今の所、世界の命運は俺にかかっている   作:流石ユユシタ

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三十五話 終幕

 閉会式を待たずに、俺たち実行委員は後片付けを始めた。一般参加の生徒やその父兄達は、体育祭のクライマックスである三年Ⅽ組のリレーに沸いている。

 

 気楽に体育祭を楽しめると楽観していたが、そんな甘い見通しは見事に外れた。何事も予想通りにはいかないものだ。軽率な言動を反省する俺の隣では、火原火蓮が備品についた砂埃を払っている。

 

「火蓮さん、手伝う?」

「あ、いや、大丈夫です」

 

 最近一緒にいることが多いからすっかり忘れていたが、彼女はある一定のラインを超えないと中々フレンドリーにはなれないんだったな。強気な部分と気難しい人見知りの部分。こういうギャップがあるから、彼女は人気だったんだよな。

 

 人気ランキング、二位から五位を常に上下する彼女。一位にはなれなかったが、人気があったのが良く分かる。

 

「何? その生暖かい視線は?」

 

 しまった。過去の余韻に浸っていると、胡乱のジト目を投げ掛けられた。

 

「いや、何でもないですよ……」

「嘘って顔に書いてあるけど?」

「本当ですよ。本当に何でもないです」

「ふーん……どうせ私の事を見てコミュ障だなって思ってたんでしょ。悪かったわね。コミュ障で」

「いや、全くそんな事は思ってないですよ。俺はコミュ障なので人を馬鹿にできる立場でもありませんし」

「絶対、十六夜はコミュ障じゃないと思うけど」

「そうですか? 結構コミュ障ですけど……」

 

 

 人と話すときは結構緊張する。ともすると、相手の顔をジャガイモに思い込みもする。前世でも中々のコミュ障だった。

 隣の女子が話しかけてきたときも「あ、どうも……」としか返せないほど、対人関係は壊滅的だった。いや、女子だけだな、上手く話せなかったのは。

 

 転生してようやく常識的な水準まで引き上げられたが、いまだに心の隅には緊張感が残っている。

 

 でも、俺成長したな。超美女と話しても「それな……」とか「あ、うん。どうかな」以外の選択肢を取れるようになっている。

 

 前世の会話がレベル1なら、今はレベル3かな。自分の成長に思いを馳せるいると、彼女は頬を朱に染めて戦慄いた。

 

 

「よ、よくそんなこと言えるわね。……ひ、人気のない公園に連れて行ってキスを迫るくらい大胆な行動ができるくせに……」

「あ、あれはやるつもり無かったですよ。軽いジョークみたいなもので……」

 

 もう蒸し返さないでほしい。あの迫り方はないなって今でも反省する。逮捕されても弁解できなかっただろう。

 

「パパとママも驚いてんだからね! 十六夜って本当に行動が大胆だって!!」

「ですから、あれは……え? あれ言ったんですか!?」

「え? あ、うん。話の流れで……」

「何で言うんですか!? そういうのは普通言わないのが暗黙の決まりじゃないんですか!?」

「だって、パパとママが十六夜のこと聞きたいって言うから……」

「もっと、ありますよね!? 俺も二次元が好きとか、カレーが好きとか!」

「それは、もう言っちゃったの。でも、もっと知りたいって……最近の夕食の時間は八割が十六夜の話題よ」

「そ、そんなに……あの、まさかとは思いますけど、あれも言いました?」

「どれよ?」

「あの、ほら、先輩がひっくり返って、ほら、見えた事ですよ」

「ば、馬鹿!! それは言ってないわよ!!! 変態!!」

 

 キスは言いふらすのに、パンツは秘密のか。キスは未遂だし、冗談だと分かっていたから話題にしたってことか? ネタ的な感じで?

 

 だが、そんなことを笑い話にできるほどの家族仲にあるのなら、彼女の家族のために奔走した甲斐もあるというものだ。うん。

 

「それは、良かったです」

 

 二重の意味でよかった。家族仲が良くなったこと、パンツを見た事がバレていないことだ。

 

 いくら何でも、娘の結構派手な赤パンツをその辺の男に見られたとなれば良い気分にはならないだろう。良かったー。バレてなくて。もし、ばったり街中で鉢合わせしたら気不味いというレベルじゃないからな。キスを迫ったという事実で気不味くなるのは確定だが、未遂で冗談だから、パンツ丸見えよりはマシなので良しとしよう。

 

「あ、あれは流石に言わないわよ!! 親に後輩にパンツ見られたとか冗談のレベル超えてるわよ!!!!」

「ですよね。いや、良かったです、切実に」

「何で落ち着いてるのよ!!! もっとアタフタしなさいよ!!! 私が一人漫才してるみたいじゃない!!!」

「すみません」

 

 実は結構慌てているが、彼女ほどは表に出さない。これが大人の対応という物だ!!! 

 

 パーンと音が響いた。リレー終了の合図だ。残るはは、フォークダンスだけか。始まる前に、手を付けた分は片付けておきたい。

 

 

「それじゃあ、俺はこれを運ばないといけないので失礼します」

「ちょ、まだ話は!!」

「失礼します」

 

 パイプ椅子を数個持ち、倉庫に向かって行った。流石にあの話題を続けるのは、恥ずかしくて居たたまれない。

 

 俺は仕事に託けて逃げ出した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 十六夜がパイプ椅子を持って、離れていく。

 

 ちょっとムカつく。パンツを見た話をしたのに、あんまり慌てなかった。もっとあるでしょ、私だけ恥ずかしがって、十六夜は涼しい顔。

 

 

 もしかして、十六夜にはどうでもいいことだった? 乙女からしたら重要事項何だけど……。でも、男の子ってこういうのに食いつくものじゃない?

 

 私を女として見てないから、あんな大したことない反応だった? いや、それはないわ。

 パパとママから十六夜の好感度はマックスだというお墨付きをもらっている。

 きっと、内心ではかなりアタフタしていたのね。きっとそうだわ。パパとママが好感度高いと言ってるんだから、いらぬ心配だったわね。

 

 

 

 パパとママとは、最近よく話すようになった。夕飯の時が最近の一番の楽しみでもある。ただ、少し気になる事と言えば……

 

 

『十六夜君とは何処まで行ったのかしら?』

『どこも行ってないけど……』

『恩着せがましくしないなんて、なんて出来た子なの……』

 

『十六夜君は普段どんな感じなんだい?』

『うーんとね、普段は特にこれと言ってないかな?』

『なるほど、優秀だからといって無暗に力は使わないということか。能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったものだ』

 

 

 こんな感じで何を言っても好感度が上がるのだ。確かに十六夜は素敵な部分が沢山あるけど、そんな深読みしなくても……。他にも

 

 

『十六夜君は普段どんなものを食べるのかしら?』

『毎回食堂でカレー食べてる』

『カレー食べてるってだけで、良い子って感じがするわね』

 

『十六夜君は趣味とかあるのかい?』

『私と同じで二次元とか好きらしいけど』

『これが、運命か……』

 

 両親の十六夜推しが凄い。こんなのまだ序の口。この間深夜に二人が話しているのをこっそり聞いた。

 

 最初は二人の仲がどうなっているのか心配していたのだが……

 

 

『孫の名前はどうしようか?』

『そうね。二人の名前のイメージを取って男の子なら紅夜なんて良いかもしれないわね』

『それなら、女の子は陽火なんて良いかもしれないね』

『それは良いわね』

 

 えええええええ!!!!????? 早い早い!!! 何処まで想定してるの!!!???

 

 

 私達、まだ付き合ってもないんだけど!? それなのに親が孫の名前考えるって……。

 

『あら、やだ私達ったら早とちりしすぎたわね』

『そうだね、まだ孫は早かったかもしれないね』

 

 そうよ。孫とか流石に早すぎ……。

 

『まずは式場からだったわね』

『僕もうっかりしていたよ。まず式場だね』

 

 いや、だから付き合ってもないから!!! 何処の世界に付き合ってもない娘の式場を探す親が居るの!!!

 

『最終的に決めるのは二人だけど、ある程度こっちでピックアップしといた方が良いと思うんだけど、アナタはどう思う?』

『僕も異論はないよ。善は急げと言うからね。早速調べよう。あ、もしかしたら十六夜君の家は身内だけで式を挙げたいって思ってるかもしれない』

『そういう式場も調べないといけないわね。取りあえず百件くらい……』

『善は急げと言うからね。こんどの夏休みに親同士で顔合わせするのもいいかもね』

『それは名案ね。善は急げというものね』

 

 いや、急ぎすぎ!!!! どんだけ急いでるの!!! 善は急げって言うけれども、限度があるでしょ!!!!

 

 

 

 

 こんな感じで、二人が毎日式場を調べている。仲が良さそうで何よりだが、いくら何でも早すぎる。

 

 改めて思う。十六夜の影響力は凄い。二人は十六夜の事がとんでもなく気に入っている。そのせいか、ちょっと行き過ぎな気がするが……。

 

 

 今皆で楽しく過ごせるのは、十六夜のおかげ。あの時、背中を押してくれたから。パパとママは十六夜の話が殆どだが、それ以外も話している。

 

 会社の仕事の相談事とか、料理を少し覚えたいから教えてほしいとか。そんな毎日がどうしようもなく楽しい。

 

 

 でも、そんな毎日に水を差すのが銀堂コハクだ。

 

 

 あいつは事あるごとに私にマウントを取ろうとする。今日の弁当もそうだ。あんなクオリティ普通作ってくる?

 

 その場は引き分けになったが、後になって私の負けになった。これに関しては仕方ない。負けから学べることもある。ここは良いのだ。

 

 問題はあのスタイル!!!!!!

 

 何だ、あれは……と思わず戦慄するほどの若干のムチッとした感じ。特に胸と尻。デカい!!!

 

 それに比べて私は????

 

 あんな体、反則だ。エロいとかそういう次元じゃない。

 

 …………羨ましいい!!! 私だってあれくらい欲しい!! 前はそこまで意識はしていなかった。いや、多少はしていた。だが、あくまでも多少だ。

 

 だけど、最近は十六夜が居る。男は有るか無いかと聞かれたら、やっぱり有る方が良いらしい。だとするならば、私はヤバい。

 

正直な所、かなり小振りな感じ。全体的に見て。

 

 

 メロンとクレープの生地くらいの差がある。格差が酷い。ママも結構控えめな感じなので、遺伝だから仕方がないと言われれば、そうなのかもしれないが……

 

 クソ!! ……これ以上考えても仕方ない。そんなことを考えて大きくなるなら苦労はしない……。

 

 ……!!! そうよ! ママが小振りで控えめでもパパは結婚したんだから、スタイルの差はそこまで重要じゃない!!!

 

 フッ、また取り越し苦労をしてしまったわ。

 

 

 一人そんな妄想をしながらも、私はパイプ椅子の足を磨いていく。そう言えばフォークダンス……私やり方知らない……。

 

 

 十六夜は知ってるのかな?

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 早いところ、片付け終わらせよう。何だかんだ大変だった体育祭ももう終わり。最後に皆がフォークダンスを踊る中、俺はパイプ椅子を運んだり、テントをしまったりしていた。

 

 フォークダンスに参加できなくても、全く未練はない。そもそも、踊り方を知らない俺が楽しめるものではないだろう。それに実行委員なら、そんな時間はないくらい忙しい。

 

 最後の結果発表もある。その前にある程度は終わらせないと……。

 

 

 フォークダンス結構踊ってる奴いるな。ん? なんだあの列?

 

 先頭には金親か……。うちのクラスの男子は端っこで悔しそうに藁人形に釘を打ってるな。

 

 いつも通り。

 

「もしよろしければ、俺と!!!」

「いや、俺と!!」

「いやいや僕と!!」

「いやいやいや俺と!!」

 

「ご、ごめんなさい。踊る気分では……」

 

 

 

 体育祭は最後まで忙しかった。競技より実行委員の方が大変だという思いがある。担当の資材が片付いたとき、フォークダンスは終わろうとしていた。

 

「十六夜、やり方知ってる?」

「知りません」

「ああ、やっぱりそうなの……。なんでラノベキャラとかは知ってると思う?」

「そういう教育を受けているのでは?」

「どういう教育よ」

 

 一段落ついて、二人で落ち着いて言葉を交わす。そこへ銀堂コハクも加わった。

 

「お疲れ様です」

「わざわざ、ありがとうございます」

 

 彼女は薄く含み笑いを浮かべた。

 

「あの、私やり方知ってますよ?」

「あ、えっとですね」

「話に割り込まないでくれない?」

「すみません。あ、それでですね……」

 

 さらりと一言謝って、彼女は上目遣いで俺を覗き込む。途端に言いあい合戦が始まり、そのまま体育祭は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 ちなみに、結果は俺達皆ノ色高校の勝ちで、体育教師の七星が跳んで喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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