疾風怒濤の格好つけ   作:柳野 守利

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不格好に足掻け

 目の前で蠢いているシェイドを見ても、己の身が震えることはない。先程まであれ程死にたくないと、恐怖に打ちのめされていたというのに。

 

(不思議な……感覚……)

 

 大事に抱えていた本を地面にそっと置く。鈍く、そして黒く光る鎌を肩に乗せる形で構える。自分が何をしているのかわからない。ただ、なんだってできる気がした。何にだってなれるような気がした。醜く弱い自分は、消えている。

 

 道化師とも死神とも見て取れるその姿。そうだ。己はコレなのだ。いつかアニメで見たヒーローに。物語に出てくる勇者に。お姫様を助ける王子様に。

 

 今ならどんな自分にだって、なれるような気がしていた。

 

「『足で踏み、糸を舐め、それを織る。亜麻は紡がれ、娘は糸から解き放たれた』」

 

 不意に言葉が口から飛び出す。自分の言葉のようで、そうではないような。ただその言葉の内容を、よく知っている。何度も読み耽ったのだ。自分の名前にもある、その童話を。その中のひとつ『糸くり三人女』だ。

 

 紡がれた言の葉が、祝福の祝詞となる。足に絡みついていた蜘蛛の糸が、まるで綿あめのように粘着性を失い離れていく。空に浮び上ると、綺麗に整えられた亜麻糸のようになる。

 

 そして、足りない頭で理解した。自分の言葉には、力があるのだと。ただの言葉ではダメだ。足元にある本。自分を形成する一部。それを口にすれば、と。

 

『キィッ───!!』

 

 眩しさに後退していた蜘蛛が跳躍する。距離は呼吸ひとつもない。その巨体で押し潰そうと、押さえつけようと言うのだろう。恐怖に固まっていた状態ならば、それを避けることは叶わない。だが、今の自分は違う。

 

「遅いッ」

 

 即座にバックステップで回避する。そして詰め寄ると見せかけ、横の壁に跳躍し、それを蹴って蜘蛛の反対側へと降り立つ。シェイドは見てくれの醜悪さを更に際立てるように、八本の足を別々に動かして旋回する。

 

 向き直ると、蜘蛛が突貫してくる。自分よりも大きなその存在が突っ込んでくるだけでも、背筋がヒヤリとしそうなものだ。車と衝突するようなものだろう。だが、怖くない。

 

 鎌を振り下ろす。しかしすんでのところで蜘蛛は動きを止め、壁に向かって跳ねるとそのまま伝って真上を取られる。そして、強襲。

 

 すぐさまその場から転がるように逃げる。蜘蛛は着地の硬直など感じていないようで、素早く追撃に移ってきた。

 

(……どうすればいい)

 

 あまりにも実戦経験が足りない。初戦闘だ。しかも自分の身に何が起きたのかもわからない。力の使い方は、なんとなくわかる。ただそれで何になる。今でも何か特別なものになれそうだという期待や欲望こそあれ、まだ形として定まっていない。自分は自分ではないが、それ以外のものでもないのだ。

 

(何か、言葉を───)

 

 紡がなくては。普通の言葉では意味がない。あの本を思い出せ。何かしら有益なものがあるはずだ。

 

 蜘蛛の攻撃を避けながら、必死に記憶を掘り起こす。ヘンゼルとグレーテル。白雪姫。死神の名付け親。ものわかりのいいハンス。

 

 否、それで効果を発揮しそうなものが思いつかない。

 

 敵は蜘蛛。そして先程から何度も口から吐き出される糸。先程使った糸くり三人女も、蜘蛛の糸を避けるくらいにしか使いようがない。そもそも言葉を紡ぐ時間を稼ぐ必要もある。強力だが、なかなか難しい。

 

「っ……!!」

 

 鎌を横に凪ぐ。しかし蜘蛛はそれを避ける。距離を離すとすぐに糸の塊を吐き出すのだ。それに当たれば自由が奪われる。今度は言葉を紡ぐこともなく喰いちぎられるだろう。当たるわけにはいかない。

 

(ほんの数秒だけなら、これで……!!)

 

 鎌を全力でぶん投げる。回転しながら蜘蛛に向かっていくのを見つつ、当たるかどうかを確認するよりも早く言葉を紡ぎ出す。どうせ当たりはしない。この隙に唱えるのだ。

 

「『出してくれ。瓶から声が聞こえ、少年が蓋を開けた。飛び出せ、メルクリウス!』」

 

 ガラス瓶の中の化け物。突如として目の前にガラス瓶が出現し、蓋が開かれる。そして中から飛び出した小さな粒は、見る見るうちに巨大化した。超人、悪魔、化け物。そう呼ぶに相応しい巨躯とゴツゴツした肉体。紫色の皮膚。裂けたような口は耳まで届く。

 

『キィッ』

 

 鎌を避けた蜘蛛がメルクリウスに糸を吐き出す。しかし化け物はそれに動じない。大きく息を吸い込むと、一息に糸を吹き飛ばした。そして両手で蜘蛛を掴むと、勢いよく地面に叩きつける。

 

(今っ───!!)

 

 飛んで行った鎌を手元に再出現させ、一気に肉薄する。地面で仰向けのまま痙攣する蜘蛛に向かって飛びかかり、空中で回転しながら蜘蛛に向けて鎌を振り下ろした。

 

 手に奇妙な感覚が生じる。それが生物を斬った感覚だと気づくのに、そう時間はかからなかった。蜘蛛の頭から腹にかけて、鎌が切り裂いている。黒色の液体を撒き散らし、やがて煙となって消えていく。

 

 シェイドに死体は残らない。黒煙となって消えてしまうのだ。そして宙に吊り下げられていた人々も、蜘蛛の糸が消えると同時に地面に向けて落ちていく。

 

「メルクリウス!」

 

 叫ぶ。化け物はその声を無視するでもなく、落ちていく人々を救出して地面に寝かしつけた。そして事は済んだと言わんばかりに、再び瓶の中へと戻って消える。読んだ内容とは異なったが、その圧倒的な力は頼もしいものだった。

 

(………)

 

 自分の手を見る。肉を裂く感覚など知りたくなかったが、知ったところで、だからなんだと言わんばかりだった。気分がハイになってるせいだろうか。それともこの仮面のおかげなのか。

 

 それか、自分の倫理が壊れてしまっているのか。どれも定かではないが、感覚を消し去るように手を何度も握り直す。

 

 やった。自分はやったのだ。ASFでしか相手ができない、シェイドを倒した。なんてことだ。普段ダスクだからと馬鹿にされてきた自分が、とうとう身の内に秘められた力を覚醒してしまった。

 

「……格好良さとは、程遠いなぁ」

 

 ふと、言葉が漏れる。いやいや、初めてにしてはよくやったと褒めてもいいだろう。覚醒した主人公が初めから強いなんてことはない……はずだ。そうだったはず。いやどうだろう。危機的状況を意図も容易く打破していたような気もする。

 

 そのくせ自分はどうだろうか。逃げ腰、鈍い判断力、武器は振るっても当たらない。こんな大層な武器を持ってる割には魔法使いロールか。情けないだろう、こんなの。

 

(……仮面が、外れた?)

 

 不意に顔から零れ落ちるように、仮面が剥がれた。それと同時に、身に纏っていた黒装束のような服も消える。なんとか仮面はキャッチしたが、いざ触り続けていると不思議な触り心地だった。

 

 冷たく、硬い。でもどこか心の内が暖まるような、落ち着くような。そんな感覚がしていた。

 

(……今更、ASFが来たのか)

 

 遠くから聞こえるサイレン。ASFはシェイドがだいたいどの辺にいるのかを察知することができるらしい。それなら通報なんてしなくてもいい気がするが、詳細な情報は現地にしかない。呼べばすぐ来るが、呼ばないと辺りを警戒しながら散策して回るだけだ。

 

 ともかく、この場に留まり続けるのは良くない。如月は自分の鞄を拾い上げると、零れた教科書などを入れていく。そして先程置いた本を拾い上げ、砂を払ってから丁寧にしまいこんだ。

 

(逃げよう)

 

 仮面を優しくタオルで包み込んで、鞄に入れる。そして倒れている人たちを後目に、その場から離れていった。何をしたと言われて、説明できないのだから。ただでさえ白い目で見られるのに、こんなことを説明したところで信じはしないだろう。

 

 この充足感と、高揚は己の身の内に留めておくべきだ、きっと。

 

「……ねぇ、あの人なんかニヤついてない?」

 

 走っている自分に向けて、誰かがそう言った。ニヤケているのか、自分は。なんて気色悪い。せめて格好つけておけよ。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

「それで、兄。私のハーゲンは?」

 

 家に帰りつき、自分の部屋へと戻ろうとしたところを呼び止められる。雪音が部屋の扉の影から顔だけ出して如月を睨みつけていた。散髪も整髪もしていない髪の毛は首よりも長い。眼鏡の奥から覗く瞳は濁っているように見える。

 

 今の今までゲームでもしていたのだろう。また煽られでもしたのか、不機嫌そうな顔をしていた。いや、不機嫌そうな顔はいつもの事だが。

 

「……ご、ごめん。多分、転んだ時に……落とした」

 

「はぁ? 普通気づくでしょーよこちとらハーゲンを楽しみに屈伸運動繰り返してカロリー消費してたんだよ。なのに転んで落としただぁ? 流石だな運動音痴クソッタレ兄50メートル走10秒男」

 

 いつものように早口でまくし立てられる。気が動転していて、買ったハーゲンのことをすっかり忘れていた。戦ってる拍子にどこかへ行ってしまったのだろう。コンビニ袋が目に入れば嫌でも思い出していただろうし。

 

「おいこら何部屋に戻ろうとしてんの。自分の失態のくせにそれを取り返そうともしないのか。流石だね目隠れ陰キャ兄、今どきそんな格好流行らないよ」

 

「……あまり容姿に触れないでくれ、コンプレックスなんだから」

 

 わかったら早く行って。そして後でゲームのサンドバックになれ。そう言って彼女はまた部屋にこもってしまう。

 

 仕方がない、と軽くため息をつく。置こうと思っていた鞄を持ち直し、また一階へと降りていく。妹の言うことには逆らえない。こちとらあのシェイドを不思議な力で倒したというのに。格好悪いことこの上ない。

 

 その後、結局如月がハーゲンを買ってこようが不機嫌そうな顔が直ることはなく、罵詈雑言の早口の後、お互い自分の部屋でゲームを通信してボコボコにされた。隣の部屋からは「ざまぁみろ顔面コンプレックス野郎」と言葉が貫通してくる。如月は何一つ変わる事なく、格好悪いままであった。




書かないと、書く力ってのは簡単に落ちていくものです。
見て分かりますね……。
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