今の所、世界の命運は俺にかかっている   作:流石ユユシタ

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稲妻の少女
三十六話 過去


 痛い、痛い、痛い。怖い、怖い、怖い。

 

 ただ、その感情が僕を支配していた。蹴られた足が熱く、ジンジンと激痛が走る。

『痛いっ!!! や、ヤメテ!! お父さん!!』

 

 僕は足を押さえて、その場にうずくまる。母が僕を抱いて僅かな安心感が湧くが、それでも恐怖が支配する。

 

『貴方!! もうやめて!!!』

 

 母は僕を庇うが、本当は怖がっていることに僕は気付いていた。僕も母もずっと目の前の男に虐待され、支配されているからだ。父と母が何時からそんな関係なのか知らない。でも、物心ついた時には既にそうなっていた。

 

『おい、背デカいな』

『巨人の女だ』

 

 

 学校では同学年のクラスの男子に背が高いことで馬鹿にされた。それを庇ってくれたのは何時も女子生徒だった。学校では少しの間安心感が持てるようになった。

 

 だが、家には恐怖しかなかった。

 

 あの男は外面だけは一丁前で、対外的には仲がいい家族に見えるよう仕向けていた。僕も母もそんな生活を続けた。

 

 だが、ある時転機が訪れた。勇気を出した母が記録を取り、それを警察に提出したのだ。それによりアイツの魔の手から解放された。あの時の安心感、幸福感は途轍もなかった。

 

 家でも学校でもようやく最高の日々が送れると思った。毎日のように男子が上背を馬鹿にするが、女の子の友達はいつも庇って、遊びに誘ってくれた。この時の僕はバカだった。もっと早く、あの事実に気付けばよかった。

 

 中学に入り、初めて気になる異性が出来た。中学一年生の二学期、二つ年上の背が高い先輩に告白しようと、恋文を綴った。

 

 

 一学期から気になっていて、思えば一目ぼれだったのかもしれない。話したことなんて殆どなかったが、想いはあった。僕は本当にバカだ。男なんてクズしかいないのに、その事実に気付けたはずなのに、考えもしなかったのだから。

 

 

『先輩……僕と付き合ってください』

『いいよ。付き合おうか』

 

 その時は嬉しかった。想いが成就したと思ったから、でもそんなのはただの幻想だった。付き合って一週間、偶々廊下で話し声が聞こえた。

 

『そう言えばお前あのデカい後輩と付き合ってるんだっけ?』

『ああーー。まぁ、一応』

『お前、別の子気になってるんじゃなかったっけ? 一つ下の三組の……』

『そうなんだけどさ。振られちゃったんだよ』

『じゃあ、あのデカい子はキープ的な感じなのか』

『そうそう、身長高すぎてちょっとキモいけど顔とかはいいから。とりあえず付き合うだけ良いかなって』

 

 

 

 ケタケタ笑い声が聞こえる。僕の体は震えていた。悲しくて、やりきれない。怒りでどうにかなりそうだ。だけど、悲しさが大きく、喪失感が強く何もできないまま教室に戻った。中学校に進学しても、背が高いことで弄られることは多かった。

 

『巨人、前見えね』

 

 後の男子が軽々しく言い捨てる。それに釣られて他の男子がせせら笑う。助けてくれたのは、クラスメイトの女子だ。

 この時、ようやく気付いた。遅すぎるが、ようやくだ。

 

 これまでの人生で自分に害に為すのは、いつも男という存在。元父であるクソ男。身長を馬鹿にする学校の男子達。自分を傷つけてきたのは、アイツらだ。

 

 一方、人生でいつも幸福をくれたのは、女という存在だ。母は安心させてくれた。クラスメイトの女子は、困った時にいつも手を貸してくれた。

 

 これに思い至ったとき、男という存在に対し嫌悪以外の感情を抱かなくなった。だけど、女子の多くは男が気になって仕方がないようだった。

 

 高校に入学すると、さらに強く感じた。新しい友達、中学からの知り合い。皆悪い子じゃない。だけど、異性に強い関心があるようだった。僕がおかしいのか? 男嫌いな僕は、違う生き物なのか?

 

 寂しい。周りに合わせて男子が好きだと言うことは、どうしてもできなかった。周りの女の子は差別などしないが、寂しさが無くなることはない。そんな中、面白い子を見つけた。

 

 綺麗な赤のツインテール。可愛くて少し大人しさを感じる少女、自分の前の席でいつも本を読んでいる。本当にひたすら読んでいる。

 

『火原さんって好きな俳優とか居るの?』

『あ、ごめん、私そう言うの分からない』

 

『火原さんってどういう人が好きなの?』

『……強いて言うなら魔術使える人かな』

『??????』

 

 彼女はあまり人と接しない。本当に最低限で、ずっと読書を続けている。たまにニヤニヤしたり、一人百面相したり忙しい。彼女に対して何か通じるものを感じていた。僕は彼女の後の席ということもあり、よく観察できた。見れば見るほど面白くて、仲良くなりたいと思えた。

 

『火蓮ちゃん』

 

 後から話しかける。彼女は振り返り僕を見た。

 

『何?』

『いつも何読んでるのかなって、思ってさ』

『魔術学院の出来損ない』

『面白い?』

『それ以外の感情は無いわね』

『あ、そうなんだ』

『もしかして、興味ある?』

『ちょっと、だけ、有るかも』

『そう! だったら教えてあげる!!!!』

 

 そこからはマシンガントーク。後半から、いや前半から何を言ってるのか分からなかった。ただ分かったのは、彼女は物凄い二次元好きで、それ以外はあまり興味がないということだ。気難しいところもあるけど、饒舌になることもある。

 

 後の席だから、話す機会が少しずつ増えていった。二次元以外の話題は本当にどうでも良さそうで、可愛い服の話になった途端欠伸をした。

 

 

 それが可愛くて、だんだんとスキンシップが増えた。彼女はビックリすることが多いが、受容体質なのか嫌がる素振りは見せない。そのため、僕もどんどん過激になってしまった。他者とのズレを感じていた僕にとって、彼女との時間は甘美だった。彼女はどう思っているか分からないが、僕は友達になりたい、なれたらいいなと感じていた。

 

 そんな彼女が急に変わった。ある日からお弁当の本を読んだり、ラノベ以外の本に手を出し始めた。原因はすぐに分かった。

 

 好きな人が出来たのだと。寂しさを感じたが、彼女が幸せになればいいとも思った。僕にはもう理解できない感情。でも、彼女は違う。

 

 ズレているという疎外感が再び強くなる。でも、それでいい。

 

 相手は恐らく、色々噂が立っている一年生だろう。入学早々病院に運ばれたちょっと怪しい奴。そいつは本当に良い奴か? と軽い疑惑を感じているとき……

 

 

――ある物を見つけた

 

 

 そこに載っているのは……これは本当か? どうなんだ? 

 

 もし、もしだ。ここに書いてあることが本当なら……

 

 こんなことは許せない。僕だからこそ異常な怒りが湧いてくる。

 

 確かめないと。そして、どうにかしないと。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 体育祭が終了した翌日。俺は欠伸を噛み殺して登校する。体育祭が終わると、中間テストが待ち構えている。

 

 これこそが、次のバッドエンドの切っ掛けだ。この結末を避けるのは、かなり難しい。そもそも黄川萌黄の好感度が何故か異常に低い。原因はちょっと分からない。あれか? 美人二人と仲良くしてるからか? 

 

 火原火蓮を取られたことへの嫉妬か? この時間軸では、『ストーリー』でも『ifストーリー』でも彼女達のつながりは殆ど無い。しかし、火原火蓮に対する黄川萌黄の好感度は、一方的にかなり高い。

 

 

 彼女は男嫌いのために他とのズレを感じ、悩んでいた。そのことで火原火蓮にシンパシーを少し感じていた……らしい。この辺りの事情は明かされていないため、絶対とは言えない。

 

 でもなぁ~、彼女は利己的な感情であそこまで酷いことは言わないんだよな。男嫌いとは言え無闇に攻撃はしないのが彼女だ。

 

 

 入学直後に佐々本と怒られたが、あれは本当に佐々本が悪く、周りに不快を感じる生徒がいたからこそ怒ったのだ。

 彼女があそこまで詰るのは、理由があるのか? 分からない。何か訳ありな感じがするが……。

 

 

 

 バッドエンド回避には、いつも通り俺にヘイトを集めて、黒幕が手を出したところを返り討ちにするという方法が挙げられる。さらに、手を出してこない場合も考えている。その為に彼女の守護霊ポジに行きたいのだが、今の状態で行ったらガチで警察に突き出されそう。四人目の事もあるのにそれは困る。

 

 

 その為に何とか協力関係に持ち込みたいのだが、現時点では難しい。何とか彼女の強く当たる原因が分かればいいのだが、そう簡単に行くだろうか。現時点では話すら聞いてもらえないだろう。

 

 

 そんな事を考えているうちに教室までたどり着いた。扉を開け中に入ると、教室内は若干暗い感じだった。どうしたんだ? 

 

「おい、十六夜」

「どうした佐々本」

「もうすぐ中間テストなんだ……」

「そうだな。テストだな」

「このままだと……俺は……」

 

 

 

 なるほど、それで他の男子生徒も暗い顔をしているのか。俺は前世の知識があるので多少大丈夫……ではない。

 

 

 まず勉強が好きではない。特に英語と数学。英語は文法が難しい。数学は普通に難しい。それ故わからん。

 まぁ、今の俺にとって勉強は二の次だ。黄川萌黄の事に集中しよう。

 

 

 彼女は結構人気が高いキャラである。人気投票では火原火蓮と同じく二位から五位を上下していた。彼女は男が嫌いなのだが、そこが良いと言う人もいた。

 ファンからの一言に……黄川萌黄に罵倒されたいだの、蔑まれたいだのちょっと危ない感想が見受けられた。

 

 それと彼女は柔道、合気道などを独修している。近接戦闘センスが桁違いなのだ。単純な強さなら、人間カテゴリで二番目くらいに強い。ちなみに一番は六道哲郎。

 筋肉量が多いわけではないが、彼女は力の使い方に関してプロフェッショナル。

 

 前世の一部の業界では、黄川萌黄に一本背負いされたい。武道でボコボコにされたい等と言う意見がネットに書かれていて、ちょっとビックリした。一時期、彼女のファンはドМが多いという結論が出回るほどそう言った意見が多かったのだ。

 

 

 

 俺はドМではないため、そんな思いは一切ない。まぁ、程よい罵倒ならいいかも……いや、そんなことはない。

 

 

 

 教室のドアが開く。六道先生だ。

 

「ホームルームを始める。いきなりだがもうすぐ中間テストだ」

 

 教室内に緊張が走る。険しい顔をしているのは俺の席の近くの男子。銀堂コハクの近くにいる人は涼しい顔をしている。あそこらへんは頭のスペックが別次元のためノー勉でも高得点が取れるのだろう。

 

「分かっていると思うが赤点を取ったら補習だ。約二週間後にテストが始まる。それまでにしっかり勉強しておくように」

 

 彼はこちらを一瞥した。俺の席の近くには成績不良者頭が集まっているのを知っているから、無意識のうちに目を向けてしまったのだろう。

 

 佐々本を筆頭に、男子生徒達は顔を青くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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