シンフォギア習作 振れば風の鳴る翼的な女の子 作:レノボのカナリア
風鳴本邸の一角にその3人の姿はあった。
1人は険しい顔で腕を組む和装の老人。
どこか、頬が緩んでいるような気がするのは勘違いだろうか?
1人は真面目な顔で正座をする壮年の男。
この男の娘は彼にそっくりのまっすぐな瞳をしていた。
1人は彼女を知る人間からすれば珍しく感じるほどにしっかりとした服を着ている女。
窮屈気に肩を回しているが、そんな様子に前の2人は暖かい目を向けている。
「これが今回のだよ」
燃えるような赤毛をした女が何やら紙袋を壮年の男に渡した。
男はそれを受けとると口を開けてその中身を確認し、頷いて老人に手渡す。
「毎度の事だが、ありがたい。納めてくれ」
男は相好を崩して女に紙袋の中身の代金4500円と、彼女が好きな洋菓子店の袋を差し出した。
トップアーティストである彼女でも中々買えない超絶人気店のベイクドチーズケーキ、バタースコッチそしてシュークリーム。
今日の3時はこれに決まりだと思うと、どうにもよだれが止まらない。
「写真集の代金だけで良いのに、わざわざ悪いね」
「なに、手間賃替わりよ。それに、たまには外へ出ねば流行に取り残されるわ」
「外へって、これ爺さんが買いに行ったのかい?」
「うむ」
これらは昨日、老人が自らわざわざ並んで買ったものである。
家人が並ぼうとしたのだが、礼なのだからと自ら並んだのだが………明らかに偉い人間が黒服のSPを侍らせて洋菓子店に並んでいる姿は恐怖を通り越して笑える物であった。
「なんて言うかそれ、紋付き袴ってやつ?それを着てスイーツ買ってる爺さんって、絵面がめっちゃ面白いよなぁ」
「儂も窓に映った我が身を見て笑ってしまったものよ」
「ですから、供の者に並ばせたらと言ったのです」
「まま、良かろう良かろう」
カカカと笑う姿は正しく好好爺なのだが、平行世界の老人と対決したこともある女からすれば不思議な気持ちを抱かざるを得ない。
「しかしまぁ、どうして世界が違うだけでこんなに性格が違うんだろうなぁ」
「あちらの儂のことか?」
「そうそう。未だに信じられないよ、あの爺さんがアンタと同じ人間だなんて」
「私も君から話を聞いたときには何の冗談かと思ったぞ、奏君。父が翼に辛く当たっていたなど、こちらでは信じられないからな」
「うむ。それだけでも嫌な話だが、その上八紘に手を掛けたのであろう? なんの冗談かと思ったわ」
3人、風鳴訃堂と八紘、そして天羽奏は首を横に振った。
目の前で父を殺された翼の事を思うと、どうにも遣りきれない思いで堪らなくなる。
あちらでは既に死んでいる奏は、当然ではあるが表だって行動が出来ない立場であったからその時は何も出来なかった。
結局動けたのはライブの時と最終決戦のみで、もう少しやりようが無かったのかと本人は思う。
訃堂も訃堂で自分がやったわけではないのに、報告を聞いた時には思わず群蜘蛛を抜いて腹を詰めようかとしたほどにショックだった。
翼の精神状態を慮って、XV以降は彼女がこちらの世界に来ていても会おうとはしていない。
翼自身は自分の世界の訃堂とは別人格であると分かっているからそこまで気にしていないのだが、だからと言って可愛い孫娘に甘えられないのがこちらの訃堂である。
奏世界の訃堂は基本的には厳格な性格でありながらチャーミング(自称)さもあるお茶目(自称)な男で、家族や部下からも好かれていた。
護国や防人であることへのこだわりは本編とあまり変わらないが、国とは人の集まりであることを理解しているため人を守ることを優先事項としている。
翼が死んだライブ会場の惨劇がデュランダルの起動実験のせいで起きたと考え、弦十郎を始めとする二課に追及の矛先が向かないよう責任を取る形で政治の場から一応は引退。
長期に渡って国政を表と裏から支えてきた都合上今でも与野党問わず頼りにされているため、二課の存続に力添えをする日々が続いている……本人は翼の弔いのために本気で引退したがっているのだが。
誰も彼も独身やらなんやらで孫を抱かせてくれない子供たちにやきもきしていた中産まれた、唯一の孫である翼。
そんな翼を訃堂は愛したが、彼女が5歳のおりに天羽々斬を覚醒させたことで防人としての教育を施すことになる。
厳しい指導で泣くことも多かった翼だが、祖父の愛情を理解してしっかりと教育をこなしていき、天羽々斬覚醒から7年後、櫻井了子が立ち上げたシンフォギアプロジェクトに参加するために風鳴本邸から離れることとなった。
私生活のだらしなさや、自分が教育を施したせいで趣味嗜好が年寄り染みてしまったことを不安に思った訃堂ではあるが、志願してシンフォギアプロジェクトに参加した天羽奏との間に友情を育んだことを知ったことで一先ず安堵。
最愛の孫の友人でなおかつ不憫な境遇に負けずに立つ奏。
訃堂は彼女から防人としての匂いを感じたために接触してその意気を認め、奏は友人の祖父いうこともあり訃堂を気安く爺さん呼ばわりするようになった。
翼の死後荒れに荒れた奏を気に掛けるも、手も声も届かない彼女をどうしようもなかったのだが………平行世界から翼が現れたこと、そして今日奏を呼んだ理由の1つである彼女のパートナーのこと、これらのおかげで訃堂は奏をと失わずに済んだ。
「まぁ、あちらの儂のことはもう良かろう。既に過ぎ去ったことゆえな……それで、今日お主を此処へ呼んだ理由なのだが」
「翼の写真集じゃないのか?」
「それだけで呼び出しなどせぬわ。ほれ、これだ」
見せられたのは明治熱田といった神宮や、見るからに格式の高そうなホテルなどのパンフレット。
「どれが良い?」
「おいおい、何の話だよ爺さん」
「説明しないと分からないでしょう。君たちの式場を何処にするかという話だ」
「式場……結婚式のことか!?」
「うむ」
八◯園、目黒雅◯園なども良いぞぉ?などと言う訃堂に頭痛を覚えた奏は、出されたお茶を啜って気分を落ち着ける。
「なんでアタシが結婚するって知ってるんだ? まだ弦十郎の旦那にも報告してなかったんだけどさ」
「あぁ、先日マリア君がこちらに来た際に教えてくれたよ。君がプロポーズを受けたから、近々結婚するはずだと」
「あ、あいつは……」
――良いわよお礼なんて、水くさいんだから!――
――お礼が言いたいんじゃないんだよ!――
イマジナリーマリアに文句をぶつける奏に訃堂は言う。
「場所は儂が世話をしよう。相手と好きに選ぶが良い」
「そうは言ってもさ、そこまでしてもらうのは流石に気が引けるんだけど……」
「孫の結婚式に口を挟みたいのが老人なのさ」
「孫って八紘さん……」
「父にとって君は2人目の孫のようなものだ。孫の親友を同じく溺愛しているだけと考えて、嫌でなければ甘えてやって欲しい」
「………」
身内が居ない奏としては、訃堂を祖父と思うのは是非もない話だ。
翼が存命の時から今に至るまで世話になり、本編世界の翼グッズをあちらの翼には秘密にして届けては感想を言い合う関係だし。
しかし、こちらの翼に悪い気がしてならないのも紛れもない事実。
勿論翼ならば首を縦に振るだろうが、こういうのはやはり本人の気持ち次第である。
「少し考えさせてくれると嬉しい」
「じっくり考えてくれ」
「わかった…………それはそうと、アタシを呼んだのはそれが理由かい?」
「これだけではない。翼の見合い相手の事で聞きたいことがあるのだ」
「翼の見合い相手ってことは、アイツか」
自分たちのファンであるという筋骨隆々の大男を思い出している奏に訃堂は雅実のデータを渡す。
目を通すと雅実の情報がつぶさに記されていて、意外と良いとこの坊っちゃんなんだなと思う奏。
「儂らが知りたいのは顔の良し悪しだの、家の力だのではなく本人のことよ。翼を預けるに能う男なのか?風鳴に入るということは相応の力を必要とするが、それは有るのか?」
「アタシはアイツと2回しか会ったことないんだぞ?そんな詳しいこと知らないよ」
「君が会ったときに感じたことで良……ん、2回?1回では?」
「2回だよ。昔ツヴァイウィングを結成したばかりの時にこっちで1度会っててさ、アタシらのファンだったんだ。アイツの言葉は結構心に残ってて………って、どうした?」
「い、いやなんでも」
「あ、そうだ!あっちとこっちのアイツは殆ど同じようなもんだったし、こっちのアイツを調べれば良いんじゃないか?」
名案だと手を打った奏だが、2人が神妙な顔をしていることに嫌な予感が頭をよぎる。
「それは無理なんだ」
「無理って、家は一緒だろ?ならその久我家を調べれば……」
「久我家は無い」
「無い?じゃあアイツの素性はあっちとは違って調べられないってことか」
「いや、厳密には久我家の本家はもう無いんだ」
もう、という言葉に嫌な予感が確信へと変わった。
「数年前、家族旅行に行っていた時にノイズ被害遭ったようで……全員が行方不明だ」
「………またノイズか、クソっ!」
「すまない 」
「謝るな、そっちが悪いわけじゃないんだから……」
元政治家と現役政治家2名が一家丸ごと被害に遭うというかなり大きな災害であったのだが、ライブ会場の惨劇から少し後に起きたノイズ災害であったからあまり大きく報道がされていなかった。
それはメディアがトップアーティストの片割れが死に、そして多数の悲惨な事故死が目立ったライブ会場の方がセンセーショナルなインパクトに勝ると考えてそちらに力を向けたために起きたこと。
まだ翼の死に呆然としていた奏がそのニュースを知らなかったのは当然で、そしてそのニュースを聞いていたとしても雅実の顔しか知らない彼女には分かるはずもなかった。
「……儂らはこの久我雅実を直接知る方法がなかった。ゆえにお主に聞こうと、な」
「そっか……うーん、向こうの弦十郎の旦那とどっこいくらいに強そうな感じがしたかな。性格はお化けが怖いビビりで、あとは穏やかな感じがしたけどアタシらのファンだからアタシらだけにそうなのかもしれない。マリアが来たときには聞いてないのかい?」
「彼女は、その、あまりにもべた褒めだったからな…………信用出来かねる」
「非道さが際立つあちらの儂が選んだ男だぞ?非の付け所がないなど有り得るか!となってなぁ」
「あー、それは確かに」
向こうの爺さんはクソジジイだったからなぁ…………初めて奏が本編世界の訃堂を見たとき、あまりの違いに別人かと思ったほどだ。
「というわけで、アタシはそれ以上は知らない」
「うむ、まぁそれなら仕方がないわ。八紘、来週の定期報告では翼が来るのだったな?」
「その予定です」
「ではその時、直接聞こうではないか。久方ぶりに此処に招いてな」
決意を持って孫娘を迎え入れようと決めた訃堂だったが、ほとんど惚気に近い報告を本人から受けることになるとはこの時の彼は思いもしないのであった。
孫の翼に優しいおじいちゃんが居ても良くないですか?良くないですか……そうですか…………
奏世界の雅実が死んだ理由として……
自分という異物のせいでライブ会場の惨劇で翼が死んでしまったという思い込みによる精神的なデバフを受けていたこと。
家族旅行中、父親が運転する車のすぐ目の前に突然ノイズが発生したこと。
車内でノイズに気がついた時、両手に妹たちが抱きついていたために回避行動が取れなかったこと。
以上3つから雅実は避けられずに死にました。
モブに厳しい世界なんだから、主人公にも厳しいに決まってる。