り先を偵察しに行った。
「…外ね…」
縦穴をかなり登ったことからなんとなく察してはいた椛であったが、そこは下の建物の屋上でありまた庭園のような雰囲気であった。芝生を敷いた床には花が咲いており、採光窓のような役割をしているらしいドーム状の建造物が二棟ある。
「これ以上はやめておきましょうか…。」
椛が元来た道を戻ると縦穴から槍が伸びてきたところであった。
「すいません椛さん…槍を先に持っておいてくれませんか?」
「えぇいいですよ。」
ひょいと差し出された槍を椛が受け取ると登ってきた白狼は踊り場で背筋を伸ばして言った。
「やー大変でしたね。縦穴が案外狭いんですから苦労しましたよ…この槍もなかなか長いですし。」
「洋式だとこれくらいは有るモノなんでしょうかね…」
そう言いつつ槍を返した椛は再び狭い通路から屋外へ出た。
「梯子登っているときも思っていましたがなかなかの高さ有りますね…。」
「そうですね。ここの奥はおそらく大階段を見下ろす位置ですからそこを確認したら戻りましょうか。護るなら絶好の狙撃ポイントですし。」
「確かにそうですね…私も敵方ならここに誰かしら置きますしそれは確実でし——ムグッ」
測量隊の隊長が言い切る前に口を塞いだ椛は、驚いているその槍を持った白狼に建物の影へ入って小声で告げる。
「…手前に巨人が一人と奥に騎士が一人いるようです」
「ムグムグ…うぐうぐ」
「…騎士に行くって?」
コクリと頷いた白狼を見て椛は少し考えたのち、口から手を離して答えた。
「では私は巨人に向かいますが……心配です。」
「大丈夫ですよ、きっと。」
「…出来る限り急いで、直ぐに手伝いに行きますからどうか…」
「えぇ。ではご武運を」
「…ご武運を」
そう言い合ってから測量隊の隊長が建物の左側から、椛が右側から先行しつつ出た。
建物の影から出た椛に対する巨人の反応はいち早く、天を仰いで低く響くようである声を上げた。
その巨人を囲むように橙色の靄が立ち上り人の形を成していく。その情景は椛にとって覚えのある
「——ッ!ということは幻影攻撃っ!」
ゆらりと立った
「癪ですが、知っているんです——」
三回目の一斉射撃を行なって薄れ消えた弓兵のタイミングに合わせて、椛は刀を抜き放ち巨人に斬りかかる。
——まだ『詠唱』はされていないから大丈夫…なッ——
二、三と斬撃を重ねた椛であったが突如として背後から与えられた重い衝撃と鈍痛に顔を顰め、また瞬いた時にはうつ伏せに地面へ叩きつけられていた。
「——ぁッ だつ何ッ?!」
未知の攻撃が続くと咄嗟に判断した椛は、なお痛み続ける体に鞭打って左手で芝を摑み身体の左側面を軸に翻す。仰向けになったことで背中が酷く痛んでいたが気にする余裕はない。
そこにいたのは金床のような形をした大槌を手にする、二本の角のような兜の装飾が特徴的な騎士であった。金属特有の光沢があるものの弓兵と同じく橙色の靄に包まれており、彼が幻影であることを示している。
おそらく最初の詠唱の時点で召喚されていたのであろう。
「器用な…んぐゥゥッ」
既に二度目の詠唱に入らんとしていた巨人から離れるべく、椛は無理矢理に立ち上がって背後へステップを踏んだ。弓兵の幻影の間を縫うようにしてその包囲を脱すると先ほどまで椛の倒れていた位置へ矢が大量に刺さる。
「いッづぅ 危なかっ——」
しかし次の瞬間に椛が目にした光景は、絶望的であった。
直ぐに狙いを定め直した弓兵の矢が、背の痛みに震え息を切らせた椛の小さな体に向かい来るのである。
「ぁ——があぁぁぁぁ!!!」
二度目の斉射をその身に受けまた膝をついてしまって再度叩き込まれた幾多の矢雨に、例えそれが幻影であると分かっていても体の髄から発せられる熱くさえある激痛に椛は耐えかねて倒れ伏しながら喘ぎ叫んだ。
「はぁッ—はぁッ——ぁあ…」
此方へと重い得物を担いで歩む騎士の姿が椛の目にハッキリと写った。が、もはや立ち上がることもできずそれを見るしかなかったその時——
——巨人の
朦朧としながら膝をついて消えゆく騎士を見る椛に、巨人のいた方向から声が近寄ってきた。
「———か?——夫です—?」
「……ぁ」
「—さんっ!?椛さん大丈夫ですか!いま術式を——」
見ればそれは槍が火を吹き剣槍のようになった———白狼であった。白い装束の所々が焼けて、火傷を負ったようではあるものの槍を杖のようについて椛を揺らし起こすその表情には尚も椛を心配するような気色が見て取れる。
「——ぁ…ぅうんぐ、大っ丈夫です よ。こッれは、幻影…ですから。」
「…私を心配する場合ではありませんでしたね椛さん。」
椛を左肩で支えて立ち上がらせた測量隊の隊長がそう言った。椛が顔を見ると左側面にも火傷がある。
「…ふっぅ そう…でしたね。あぁ、もう大丈夫そうです」
椛が立ち上がったころには腹に受けたはずの無数の矢は消えており、傷も背中以外は無くなっていた。
幻影の効果が短いことを考えると射命丸があたった巨人よりも弱いか、その劣化コピーであったのかもしれないなどと椛は思いを巡らせた。
「…騎士はどうしたんですか…?」
「突き落としてきましたよ…手摺りから大階段へ。……多分生きてないです。」
「そう、ですか…」
相変わらず思い切ったことをするなと呑気なことを考えながら椛は彼女の方から離れ、背中の傷がまだ痛むのを気にしながらかの白狼が持つ
「で、それはどうしたんです?」
「これですか。…分からないです。」
「…分からない?」
椛の配下にあった隊員を三人も屠ったその——椛にとっては——忌々しくまたトラウマに近いその火の刃を
「椛さんの叫び声が聞こえて、助けなきゃって必死になって巨人に向かったんですが…その途中で火がついたようなんです。」
「…そうでしたか……」
「私、治癒術式をひとつだけ使えるのでそのおかげかもしれませんけど…——」
治癒術式。
妖力を使用したものであり、応急処置技能を求められる測量隊に彼女が組み込まれた一因でもある。がかなり古いもので効率があまりよくないのと、術式構成ののちに妖力を流し込むため二度手間でありあまり実戦向きではないとされ衰退した。
「——あぁっ!そんなことよりですね!!」
突然慌て出した白狼に不意を突かれて驚いた椛であったがその白狼の様子に良くない予感がしたために口を噤んで事へあたる。
「騎士を突き落とした時に見たのですが、大階段で隊長さんの部隊が戦闘に入りま——」
「——!!それを早く言いなさいッ!」
「すいません、で敵の増援をこの先の橋から奇襲できそうなのです。」
「…橋から…?」
「えぇ。さぁ行きましょう!もう敵方も反応を起こしていても不思議ではありませんから——」
「——えちょっと待って——」
白狼の言うことをあまり理解できないまま、またされるがままに椛は白狼と屋上庭園の先にある梯子から橋へと下り、そこから背後を振り返って敵の戦士を見た。
そしてやっと言うことの意味を理解してしまったのである。
「え…まさかここから飛び降りたりなんてしませんよね?弾幕とかそう言う——」
「——もちろん飛び降りますよ!?」
「…え?」
「落下して敵の首の部分に武器を突き入れればきっと人ではなくても致命傷に至るはずです。」
「いやそうですが一度考え直しませんか?これかなりの高さですよ——」
「——あっあっもう直ぐ下まで来てますよ!?いきましょう!」
直ぐに橋の下を睨むとその騎士の首——黒い靄に包まれた伽藍洞——が橋の影から出んとしているのである。
もう、時間がない。
「うぅっ しょうがないですね、行きましょう…ダメだったら責任お願いしますよ。」
「ダメだったら命を落としますがね……行きますよ…」
片や白刃を抜き放ちまた片や槍を構え直して大火を纏わせる。
示し合わせたように同時に互いの得物を構えた二人はまた同時に数えた。
「「3 2 1ッ」」
そして二つの白い光は空を駆け、戦士の首を貫いたのであった。
急ぎ足気味になっているとすればそれは私が投稿日の早朝にこれを書いているからでしょう。多めに見てあげてください。
話は変わり戦闘描写について。
「ココわかりにくいヨ!」とかがあれば教えてください。個人的にはかなり書き慣れてきたかなぁと言ったところなのですが、それは自分で見ているからでしょうし…と思いまして。
ではおやすみなさい。