シンフォギア習作 振れば風の鳴る翼的な女の子 作:レノボのカナリア
奏の恋愛話の、ひとつめ。
雅実が居なくなった後の本部潜水艦、その休憩室にて双翼が無言でお茶を飲んでいた。
言うべきことがあると奏から休憩室に誘ったのだが本人が話しづらそうにしているため沈黙が長引いていて、もしやあちらでのプライベートな話なのだろうかと、翼は奏の言葉を待っていたのだが……
あーだの、うーだのと呻くように言い澱んでいた奏が意を決して言葉を発したのは、休憩室に籠ってからおよそ10分ほど経った頃。
向き合う奏の顔が照れと緊張の半々といった面持ちだったので、焦らし過ぎなことに文句を言いたかった翼も少し身構えた。
「そのさ、翼」
「なに?」
「見合いしたばかりのあんたにこう、なんだ? 言うのはちょっとアレかも知んないんだけどさ……あたしな?」
「うん」
「………結婚するかも」
「結婚………って、えええええええ!?」
「うわっ、うるさっ」
トップアーティストの肺活量を刮目せよ!とばかりに叫んでしまった翼に、至近でそれをくらった奏は耳を抑える。
「え、え、結婚って? え、じゃあ奏、今お付き合いしている人がいるの?」
「うん、そうだよ」
「私、聞いてない」
「タイミングが悪くてさ」
「わたし、きいて、ない!」
「あはは、ごめんごめん」
「もう!」
頬を膨らませて拗ねる片翼に苦笑いをしつつもう片翼は頭を掻いた。
付き合い始めたことすら伝えてなかったのに、それすらすっ飛ばして結婚などと言ったらこうなるとわかってはいたが……
「もうすぐ20歳になるんだから、そういうのは良くないぞー?」
膨らんだ頬が両手で挟まれて空気が抜けた。
そのまま頬を撫でられるがままに気持ち良さそうに眼を細める翼へ、奏は語りかける。
「1ヶ月前に来たときに言おうとは思ってたんだけど、その時は翼は居なかったから言えなかったんだよ。悪いとは思ってるけどね」
「私がここに来れなかったからだから、それは別に良いけど……雪音の言っていた奏が伝えたいことってこれのことだったのね」
「そうだね」
「それでその、お付き合いしてる人って私も知ってる人?」
誰なのかと誰何する翼に、いいやと奏は首を振った。
知らないとなると2課や装者として会える立場の人間ではないらしい。
「どんな人なの?」
「すごく変わった奴だよ。 翼たちがあたしたちの世界に来る前に知り合ったんだ」
「アーティスト活動を再開する前ってことね。だったら一般人ということかしら?」
「そうさ。飯屋をやっててね、あたしも世話になってんだ」
「通ってるってこと?」
「食わせてもらってる、が正しいかも」
「……ただで食べさせて貰ってると?」
「あはは、面目ないけどその通り。 色々と暴れてる頃に会ったから、あたしのこと栄養の足りない不良娘かなんかだと思ってたらしくてさ……払うって言っても払わせてくんないんだよな」
「うふふ、不良って……その人と出会った時の事、詳しく聴きたいな」
「良いよ、もともと話すつもりだったからね」
平行世界からSONGの装者が来る前、奏の心は荒れ果てていた。
ライブ会場の惨劇で片翼を千切られて以降、戦いの中で燃え尽きても構わないと思っていた。
家族、そして翼の敵であるノイズ共を殺して殺して殺し尽くせるのならば、魂すらも灼き切って……ただひたすらに戦い抜こうとのたうちまわったあの頃。
文字通り血反吐を吐き身体を削って戦うその日々は、今とはまったく違う意味で充実していた。
難しいことなんていらない、純粋に槍を振るえばそれだけで良かった――意味など不要の、純度の高い原始的な世界。
弦十郎や了子、2課の面々の心配や静止など気にも掛けなかった。
気に掛ける余裕なんて、ある筈がなかった。
そんな中で、奏はその男に出会ったわけである。
「ノイズを倒しに遠くまで出張ったとき、やつらにヘリが落とされててね……戦いが終わったあと迎えが遅れてたんだ」
当時を思い出すように奏は宙を見上げた。
異なる自分の死後に思いを馳せる片翼を隣で見つめて、翼はその続きに耳を傾ける。
「会うたび会うたび皆が心配そうに見てくることが煩わしかったから、その日は迎えを断って自分1人で帰ることにしたんだよ」
遠いとはいえ別に海外にいるわけでもなく、なにより広告過多の現代日本で迷うことなどありえなかった。
「で、もうすぐ都市に着くぞって時、あたしの身体にちょっとしたバックファイアが来やがった」
「え、大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃなかったら、今こうしてないだろ?」
本当はまったくもって大丈夫ではなかった。
眼は見るからに窪んで口内は血の味と匂いで充満していたし、視界の端はほんのりと赤く染まっていたほど。
重症も重症であり、お前はただ死ななかっただけだと、あとで弦十郎に強く叱られることになる。
「近くの公園で休もうと思ってベンチに座ったまでは覚えてるんだけど、そこから意識が飛んでてね。気付いた時にはそいつの店のソファーに寝かされてたよ」
「知らぬ間に運ばれてたってこと?」
「あぁ。そいつは、あたしが目覚めた途端に「どんな目に遭うかも分からんのに、女があんな所で寝てるんじゃない!」って怒ってんの……自分だって客観的に見たらさ、意識のない女連れ込んでるのにね」
「でもその人の言う通りだよ、奏は綺麗なんだから気を付けないと!」
「あはは、ありがとな翼。 でもあの時はそういうことに頭が回る精神状態じゃなかったからなぁ……」
あんたには関係のない話だ!と無愛想に言い捨てて、悲鳴を上げる身体で無理に立ち上がろうとして立ちくらみ、転びかけた所をその男に抱き止められる。
女性としては比較的高身長であり、さらには鍛えていることで付いた筋肉もあって相応の重さもあっただろうに、男はびくともせず彼女を受け止めることが出来た。
後に料理は身体が資本だから鍛えていると男は語ったが、当時の奏にはそれが分からない。
自身を包む力強さに、かつてに弦十郎から抱き締められたことをなんとなく思いだしてしまったことに、何とも言いがたい妙な気分になった。
無論、弦十郎と比べてしまうと明らかに見劣りするのだが……
そんな感覚から逃れようと身を捩って腕から抜け出そうとする奏。
力の感じられない動きに貧血気味なのかと思った男は、ソファーに無理やり座らせると厨房の中へいそいそと入っていっていき、スープを大量に盛って彼女にそれを手渡した――飲め、と一言だけ添えて。
「飲まないと帰して貰えなそうだったから飲むだけ飲んでやろうと思っただけなのに、飲んだら飲んだで腹が減って飯まで作って貰ってさ? それでその……へへ」
翼の死後、まともな食事を摂らずに済ませることが多くなった。
サプリメントや薬物で不足している栄養を補っていたとはいえそれで肉体の飢えが満たされていたはずもなく、それゆえ久方ぶりに身体に入ってきた温かく栄養価の高い食事によって彼女の意識をものの数分で見事に刈り取られることになる。
平たく言えばお腹がいっぱいになったので、眠くなったのである。
「目が覚めたら2課の医務室だったよ。 聞いた話じゃあたしの帰りが遅いってGPS頼りに旦那が来てみたらそこは飯屋だし、あたしは寝てるし店は普通に営業してるしで焦ったんだって。連れて帰ろうにもあたしらのことなんて説明できないから、前職の警察だって言って連れて帰ってきたらしい……」
「それ、叔父様すごく怒ったんじゃない?」
「そうなんだけどさ、思い出させるのは止してくれ……あれは思い出したくない」
怒り半分懇願半分で頼むから無茶をするなと、お前まで居なくなるつもりかと、スタッフ一同から説教を受け続けた記憶はこの先も忘れられないだろう。
帰還後にメディカルチェックをした了子ですらきつく注意をしてきたのだから、相当に心配をさせたとわかる。
「まぁあれだ、その時警察云々言ったせいであたしは喧嘩三昧でわざわざ警察が補導しにくるレベルの不良娘だとそいつに認識されちまってたってわけだ………誤解が解けたのはこっちで神様と戦った後くらいだよ、本当にもう」
「アーティスト活動を再開したあとでもしばらく勘違いされてたのね」
「あいつ、あたしが昔アーティストやってたのも、再開したのも、常連客に言われるまで知らなかったからなぁ」
知った後でも不良娘が歌手になったのか程度の認識だった……だったというより、今現在もそんな感じの認識でいる。
「もっと、その人とのお話を聞かせて?」
「良いけど、さすがにちょっと照れ臭いからまた今度な。それにしても、翼がこういう話に興味を持つなんてちょっと前からは想像もつかないね」
「そうかな?」
「あぁ。 もしかして、お見合いしたからかな? ふふ、あの男も良い奴そうだもんな……なんなら付き合ってみたらどうだい、活動再開前にちょっとだけのお試しで」
「えぇ? 良い人だとは思うけど……好きになっちゃったならまだしも、お見合いからのお付き合いで相手が一般人っていうのは少し厳しいかな」
「んへ? 関係者じゃないのかよあいつ。でも、じゃあなんでここに居たんだ?」
「え!? え、えっと、その、それには色々あってね………き、機密事項よ!」
自分の失態を奏に知られたくない一心で適当なことを口にし始める翼。
機密と言っておけば大丈夫、古事記にもそう書かれている!
「そうなのか、国連直轄の組織ともなるとやっぱり大変だな」
「そうなの! 深い事情がね、あるから言えないんだ」
「待ちなさい翼。あなたがやらかして装者バレしたというのが深い事情なわけないでしょう」
「「マリア」!?」
納得しかけた奏に、突然颯爽と現れたマリアが事実をぶちまける。
防人の結婚!?という叫び声が聞こえたので駆けつけてみたものの、聞き耳を立ててみれば双翼がただ話しているだけだったのでドアの前で出ていくタイミングをはかっていたのである。
さっさと入れと言われそうだが本人いわく良い女の定義は登場の仕方らしいので、そこの所をわかって欲しい。
「はーん?ふぅん?」
「な、何かな奏?」
「ふふーん、いいやー?べつにー?」
「あ、う……」
あやうく騙されかけたことに何か言いたげな様子で顔を覗き込もうとする奏と、それから必死になって顔を背ける翼。
ある程度のイチャコラもとい攻防が繰り広げられたあたりで、片翼が仕方がなく折れた。
「ま、後でマリアに聞かせて貰うから良いけどね」
「奏!?」
訂正、折れたのではなく保留だったらしい。
「良いわよ、全部話すわ」
「うう、お手柔らかに頼む……」
2人がかりでからかわれる未来が容易に想像されてしまい、翼は大きく項垂れるのであった。