カリカリと黒板にチョークで書いていく音が鳴り響く。徐々にテストが近づいていることもあり、全員の集中力が上がっている気がする。皆がテストで頭がいっぱいの中で、俺はこれからの事に思考を向ける。
黄川萌黄のバッドエンドは、中間テストの最終日の出来事を切っ掛けとする。この時点で、既に女子二人が殺害されているため、校内には良くない雰囲気が漂っていた。気にしていた火原火蓮が死んで、黄川萌黄の心に負担がかかったところから物語は始まる。
今回は、彼女の心の最も弱い部分を傷つける物語。中間テスト最終日に、元恋人と父親と再開することから始まる。運命の皮肉を湛える『ifストーリー』は、今回もかなり悪辣なものだ。
まずは、彼女が中学時代に振った男との再会。彼女から告白したが、偶然にも下衆な魂胆を知ることとなり、一週間と付き合わず別れた元恋人である。
相手は女と仲間の男を連れていているが、これまでの『ifストーリー』とは異なり、いきなりエグい目に遭うわけではない。
だが、軽薄な態度でこぞって彼女を馬鹿にする。男らにとって、年下に本性を見抜かれたのだという悪評に対するほんの小さな仕返しのつもりだったのだろう。物質的な被害はないが、心には大きな負担がかかる。
その後に、父と再会する。
彼女のトラウマの中で最も根深いものは、父親から受けた虐待の記憶。高校に入るまで様々な困難に見舞われてきたが、その中でも最悪と言えるものがバッドエンドに関わってくる。
再会したのは本当に偶然。彼女の元父親であるクソは逮捕されたが、接触こそ禁じられているものの今では釈放されており、不運にも遭遇してしまう。
父への恐怖はかなり描写されていた。怖い怖いと何度も心の内で叫び続けるが、嘗て守ってくれた母はすでに他界していた。今の彼女は一人暮らしで、遺影と仏壇に縋るしかない。
恐怖でなされるがまま。単純な強さなら余裕で勝てるのだが、その強さを発揮できないからこそ最悪の事態を免れない。
相手のクソ野郎は、会ってすぐに恐怖が残っていることを確信し、一旦別れるふりをする。彼女は何事もなかったことに安心して帰宅する。その後、人気のないところで暴力を振るわれる。それによりトラウマが甦り、言いなりの人形になってしまう。
恐怖で冷静な判断ができない彼女は、相手を部屋に入れてしまう。現金を渡すが、通帳からも引き出すように脅される。少し抵抗するが、結局は言われるがまま。恐怖の象徴である男……。トラウマの根源である相手に彼女は……自らの部屋、母の仏壇の前で……。
血が繋がっているとか最早関係はない。彼女の心は途轍もなく不安定なのだ。怖くて、怖くてたまらない。その日の夜中室内で首を吊って、彼女は終わる。恐怖そのものの相手にそこまでされたら、心が崩壊して頭がおかしくなったのだ。
元父には、幸福な家庭を築いたエリートというラベルを剥がされた恨みが残っている。逆恨みもいいところだが、こういう性根の曲がった人間がたくさん出てくるのがバッドエンドだ。亡き元妻への恨みは矛先を変え、男は娘を徹底的に痛め付けようとした。目に物見せた後、殺そうとすら企んでいた。結果的には、目的が果たされることなく、男は再び罰を受けることになる。しかし、黄川萌黄が救われたことにはならないだろう。
そんな未来を変えるため、黄川萌黄の元父親を適当に煽って、ヘイトを俺に向けさせる。元エリートだから、転落してざまぁとか大声で言えば、我を忘れて俺を襲いかかるだろう。そしたら、ぶっ飛ばして通報してやる。
一度豚箱にぶち込むことができれば、しばらくして再び相対してもどうにかなるのだ。『魔装』を手に入れさえすれば、指一本で殺せるくらいの強さになるから、恐怖心があっても関係ない。『魔装』の力は尋常ではない。
クソ男を1とするなら、『魔装』を纏う彼女は一万くらいになる。いくら頑張っても、蟻一匹が雷神に敵うことはあり得ない。今回さえ乗り切れば、後は安心なのだ。何としても守護霊くらいの位置に着きたい。
最悪の場合、ストーカーになろうと思っている。それでもいいのだが、最善はやっぱり守護霊の位置だ。何かあったとき、一秒でも早く動きたい。万が一の時、肉壁になれる。銀堂コハクの二日目の時、本来ならいないはずの場所に不良が現れた。俺がバッドエンドその物に関わることで、イレギュラーが起こる可能性がある。だからこそ、守護霊の位置だ。
守護霊の位置になるには一つ、気を付けなければならないことがある。それは、何かしら接点がある方が良いということ。今までの二人にも、接点を作ろうとしてきた。銀堂コハクはクラスメイト、不良から一緒に逃亡、不機嫌だが多少の会話。火原火蓮なら二次元。いきなり守護霊の位置という選択肢もあったが、女の子からしたら、知らない男が付きまとうのは恐怖以外の何物でもない。それに関しては黄川萌黄でも同じはずだ。いくら強くても、男が急に近付いて来たら怖いだろう。だから、接点が欲しかった。
こいつウザイなと思われても、無害な事だけでもアピールできれば、彼女は不快感だけで恐怖を感じることはないだろう。恐怖と不快、両方与えるよりも、せめて片方のほうがいい。本当は両方感じてほしくないが、申し訳ないがこれが俺の限界だ。
これまで守護霊作戦で上手くいっていたから、今回もそうしようと思ってたのだが……。あの好感度の低さだ。付き纏おうものなら、即、警察一直線だろう。
黄川萌黄は男嫌いで、守護霊の位置にいけば不快感を隠さないだろう。そのまま、巴投げや一本背負いでのされてしまうかもしれない。それくらいで済むなら大したことじゃない。しかし、今の好感度では警察に通報されるかもしれない。四人目の事もあるため、それだけは避けたい。
そのまま、巴投げやら、一本背負いなどやられてしまうかもしれない。それくらいで済むなら大してことじゃないのだが。
今の好感度では警察に通報されてしまうかもしれない。四人目の事もある為、それだけは避けたい。
マジで警察だけはご勘弁だ。多分目も付けられてるし、この町で今一番怪しいのは俺だ。一度通報されたら、四人目の下に行くのが遅くなる。黄川萌黄のことが終わったらすぐに四人目の様子を確認したいので、通報だけはダメだ。バッドエンド回避の為なら、最悪警察に通報されるのは別に構わないが、このタイミングでは勘弁してほしい。
彼女からしたら不快であることには変わらないだろうが、それに関しては謝るので許してほしい。彼女の危機を回避したら二度と関わらないから勘弁してもらおう……と考えていたのだが、それでも今の状況では通報エンド以外ない。
基本的に彼女は男に不干渉を貫く。嫌いだけど自分から行動を起こすことは殆どない。だからこそ、彼女が俺にあれほどの暴言を吐いたことに、かなり驚いた。訳があるのだと思うが、あそこまで言うとは……。
原因は何かしらあるはず。それを見つけて何らかの形で片づけないと今後に関わる。
現在の鼻かんだちり紙では、付きまとったら即通報。アジフライ並みの好感度にしてある程度の接点を持つことが今の目標。
異常な態度には原因があるはずだが、どうしよう。判断材料がない。仕方ない、想像してみよう。
うーん、どうなんだ? 俺が嫌われるわけ? 視線?
「ここの問題の……黒田。解いてみろ」
いや、そんな短絡的でいいのか? うーん、しかし、他に思いつかない。
「黒田ー。聞いてるか?」
どうしよう、一向にわからんぞ。うん。……でも、そう言えば彼女以外の生徒の様子も一部おかしかったような……。気のせいと言えばそれまでだ。アジフライ事件、二股疑惑、色んな噂で変な意味で注目はされている。しかし、最近はちょっと、周りの一部の態度が違うような気もする。
「黒田!? 聞いてるのか!?」
「うるっさいわ!!!! こっちは世界のこと考えとるわ!!」
思わず叫んでしまい後悔した。周りからの視線がこれでもかと刺さる。
「今は数学だぞ」
「すみません。聞いてませんでした」
この後、めちゃくちゃ謝罪した。
◆◆◆
試験の最終日まで、二週間くらいの時間がある。しかし、油断は良くない。ここら辺で聞いておかないと。何故あそこまで強く当たったのか? それくらいいだろう。聞くだけなら警察に通報されることも、投げ飛ばされることもないだろう。よし、昼休みを使って聞きに行こう。
今できる事はそれくらい。なら、それくらいやらないとな。
★★★
私の名前は野口夏子。何処にでもいる普通の女子高生だ。そして、現在私の友達である銀堂さんが思い人である黒田君に食事を誘おうをしているのを遠目で眺めている。最初の彼女と比べたら、ずいぶん大胆な行動ができるようになった。
私とも、初対面の時より大分心から話して貰えてる気がする。話題も広がり、最近はライトノベルの話なんかもする。
『あれ? 銀堂さん、何読んでるの?」
『これはですね。最近読み始めた恋愛系のライトノベル。『ヤンデレ過ぎる彼女はどうですか?』です。』
『あ、それ聞いたことあるかも。結構ヒロインがぶっ飛んでる奴だよね?』
監禁とか。料理に血を混ぜたりとか。普通ならやらない事をするって、クラスメイトの誰かがが言ってた気がする。
『ぶっ飛んでる? うーん、そうなんでしょうか? 私は全部ではないですが、共感できる部分があったのでそのような印象は抱きませんでした』
『それって、具体的にどこら辺に共感したの?』
『監禁……、いえ、手作りの料理を気になっている人に食べて欲しいという感情ですね』
彼女はこの時、監禁と最初に言ったのを私は聞き逃さなかった。
『今、監禁って言わなかった? え?』
『アハハ。冗談ですよ。流石に共感はできませんでした』
『そっか、だよね!! 共感してないよね!! 多分そこは共感してはいけない部分だからよかったよ、本当に』
『はい、一瞬だけ、それもいいなくらいで留まりました』
『いや、良かった……え?』
『何ですか?』
『一瞬だけ、思ったの?』
『ええ、一瞬だけですが。でも、そんなことをすれば捕まってしまいますよ。今時の警察は凄いからと理性的に考えたらただの空想的な話だと思い、そこからは共感しませんでした。警察に捕まったら思い人とも会えないですし』
『ああ、それなら良かった? ちなみにだけど、料理に血を混ぜるとかはどう思った?』
『あれは、全く共感できません。衛生的にダメです。カロリー計算を完璧にして、必ず三十回咬んで食べてもらうようにすべきだと思いました』
『あ、そこは一般視点に近いんだね』
そこからは、ちょっとしたガールズトーク。彼女の思考は偶にとんでもない感じになるときがあるが、結局のところ可愛い面が目立つ。でも、一瞬でも監禁という行為に共感してしまうのはどうなんだろうと思ったが、それでも可愛い。
彼女がライトノベルを読むのは、会話を増やしたいからという可愛い理由。
食事に誘うのも、少しでも気を引きたいから。そう、今だって。
「あの、一緒に食堂に行きませんか?」
「すみません。ちょっと、行かないといけないところが合って。またの機会に……」
「そう、ですか……」
凄い落胆してる。がっくり肩を落としてる。
あんな態度をとったら、もう好きって言ってるのと同じだと思うけど。それでも付き合ったりしないのは、黒田君が銀堂さんと特別な関係になる気がないということだろう。
普通、銀堂さんにあんな態度とられたら、男子だったらすぐにでも付き合うともうけど……。黒田君って変わってるな。前から思ってたけど。
「今日は予定があるみたいです……」
「お疲れ。そういう日もあるよ」
「はい。でも、予定ってなんでしょう?」
「なんだろうね。こればっかりは考えても仕方ないんじゃないかな?」
「気になりますね……」
「何する気なの?」
「ちょっと、後をつけます」
「いやいやいや、それは流石に……」
「十六夜君も以前はよく私に付いてきてたので、大丈夫ですよ」
「そ、そうかな?」
「絶対そうです。文句なんて言えるはずないです。ちょっと、行ってきます」
「あ、うん」
私も行こうかな。彼女が暴走とかしたら止めないといけないし。私は席を立ち、黒田君を尾行する銀堂さんの尾行を開始した。