今の所、世界の命運は俺にかかっている   作:流石ユユシタ

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八十七話 お熱ボンボン

 夏休みの終わりが近づいている。学校に通う者達はカレンダーと睨めっこして休みがあと何日か数えため息を吐く事だろう。夏休み中に出来ただらけ癖から抜け出すのは誰であっても難しい。そして、再び自堕落生活から模範的な生活に戻るのは嫌で仕方ないだろう。だからこそ残りの夏休みは後腐れを残さない様に思いっきり遊ぼうとか、自堕落に体内時間を狂わせて遊ぼうと考える学生が多い。

 しかし、夏休み中にもかかわらず自身を律し規則正しい生活を送るモノも居る。例えば……

 

「んっ、……」

 

 スマホのアラームが鳴る前に目覚め、自身の体を起こす。銀色の少女が一番に起きた。彼女の横にはパーカーのフードを被ったアオイに、背中越しに抱き着く萌黄が気持ちよさそうに寝ている。もう片方の隣にはお腹を出して幸せそうに寝息を立てている火蓮が居た。

 

 コハクは仕方ないと服を下ろして掛布団をかけてお腹を隠す。その後、朝ごはんの準備の為に寝室を出ようとするが僅かに自身の頭がくらくらすることに気づく。

 

 

「あ、れ? 何か、変な感じがする……」

 

しかし、首を振ってキッチンへと向かう。歯磨きや洗顔、軽く髪を整えてキッチンへ。この家に住むことになってから彼女は料理をたくさんこなしてきた。これも良妻アピールが出来る為彼女は喜んでいつも行うのだが今日はどこか気だるさを覚えていた。自分の体に鞭打ってなんとかキッチンへとたどり着き料理を始めて朝食を作り上げるがやはりどこか気だるい。

 

朝食を作り上げると彼女はソファーにダイブ。そして、そのタイミングで萌黄が起きてくる。

 

 

「おはよう。ごめんね。朝食一人で作らせて」

「いえ、これくらい」

「……何か、顔赤くない?」

「……そうでしょうか?」

「うん、ちょっと熱測ってみようか」

 

 

体温計を渡して熱を測定し始める。そして、測定終了の機械音が鳴り響き萌黄が確認する。

 

「微熱あるね……病院行こう……」

「いえ、それほどでは……」

「ダメだよ。こういうのは後から熱が上がることもあるんだから」

「……分かりました」

「うん。早速着替えて向かおうね」

「はい……ありがとうございます……」

 

 

そして、このタイミングでリビングのドアが開き、十六夜が入ってくる。

 

「おはようございます……コハクさ……なんか顔赤くないですか?」

「ちょっと微熱があるみたいです」

「そ、そんな……今すぐ病院に行きましょう!」

 

十六夜もすぐに異変に気付き病院に行こうと促す。かなり慌てている感じであり、早速準備を始める。

 

「そんな、慌てなくても大丈夫ですよ」

「そうは言っていられないですよ。早く着替えていきましょう!」

「は、はい……では、着替えてきます」

 

 

コハクが出て行くと萌黄と十六夜が取り残される。十六夜は萌黄に向き合いとある頼みごとをする。

 

「おかゆとか作ってもらっても大丈夫ですか?」

「うん、作っておくね。あと、リンゴのすりおろしとか、野菜たっぷり鍋とか、生姜スープとか、シチューとか」

「お願いします。俺はスポーツドリンクとか、ゼリーとか、ヨーグルトとか買ってきます」

 

確かにコハクは体調を少し崩したが実はそこまでではないのだが、かなり過保護な二人であった。

 

◆◆

 

 私は現在、十六夜君にお姫様抱っこされながら病院に向かっている。すぐにでも病院につくように彼は魔装を纏って雷神のように飛ぶ。正直に言おう、かなり愉悦であると。

 

 確かに具合が悪いがそんなにじゃない。しかし、ここまで心配してくれてお姫様抱っことか、風邪ひいてよかったと少しだけだが思う。ただ、萌黄先輩にもだが心配をかけてしまった事は悔やまれるのも事実だが。ほぼ一瞬で病院に到着してお姫様抱っこは終わりになってしまう。ううっ、もっと病院が遠くあって欲しかった……と願ってしまい少しいたたまれない。

 

 

受付を済ませて、待合室で二人で並んで待つ。

 

「これどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

彼はスポーツドリンクを差し出してくれる。滅茶苦茶気づかいしてくれる。これじゃあ、余計に熱が出そう……

 

「気分はどうですか?」

「あ、えっと、だ、大丈夫です」

「何でも言ってください」

「は、はい」

 

 彼から手渡されたスポーツドリンクを両手で包む。冷えていて手の温度が少し下がるが色々な所で温度が上がりそうである。

 

 

 

「銀堂コハクさーん、三番室へどうぞ」

 

 

 その後は、診察を受けた後、薬を貰い自宅に再びお姫様抱っこで帰った。毎日熱出ないかな……

 

 

 

◆◆

 

 

 

家に帰るといつもの寝室に布団が一枚と机が一つ置いてあった。私は促されるままに寝転がり体を休める。おでこに冷えているシートを張ってただぼーっとする時間が続いた。

 

十六夜君は私を布団に寝かせてくれた後、色々買い出しに行ってくれるようで家を大急ぎで出て行った。

 

やっぱり、物凄い優しい。知ってはいたが……しかもそんな彼と両思いとは幸せが過ぎる。もしや、今日はこのまま一日中尽くしてくれたりなんかするのかな? だとしたら最高にも程がある。お嬢様と執事みたいな? 感じ?

 

『お嬢さま!』

 

何気に好き……いや、かなり好き。そんな妄想をしていると寝室のドアが開く。そこにはトレイにおかゆとコップ一杯の水と薬を乗せて火蓮先輩が入ってくる。私の先輩であり、最恐なライバル……

 

「どう? 調子は?」

「大丈夫です……そこまで酷くないので」

「ふーん、そう……」

 

 

彼女は机にトレイを置きスプーンでおかゆを掬うと……

 

「ふー、ふー。はい」

 

熱々のおかゆを私が食べられるくらいに覚まして私に差し出す。

 

「……自分で食べられますよ?」

「今日位いいわよ。私が尽くしてあげる。悪役令嬢に転生したと思って思う存分に自堕落になりなさい」

「そ、そうですか? では、お言葉に甘えて……ちょっと待ってください、何故私が悪役令嬢なのですか?」

「そういういやらしい顔してるからよ。はい、あーん」

「では、あーん! ……じゃなくて、いやらしい顔って何ですか!?」

 

 

思わずノリツッコミのような感じになる。この人は優しいのに一言余計な事を言うから素直に感謝できない。まぁ、感謝はしてもいいけど……

 

 

その後は、食べさせてもらい薬も飲んでひと段落付ける。

 

 

「ふぅ、ありがとうございます。先輩」

「別にいいわよ。で? この後どうするの?」

「あまり、決めてはいませんが……少し、動画サイトでホラーゲームのプレイ動画を見ようと思っています」

「ふーん、コハクってそういうの好きだっけ?」

「夏子さんが好きなんです。話題を増やすために見ています」

「一緒に見てあげよっか?」

「いえ、そこまで怖いわけではないので大丈夫です」

「遠慮しなくていいわよ。ほらほら再生、再生」

 

まぁ、別にそこまで怖くはないがせっかく一緒に見てくれると言ってくれているわけだし見てもらおうかな……

 

「あ、でも風邪をうつしたら悪いですよ」

「ダイジョブ、ダイジョブ。私今まで風邪も病気も一回もかかったことないし。健康体そのものだから」

「そうですか?」

「それに何かあるとしても。もうこんなに話してるんだから手遅れよ」

 

だから、気にするなと彼女は言う。意外に気を遣える人である……嫌いではない……むしろ好ましい。この人と一緒になら十六夜君の彼女になっても。そんな事を考えながら動画を再生する。

 

古びた屋敷の探索をする女の子のゲームだ。

 

 

「先輩は怖くないのですか?」

「うーん、そんなに怖くは無いわね。全く怖くないと言えば嘘だけど、そこまでじゃないわよ。ただ、一人は流石にきついだろうし、いきなり怖いのが出てきたら多少驚くと思うけど」

「私と同じですね……」

「そうなの?」

「ええ、ただ、このゲームは世界でトップクラスに入るものらしいので覚悟はした方が良いかと」

「ふーん」

 

 

プレイ動画を二人で見ていく。古びた屋敷が不気味さを見事に醸し出し、作り物であるはずだが多少の恐怖を覚えた。彼女も同じようで少し、びくびくしている

 

 

「な、なかなかのゲームね……」

「そう、ですね……」

 

基本的に大丈夫のはずなのにこのゲームは別格だ。

 

そして……いきなり後ろから黒い影が追ってくる。それに彼女はビックリした様で

 

 

「きゃ」

「可愛い声ですね」

 

私は不覚にも可愛いと思ってしまった。

 

「こ、これ怖すぎ……」

「あの、でしたら無理に見なくても」

「いいわよ、コハクも怖いんでしょ? だったら一緒に見てあげるわよ……」

 

 

その後もなかなかのホラー展開が続く

 

 

「ひゅえ」

「きゃ」

 

 

互いに高い声を出しながら何とか見ていく。私も何度か高い声で驚きを隠せない事もあったが無事、エンディングが近づく。

 

 

「そ、そろそろ終わりかしら?」

「そ、そそうですね……」

「なかなかの怖いやつだったわね……」

「は、はい、ちょっと今日の夜は心配です……」

 

 

彼女も私もエンディングが近づいた事にホッとする。そして、ついに『fin』の字が!!! やった、終わった! 後で夏子さんには文句を言ってやろうと心に決めた!!

 

「お、おわった?」

「そうみたいですね」

 

 

と、終わったと油断してしまった。さらに私達はずっと怖がり、耐性が一時的にかなり低くなっていた。そして、次の瞬間、画面が切り替わる。

 

 

 

どうてん(同点)カードマン!!!!』

 

 

動画サイトの広告がかなりの音量でいきなり飛びこんできた。

 

 

「「きゃああああ!!!」」

 

 

私達は互いに肩を抱き寄せてしまった。

 

 

「な、なによ、びびらせるんじゃないわよ!」

「こんなホラーゲームと相性最悪の広告がいきなり来るとは……」

「全く……とんでもなく怖かったわ。じゃ、私は食器を片付けるから下がるわね」

「はい、ありがとうございました」

 

 

動画が終わり、彼女はトレイをもって部屋を去って行った。

 

 

◆◆

 

 

特に体調が悪くなるわけでも無く、むしろ良くなっていると感じながら布団に横になっていると再び襖が開いた。

 

「アオイ先輩……」

「調子は?」

「いい感じです」

「そう、暇だと思ったから絵本読んであげる……」

「絵本ですか? でも、風邪を移したら悪いです……」

「ダイジョブ、もしなってもあーしを看病してくれればいい」

「そ、そうですか」

 

中々の男気溢れる事を言ってくれるカッコよい先輩である。

 

そして、今時、童話の絵本を持っている人はどのくらいいるだろうか? アオイ先輩は物持ちが良いようだ。

 

「じゃあ、ロミオとジュリエット、シンデレラ、かちかち山、赤ずきん、どれがいい?」

「では、シンデレラを……」

「センスいいね」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ……」

 

 

彼女はシンデレラを読み聞かせ始めた。どこか童心に帰ったような、昔お母様に看病してもらった時のことを思い出し心が暖かくなった。

 

「……めでたしめでたし」

「シンデレラっていいお話ですね。改めて思いました……せ、先輩なんで泣いてるんですか?」

「感動した……」

 

 

彼女は瞳をウルウルさせていた。しかし、その後すぐに涙をふいて無表情に戻る。

 

 

「コハク、お熱ボンボン早く良くなるといいね」

「はい、ありがとうございます……お熱ボンボン……ですか。言い方が可愛いですよね。私も偶に使います」

 

 

読み聞かせで私を楽しませてくれた後は今度は私を心配してくれる。お熱ボンボンという独独のあざとさ表現で。私もこういった表現は可愛いから使う。おもに、十六夜君の前でだが。

 

 

「そう? 可愛いかな? この表現? 『かんかんのおばあちゃん』がこの表現を使ってたからあーしも使っただけなんだけど……」

 

彼女は少し嬉しそうだ。前から思っていたがアオイ先輩は褒められるのが物凄い嬉しいようで無表情ながらすぐに分かる。微笑ましいがそれより気になることがある

 

『かんかんのおばあちゃん』とは?

 

 

「あの、かんかんのおばあちゃんとは?」

「母方の祖母」

「えっと、カンカンと言う名前なんですか?」

「違う。祖母の家の近くに踏切があってそれがカンカン鳴るから、かんかんのおばあちゃんって名前で昔から呼んでる。変?」

「い、いえ、可愛いと思います」

「そ……りんごのすりおろし持ってこようか?」

「大丈夫です……」

「それじゃあ、今度は子守唄でも……」

 

 

なんか……あやし方がおばあちゃんみたいな、古典的な感じになっているような気がするのは気のせいだろうか? 物凄くありがたいのだが。

 

 

 

この後、物凄い上手な子守唄を聞かせてもらい私は見事に眠りについた。

 

 

 

 


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