ゲーム最高。ちょー楽しい。
無駄な会話とかしなくていいし、自分のペースで進められるし。オンラインゲームはコミュニケーションが難しいから苦手です。あんまチャットとか盛んじゃ無いやつなら良いんだけどね。
「楽しいことが無い、ねえ……」
おそらく、その言葉が指し示しているのはそう言うことじゃ無いだろう。
ただ単に趣味がないだけでは無くて、例えば学生生活に意味を見出せなかったり、友人や家族と良好な関係を築けていなかったりする際に使う「楽しくない」に近い意味なのだろう。実際に俺がそれだったからよく分かる。
だが、その意味は個人によって異なるのだろう。簡単に一括りにして纏められるほど、きっと人間の感情や精神というものは単純にできていない。そんな簡単ならとっくに人類はAIにでも越されてる。狸と言われれば怒る猫型ロボットもとっくに完成しているはずだ。
ましてや彼女は感情のないロボットでも、未完成のAIでも無い。
「んで、俺にどうしろと」
「だからそれを聞きにきたんですけど」
その通りだった。
俺から格好つけて話を聞くように言ったというのだから何か言うのが道理だろう。……いやでも難しく無い? 楽しいことないって急に言われてたらどう考えても答えづらいでしょ。
「楽しいことが無いって、具体的にどういう事だ。例えば俺の知り合いの話なんだけど、趣味が無いから楽しく無いとか、ハブられてて学校が楽しく無いとかそういうのは聞いたことあるけど」
「私、実は完璧美少女優等生だったんです」
「自分で美少女とか言っちゃってるよ」
完璧とも優等生とも言っていたが、全てを取り上げて突っ込むのは野暮ったい。
「それは、事実ですから。モテますし」
「別に否定はしてないだろ」
「なら先生私のこと生徒なのに恋愛対象としてみてるんですか、ごめんなさい無理です」
「告白もしてないのに振られたんだけど……」
既視感を覚えることこの上無い。
生意気な小悪魔系後輩も、そういえばこんな感じだったな。
「まあもし仮にだ、お前が完璧美少女優等生だとして、それが楽しくないのにどうつながるんだ」
先程まで淀みなく軽口を叩いていた彼女が、その時だけ一瞬言葉を詰まらせたのを見落とさなかった。2、3秒だけ彼女は言葉を探すと薄気味の悪い貼り付けた笑顔を見せて口角を上げた。
「私、そうやって誰かに自分を決めつけられるの嫌いだったんです」
表面だけの笑顔は今にも壊れてしまいそうだった。
「私は完璧美少女優等生なんかに、なりたく無かった。別にモテても変な恨み買うだけで嬉しくなんて無いし、優等生だって好きでやってるわけじゃないのに勝手にそう呼んで」
一度口火を切ってしまえば、胸中に泥のように溜まった不満不平は溢れ出る。
「私が少しでも優等生像から外れた行為をするとおかしいとでも言いたげな表情で見てくるんですよ」
それでも彼女は笑顔を作り続けていた。その表情もきっと自分でやりたいと思ってやってるものじゃ無いのだろう。
「完璧な自分を常に演じてきた自負はあります。誰からも期待されて、誰からの期待にも応えてきました。友達もたくさんいて、家族ともうまくいっていた」
マルセル・マルソーの『ペルソナ』を思い出した。それは、彼が様々なお面をパントマイムで付け替えてくうちに、道化の面をかぶると取れなくなってしまうのだ。その面を取ろうと苦労して、身体はもがき苦しむが、どんなに苦しんでも顔のほうは道化の笑い顔であり、それはまさにペルソナが産む悲劇に他ならなかった。
自分の行動から生まれた表情の一部分が、他人に規定され決めつけられて、それが本当の表情だとされる。一部分のたった一つの表情で、全てを決めつけられてしまう。
そして、きっとそれから逃れられない人もいるのだ。
「でも、それが苦痛に感じるようになったんです」
築き上げられた優等生像。
先生は、友達は、親は、全てその像を見ている。
そして、無意識のうちに彼女はその像の仮面を被り彼らの期待のままに「本当の自分」を隠してパントマイムをしているのだろう。
「自身の振る舞いと、みんなが求める期待のギャップ。それらが嫌になって、全て投げ出してみたんです」
そこから先は、俺にでも分かる。
それこそ、どこか似ているから。
仮面を付け替えられるほど器用じゃ無い人間は、無理やり剥がしたところで今度はその下にある別の仮面を替えられ無くなるのだ。器用なら、そもそも最初の段階で社会に溶け込むためにうまく仮面を使い分けられる。
一番いけないのは、周囲によって生み出された仮面を本質のように縛り被り続けてしまうことだ。
「友達とも遊ばなくなったし、家族に対してもいい子を演じなりました。……成績は下げたくないから勉強は手を抜いてませんけど、まあ優等生然とした態度はもう取ってません。それでも、まだ楽しくないんです」
……あのふざけた「高校生活を振り返って」の文章は彼女なりの反骨心からきたものだったのか。
優等生になんてなりたく無かったからこそ、あの文章を書き上げた。そして、あわよくば誰かに救って欲しかった。
間違えた青春、と言う単語に反応したのも、一般的に規定された青春像に当てはめられることが嫌だったのだろう。
「……優等生を押し付けられて演じてる時は苦痛だった。今の孤高の完璧美少女って言うのも、優等生をやめてみとうとしたらまた周囲から押し付けられたってことか」
それは結局、いままでと変わらずに、別の自分を演じているだけであった。友達も作らずに毅然とした態度で孤高の一匹狼であること、高嶺の花であることを無意識のうちに自分に強いていた。でないと、友達や家族との関係を変えた自分を定義できないから。
要するに、彼女は仮面の付け替えが下手なのだ。
良くも悪くも、裏表がない。
誰かだけにいい顔をみせたり、人によって態度を変えてみせたりすることが出来ないのだ。
家での自分や職場、学校での自分、ある友達グループでの自分、親友の前での自分、恋人の前での自分。
普通の人間は、無意識化でこれらに接するときに画面を付け替えているのだ。
一面しか持たない人は殆どいなくて、気がついていなくても自己防衛的にそれを行う。
だが、仮面を張り替えられなければどうなるのか。
仮面を張り替える人は、大抵本来の自分の顔を何処かに持っている。それは、親友の前でも良いし、家族の前でも良いし、一人きりの時でも良い。そもそも、本当の顔は自覚している必要は無いのだ。仮面を張り替えてると言う事実だけは、意識こそしていないものの把握できているはずであり、それが出来ているかどうかが重要なのだ。
しかし、付け替えられない人はどうなるのか。
それは自分がどこにいても、何をしていても、本心ではない何処かで付けた仮面を常に被らなければならないのだ、
自身の本心が誰にも拾われることなく磨耗し続ける。場違いな仮面は徐々に不調を生む。
「これ言うの恥ずかしいんですけど、本当の私が分からないと言いますか……」
「自分探しの旅の途中ってことか」
「その『うわ〜青臭い、自分探しの旅なんて言えちゃうなんて恥ずかしいよ高校生』みたいな顔やめて貰えせんか」
「してないしてない」
しかし、残念ながら俺は心理学の専門家ではないので解決方法はやはり分からない。
だからこれは当然正当な解ではない。かと言って、昔のような切れ味の良い捻くれた解でも無い。
「よし、百合ヶ丘」
彼女の名前を仰々しく呼ぶと、何かを察したのか正面からこちらを見据えた百合ヶ丘は静かに返事をする。
「はい」
時刻は4時36分。
放課後真っ盛りである。
俺はギュッと首元をネクタイを締めるようにして握り込み、自信と虚勢を込めて言った。
「あれだ、自分探しの旅に出よう」
・
昨晩は久々に寝付きの悪い夜となった。
よくよく思い返してみると、俺は生徒に対して相当恥ずかしいことを口走っていたのだから。
だが、彼女も小っ恥ずかしいことを口にしていたのでおあいこだ。なんなら教師は多少臭いことを言っても許されるのだから。生徒から見る教師にはそのようなフィルターがかかってる気がする。
平塚先生はなぜああも格好良かったのだろうか。マネして始めたタバコも最悪の評判で、雪乃と居る時は吸わないようにしているし小町にまでボロクソ言われる始末だ。キザな台詞もあの人が言えばやはり恥ずかしさも感じないし、威風堂々とした態度はむしろ好印象だ。
結局のところ、何を言ったかより誰が言ったかが大事なのだろう。
「先生」
「なんだ」
今日も今日とて放課後の元奉仕部部室。仕事はあるが後回し。目の前の生徒のお悩み相談が優先だ。これは見事な残業コースだな、俺って立派な社畜だよね。
「じ、じぶんさがしのた……」
「え?」
「き、昨日悩みの解決を手伝ってくれるみたいなこと言ってましたよね」
「あー、自分探しの旅の手伝いするって言ったな」
「自分探しの旅とは私言ってないから……」
ふいっ、と猫のようにそっぽを向く。その横顔は少しだけ紅くなっていた。
どうやら百合ヶ丘も昨日の会話を思い出して恥ずかしく思っているらしい。普段わりとツン気味の人が恥ずかしがるのっていいよね。雪乃には及ばないが中々かわいい反応だ。
「それは良いけど、その、手伝いって何をしてくれるんですか」
「そうだな……」
自分探しの旅のお手伝い。
そもそも俺に自分探しの経験がないものだから、到底何から手をつけて良いか全くもって分からない。自転車と財布だけ持ってあてもなく走り回ってみたり、ダーツの旅形式で見知らぬ地へ飛んでみたり、はたまたひのきのぼうと数百ゴールドを持って魔王を倒しに行くのも当人が「自分探しの旅」だと言い張ればきっとそうなるのだろう。それ自体否定はしないが、この類の旅をするのは大抵の場合は自己満足か自分が見つかってる人間がやるものだ。
そして、今回やるべき自分探しの旅とはあくまで比喩的な言い回しだ。
もちろん決して本当に旅立つわけではない。
彼女が楽しいと思えるように、彼女の心が摩耗しない生き方を見つけるという、自分を変えるという話なのだ。しかし、必ずしも変わる事は正しいとは限らない。進化とは退化と同義であり、知能を手に入れた人間は力を失った。誰かがいつか、変わらない事は甘えとも逃げとも言っていた。俺は変わらない勇気や自己肯定もまた正しいと言った。結局答えは、よく分からない。今でもよくわからないままだ。
だけど、今だからこそ言えるのは自分を変えるのも自分を変えないのも、そう大差ない。変わるためにとうするか、変わらないためにどうするか、簡単に出せる結論よりそれまでの過程で得られるものがきっと大事なのだろう。
さて長々と考えた結論として。
「自分探しって、何すればいいんだ?」
「……先生、質問を質問で返してはいけないと教わらなかったんですか」
百合ヶ丘は慣れてきたのか、呆れながらも適応してきたのかキレの良いツッコミを返してくる。
「昨日も最初にここにきた時、先生は今みたいに適当に返してたし」
「そうだっけか」
惚けたふりをすると、冷たい視線をこちらに返す。つり気味の目は完璧な二重瞼の天井で麗しく形付いており、若さの裏支えであるキメの細かい肌は薄化粧も相まってよく見える。やはり凛とした美女が真顔になると迫力がある。
それにしてもどうしたものか。
こいつの場合、文化祭時の相模何某みたいに役職が欲しかったり頑張る自分に酔ったりするタイプではなさそうだ。失敗体験や成功体験で荒治療をするような悩みでもなく、何から手をつけていいのか分からない。
このまま考え続けても答えは出ないと思った。
俺はそっと視線を彼女に向けて、何か考えてくるからとりあえず今日のところは帰ろうじゃないかと言おうとした時だった。
「はっちーがお悩み相談やってるって聞いたんですけどー」
ノックも無ければ躊躇も無かった。静かだった教室に突然の音。ドアは勢いよく開け放たれて、向かい側にはゆるふわウェーブの現代風清楚系ギャルが立っていた。