洋琴を奏でる少女の鬼 作:本好きの海
Do .『私』の出会い
私は明治に商家の家庭に生まれ、それなりに恵まれた環境で育った。豪勢とまではいかなくとも裕福な暮らしの中、商売を学び、幼い頃から人一倍豊かな感性を持っていた。
両親共に由緒正しい御家の生まれなので我が子の躾に余念はなく、私は齢五つにも満たない頃から英才教育を受けさせられた。私自身それに不満はない。寧ろ、大好きな小説を幾らでも読める上に、学びたいと思った学問を自由に学べる環境に非常に満足していた。
私には一人だけ兄がいて、将来は彼が商家を継ぐそうなので私はお気楽にやりたいことをできるのだ。勿論、両親には将来は兄の補佐をするようにと言われているが、彼は私以上に天に愛された才をお持ちなので心配はいらないだろう。
『おなごも十で家の役』
これは、名のある商家である私の家に代々伝わる掟だ。というのは嘘で、実際はそんなものはない。これは父の決めたものだ。
『この家に生まれた者は十になったら、たとえおなごであっても家の役に立て』
そんな意味が込められた言葉である。
昔から女性は男性より軽視される傾向にあるが、父は女性蔑視が一般的であるという世の風潮が大嫌いであるらしい。商売をする中で、母が女性であるという理由のみで商売相手から下に見られるのが父にとって内心憤懣やるかたないそうだ。
母が如何に聡明かを知っている身としては同意したいところだが、世の風潮に堂々と立ち向かうその意気には感服する。私にはとても真似できそうにない。まあ、厳しくも優しい、良い父を持ったものだと思う。
そんな偉大な父の掟に従い、私は十の時から商人としての両親の仕事を手伝うようになった。実を言えばそれよりも前から母の指導の下、商売の裏勘定などを手助けしていたのだが、父曰く商売の本分はそこにはないらしい。商売というのは、実際に様々な人と会って話し、儲け話を見極めた上で仕事の手を広げて行くのだそうだ。
父に教えられながら様々な職種の者たちとの付き合いを知り、多くの人脈を作った。父の人脈は極めて広い。多くの人と関わるうちに私は世界の広さを思い知った。毎日が刺激に満ちていて、興味を持ったものは片っ端から齧っていく日々だった。中でも私という人間の根っこに深くのめり込んだのは洋楽器だった。
ある時訪ねてきた薬売りのおじさんが手風琴(アコーディオン)を奏でながら薬を売っているのを見て、楽器に強い憧れを抱いたのが始まり。
両親の前では基本、聞き分けの良い子として振る舞うようにしていたが、その時は生まれて初めての我が儘を言った。
子供に買うには幾分か値の張る洋楽器を複数個買って貰い、独自に洋楽器の勉強を始めた。ただでさえ貴重で高額な洋楽器を買ってもらった以上、流石に家庭教師まで雇ってもらう訳にもいかず、全て独学で身につけた。つよい。調律の仕方も自分で覚えた。つよい(確信)
私のお気に入りは洋琴と提琴(弦楽器)。提琴の中で最も有名なのは小提琴(バイオリン)だが、どちらかというと私は中提琴(ヴィオラ)の落ち着いた音が好きだ。でも最も得意とするのは洋琴。ダルシマー(揚琴)も弾いてみたけどしっくりこなかった。
洋琴とは出会いから言って特殊だった。思い入れも特別だ。
***
洋琴の存在を知ったのは六つの時。
外つ国の書物を読んで知った。この日の本の国に洋琴は造られていないどころか存在するのかも怪しかった。が、とある親しい商業仲間の若旦那に「娘が洋楽器に興味を持っている」と父がこぼしたらしい。偶然にもその若旦那の家の家宝に洋琴があり、若旦那はそれを私に無償で譲ってくれるという話になった。
流石に国に二つと無いような希少なものを無償で受け取るわけにもいかず、当初は父も渋った。だが、若旦那が言うには、実はその洋琴は何十年もの間、全く使われていなかったそうなのだ。
若旦那の家は江戸時代初期から続く伝統ある商家で、ある時商売をしに訪ねてきた独逸の医者がその洋琴を戯れに置いていったらしい。ところが折角いただいた楽器も奏でる技術がなければ宝の持ち腐れとなってしまい、蔵の奥に閉まってしまったそうだ。
『それでは勿体ない!これは良い機会だ。』
そう感じた若旦那は一も二もなく洋琴の譲渡を提案した。父は事情を聞いてもなお渋った。というのも、何も誠意がどうこうという問題ではない。単純に商売をする者として貸しをつくることが隙に繋がると充分に理解してのことだった。
若旦那は油断できない方だと父はよく話していた。彼の人を食ったような性格も、全ては彼の計算の上であるそうだ。
私はそういった駆け引きは得意ではないのでさっぱり分からなかったし、何より若旦那のことが大好きだった。
私は若旦那にオランダ医学を学ばせていただいた経験があり、彼は私を養子に誘うほど気に入っていた。養子の件は丁重にお断りさせていただいたが、その後も何度か声をかけられている。私の学問に対する好奇心や飲み込みの速さが気に入っているらしい。
若旦那も楽器がとんでもなく高価なことが分かった上で『この子になら』と譲ってくれようとしたのだが、父は頑として受け入れなかった。話を隣で聞いていた私は思わず膨れ面をしたが、兄に宥めすかされて口を出すのは我慢した。
若旦那は父の譲らぬ態度に相変わらずだなというようにケラケラと笑ったかと思うと、ある提案をしてきた。
「条件をつけよう」
若旦那は今の文明開花の波を率いていると言っても過言ではない人物だ。そんな彼の出資の下、来月に開く飲食店があるそうなのだが、お洒落な洋風の店らしい。若旦那の出した条件は二つ。
一つ、私が洋琴を習熟した暁にはその飲食店で定期的に演奏をすること。
一つ、店の雰囲気に合った瀟洒な店名を考案すること。
どうやら若旦那は私が外つ国の言語にも明るいことをご存知のようだ。私に名付けの才があるのかは疑問だが、憧れの楽器を譲ってもらえると思うとなんでもできてしまう気がした。
条件を聞いた父が「判断は娘に任せよう」と言ったのを聞いて「やります」と即答した私は悪くない。
父には常々『商売では常に物事を深く考えるように』と言われている私がとんだ失態を犯したと思い返し赤面するのは、上機嫌な若旦那が帰った後だった。
「お前が決めたことにはとやかく言わん。そのかわり、自分で決めたことは自分で責任を取らなければならないことを忘れるな。もう十一になるのだから商人として自分の判断に責任を持つんだな。」
やはり父は私のことをよく考えた上で私に判断を委ねてくれていたらしい。あとで冷静に考えてみれば分かった。
今後はこの失敗を糧に同じ轍は踏まないようにしよう、と自己完結した。
それはそうと、洋琴に触れられるのは楽しみだ。
明日が早くこないだろうか。
明治半ばあたりから既にクリスマスを日本でも祝う風習はあるらしいですね。
文字数、投稿頻度ともに不規則なジェットコースター作者です。どうぞよろしく(*´ー`*)