「高校生活を振り返って」
2年J組 百合ヶ丘百合
青春は嘘と欺瞞で塗り固められている。
青春を謳歌せし者たちは、本心と自己を欺き、与えられた社会的役割を演じているにすぎない。
そもそもクラス分けの時から、彼らの役割は決まっているのだ。
リーダーを演じる者、取り巻きを演じる者、奴隷を演じる者。それらは全て最初から規定されている。
だが、決められた役割を演じている彼らは、自身のアイデンティティを失っている事に気がついていない。
特徴や個性は演じる役割によって元々決まっているものである。それなのに彼らは「自分らしさ」が大事だと語り、あたかもそれが自分のものかのように横暴に振りかざすのだ。
みんなを引っ張れる自分らしさ、友達が多い自分らしさ、頭がいい自分らしさ、程よく円滑に過ごす自分らしさ。
それらは規定された自分らしさを、自分自身の役割から割り当てられてるにすぎないというのに。
彼らは、自分自身に嘘をついて、他人まで騙しているのだ。
嘘つきは泥棒の始まり、という言葉が存在する。
その言葉の通りであれば、自己と他人を欺き嘘をつき続けなければならない青春を謳歌する彼らは、みな泥棒という事になる。言うなれば嘘をつき続ける彼らは青春という名の窃盗罪だ。
結論。
ウェイども、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処されろ(窃盗罪の刑罰より)。
・
分煙スペースの引き戸に手をかけ、レポートをもう一度読み直す。
職員室に隣接されているそのスペースは、外の世界からは隔絶されていた。独特な臭いが鼻をかすめ、耿々と照る日差しの眩しさと少し残った紫煙が目に染みる。
10年近く前のある日、間違った青春ラブコメが始まったその日。
今では国語科現代文教師となった俺はそんな昔のことを思い出し独り懐古の念を募らせた。昔のように独りぼっちで椅子に座ると、昔とは違い格好をつけるようにセブンスターの7mgをポケットから取り出す。
全く、教え子にタバコを格好良く思わせてしまうのだから、あの女教師はおおよそ現代の教師像から程遠いな。
などという考え浮かべては、すぐさま否定するようにタバコに火をつける。葉の甘い匂いを感じながら、重ったるい煙を肺へ送り込み、吐き出す。
一筋の紫煙が上へ上へと登る様を目で追う。
そのような、ある種間違えた教師像を肯定できないのならば、それを理想にしてここまで来てしまった自分も嘘になってしまう。
少なからず大人になったと感じる今でも、あの時と変わらずに言えることがあるとするのならば、いや、昔よりも一段と格好の良い大人でありたいと願うからこそ、俺は素直に嘘を受け入れられるほど賢くはない。
「高校生活を振り返って」
いつかの思い出に、恥ずかしながらも捕らわれたままこの課題を出し続けて早5年。生徒の数だけ多くの解答を見続けてきた。
出題しておいてアレなのだが、おそらくこの課題に答えは無いのだろう。
高校生はいくつ間違えても良い。何度も何度も、間違えるたびに問い直して、解が出るまで計算し尽くせば良い。例え、解に出会えなかったとしても、計算し尽くしてそうじゃなかったものが、真っ白なキャンバスを埋め尽くして残された余白が、解に近い何かになるのだから。俺自身が送られた言葉であるのだが、その通りだと当時よりも深く頷くことが出来る。
故にこの課題には解は無く、そもそも解を出す必要などないのだ。
たくさんの解答に嘘も欺瞞も真実も、無数に無限に見続けてきた。そしてついに、少しだけ期待していた間違えた解答に出会えることはなかったのだ。
──今日、この時までは。
今この俺の手にあるレポート用紙。
綺麗な字で書かれたそれは、汚く濁り、それでも光るものが書かれている。
「まったく、こんなレポートじゃ呼び出しだっつーの」
口先のタバコは灰が崩れかかっている。そっと壊れないように灰皿のもとまで運び指で強く弾く。風化した何万年もの先のビルはこんな風に崩れるのだろうか。
ふと目に映る窓ガラスに反射する俺の顔は、面倒臭そうに口角を上げていた。
相変わらず、目が死んでるな……。
・
「で、なんだコレは」
「はあ、先生が出した課題ですけど」
「いや、そうじゃなくて、何で同級生を裁こうとしてるのこのレポートで」
「近頃の高校生はこういうものですよ」
2年F組、百合ヶ丘由梨。
俺が現代文を担当するクラスの生徒であり、知る限りではその美しさとコミュニケーション能力からいわゆる「陽キャ」に属されるはずの人物である。
「んで、一応言い訳があれば聞いてやるけど」
「私、友達がいないんです」
食い気味に一言。
雪乃のように艶やかな黒く長い、そして美しい髪をたなびかせる。違いといえば、真っ直ぐ自然のままに伸ばしたストレートではなく、後ろに束ねたポニーテールにあるだろう。細く儚い雰囲気を纏う彼女は、高校生には似つかない程に美しかった。外すことなく見つめてくる釣り気味の目は、いつかの彼女を彷彿とさせる。
その姿は間違えなく、美少女だった。
……まあ俺の彼女の方が綺麗だけどね。
「そりゃ良かったな」
「はい、……いや、え?」
「言い訳はしないのか、それなら書き直しで」
手元の作文をほんの少しだけ雑に、彼女に叩きつけた。
驚きを見せ、きょとんとしている彼女の表情とその口から漏れ出た疑問の言葉をどこ吹く風と受け流し話を進める。百合ヶ丘は見てわかるほどには動揺しているし、もし熱心な教師であるのならば友達がいない宣言をしてきた生徒に対してここまで興味を示さないはずがない。
であればきっと、百合ヶ丘は的外れな教師像を俺に押し付けていたのだろう。
「私、自慢じゃないけど友達がいないんです。こんな悲劇のヒロインを塩対応で放置するのが先生の正しいあり方なんですか」
自分のことヒロインって言ってるよこの子。ここまで自分の見た目と中身に自信満々な人間は、それこそ俺の彼女とかその姉とか、極めて少数の人物しか知らない。いや、自慢じゃ無いよ?
「友達がいるかいないかはこのレポートの出来には関係しないだろ」
「出来は悪くないと思いますけど」
「普通は自分の生活を省みるものだろうが」
「だとしたらそう前書きしてください。先生の出題ミスのせいで罪状を書く羽目になって貴重な時間まで奪われてるのですから」
「まあ、このナメくさった感じは嫌いではない」
そのおおよそ教師らしくもない言葉に呆然とした彼女を尻目に、ほんの少しの嬉しさを感じながらも言葉を続ける。
「別に友達はマストじゃねーよ。いらないと思うなら作らなくて良い。ただ、捻くれてねじ曲がりすぎると間違った青春送ることになるぞ」
「……間違った青春、て何ですか。いったい誰がいつ青春を規定したのですか。私はそもそも誰かの言う役割なんて演じたくないんですけど」
青春、と言う言葉に彼女は不思議なほどに過剰な反応を見せた。
彼女も『やはり私の青春ラブコメは間違っている』的な展開を送ってるのか? 目の前の彼女のようなこんなにひねくれた主人公を設定するライトノベルなんてガ○ガ文庫でもあり得ないだろう。……あれ? オレ何か言っちゃいました? もはや、俺の青春に至っては友達もできちゃったし彼女もできちゃったし笑。間違ってなかったんじゃないか笑。
「まあ、分からんでもない」
「──え?」
「百合ヶ丘、なんか悩み事でもあんのか」
「いや、はい?」
「いきなりなんて質問をしているのだこのクソ教師、会話のキャッチボールをしろよ」とでも言いたげな顔をしている。が、俺は引くつもりもないし、何度でも言うがこの捻くれたこの生徒、嫌いじゃない。
「いきなりなんですか気持ち悪いですセクハラですよ訴えます」
「それ、ハラハラだからね」
「ハラハラ?」
「ハラスメントハラスメント」
死んだ眼差しにドヤ顔を乗せて送り届ける。
百合ヶ丘は嫌そうな顔をラッピングして返品する。
「生徒指導というか、悩み相談というか、なんかそういう仕事押し付けられてんの。だから形だけでも聞いただけだ」
「つまり、何をしてるんですか?」
「端的に言えば、そうだな、奉仕活動」
「セクハラですか、ガチで訴えますよ」
「いや、それはやめてくれ」
わざと大袈裟におどけてみせる。
そんなこちらの様子を見つめる彼女の瞳には、呆れと好奇心と、案の定死んだ魚のような目をしたおおよそ一般的ではない教師が写っていた。
それを見れて、少しだけ安堵する。あの時の俺もほんの少しだけ似たような目をしていたのだろうか。
……いや、それは無いな。なぜなら彼女の目は死んでおらず、俺とは天と地ほどの差がある。
「それにしてもお前はアレだな、捻くれた性格してんな」
百合ヶ丘は表情こそ変えないものは、青筋を立てながら反論する。
「先生ほどではありませんよ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
大人げないほどに鮮やかな返しに、不満げな様子を見せる。「……はあ」とため息をつくと、頭が痛いと主張するかのように手をひたいに持って行く。まったく、オーバーリアクションだろ。
「まあいくら死んだ目をしながら女子高生に奉仕とか言い出す犯罪者予備軍とは言え、紛いなりにも教師ではあるのですからとりあえずそれは置いときましょう」
「随分な言われようだな……」
「ともかく、別に私は特に親しくも無い先生に悩み事を話す理由なんて無いですよ」
毅然とした態度で、明確な拒絶を見せる。
ATフィールド全開だ。でも残念でした、ATフィールドの頑丈さに関しては俺もそんじょそこらのチルドレンよりは強い自信がある。あれなんでだろう言ってて悲しくなってきた。
「まあ、正直来ても来なくてもいいよ別に。押し付けられたから、あと少しだけ楽しそうだから勝手にやってるだけだし」
口でそう言いながらも、自分では落胆を感じている事に気がついてはいた。
高校生として、あの頃の俺に、いや、俺たちに似ているようなヤツに出会えたから。平塚先生の言う、手の届く範囲に置いておきたいと思えるような生徒に出会えたと思ったから。
「まあ、なんだ、とりあえず来たかったら来い。放課後に仕事と一緒にやってっから」
そう言って場所の書かれた紙切れを机に乱雑に置いて、俺はこの場からスタコラサッサと退散する。
去り際に、職員室に残された彼女をチラリと見つめる。
思い詰めたその表情は、昔の俺なんかと決して同じではなく、まして雪乃とも程遠いものだった。
来てくれたら嬉しい、なんて柄にも無く思う。柄に無くても仕方がない、どうやら最近は自分の捻くれ度合いが下降気味らしい。周りの人からもよく言われてる。丸くなった、と言うよりかは大人になったのだ。……そう思いたい。なんにせよ、先刻盗み見た百合ヶ丘の横顔は、月並みな表現ではあるのだがまるで一枚の絵画であるかのように美しく見えた。高校生だからこそ出来る悩み迷う時期。大人になってからでも、と思うかもしれないが遅いのだ。高校生という無限にも有限にも思える3年間と言うものは、人生の中でも特に濃度の濃い時間である。もちろん人によるのだが、それはかけがえの無い、決して代替のきくことが無い時間だ。刹那に見えるその期間は、後になってから、自身の永遠の期間となり得る。
故に彼女の憂いを帯びた迷いの表情は、まるで昔の自分達を、大切な宝物を見ているかのようにとても美しく映るのだ。それは、俺たちとは似ても似つかぬ、彼女だけが持てる表情であり、彼女だけが迷える青春だ。
……なんてことを考えている俺も、まだまだ青いな。
今日は、春と言うのには些か暑い。校舎の周りには、青々と新緑が力強く芽吹いているのだが、それを見て夏だと言うのには涼しいこの時期の廊下を悠々と歩き進む。
その歩調は、不思議と……いや、自然と軽かった。