洋琴を奏でる少女の鬼 作:本好きの海
俺には六つ下の妹がいる。
商家の長男として生まれた俺はそれはもう厳しい教育のもと、商売に必要な知識を詰め込まされた。まあ幸い、自分で言うのも何だが俺は天才というやつだったので、大抵のことは一度見ただけで覚えられたし実践もできた。俺は国の所有する学校に通っており、そこでこれ以上ない優秀な成績を修めている。
その学校は貴族や華族、所謂エリートたちが金に物を言わせて子供を通わせるので、生徒はボンボンだらけだ。張り合いのあるやつなんてほぼおらず何奴も此奴も雑魚犬とばかり思っていた。
しかし、意外なことにもう一人の天才は身近にいた。それが俺の妹だ。俺が十になる前まではよく一緒になって遊んでいた。しかし、まさかあんな天賦の才を持っているなどと今まで誰が思ったろうか。
いや、親父はとうに気づいていたのかもしれない。親父の大嫌いな男尊女卑とやらがあるせいであいつは行きたい学校に行けなかった。
女が名のある学舎に通うだなんて寺子屋や程度の低い女学校ならともかく私塾でも受け入れてもらえるか分からん。父の顔を借りれば入れないこともないが、たった十つの小娘が私塾で他の男子学生らにどんな扱いを受けるかなど目に見えている。
かと言って、女学校なんて所詮花嫁修行の場だ。妹は嫁入りには興味がないし、華族からの婚約の話も蹴っていたため、女学校になんぞ通っていない。(俺の両親は基本、子供の将来は本人に決めさせる方針である)
その才を腐らせてしまうのはどうにも惜しいと思った俺は学校で学んだことをその日のうちに妹に教えるようになった。最初はお遊びのようなものから始まったがまさか六つも違う妹が自分の学んでいるものにここまでついていけるとは思わず、途中からは真剣に教えるようになっていた。
学校の坊ちゃん達による金持ち自慢同士の会話より、妹と共に国の政治や人体の構造について語り合う方がずっと有意義に感じた。男尊女卑を悔やむ父の気持ちにここまで共感したことはない。これは捨て置いて良い才じゃない。
妹は不思議なやつだった。頭の回転も物事の飲み込みも速いくせに、人一倍強い好奇心のせいで簡単に判断を疎かにしてしまう。
そんな妹が世間でも少し有名になった出来事がある。
一時期、この家は大きな商家であるにも関わらずカツカツだった。流行病の影響で不景気に煽られ多くの商家が店を畳む中、潰れそうな商業仲間を支援するお金をギリギリで工面してやっていたのだ。
うんうんと唸りながら算盤を打つ俺と両親の輪にひょっこりと顔を出したのが妹である。
父の敏腕を持ってしても限界かと思われた家の財を立て直す案をサラリと出したかと思えば、そのご褒美に買ってもらった洋菓子を大事に取っておいて腐らせてしまって号泣していた。可哀想だったので俺が追加で三つ買ってやったら諸手を挙げて喜んで、庭を跳ね回っていた。そのまま庭の小石に躓いて溜池におち、また泣き出した時は不謹慎ながら思わず吹き出してしまった。目に入れても痛くないほど可愛い妹だ。もちろんもう三つ菓子を買ってあげた。
一昨年元服した俺は学校を飛び級して卒業。今は本格的に家の仕事の半分を担っている。
こんなに頑張ってもまだ半分だ。父の背はまだでかい。
実は学校にいたときに政界の人物や医師といったそれなりの著名人に才を見込まれて色々と勧誘されたが、全て断っている。俺の目指すべきは尊敬する父だ。俺に声をかけてきた彼らも本当に偉大だった。だがどうにも俺には彼らの世界は狭いように感じた。何よりこの商家が好きだった。妹もよく言っているが、毎日が発見でいっぱいらしい。まさにその通りだと思っている。
そして、俺がこの商家を優先した理由、それも、何より外せない理由として、この国に昔から蔓延る存在、鬼が挙げられる。鬼から身を守る為にもこの商家は必要だ。何を言っているんだと思うかもしれないが、俺は至って真剣だ。鬼という存在は、父が教えてくれたこの家の歴史にも絡んでくる。
この商家は何代か前に鬼から襲撃を受けた遍歴があるそうだ。本来なら大抵の鬼は藤の花の香で追い払えるそうなのだが、不思議なことにこの地域には昔から癖の強い鬼が多く出るらしい。一つの地域にそう何匹も出没するのは本来ならあり得ないのだが、実際、偶然では済まされない頻度で出るのだという。過去に三体ほど同じ地区内に存在していたという時期の記録もあるほどだ。
鬼は人を喰らい、大半は醜悪な気質と見た目をしているそうだ。父が言うに、彼らは日の当たらないときに活動する不死者とされている。それでは皆喰われてしまうではないかと言えばそうではないらしい。鬼狩りという鬼を殺せる政府非公認の組織があるそうだ。彼らは鬼殺隊と呼ばれ、毎夜鬼を狩り続けているという。
うちの商家にも縁があるそうで、黒子のような怪しげな格好をした者たちが父と面会している場面に立ち会ったことがある。彼らがその鬼殺隊とやらの関係者なのだそうだ。
鬼の存在を知らなかった当初、俺はその奇怪な身なりや取引の内容に警戒していたが、父は非常に懇意にしていた。なんでもこの街の周辺を警備してもらう代わり、必要な物資はふんだんに提供しているのだそうだ。流石にこれは騙されているのではと思い問い詰めてみれば、鬼の存在について説明されたというわけだ。
未だ見たことのない御伽噺に出てくるようなものを信じる気にはなれないが、父がこのような頓智な嘘をつくわけもないと考え、独自に調べをつけた。それによれば鬼殺隊はなんと四百年も前から存在するという記録が見つかった。
そして驚くべき事に、鬼はその更に昔から闇夜を闊歩している。
俺は父の教えに従っている。
十を超えれば家の役に立ち、元服したら何事も自立して考え行動を起こす。
『人は頼るのではなく上手く利用するものであり、そこには親も子も関係ない』
血も涙もない冷たい言葉のように思えるが、そうではない。俺にとって『利用する』というのは必ずしも『都合よく使って要らなくなったら捨てる』などという稀薄なものではない。私情と倫理と利益、相手とのこれからの付き合いなどを天秤にかけ、最善を選び取る。父はこれが異次元に上手だ。
特に知己の若旦那と話している時は、傍から聞くだけでも会話の端々に細やかな駆け引きが窺える。
そんなわけで、俺は自分のやることには自分で責任を持つように言われ、この商家を任されつつあるわけだ。『まだ元服したばかりの若造』と初見で侮られることも多いが、本当に腕のある商売相手なら一言二言交わせば直ぐに態度を改め、真剣に向き合ってくれた。親父や若旦那には敵わずとも俺もそれなりに駆け引きが得意だ。
鬼狩りとの縁についても俺は親父とは別に新しい取引を始めている。なんでも、鬼殺は命懸けの仕事であるにも関わらず、医療の手が十二分に行き届いていないらしく専用の施設の設営を依頼されたのだ。数ヶ月ほど前まではきちんとした診療所があったらしいのだが運悪く場所が割れて鬼の襲撃に遭ってしまい、医療従事者や技術者の大半がその命を落としたのだと言う。
鬼殺をしていく上での重要機関が潰れてしまったことにより、近頃は正しい治療が受けられずに後遺症で亡くなる剣士までいると言う話だ。
病院や診療所は設営や衛生管理に莫大な資金がかかる上、医療の技術を持った人材の確保も必要だ。『隠し』と呼ばれる黒子姿の彼が父にその取引を持ちかけたが、あえなく断られてしまったのだそう。如何やら彼らの提示した利益は父のお眼鏡に敵わなかったようだ。
そこでだ。
俺はこの商家の名義の他に俺が独自に立てた事業で上手いこと成功を収めているので資金には余裕がある。少しくらい支援しても良いだろうと、妹も誘って俺名義でその取引を受諾したのだった。
父に断られて涙目だった隠しさんもこれにはニッコリである。
嘘だ。号泣していた。それを見て父は苦い顔をしていた。
俺はドン引きした。ニッコリは妹だけだ。
そんなわけで話はトントン拍子に進み、診療所が建った。詳しい場所については安全上の問題で極秘情報とされているので口止め料はそれなりにいただいた。
設営の資金も多めに覚悟していたのだが、如何やら鬼殺隊の頭領は太っ腹らしい。資材として屋敷を丸々一つ譲ってきた上、追加の整備に使う資金の殆どを受け持ってくれた。向こう側がこちらに主に要求していたのは医療の技術や必要器具の提供だったようだ。そちらについては問題ない。器具に関しては当てがあるし、医療技術の伝授に関しては妹が二つ返事で了承してくれた。かわいい。ご褒美に洋菓子店に連れて行ってワッフルを奢ってやった。諸手を挙げて喜んでまた転んだ。かわいい。
鬼殺隊を支援しているという証拠となる藤の家紋を掲げるかは迷ったが、父の意図に気づき控えておいた。父が苦い顔をする理由はこれに違いない。おそらく、商売をする者として細かい勘定もなしに一つの組織を贔屓することに危機感を感じているのだ。俺としてはできるだけの支援はしていきたいが、世の中何が起こるかわからないものだ。いざと言う時に全面的に味方になれるかと言われればそうではないだろう。父は責任というものを大事にする人だから余計この取引は受け難かったに違いない。
まあ、そこまで理解して尚、俺はこの診療所を整備させたわけだが。
妹は鬼という新しく聞く存在に興味津々だった。流石に最低限の礼儀は弁えてるだろうが、今頃は診療所で隠の人達に鬼のことを根堀り葉堀り聞いていることだろう。暫くは向こうに泊まり込みで医療を教えるそうだ。十一の小娘が医療を伝授すると聞いて最初は戸惑っていた隠さんだが、妹の博識さを垣間見たのか直ぐに態度を改めた。さすが俺の妹だ。かわいい。
診療所での活動は妹にも良い影響を与えているらしい。妹が現場医療を指南する中、診療所に預かられることになった子供がいたそうだ。鬼に家族を殺されて身寄りがなかったのだという。妹は持ち前の行動力ですぐに仲良くなったそうで、同年代の友達ができたと嬉しそうに報告してくれた。
今まで妹の交友関係といえば取引相手など大人ばかりで、同年代がほとんどいないことを心配していたのでこれは良い知らせを聞いたと俺は頬を緩ませた。
はてさて、妹ちゃんの友達とは誰でしょうねー。一応原作キャラです。答えは次話でわかります。
大正コソコソ噂話
主人公の友人の唯一の同年代は今までエステルという少年のみでした。エステルはキリスト教司祭の父親と、純日本人の母親がいます。欧米の血を半分引いているため顔立ちも一風変わっていて、同じ言語を喋っていることに違和感を抱くほど日本人らしくないそうです。お互い母親同士の仲が良く、主人公の名前をつけるときにもエステルの母親が相談に乗ってくれたらしいです。