洋琴を奏でる少女の鬼 作:本好きの海
無惨様の登場シーン載せる順番どうしようかなーと思っていたら遅くなりました。
この小説はオリキャラ、オリ説ともに原作キャラ考察を基にしたストーリーを組んでますので、伏線を頑張って貼っていこうと思います。
Do . 真善美の冷酷
ああ、忘れもしない
———自分の肉が焼ける匂い———
***
台東区、浅草。
東京15区の中でも特に発展の進んだ街だ。
大通りには線路が通り、物流も商業も盛んで裕福な者の家も多く点在する。
年も末、冬も深まり革のマントを羽織っていてもなお肌寒い。冷えた風など気にしないとばかりに通りには人がごった返し、暗い時間でも喧騒が聞こえるのはこの街ではいつものことである。師匠も走る月というだけあって行き交う人はどこか慌ただしい。
大きな通りには街灯が立ち並び、店舗から漏れ出る光もあって、道は明るい。
その影響もあってか、夜だというのに人混みは途切れず、まるで川のように流れている。
しかし、その日ばかりはいつもとは様子が違った。
流れるはずの通行人は立ち止まり、店の者でさえも外に出てくる。そして皆一様に同じ方向を見て、血相を変えた。ある者は慌ただしく荷物をまとめ、ある者は他の者に避難を促す。
彼らの視線の先にあったのは煌々と揺れる火の柱。そこに本来鎮座していたはずの立派な建物はすっかり炎に覆われ、時偶パリンパリンと熱で割れるガラスの音が響く。日はすっかり沈んでいるというのに辺り一帯は物がくっきりと見えるほどに明るく照らされており、不穏な熱風が向かい風とともに吹きつけた。
「しくじった…」
男がそう独りごちる。男は自分の行動に混乱していた。本当なら今頃は屋敷の一家全員を殺していなければならないはずだった。
それが己に課された任務だったのだから。
しかし彼はそうしなかった。いや、できなかったのだ。
彼は任務をいつもどおり無感情に、無感動にこなすつもりでいた。
だというのに…
速やかに終わらせようと屋敷の中に忍び込み、一人目の対象のいる部屋を前にした時には任務のことなど忘れていた。
目の前の扉から響く音に、歌声に、心をかき乱された。こんなことは初めてだった。心という所在の不確かなものが何かに直接触れられたとさえ感じられてしまうほど鋭敏に。それはひたりと入ってきて己を焦がした。
今まで徹底的に感情を抑えてきたはずの彼は今になって己の行動を理解することができなかった。抑え切れたつもりでいた感情はもう蓋から溢れるほどのものだったとでも言うのだろうか。
(どうすりゃいい)
確実に完遂しなければならない任務なのに、屋敷に火をつけたくらいでは一家の者が逃げ出せてしまうかもわからない。
———なぜ自分は火をつけるなどと言う半端な行動に出たのだろう。
もしも任務の失敗が彼の父親に知れれば責を負うのは彼のみではない。彼の大切に思う三人の嫁たちにすら刑罰が下るのは明らかだった。
それは彼にも嫌と言うほど分かっていた。分かっていたはずなのだ。それなのに彼はリスクを負ってまでこれを犯した。
——— 任務を完遂するには自分の手で直接手を下す必要があった
——— それをしなかったのは人をもう殺したくなかったから?
———であればなぜ火をつけた
——— 一家を殺すのが任務だからだ
——— 尚更なぜ火をつけたと言うんだ
ぐるぐると理屈が回る。焦る気持ちと裏腹に思考は安定しない。何をしようにも己が何をしたいのか、何をするべきなのかが見出せない。その場から動くことができない。
しかし時の流れというものは無慈悲だ。彼が何もできずにいるうちに屋敷は炎で崩落を始めていた。
***
冬はあんまり好きじゃない
薄暗い病室を思い出すから
独りはあんまり好きじゃない
あたしは取り残されたから
火はあんまり好きじゃない
あたしから全てを奪うから
月はあんまり好きじゃない
願いを叶えてくれないから
夢はあんまり好きじゃない
絶対に叶わず終わるから
そして私はまた終わる
そして私はまた奪われる
***
時も年末に差し掛かり、私は完全にクリスマスムードである。
今日は父は若旦那に呼ばれているそうだし、母も私の友人のエステルの母、つまりママ友にお茶会に誘われている。兄は相変わらずの多忙でいずれも家を留守にしていた。
つまり今この屋敷にいるのは私一人……フフフ、一人だといろいろと魔がさして仕方がない。母が新しく仕立ててくれた公演用のドレス、こっそり来ちゃおうかなあ
あの日、ピアノを弾いて倒れてから暫く経ち、若旦那のお店の開店も目前だ。あれから四六時中ピアノの練習をする日々を送っていたのだがピアノは上達したものの、前世については大したことは思い出せなかった。
寧ろ、やっぱり夢の中の妄想だったのではと思ってしまうぐらいには何もなかった。ちょっと期待外れだなあと思いつつ、釈然としない気持ちを除けて鍵盤に集中する。
最近は曲を弾いている途中にいつのまにか別の曲を弾いていることがある。無意識に弾きたい曲を弾いてしまっているようだ。後からよく考えたら知らないはずの曲だったりして再び前世を再認識したりするわけだけど…
と思っていたら早速違う曲に変わっている。
これなんの曲だ?
あ、なんか歌詞を知ってる気がする、覚えがある。歌のある曲で歌を思い出せたのは初めてだ。
しばらくはなんとなくで頭に浮かんでくる歌詞を口ずさんでいたが、サビのところでついに熱唱してしまった。
そうそう、こういう歌だった。
不遇な環境に生まれた少年がそれに抗い葛藤しながらも正しい道を歩もうとする決意の曲。
曲しか思い出せないあたり、私の前世はとにかく音楽に囲まれていたに違いない。
それにしても熱い曲を弾いてるからか、さっきから部屋の気温も暑く感じる。こんな季節になっても激しく歌ってたりすればこうも熱いものか。
本当なら一瞬たりともピアノから離れたくはないが、母上から体調管理を怠らないよう口を酸っぱくして言われたので、換気くらいはしなければ。
そう思って、私は部屋の窓を開けようと留め具に手をかけた。
「あれ?開かない…」
留め具を回そうとするが、何かが引っかかって一定以上動かない。
この窓は私が幼い頃、提琴…バイオリンを弾いていた時からあるものだ。夜中に弾く時もあるので近所迷惑にならないように防音仕様になっている。
滅多に開くこともなかったので知らぬうちに季節の変わりによる素材の伸縮などで枠が歪んでしまったのかもしれない。
無理に開けようと悪戦苦闘したせいか、額に汗を掻いていた。なんだかさっきよりも暑くなっている気がする。
開かないものは仕方ない。
せめて部屋のドアだけでも開けておいて空気を入れ替えよう。
そう思い直して私は扉の取手に手をかけた。
「———え…?」
***
少女は苛立っていた。
己の所有物がうまく扱えないのはいつものことであったが、此度の件は明らかに第三者による手引きがあった。
そして彼はその相手を知っている。
「クソ狐が…!」
いつも他人の苦労するところで飄々と場を引っ掻きまわす食えない同僚を思い出す。其奴は少女の同僚、そして先輩でもある存在であった。
少女がこの世界の管理を任される千年以上も昔から管理者の総括を務めてきた奴だ。
髪を振り乱して憤慨する少女は童女の姿をしているが、その実、性別というものがない。それは彼女が狐と呼ぶ者を含めて、管理者全てに言えることである。
嫌なやつを思い出したと彼女は金糸の頭を掻きむしり、蒼い目を歪ませる。
彼女はこの世界の管理を任された管理者であった。管理者は主に世界の調和、発展、円環を管理するものたちである。生命が、エネルギーが自然の摂理によって循環し、円環を維持している状態を保つため、彼らは存在する。
一つの種が増えすぎて他の種族が虐げられるようであれば天災や天敵を作り出すことで間引きする。(勿論その選択や手段は慎重に選ばれなければならない)
しかしながら、彼らにとって人間という種は数ある創造物の中でも特別であった。管理者は人間に知恵と感情を与えすぎてしまった。そしてそれを処分しようとはしなかった。
文明の発展という新しい観劇を見つけたからである。
基本的に気分屋な彼らはそれだけでその種をある程度放置するようになった。
しかし、そんな彼らにも必ず守らなければならない決まりがある。
彼らは世界全体の調和を見て管理しなければならない。特定の一個体を愛してはいけないのだ。世界に住まう創造物たちにとって管理者という存在は神に等しい。そして、神という力あるものの愛は平等に注がれなければならないのである。それが守られなければ、世界の意思によって修正が働いてしまうのだ。
金髪碧眼の少女の姿をした管理者はその掟を破ってしまった。
一人の人間の少女を、愛してしまったのだ。
***
ドアを開け放った私は硬直した。
火、火、火………火だ。
嫌なものが掠めた気がして思わず頭を抑える。
燃え盛る炎は今にも自分を呑み込みそうに見えた。記憶、感情、忘れてしまいたいぐらい苦しい、苦い過去が濁流となって私に押し寄せる。
ああ、そうか、これで繋がった。
初公演が近づくにつれて胸のざわめきが大きくなっていたんだ。ただワクワクしているのとは違った。もっと不安になるような、嫌な感じがしていた。
そう、全て繋がった。
私はまた、叶えられない。
一家全員殺さなきゃなのに四人中三人が外出してるときに火をつけちゃうガバガバ宇髄さん… 精神的に追い込まれた宇髄さんが色々と錯綜しちゃう話でした。
次回、『呪い子のシニザマ』
次は主人公の前世の最期を書きます。
主人公の血鬼術の設定が完成したのでこれからペースアップ頑張るぞー!
次話が次々話あたりで原作ラスボス出てくるかも。お楽しみに!