疾風怒濤の格好つけ   作:柳野 守利

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就活が落ち着いて、リハビリがてらに。


仮面

 朝の学校は昨日のニュースの話で持ちきりだった。なんでも、シェイドの反応が消失したと。ASFが対処するでもなくひとりでに消え去った化物は、未だに街の中にいるのか。それとも本当に消えたのか。どこから現れるのか、なぜ現れるのか。それらが一切不明な存在の消失というのは人々に恐怖と好奇心を抱かせる。

 

(……やっぱり話題になるよね)

 

 如月はいつものように机に突っ伏したまま、耳を澄ませる。なにしろそのシェイドを倒したのは自分であり、しかもダスクと蔑称される出来損ないだからだ。ふつふつと高揚感が溢れ出しそうになるのを、ぐっと抑えつけるのが年頃の少年にはやっとの事だった。

 

 だってそうだろう。不思議な力で化物を倒す、アニメや漫画のヒーローだ。そんな力が自分にあって、どうして興奮せずにいられるだろうか。

 

「……如月くん、起きてますか?」

 

 女の子の声が聞こえてくる。面倒そうな顔で出迎えてやりたいが……面倒をかけているのはこちら側だ。起きてます、と返事をして顔を上げる。凛とした佇まいで見下ろしていたのはクラスの会長であり、また次期会長候補として名の挙がっている優等生。弟切(おとぎり) (しゅう)、通称シュウさん。同い年でも年上からでも敬愛され、さん付けされる素晴らしい人……らしい。校内を歩き回るだけで声が上がるくらいには人気者だ。ショートカットの女の子……如月の個人的な感想ではロングの方が好みなのだが。

 

「今日の英語、当てられる番ですよ。課題はちゃんとできましたか?」

 

「……できてないです」

 

 存在を忘れていた。覚えていたところでまともに解けないだろうが。なにせ頭に叩き込んでもすぐに抜け落ちてしまう。最早記憶の欠落だ。そんな如月の面倒を見てくれる……といえば聞こえはいいが、いわゆる〇〇さん係という奴だ。できない子供にはできる子供がついてやる。この素晴らしい人はダスクの面倒を自ら見るとまで言ってのけた本当に素晴らしい人だ。申し訳ないが、偽善者ぶらないで欲しい。居心地が悪くなる。

 

(……どこにいてもそうなんだけど)

 

 居心地が悪いのは元からだった。そんな渋い顔をする如月を見て、彼女はいつものように英語の教科書とルーズリーフを机に置く。

 

「では、ちゃんとやりましょう。大丈夫、まだ少し時間はありますから」

 

「……はい」

 

 別に彼女から教えを受けるのは苦じゃない。問題は……周りの奇っ怪なものを見るような目が嫌なんだ。今だってそう。見えないところで笑っているんだ。なんでこれくらいのものが分からないのって。仕方ないだろう。わからないものはわからないんだ。そう産まれたんだ。ダスクとして、最初っから酷いハンデを与えられているんだから。

 

「そういえば見ましたか、昨日のニュース」

 

 教科書を広げ、いざ課題へ……となった矢先に彼女はそう尋ねてきた。なんの、と返さなくてもわかる。教室でこれだけ話が拡がっていれば嫌でも耳に入ってくるだろう。

 

「シェイドが消えたってやつですか」

 

「そう。皆不安みたいね」

 

「それは……そうでしょう。今まで反応が消えることは無かったって話ですし」

 

 シェイド駆除率十割。それがASFの実績だ。出たらすぐさま現場に急行し、犠牲は出ても必ず殺しきる。対処は完璧だ。未だに発生源はわかっていないというのが、一番の問題ではあるのだが。

 

「でもASFが来る前に、反応は消えてしまった。どうしてだと思いますか?」

 

「どうしてって……言われましても」

 

 困ったように顔を逸らす。どうしてって、そりゃ僕が倒したからだし。そんなこと言えるはずもないけれど。

 

「私たちの学ぶ歴史は、いつだって時代の境目に英雄がいるんですよ」

 

「……はぁ」

 

「だから思うんです。きっとこれは、ASFではない誰かが退治して、消え去ったのだと。本人は何も求めず、ただ街の中に消えていく。そんなヒーローがいたんじゃないかって」

 

「……アニメとか、好きなんですか」

 

「いいえ。でもロマンがあるでしょう。いるんですよ、きっと。これからも人知れずシェイドを倒してまわり、そして発生を止めてくれる。そんなヒーローが。時代の転換点に、私たちはいるのかもしれませんよ」

 

「……あの、申し訳ないんですけど、課題を……」

 

 あら、失礼しました。そう言って彼女は英語を教えるべく課題のページを開く。短い時間の中で端的に、しかもわかりやすく伝えてくれる。シュウさんの説明は非常に理解しやすい……が、きっと英語の時間には忘れてしまっているんだろう。いつもの事だ。

 

(……ヒーロー)

 

 その響きは、ほんの少しだけ心地よかった。鞄の中にはあの道化師のような仮面が入っている。帰宅してから自室で被ってみたが、あの姿にはなれなかった。シェイドが近くにいないとダメなのか、それとも別の要因があるのか。なんにせよ、これはおいそれと人に見せられるものではなく、また手放せるものでもない。今命があるのは、間違いなくこの仮面のおかげなのだから。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 時刻は大禍時になる。誰も彼もが自宅の鍵を閉め、強固な雨戸でしっかりと外と内をわけ隔てた。いつシェイドが現れるか分からない。幸いなことに、家の中まで入り込んできたという話はそうそうないという。如月の家も例に漏れず、なるべく静かに時間を過ごそうとしていた。

 

 妹の雪音は完全に昼夜逆転しているため、これから朝までずっとヘッドホンをつけてゲームをしているだろう。両親も1階の部屋にいるはずだ。

 

(……この仮面、どうやったらあの姿になれるんだろう)

 

 机に向かいながら、如月が考えることはそれだけだった。あの姿になりたい。自分とは別の何かになりたい。こんなダスクではなく、ヒーローになりたい。しかしいくら仮面を触っても、冷たい感触が返ってくるだけ。紐も何もないソレを顔に被せてみても、落ちてしまう。

 

 どうすればいいんだろうなぁ。なんて悩みながらぐっと体を伸ばす。椅子を後ろに倒していくと、膝が机にぶつかった。その拍子に、開けっぱなしの鞄から何かが零れ落ちる。

 

(……手紙?)

 

 飾り気のない白の封筒。ポストカードサイズのソレの背面には届け人の名前すらない。シールで止められた三角部分だけ赤い。それ以外は綺麗な白。一体誰のものだろうか。

 

(間違えて入れられた? いつ? いや、そもそもこれは……)

 

 嫌がらせの類ではなかろうか。過去の苦い記憶を振り返りつつも、封筒を開ける。中には……真っ黒な便箋が入っていた。折りたたまれていたソレを開くと、パソコンで出力したような綺麗な白文字が目に入ってくる。

 

 最上段に、大きく一言。

 

『おめでとう』

 

 意味がわからない。なんだか不気味だ。新手の詐欺だろうか。けれどもその下に続いていく文章が、ゴミ箱に捨てようとする手を止めた。

 

『如月 緑夢。シェイドを倒したダスクの少年。その力の覚醒を、我々は大きく祝福しよう』

 

 自分の名前がある。しかも、シェイドを倒したことまで知っている。なぜ、誰が。我々って、なんだ。情報の処理が上手くできず、混乱状態がしばらく続いていた。ひと呼吸おいて、まだ続く文字を目で追っていく。

 

『よく思い出したまえ。その力を発現した時の衝動を。内に芽生えたモノを。君が抱いた感情を。其の力を上手く使い、自らの糧とせよ』

 

 糧とせよって、なんだよ。一体何がどうなっている。さっぱりわからない。でも……一番下に、行を開けて書かれた一文が、心を掴んで離さなかった。

 

『ダスクを超えた英雄になりたまえ。我々は、いつだって君を見ている』

 

 英雄、ヒーロー。貶されたダスクの少年の、成り上がり。

 

(……この、仮面で……?)

 

 再び仮面を手に取る。無機質な材質のはずなのに、どうしてか暖かさを感じた。不思議と、気分が高揚している。いや、興奮しないはずがない。だって、これは……そういうことなんだろう。

 

『ヒーローがいたんじゃないかって』

 

 シュウさんの言葉を思い出す。ヒーロー。そうだ、そうだとも。この力は哀れな神が恵んでくれたものなんだ。出来損ないのグリム。ダスクと呼ばれた男の子。産まれた時からの穀潰し。将来に何も約束されない子供だ。

 

 鼓動が早まる。思い出せ。あの時、どうして変われたのか。死にたくないって思った。何も成せないまま、何も残せないまま死ぬのは嫌だった。

 

「────」

 

 ゆっくりと、仮面を顔に近づけていく。

 

 出来損ないのダスクという事実を覆したかった。苦しませてしまった妹を残したままにしたくなかった。生きているだけで苦しい世界が嫌だった。

 

「────自分以外の、何かに、なりたい」

 

 装着した仮面に、熱が籠っている気がした。開けられている目の穴から、外を見る。鞄の中に隠されていた本が、まるで手に取れと言わんばかりの存在感を放つ。古めかしい本。その表紙には……グリム童話と書かれていた。

 

 昔、好きな女の子から貰った本。未だに諦めきれずにいる、かわいい幼馴染に貰った、大切な宝物。自分の名前にもある、グリムという題名。大切な、大切な……人……。

 

(……そうだ)

 

 死にたくないのも、見返したいのも、無様なままでいたくないのも。ただひとつの理由に行き着く。

 

(僕は、ただ……)

 

 ……格好つけたかったんだ。

 

「────ッ」

 

 仮面が顔に張り付く。あれほど感じていた高揚感が、少しずつ覚めていく。部屋着は消え去り、あの黒い装束のようなモノへと変化した。鏡に映る姿は、死神のよう。そこに自分はいない。出来損ないのグリムは存在しないのだ。

 

(……これが、俺の……)

 

 誰にも真似できない。自分だけの力。グリム童話の話を操るストーリーテラー。そして物語を終わらせる死神、グリムリーパー。そこに彼は居てはいけない。弱い自分は存在してはいけない。ただゆっくりと自分を消していき……誰かになるのだ。自分ではない誰かに。自分ではなれない誰かに。自分がなりたいと思った誰かに。

 

『ダスクを超えた英雄になりたまえ』

 

 その文章を反芻させる。なるんだ。なれるんだ。ヒーローってやつに。

 

 それが例え、好きな女の子に振り向いて欲しいと願う格好つけであっても。今ならなんにでもなれるんだ。僕は、俺は……ヒーローに……。

 

 


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