シンフォギア習作 振れば風の鳴る翼的な女の子 作:レノボのカナリア
ただただ触れないから幽霊が怖いだけです。
殴れないノイズに怯えているのと同じこと。
あと、今回はエセシリアスです。
強引に話に付き合わされるという名目で会話を始めてからかなりの時間が経過した。
展望台の手摺に2人でもたれ掛かってとりとめのない話をダラダラするというなんとも贅沢なシチュエーション、しかも前世からの憧れの君と話しているというのに、俺の心には緊張感なんてものは欠片もなかった。
前夜に握手会のシミュレーションした時には心臓の1つか2つは口から飛び出るって結果だったんだが……なぜ。
話す内容がありきたりな物だからだろうか?
それとも現実に遭遇したならこんなもんなんだろうか?
緊張し過ぎて分からないだけか?
多分、奏ちゃんが自然体で話をしているからなんだろうな。
だから俺も、気にせずに話ができるんだろう。
「でも良いよな、こう上からのんびりと下を眺めるってのはさ。 生きてる町の人たちを見てると、あたしも頑張らなきゃなって気がしてくる」
「眺めが良いですからね。でも、貴女はもう充分に頑張ってると思いますよ」
頑張ってるなんて何様かと思うかも知れないが、俺は彼女が装者になるために文字通り血反吐を吐いてのたうち回る様を知っている。
今、目の前にいる彼女も戦いの後だからか、もしくは無理矢理に適合係数あげているからか、命を削っているようにしか見えないんだ。
そうまでして戦っているのを、歌を誰かに聴かせたいと思う彼女を、頑張っていると言わずしてなんと言うのか。
俺はただ頑張っていると、そう言うしかない。
「そうかな、そうかもな……でも、まだまださ。 まだやれる、頑張れる」
だのに、まだ頑張れる、か。
彼女はすでに頑張っている――血を吐き、命を削って、戦って。
例えライブ会場の惨劇が有ろうが無かろうが、その道が死へと繋がっていることは、俺の目には良く分かった。
彼女にも分かっているだろうに。
きっと主人公である響が受け継いだのは、似たのは、ガングニールとかそういうものだけじゃなくてこういう真っ直ぐに前を見つめる姿勢なのかもしれない。
前傾姿勢ではなく極度の前のめり。
翼ちゃんがアニメで響に言った前向きな自殺願望とは、本当は奏ちゃんに言いたかった言葉じゃないんだろうか。
この子が死ぬのを知っている、それを変えられないことも。
この子が死ぬのは悲しい、それは変わらないことも。
この子の死が、この世界のターニングポイントになることも。
その死に嘆き悲しむ人がいることを知りながら、これから先の事に一切無力な俺には何も出来やしない。
「奏ちゃん、手を出してくれませんか」
「え、あぁ」
おずおずと差し出された手をしっかりと握る。
女の子としては大きい手を、その優しい指を包むように、想いと力を込めて俺は握るのだ。
「俺はずっと応援しています。 貴女の事を………そして貴女の大切な人のことも、ずっと応援していきます!」
俺には応援しか出来ないが、応援だけはさせてほしい。
そんな俺の言葉に、奏ちゃんはとても驚いたような顔で、そしてとても嬉しそうに笑ってくれた。
「あんた、実はあたしのこと知ってるだろう?」
そんな言葉を口にしながら。
自分を幽霊と思い込んでいる男が落ち着いた時、奏は自分が手を握るその男とかつて出会ったことがあるということを思い出した。
思い出したというよりは、覚えていた姿と今の姿のギャップで結び付かなかったというのが正しいかもしれない。
あれはデビューして間もない、ツヴァイウィングのファンなどほとんど居なかった頃の話。
重苦しいまでの殺気と威圧を放ち、町を白けた目で見下す男へ奏が声をかけたのはあくまで正義感とお節介からだった。
何かやらかすのではないか、思い詰めているのではないか、と。
話しかけてみれば特に不審な人間ではなかった。
いや、ストレスマッハとはいえ戦士である自分を引き付ける殺意を放っている時点で相当やばい奴ではあったのだが、それでもただの人間だった。
こちらに気づいた時の驚いた表情、そして何故かすぐに向けられた優しい眼。
話をしながらこちらを見る顔は、痛ましいものを見るようでも労るようでもあって、こちらが逆に辛かった。
二課でたまに受けるカウンセリングのような、なんてことのない他愛もない会話のその節々から自分を深く気遣う思いを感じて、言い様のない気恥ずかしさのあまり誤魔化すように言葉を重ね続けたのは今も心に残っている。
そうして話す中、眼前に広がる穏やかな町並みに翼を思いながら頑張らないと言った自分に、男は既に頑張っていると告げた。
真っ直ぐな目で、応援しているとも言われた。
それが、とても嬉しかった。
歌女としての原点が助けた自衛官の言葉であるのなら、アーティストとしての原点はこの男の激励であっただろう。
他人からひたすらに向けられる応援がここまで心を熱くするものだと、奏は知らなかった。
これがファンに支えられると云うことなのだろう。
男の言葉と眼が、アーティストとしての天羽奏を確立させたと言っても良い。
自分にとってはそうだった。
だからきっと、この世界の天羽奏にとってのこの男もそういった者だったに違いないと感じていたし、事実、そうであった。
「落ち着いたか?」
「なんとか……………しかし、奏ちゃんは本当に幽霊なのか?」
「さあ、どう思うかはあんた次第だよ」
「うぅぅこの世界は確かに色々居そうではあるが、現実に見るのと見ないのとでは全然違うんだ。出来れば幽霊でなければ良いんだが……」
「まぁ、そこはほら、多分アレだよ。 翼の近くだから見えるだけというか、多分翼が近くにいないとあたしは見えないからそんなに気にしなくても良いさ、多分」
「本人なのに認識がふわっふわ過ぎてないか!?」
「しゃーないだろ、幽霊なんだから」
「やっぱり幽霊なのか………」
「あ、あ、ゴホン!………マサザネクン、オキタカナ?ゲンジュウロウダガ、ハイッテイイカネ?」
二人がアホな会話をしていると、外から弦十郎が声をかけてきた。
恐ろしく棒読みである。
今更であるが此処は医務室に備え付けられている病室で、対外的にはおかしな幻覚を見て失神したことになっている雅実を一応検査したという扱いにするために担ぎ込んでいたのだが……
「あたし、幽霊設定で押し通した方が良くないか?」
という、奏の発言から雅実と彼女を2人きりにしていた。
奏としては自分のせい?で気絶させたと理解はしていたから、責任を取る感じで、まぁこんな形を取っている。
無論男女を個室に2人きりなど色々許せるはずもなく、見張りのために隣室で一同がモニターしていたのだが、雅実が3度気絶したあたりで響とクリスが帰り、5度目でエルフナインが通常業務に戻ったために今隣にいたのは叔父姪とマリアだけになっていたが。
そんなこんなで、とりあえずは雅実が落ち着いたのを確認して弦十郎が踏み込んできた訳である。
「イヤァダイジョウブカネ、カナデクンノユウレイヲミタトカイッテタオレタトキハドウシタモノカトアワテタヨ」
「旦那、すんげぇアホみてぇ」
「大丈夫です、えぇ…………あの、弦十郎さんは見えてな」
「ユウレイナドイナイ、イイネ?」
「あっはい」
雅実は、弦十郎さんも殴れないものは怖いんだなぁなどと惚けた事を思っている。
奏は弦十郎が見えない振りをしているのを知っているから、彼の振る舞いがアホの極みに見えて仕方がない。
「マァオチツイタヨウデナニヨリダ」
「え、えぇ」
「ジャア、サインヲシニイコウカ」
カデンツァ的なお遊戯会を行うだけ行って、弦十郎は足早に病室を出ていってしまった。
本人的には恥ずかしさ8割、奏の存在に目のやりどころに困るの2割でそれどころではなかったのだが、周りから見ればバリバリに違和感だらけでとても怪しい演技だった――雅実に気づく気配が一切なかったのが弦十郎には救いだった、鈍い男がただ気付かなかっただけなので本当なら救いとはいえないだろうが。
「さーて、旦那も出ていったしね。あんたも早く行きなよ?」
「あぁ。でもお別れの前に言いたかったことが有るんだよ」
「なんだい?」
「良く頑張ったね……お疲れ様」
その言葉を向けられているのは自分であって自分でないのを理解しながらも、奏の息は大いに詰まった。
目の前の奏を死者だと思っている雅実だからこそ、死に際して誰にもその言葉を掛けられなかったこちら世界の奏へとその言葉を口にしたのではあるが、その言葉は平行世界の奏へと強く突き刺さる。
本来この言葉を受け取るべきは自分ではなかったのに。
本来この言葉は自分が翼に言うべき言葉であったのに。
不意の言葉に思わず瞼を震わせてしまったことを隠すため、奏は下を向いた。
相手が俯いてしまったのを見て嫌な事を言ってしまったのかと慌てる雅実を、いいや嬉しかったよと笑ってごまかし、先を急かした。
さぁ旦那を待たせているぞ、はやく行けと。
心配げにこちらを振り返りながら出ていく雅実を笑顔で見送った奏は、物理的な距離と医務室のドアが彼と自身の間に挟まったのを確認すると、その場で倒れるようにしゃがみ込むのであった。
――――
アニメでユグドラシル破壊時に、八紘や奏、サンジェルマンなど死んだ人々との再開が描かれていました。
この作品では本来いるべき装者7人以外にもグレ響、アナザーつばクリ、セレナ、奏がその場にいました。
自覚はないですがセレナ、奏はこの時にこの世界の自分の感覚を一部受け継ぐ形になっています。
平行世界の奏が雅実の労いの言葉にダメージを食らったのは、見送る側見送られる側のどちらでもあるからです。