疾風怒濤の格好つけ   作:柳野 守利

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恋愛完結してないのに、こっち書いちゃってるよ……。
前回の話を一部変えました。


ヒーローになってみよう

 少年にとって、日々というのは苦労の連続であった。出来損ないと称されるダスクの名は、いつまでも、どこまでも付き纏ってくる。それを気にせず生きていける世界ではない。

 

 だが、生きていかなくてはならない。いくら朝が気怠くても、数度鳴り響くアラームが目を覚ますように告げてくる。ベッドからもそもそと起き上がり、眠たげな眼を擦った。目が隠れるほどの長い髪の毛は、寝癖をつけずに整ったまま。長髪は朝が少し楽だ。直毛なのも幸いしているが。

 

 そして部屋から出て向かうのは、隣の部屋。扉の前で数度ノックする。

 

「ユキちゃん、朝だよ」

 

 妹──雪音(ゆきね)に呼びかけるが、返事はない。もう一度叩いて、名前を呼ぶ。するとくぐもった呻き声のようなものが返ってきた。

 

「うぐぁ……うるさい……昨日外人にstupidとかlolって煽られたから起きる気しない……」

 

「……煽り?」

 

「兄には関係ないよ……早く学校行けば……」

 

 それっきり、部屋の中から言葉が返ってくることはなかった。ドアの隙間からは涼しい風が流れてきている。部屋の中は快適らしい。

 

 妹に関しては、よくあることだった。若干の罪悪感を覚えつつも、少年は二階から一階に降りていく。リビングでは既に朝食が作られており、母親が仕事に行く準備をしていた。

 

「おはよう、緑夢(ぐりむ)。お母さん、もう出ないといけないから。昼ごはんは冷蔵庫にあるって、ユキちゃんにも伝えておいてね」

 

「……うん。いってらっしゃい」

 

 既に家を出た父とは違い、少し遅めに母も仕事に向かう。起きてこない妹の携帯に昼飯のことを送っておき、少年──如月(きさらぎ) 緑夢は朝食にありついた。目玉焼き、レタスとプチトマト。そして暖かな味噌汁。健康的で軽い食事。それらを腹の中に入れ終えると、食器を片して制服に着替えていく。

 

 黒のワイシャツが彼の高校では着用される。地味な自分には、水色や赤色なんて似合わない。そしてズボンにシャツを入れる必要も、彼の学校にはない。昔と比べると、随分と規制緩和がされていた。

 

「ユキちゃん、行ってくるよ」

 

 相変わらず返事のない妹に行ってくると告げ、暑くなりつつある外へと出ていく。馴染みある住宅街を抜けて、学校へ向かうのはもう慣れてきていた。徒歩で十数分もかからない位置にある、丘の上の高校。京葉高校、巷ではケイヨーと呼ばれている。彼はケイヨーの二年生だった。

 

 今ではそう見かけることもない、ダスクという肩書きを持つ彼にとって学校は……いや、どこにいても、自分はここにふさわしくないのだと、そう思わざるを得なかった。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 いつも通りの授業風景。何を言っているのかさっぱりわからない。数学なんて、特に。微分だの、積分だの、とんちんかんだった。必死に頭を悩ませるが、なんとか問一が解ければいい方。高校まで義務教育になっていなければ、もうとっくに学校とはおさらばしていただろう。

 

「じゃあ次の問題は……如月くん、解けますか?」

 

「あっ……いえ……」

 

 若い男の先生に名指しで問題を解くように言われたが、解けるわけがない。周りからはくすくすと笑う声が聞こえてくる気がした。それが嫌で、黒板から目を背ける。窓の外へと視線を向けると……反射して、教室の中の光景が映っていた。

 

 目が隠れるくらい長い髪の毛。暗い顔をした少年。対照的に明るい学級。まるで異物のようだった。席替えも、ダスクだからと一番後ろにされている。どこまでいっても、この扱いだ。昔から変わらない。

 

「なら、次は結月(ゆづき)さん」

 

 結月。その名前を聞いて、胸が少し高鳴る。教壇に登って問題をスラスラと解いていく、髪が腰元まである女の子。眼鏡をつけたかわいらしい女の子。昔からよく知っている、女の子。

 

「はい、正解。よくできました」

 

 彼女はどこか嬉しそうに口元を歪めながら、自分の席へと戻っていく。邪魔になりそうな長い髪も、彼女のことをよりいっそう際立てていた。

 

(……すごいなぁ)

 

 かわいく、気立てもよく、評判もいい。そんな幼馴染の姿を見ていると、相変わらず昔っから心臓が暴れて仕方がなかった。率直な感想を述べれば、好きだ。けどそれは結ばれるわけもないだろうと思っているし、不釣り合いだとも思っている。

 

 まぁ、彼女がいるという理由でこの高校を選んだ時点で、諦めもクソもないことは自分がよくわかっているのだが。

 

「………」

 

 長く彼女を見続けることはできない。恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。向こうにその気はないだろうし、気づきもしないだろうけれど。

 

 彼女は隣の席の男子と、問題について話している。この学校で自分より醜い男はいないだろう。なにしろダスクだ。コラ画像で、えーまじダスク? きもーい。ダスクが許されるのは前世までだよねー。と作られているほど、どうしようもない存在だ。

 

 そうだ。自分はかつて童貞と嘲られる存在と同等以下の扱いなのである。救いようがない。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 文武両道を掲げるケイヨー高校。そんなものはクソ喰らえである。というより、文学も武道も、からっきしだ。如月にできることはそう多くない。妹にすら一般的なスキルで負けるのだから。

 

「じゃあ、また明日ねー」

 

 放課後。結月が部活に行くため、教室から出ていく。部員の少ない演劇部だ。去年の文化祭で演じていた彼女の姿を見た時、思わず鼻から血が滴り落ちるところだった。彼女の透き通る声は脳を刺激し、仕草は心を鷲掴み、短い丈の衣装から見える生足が正しく魅惑のマーメイド。彼女の周りがエフェクトがかかったように煌びやかになっていたのを思い出す。

 

 彼女と共に演じることができたら、どれだけ楽しく、幸せだろう。最後に何が演じたのは……幼稚園の頃の、木の役だったか。身動ぎひとつせず凄いねと褒められた。当時は嬉しかったが、今になって思い返せば、あのぎこちない笑顔の保育士に怒りも湧き上がるというもの。

 

 白雪姫を演じた彼女は……その頃から、そういった才能があったように思える。人の心を掴んで離さない、魅力的な人。自分が本当に彼女の幼馴染なのか、不安になるくらいだ。

 

(……帰ろ)

 

 やることもない。友人もいない。携帯には妹から、アイス買ってこい。ハーゲン。と連絡が来ている。相変わらず眉間に皺が寄る内容だが……怒るに怒れない。引きこもって自堕落なゲーム生活を送る彼女に対し、自分ができることは、ただただ欲求を満たしてあげることだけだ。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 人気のない路地裏を、彼はひたすら走り続けていた。息を切らし、足がもつれ、それでも必死に。片手に鞄。片手にコンビニ袋を持ったまま。

 

「はぁ……っ、はぁ……」

 

 アイスを買いに来ただけなのに。大通りにチンピラみたいなのがいて怖かったから路地裏を通っただけなのに。いつものようにこの世の全てを憎んでいただけなのに。どうして。

 

(け、携帯……ASFの番号っ……!!)

 

 鞄から携帯を取り出そうとする。ASFを呼ぶ理由なんてひとつしかない。今まさに、壁を高速で伝ってきている大きな化け蜘蛛のようなシェイドから助けてもらうため。

 

 人気がないのは、コイツが喰っていたからだった。建物の間を通っていたら、ぽつりぽつりと雫が垂れていて。何かと思って上を見あげたら……大量の白い繭のようなものが、吊り下げられていた。その繭からは人の手足や、時には顔が飛び出していたりする。白目を剥いているその顔は……恐怖に歪んでいて。喉元からはヒュィっと小さな悲鳴が漏れた。

 

 そして背後に気配を感じ、振り向くとそこに奴がいたのだ。身の丈の倍はありそうな、蜘蛛が。

 

(なんでシェイドが……大禍時じゃないのに……!!)

 

 逃げながら、また世界を恨む。なんとか携帯を取り出したが、ふと気づく。無理じゃね、と。ASFは呼べばすぐすっ飛んでくるとはいえ、数分はかかる。その数分で自分は死ぬ。足が遅いから、すぐに追いつかれるだろう。大通りに逃げたくても、道が蜘蛛の糸で塞がれていた。

 

 蜘蛛の糸の向こう側は、荷物が乱雑に積み上げられている。完全にカモフラージュした、狩場なのだ、ここは。足を踏み入れてしまったのが運の尽きだ。

 

「っ───!?」

 

 とうとう、恐怖で足がもつれた。コンビニの袋は遠くまで飛んでいき、開けっ放しの鞄からは荷物が綺麗に零れていく。

 

『キュ、イィ』

 

 すぐ背後から、声と形容しがたい鳴き声が聞こえた。あぁ、転んでいる暇なんてない。逃げなくては。せめて携帯と……。

 

(アレ、だけは……)

 

 鞄から飛び出している、一冊の本。古めかしく、シンプルな表紙の本。それだけは手離したくない。それだけは、絶対に。

 

 急いで本を拾い上げる。そしてまた駆け出そうとして、勢いよく前に倒れることとなった。足が動かない。いや、固定されている。見れば、蜘蛛の糸が右足に絡みついていた。

 

 そして同時に、視界にシェイドの姿が見えてくる。顔を飲み込むことすら容易そうな、大きな口。複数ある眼がギョロギョロと動いている。口から出ているのは、牙だろうか。噛まれたら死ぬ。否、もう死ぬ。すぐ死ぬ。今死ぬ。

 

(あ……ぁ……)

 

 視界が覆われる。ビルも、空も、何も見えない。ただあの大きな蜘蛛だけが見えている。

 

 自分は食われるのだ。これから繭にされ、養分になる。宙ぶらりんになっていた、あの人たちのように。

 

(いっ、嫌……嫌だ……)

 

 手に持った本を、強く抱き締める。声を上げたくても、悲鳴すらあげられない。恐怖に体が支配されている。

 

 自分は死ぬのだ。何も成さぬまま。何にも成れぬまま。迷惑だけをかけ、生きた証すら残さず。明日は何事もなく、恙無(つつがな)く、回っていくのだ。同級生に悲しまれることもないだろう。ダスクだからと一笑にふされるだろう。彼女もきっと……何も思わないだろう。

 

 あぁ、妹も。あの子はこれからどうするのか。ちゃんと生きていけるだろうか。自分のせいとはいえ、この世界で彼女は……。

 

(死にたく、ない……)

 

 気弱で告白すらできていない。この人生に、意味がない。自分という価値がない。もっと彼女と話してみたかった。昔のように。

 

 もっと自分らしさというものを、探してみたかった。この苦しい世界で、生きることに価値を見出していかなくてはならなかった。

 

 ……ダスクだから、と。そう言っていた人たちを、なんでもいいから、ひっくり返してみたかった。無様じゃなく、格好よく。その姿を彼女に見せてみたかった。

 

 妄想ばかりで、何もできない自分だったけれども。せめて、彼女にだけは。

 

(……ダスクじゃなかったら)

 

 どうにかなっただろうか。ヒーローのように、格好よくこの場を切り抜けられただろうか。

 

 なりたい。そうなりたい。格好よくなりたい。ヒーローのようになりたい。死にたくない。

 

『キュイ───』

 

 鳴き声が、聞こえる。動き回っていた眼が、眩しそうに閉じられていた。光だ。光が漏れている。

 

(な、なんだ……これ……顔、に……何か……)

 

 最初に違和感があった。次にそれは、異変だとわかった。そして、その異常を正しく理解しようとしている自分に気づいた。

 

 顔を触る。光り輝いていたそれは、次第に失われていく。蜘蛛は眩しさから遠ざかり、距離が開いた。

 

 触り心地は、少々冷たい。無機質なモノ。口元には三日月が描かれていて、目の部分はくり抜かれている。仮面だ。顔を全部覆ってしまうような、仮面が張り付けられている。

 

(……なんだ、ろう。これ……)

 

 あぁ、だが、これは。ふつふつと湧き上がる、この感覚は。まるで自分が自分でなくなるような。否、弱い自分を包み隠してくれるような、この感覚は。

 

(僕、は……)

 

 立ち上がる。先程まで体はうんともすんとも言わなかったのに、すんなりと。そして足に絡みつく蜘蛛の糸を気にもせずに、仮面を触ったまま蜘蛛を睨む。

 

「『俺』、は───」

 

 仮面の内側で、三日月のように口が歪むのがわかった。不思議な高揚感。知ってる。ゲームとかでよくある。こんな展開。死にかけた主人公に、真の力が目覚めるとか、そんな感じのアレだ。

 

 仮面に触れていた右手を離し、目の前にある露を払うように振り抜く。右腕が伸ばしきられるのと連動するかのように、体を黒い煙のようなものが包み込んでいく。

 

 制服は変わり果て。全身黒一色に。余裕のある黒コート。スカーフを巻くようにつけられたマント。そして被せられたフード。そこに彼はもういない。彼だったものは何もない。

 

「物語の、主人公だ」

 

 伸ばしきった右腕に現れる、背丈よりも大きな鎌。死神。グリムリーパー。彼は正しく、自分以外の何かに、変身したのだ。

 

 

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