にじさんじ甲子園を終えたにじ農の叶と葛葉は、久しぶりにハンバーガーを食べに来ていた。
だが、ふたりの様子はどこかぎこちなく…
「くーちゃん、おまたせ」
「その名前で呼んだ奴は皆畑に埋めてきた……」
気怠そうに腰かけてスマホとにらめっこしていた葛葉の後ろから、2人分のハンバーガーセットをトレイに乗せた叶が顔を出した。
掃除が行き届いていないのか、若干油っぽさを感じる窓際のテーブルの上にトレイを置いた叶は、「よっこらせ」とわざとらしくオッサンの様な声を上げて葛葉の向かいに腰を下ろした。
そんな叶のおふざけを葛葉は無視するどころか気にも留めていない。
何故なら今その意識はトレイの上に置かれた容器に奪われているから。
「あったよ、いちごシェイク」
「あぁ……まだ無くなってなくて良かったわ」
「そろそろ長袖着る時期だしね」
「ホントにな。夏は飲めなかったからさ……これ飲まないで終わるのは人生120ぱーせんと損してる」
「──色々、あったもんね」
ポテトをつまんで口をもごもごさせながら叶は窓の外を見つめた。
その視線の先にはだだっ広い畑、畑、そしてその奥に山。
どこから見ても変わらないいつも通りの風景。
そんないつも通りの景色を見ながら、いつも通りではなかったこの夏を思い出していた。
───にじさんじ甲子園。
全国の高校球児が憧れる舞台に立ったあの日の事を。
「3位かぁ……」
視線をそのままに叶はポツリと呟いた。
「まだ言ってんのかよそれ」
「そりゃ言うでしょ、何なら一生言う」
「まぁでも……よくやったんじゃねえの? 最後勝てたし」
「確かにね、ボクらが入部した時は弱小だったからさ。それから考えたら夢みたいな話よな」
ふたりのいたにじ農野球部は弱小だった。
それこそ、にじさんじ甲子園に出場するなんて夢のまた夢の様な。
しかし何の因果かふたりが入部したその年から名将舞元啓介が監督として招かれ、たった3年でにじさん甲子園の切符を手にするまでになった。
「うちって部活強制じゃん? 一番試合中楽そうだって思って野球部に入って……ほどほどに真面目にやってればいいって思ってたんだけど」
「いやそれよ、ただでさえ実習で土まみれになるのに部活でも土まみれになるとか……どんな土マニアだよ」
「でも辞めなかった」
「マジで辞めたかったけどさ、まいもっさん見てたら辞めるに辞めれなかったっていうか……」
「じゃあ辞めなかった事後悔してる?」
「それはない! ぜっったいに無いわ」
それまでずっと目線をスマホに向けていた葛葉が叶の目を真っすぐに見つめてそう言った。
手に持っているシェイクの容器を少しへこむくらい強く握りしめて。
「だよな、ボクもそうだもん」
「あ~、理論値で考えると俺が全打席ホームラン撃ったら優勝行けたんだけどな~」
「めちゃくちゃ言ってない? それ出来たらもうプロよプロ」
「プロ……ね」
葛葉はそう言うと再びシェイクに口をつけた。
数秒の沈黙の後、トレイに置かれたシェイクに刺さったストローの先端には歯の後がクッキリとついていた。
相変わらずポテトをつまんでいる叶は、そんな葛葉の様子を見ても敢えて何も言おうとはしていなかった。
こういう時葛葉は何かを言いだそうとしてる事、それをこっちから問い詰めたらはぐらかされて結局何も言ってくれない事を長年の付き合いで知っていたからだ。
再び葛葉がシェイクに口をつける。
しかしもうシェイクは無くなっていたのか、何か引っかかる様な音が出ただけだった。
名残惜しそうに容器に目をやって、葛葉は大きくため息をつく。
それはまるで何かを吐き出す前の準備をしているかの様だった。
「ッスー……どうすんの?」
「何を?」
唐突に葛葉が発した疑問の意図を完璧に理解していながら、叶は分からないフリをした。
その様子を見て観念したのか葛葉が再びスーっと息を吸いこんだ。
「進路」
「じゃ、葛葉はボクならどうすると思う?」
「質問に質問で返すなって」
これは本気の時だ、と叶はおふざけモードをやめて真剣に葛葉を見据える。
ただその顔はどこか柔和な様子で、必要以上に張り詰めていなかった。
「なるよ、プロ」
「まあ……だろうな」
「その感じだと迷ってるんだ」
葛葉はその問いに沈黙で答えた。
その様子を見た叶が、今度は口を開いた。
「実はさ、舞元さんがいたチームから誘われてるんだ。うちに来ないか? って」
「なに? その言葉流行ってんの?」
「分かんないけどなんか笑えるよね。それで葛葉は? その様子だと葛葉も声かけられてるんでしょ?」
「あぁ……叶と同じとこにも声かけられてる」
「にも……ね」
叶はその答えに特段驚いたりはしなかった。
にじさんじ甲子園でも見せた天性の勝負強さを見れば当然の結果だ、とすら思っていたからだ。
「じゃあもしかしたらまた同じチームかもね」
「それ……なんだけどさ。俺は叶とは別のチームに行こうと思ってる。まあもちろんドラフト次第だけど」
「ああ、迷ってるってそっちか」
叶はそれを聞いて自分の予想が間違っていた事を理解した。
葛葉が迷っていたのは、プロになるかどうかではなく、どこのチームに行くかという事だと。
「一応理由教えてよ。不仲説流されるじゃん」
「いや、そんなんじゃねえよ。単純に叶と同じチームに居たら、多分またお前に頼るじゃん。プロとしてやってくならそれは違うかなって」
「……なるほどね」
にじ農に入った時どの部活もダルそうだ、となんとなく楽そうで知り合いのいる野球部に入った葛葉から出たとは思えない言葉を聞いて叶は静かに笑った。
「じゃあ次戦う時は、敵同士?」
「まだ分かんないけどな、でも多分……そうなるかな」
「じゃあどっちが先に戦力外通告受けるか勝負しよ」
「なんで負の方向で競争する事になってんだよ。そこはなんかもっと……あるだろうが」
「じゃあ首位打者とか?」
「それはやりすぎ」
叶のいつも通りの冗談に葛葉は笑って答えてみせた。
それがどこか冗談には感じられないと思いながら。
「まあ、頑張ろうよお互い」
「これでドラフト選ばれなかったら死ぬほど恥ずかしいけどな」
「ねえ、今空気いい感じだったじゃん! なんでそんな事言うの?」
目を合わせたふたりの笑い声が、騒がしい店中に響き渡った。