今の所、世界の命運は俺にかかっている   作:流石ユユシタ

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六十話 ゆっくり

「ふぁぁ」

 

僕は朝の欠伸をしながら通学路を歩く。眠気が抑えきれずに何度も欠伸を繰り返す、昨日は昔聞いた怖い話を唐突に思い出してしまいよく眠れなかったのだ。

 

一人で通学路を歩いていると前に赤髪のツインテールが見える。歩幅を大きくして彼女の隣に行く。

 

「おはよう。火蓮ちゃん」

「……ん、おはよ……」

 

彼女の瞳の下には物凄い隈があり足も少しふらついている。彼女は偶にこういう感じの時がある。理由は深夜アニメかな?

 

「昨日も遅くまでアニメ見てたでしょ?」

「う、ん。今期は面白いのが多くて……」

「ダメだよ。夜更かしは」

「萌黄も隈ができてるわよ……」

「僕は仕方ないんだよ……寝たくても眠れなかったんだから……」

 

二人で眠気が残る中歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえてくる。火蓮ちゃんも気になったようで振り返ると銀色の髪の少女だった。

 

彼女は僕ではなく火蓮ちゃんに用があるようで火蓮ちゃん目掛けて一直線。そして、彼女の前で止まる。

 

 

「はぁ、はぁ」

「な、何なのよ? あ、朝から……」

「貴方に、話したいことが、あって……」

 

火蓮ちゃんは驚き、コハクちゃんは肩で息をしている。呼吸が乱れながらも必死に言葉を発して何かを伝えようとしている。

 

「何よ……」

「わ、私たちの、今までと、これからを見直すべきだと私は、思いまし……た」

「……どういう事?」

 

コハクちゃんは息を整え火蓮ちゃんと向かい合う。

 

「私は、今までずっと自分の思いだけを優先してきました……それは貴方もですよね?」

「……そう、かもしれないわね」

「私たちのこの想いは尊い物だと思います。でも、本当にこのままでいいのでしょうか? 自分たちの事ばかり優先して十六夜君の事を考えていないように最近は特に感じます」

「……」

「このままでは私はいけないと思います。十六夜君は私達に優しくしてくれます。恐らく、何をやっても笑って許してくれます。でも、それに甘えすぎるのはもうやめにしませんか?」

「……」

「火蓮先輩、一度胸に手を当てて考えてみてください。今までを……そこに相手を想う気持ちがあったのか。敬う気持ちがあったのか」

 

コハクちゃんは火蓮ちゃんの手を取って胸に当てるように誘導する。火蓮ちゃんは瞳を閉じる。数秒すると彼女は目を開けた。

 

 

「そう、ね……私達、好き勝手やり過ぎたかもしれないわね……昼食にあんなに騒いで、束縛して、十六夜の気持ちを全然考えてなかった……」

「はい、そうです。その通りです。十六夜君の気持ちを踏まえて私たちはこれから十六夜君と接して、アピールして、好意を伝えていきましょう」

「……私、焦ってたの。コハクがスタイル良くて、顔も可愛くて、私より上だから十六夜を取られるのかと思って、それが嫌で何としても取られたくなくて……」

「私も同じです。火蓮先輩と話すときの十六夜君は楽しそうで、しかも私が知らない話もするから嫉妬して、そんな二人を見るのが嫌で取られてしまうと思うともっと嫌で……」

「……お互い焦ってたのね」

「……はい」

 

二人はかみしめるように呟く。いつものいがみ合う二人はそこには無かった。

 

「……焦ったらだめよね。この気持ちはそう簡単には芽吹かない、芽吹かせてもいけない。大事な物だから、ゆっくり育んで大きくしないとね……もう一回自分を見つめなおすことにするわ……」

「……私も一昨日からそうしています。そう簡単ではないことは分かっていますが少しづつ変わりたい、そして十六夜君に近づきたいですから……」

「……私も変わるわ。だって私も十六夜に近づきたいから……」

 

 

二人はきっと変わって行くだろう。すぐには変わらないだろうけど、変わろうとする意志がある限り人は変わる。僕の眠気もいつの間にか吹き飛び二人のやり取りに心を奪われていた。

 

「…………こういうのって人に言われないと分からないから……コハクに言われて見つめなおすきっかけができた。だから、その、ありがと……」

 

火蓮ちゃんは照れながらも目は逸らさず、コハクちゃんに告げた。コハクちゃんも、もどかしそうにしながらも目は逸らさず……告げた。

 

「べ、別に、貴方の為ではなく、い、十六夜君の為に言ったんです……でも、貴方が礼を言うなら……ど、どういたしまして……」

 

なんだろう、この感じ。二人の距離がググっと近づいたような……そんな感じ……

見ていて、心地いい。

 

「でもね、勘違いしないで。私にとってコハクはライバルだから。私が譲ることはない。今日から少し私のアピールが減ったように思うかもしれないけど、アピールが減るんじゃなくて歩幅を小さくするだけ。だから油断はしないことね」

「フフフ、私だって歩幅を小さくするだけですよ。貴方こそ私が諦めたと思って油断しないでくださいね」

 

好戦的な笑みに変わる二人は互いを尊重する”ライバル”だ。

 

「フフフ、油断なんかしないわ。コハクが相手なんだもの」

「私だって油断はしません。火蓮先輩が相手ですから」

 

朝から二人共凄い熱気だ……ん? コハクちゃんのポケットから何かが落ちたぞ。拾ってみて見ると……

 

「ああ! そ、それは!」

 

そこには、先ほどコハクちゃんが言った熱いセリフがこれでもかと書いてあった。カンペを用意してたんだ。可愛い。もしかして必死に考えたんじゃないかな? 彼女も目の下に隈があるし。

 

「萌黄ちょっと見せて」

「ハイハイ」

「えっと、『最初に走って先輩の元に来ることで必死が伝わる』、『このセリフは先輩が反省した後の方が効果的』……」

「か、返してください!!」

 

顔を真っ赤にして取り返そうとするコハクちゃんを躱しながら火蓮ちゃんは紙を読んでいく。彼女の行動は全て計算されていたようだ。

 

「『ここで声のトーンを高くすると必死さが伝わる』、『ここはスピード感のある言い方がカッコいい』。フフ、コハク。貴方って本当に()()()()()

 

火蓮ちゃんはからかうような視線を向ける。年上が年下をからかうように。それでコハクちゃんはますます恥ずかしがる。

 

「な、なんですか!? こういうの言った事がないからどうしていいか分からなかったんです! 悪いですか!? いいじゃないですか!? 事前にプロット考えて練習するくらい!!」

「練習もしてたの?」

「あああ、ち、違います。してないです!!」

 

はずかしがる彼女に今度は真面目な表情で火蓮ちゃんは告げた。今度はライバルにお礼を言うように。

 

「別に馬鹿にしてないわよ。これのおかげで私の心に響いたんだから。ありがと」

「そ、そんな真面目にお礼を言われると逆に恥ずかしいですから、や、やめてくださいよ……」

「これ返すわ。本当にありがと」

「ううっ、恥ずかしい……どういたしまして……」

 

二人の友情劇をいつまでも見ていたいけど……時間がヤバいよ!! うっかりしてた!! 遅刻しちゃう!!

 

「ふ、二人共!! もう遅刻!!」

「「あ」」

 

三人で一斉に走り出す。二人ともやっぱり速いな。火蓮ちゃんは普段の授業で見てるから知ってるし、コハクちゃんはこの間の体育祭でちょこっと見たけどそれでも早いって分かるくらいの運動神経……でも、胸の揺れが凄い。また、大きくなったんじゃ……

 

「どどど、どうしましょう!? もし遅刻したらお母様に怒られちゃいます!! お尻ぺんぺんですぅ!」

「もう高校生でしょ? って言うか胸の揺れ凄いわね……」

「眼福だよね」

「み、見ないでください!!」

 

 

前を抑えて揺れない様にしながらもコハクちゃんは走り続ける。抑えても揺れるものは揺れるが……

 

因みに僕たち三人は遅刻せずに済んだ。

 

しかし……

 

「まさか、二年の成績トップの二人が一時間目から爆睡なんて……何か事情があるのね。今回は見過ごしましょう」

 

「まさか、一年の成績トップの銀堂コハクさんが一時間目から机に顔をうずめるなんて何か事情があるんだろう。今日は見過ごそうかね」

 

 

徹夜と朝からの全力ダッシュで全員が一時間目から爆睡したのは言うまでもない。

 

 


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