4話
「遊理が、俺の対戦相手? なんで遊理と俺が
デュエルアカデミア実技試験当日。
十代君が目の前にいる私のことを驚きの表情で見つめています。
無理もありませんね。
通常、実技テストは同じ寮の生徒同士が戦うのですから。
普通ならブルー寮である私と、レッド寮である十代君では戦うことができないはずなのですよ。
「入学試験で、あれほどの成績を残した君とオシリスレッドの生徒では釣り合いが取れなイーノデス。そこで! シニョリーナ暁こそが君の対戦相手に相応しいと判断いたしましターノデス!」
クロノス先生がもっともらしい理屈を並べたてます。
言い訳臭いというか言い訳そのものなのですが、実際十代君がレッド寮らしからぬ実力を備えていることは事実なので私は何も言いません。
「もちろん君が勝てば、ラーイエローに昇格するってことになりマースノ。デスガ、如何でスーノ? 遊城 十代君? この申し出、受ける気なりますデスカーノ?」
フィールド外で観戦している生徒がざわつきます。
前代未聞、かどうかは分かりませんがかなりの珍事であることに変わりはありません。
さて、十代君の答えは……まあ、決まりきっていますよね。
「いいぜ! 俺、いろんな奴と
十代君の目が熱く燃えています。
それでこそ、十代君です。
「ナラバ! シニョリーナ暁との
「こちらこそ、よろしくお願いします、十代君」
「ああ! 思いっきり楽しもうぜ!」
「「
暁 遊理
LP 4000
遊城 十代
LP 4000
「こんな形で遊理と戦うことになるとは思わなかったぜ」
「私もです。本当は戦いたくなかったのですが、いろいろあって気が変わりました」
「いろいろ?」
「こっちの話ですよ……あ、そうそう十代君、言い忘れていたことがありました」
「ん? なんだ?」
「実はですね……」
テストの時期になりました。
デュエルアカデミアでは恒例行事らしく、この時期になると一部の例外を除いて皆勉強に精を出します。
それはつまり、ほとんどの生徒が寮に籠っているということです。
『誰も通りかからないね』
「ですね、当てが外れました」
私こと暁 遊理は閑散とした校舎をとぼとぼと歩いています。
あの翔君の覗き冤罪事件以降、私はずっとあの事件の真相を探っていました。
十代君を嵌めようとした犯人が誰なのかも気になりますが、それ以上に気になる懸案事項として私を助けてくれた謎の影の正体が知りたかったんです。
最初は明日香さんの助力も期待していたんですが、明日香さんは決着がどうであれ十代君と心行くまで
よって、調べているのは現在私だけです。
調べる、と言ってもやっていることといえば道行く人にひたすら声をかけて話を聞くだけなのですが。
元より専門家ではなく、これと言った機材もノウハウもない素人である私の思いつく捜査なんてそんなもの、しかしやらないよりはマシです。
ですがテストの日が近づくにつれ、通りかかる人がどんどん少なくなり、ついには誰も見かけなくなってしまいました。
ただでさえ遅々として進んでいない素人調査がこれで完全に行き詰りです。
現在、分かっていることと言えばあの謎の影は湖に住んでいる野生生物とかの類ではなく人間であるらしいことと、その人間が結構な
ちなみに前者の証言者はココロちゃん、後者は私の感覚だよりの曖昧なものです。
要するに聞き込みによる調査進展はゼロだということです。
『
「……そうですね、行ってみます」
テストの内容は入学試験の時と同じく筆記と
ただし入試が筆記をパスした者だけが実技に進めたのに対し、月一テストはたとえ筆記が落第点でも実技試験に挑めるのです。
最終成績は筆記と実技を総合して算出されるため、極端な話をすれば筆記が壊滅状態でも
今の時期でもデッキの調整も兼ねて
ちなみに、逆もまたしかりで実技がダメダメでも筆記で巻き返すなんてことも可能なので、私はもちろんこのパターンです。
『そういえば、遊理は勉強しなくて大丈夫なの?』
「無論完璧……と言いたいですが、実際はあまり大丈夫じゃありませんね」
まあ、それでも上の中から中の上くらいの点数は稼げると思いますが……
「今やめても気になって勉強に手がつかないのは目に見えてますし、とりあえず今日は心行くまでとことん調査するのですよ」
『ふ~ん、ま、そこまで覚悟完了してるなら私は止めないわ』
と、そんなことをココロちゃんと話しているうちにフィールドに到着しました。
残念ながら、フィールドには誰もいませんでしたが。
「またしても当てが外れた、ついてないですね」
『そうかな? 遊理の場合、ついてないって言うよりむしろ……待って、あそこに何か落ちてる』
ココロちゃんの言うとおり、
「……財布?」
レトロなガマグチ財布です。
「今時まだ使ってる人がいたんですね……って重ッ!?」
なんとなく拾い上げようとして、その中身がぎっちぎちに詰まっていることをありありと感じさせる重量感に思わず私は息をのみました。
こ、これはどうすれば? 全く予想していない幸運(?) に私は戸惑いを隠せません。
『こういうのって、確か拾い主は1割貰えるんだったよね? やったじゃん。いつになくラッキー』
「何言ってるんですか! と、とりあえず交番に……デュエルアカデミアに交番なんてありましたっけ?」
いや待て落ち着け私。
島に到着した際にめぼしい設備はそれなりに案内されました。
その中に、確か警備関係の設備があったはず。
ひとまずそこに届けて「――ノーネ!」……?
慌てる私の耳にエラク特徴的な語尾の声が聞こえてきました。
「何処に!? 何処に落としたノーネ!?」
クロノス・デ・メディチ教諭。
オベリスクブルーの男子寮長にしてデュエルアカデミアの実技担当最高責任者、実質アカデミア校長のマスター鮫島に次ぐナンバー2。
攻撃時に相手の魔法・罠の発動を封印する機械族モンスター群「
「何処!? 何処なノーネ!?」
クロノス教諭は顔を真っ青にして何かを探しています。
何を探しているかは……考えるまでもありませんね。
「クロノス教諭」
「なんデスーノ! 今私はとても忙しいノーネ……って、おおシニョリーナ暁!」
「…………」
なぜ、他の女子は呼ぶときはシニョーラなのに、私だけシニョリーナなのでしょう?
いや、間違ってないんですが……意味を鑑みればむしろ他の女子をシニョーラと呼ぶ方が間違ってるんですが……なんかモヤっとします。
まあ、それはそれとして置いといて。
「お探しの物はひょっとしてこれですか?」
「おお! おおおおおお!! 間違いないデスーノ! 私のウォレットなノーネ!」
『ウォレッ……イマイチ国籍が分かりにくい先生よね、ポルトガル人だっけ?』
「(イタリア人です……確か)」
そしてウォレットは英語。
ガマグチ財布は日本特有。
ちなみにアンティークはフランス語です。
改めて考えると物凄いチャンポンですね。
教師をやる前は世界を股にかけて仕事とかしていたのかもしれません。
「それにしても凄いですね、普段からそんな大金を持ち歩いているのですか?」
さすが、貴族のお金持ちは違うのです……かと思いきやクロノス先生はノンノンと首を振って
「違うノーネ、今回は特別な買い物のために貯金を下ろしただけデスーノ」
「……特別な買い物?」
デュエルアカデミアは学園島です。
当然ながら、島の住人は教師を除けばほとんどが学生です。
島の物価もそれに合わせてほとんどが学生料金の低価格なのです。
そんな学園の島で、これほどの大金を擁する買い物と言えば……
「……カードの買い占めでもする気なのですか?」
そういえば、もうすぐ購買部に新しいカードが入荷する時期でしたかね。
「ギクギクギクリンチョ!? なんでバレたノーネ!?」
「ビンゴ……ってか本気ですか?」
ほとんど当てずっぽうだったのにまさかの正解です。
しかし、ただでさえ実技試験が迫っていてデッキ強化が急務であるこの時期に貯金を下ろしてまでカードの買い占めとか、クロノス先生も鬼ですね。
「こ、このことは内密に!」
やけに慌てたような様子で口止めするクロノス先生。
何故そんなに知られたくないのでしょうか?
確かに買い占めは褒められた行為ではないですが別段犯罪というわけではないのに。
というか、この手の金や権力に物を言わせた行為はオベリスクブルーの
となると、目的はカードの買い占めそのものじゃなくて……
「……そうまでして十代君をギャフンと言わせたいのですか?」
「ドキドキ!? シニョリーナ暁は心が読めるノーネ!? いやいやそんなオカルトありえませンーノ!」
『ビンゴ2回目……遊理ってこっちの才能はあるよね』
ココロちゃんが感心したように言いますが生憎と私は探偵になる気はないのです。
もしそんな才能が本当にあったら今頃とっくに謎の影の正体を暴いているでしょうし。
何より普段のクロノス先生の態度を見れば丸わかりだと思うんですが。
顔どころか声にまで全部出ているのですよ。
普段はギャグなんじゃないかってくらい開けっぴろげなのに一度
「どうして、そんなに十代君を目の仇にするのですか?」
「そんなの決まってまスーノ! 我がエリート学園、デュエルアカデミアに、あんなドロップアウトボーイはふさわしくないノーネ!」
開き直ったのか、クロノス先生は目を三角形に吊り上げて思いのたけをぶつけ始めました。
ま、まあいろんな意味で学園の枠組みからは外れた存在であることは確かですが。
「で、カードを買い占めてどうするんです?」
「今度の実技試験で、あのドロップアウトボーイの対戦相手にレアカードを渡してコテンパンさせるノーネ!」
「無理だと思いますよ~いくらレアカードを渡したって、対戦相手もオシリスレッドの生徒なんでしょう?」
劣等生だってバカにする気はないですが、それでも十代君に匹敵するような実力者がレッド寮に他にいるとは思えません。
「そこは、権力の職権パゥワーなノーネ! どうにかして適当な理由をでっち上げて、オベリスクブルーの生徒と対戦させマスーノ!」
「……ま、まあ頑張ってください……(どうせ勝てないでしょうけど)」
この程度の逆境、性格からして十代君は笑顔で切り抜けるでしょうし。
ちょっとお金とレアカードに恵まれたくらいのお坊ちゃまなんかには、十代君には敵わないのですよ。
「それでは私はこれで」
「アデュ~。風邪ひかないように気を付けるノーネ」
「……っ!?」
私は思わず振り返りました。
風邪ひかないように?
何故そこでそのセリフが飛び出すのですか?
「……先生こそ、夜の水泳は控えた方が良いですよ?」
「分かってマスーノ。もう懲りたノーネ」
「……」
ワザと?
ワザと私に教えてくれているのでしょうか?
「やっぱり、あの時私を助けてくれたのって……」
「っっ!!? 違いマスーノ! 私はブルー寮の湖で泳いだりなんかしてないノーネ!」
私はここまで見事に語るに落ちた人を他に見たことがありません。
『遊理、やっぱりこっちの才能あるわ』
しきりに感心しているココロちゃん。
いやこの場合、クロノス先生が迂闊すぎるだけかと…って今はそんな話をしている場合ではなくて!
「ぜひ一言お礼が言いたかったのですよ。あの時はありが「違うノーネ! 私じゃないノーネ!」……」
むむむ、意地でも認めない気ですか。
仕方がないですね……
「…では、もし偶然湖で溺れそうになった私を助けてくれた人に会ったら伝えてください。ありがとうございます。貴方にはとても感謝していますと」
「……解りましターノ」
『面倒ね~。ていうか、あれ? あの影の正体がクロノス先生ってことは、偽のラブレターで十代君を嵌めようとしたのも先生ってこと?』
そうなるでしょうね。
だからこそ、クロノス教諭はかたくなに認めなかったわけですが。
本当なら退校処分ものの犯罪なのでしょうが……それでも恩人ですし。
何か恩返しできればいいのですが……あ、そうです。
良いことを思いつきました。
「クロノス教諭、あと2つほど頼みたいことがあるのですが」
私の申し出はよほど意外だったのか、クロノス教諭はその時目を真ん丸に見開いたのでした。
意外に難しかったクロノス口調。
何でも当初は声優さんのアドリブであったとか……